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映画・テレビ・ラジオ

2013年2月16日 (土)

三丁目の夕日'64

んーーー、これはファイナルって感じかな。
あんまり乗り気しないけれど、「そんなに言うなら完結させとくか」って作ったような作品ね^^
おもしろさが感じられなかった。
逸話が型どおりで、すべてが予想通りになってしまってた。このドラマの色になれたか。
前2作に比べたら、吹いて飛んでしまうような作品でした。

個人的に言うならこのドラマの悪いところは、舞台が昭和39年であること。
テロップで「昭和39年」で出た瞬間に、「おれ知ってるよ」となってしまう。
もう生まれてたからしかたないよ。
そうなってくると、夕日町の風景が一気に現実になり、作り話ばかりの時代ではなくなってくる。
この映画が描いてるような”幸せな時代”ではないことを知ってしまってるからか。
メインのキャラクターが一人前になっていく姿を描いたんだろうけども、もうストーリーが見えちゃってる悲しさ。
現実に、ありがちな話しを見せられてしまうと当然夢がなくなるんだねぇ。

茶川先生が家を出たくだりだけども、作家っていうのは客観的にみる力がなければ小説なんぞ書けんでしょう。
しかも茶川先生は一通りの苦労を経て作家になったのであるから、おややじさんの真意がわからなかったなどということはあり得ない!
淳之介を育て子の親となった者にその気持ちがわからないとは、最後のシーンの裏付けが成立しない!
「自分のコトはわからんもんだ」なんて陳腐なセリフで擁護されるほど、甘くないと思う。
力不足というより、製作意欲が弱くなったといことでしょうかねぇ。
集中力の欠如というか。
三丁目の夕日でなかったら、単なる駄作ですね、これ^^
キャラクターの力と魅力でなんとか作り上げた感じですね。

タイトルは、三丁目の夕日 finalでいいでしょう^^ 

2012年4月12日 (木)

実写版宇宙戦艦ヤマト

特にヤマトヲタクというわけでもありませんが、やはり宇宙戦艦ヤマトといえば見ずにいられない。
アニメ版なら見ませんがね。
だってそういう世代だもん。
打倒!グレートマジンガー!!!(爆)

ま、これ異常期待してくれるな!というほどのできだとは思います。
製作側の「これ以上は2時間ではムリ」っていう開き直りする感じました。
波動砲発射口のふた、第三艦橋の爆破など、アニメへのオマージュも随所に埋め込まれニヤリとさせられました。
キムタクと黒木メイサのキャラ設定は悪くないんだけど、終盤抱き合ったりする表現はどうなのかな。
英雄色を好むといいます。
生きるか死ぬかの時に生殖行為に走るという話しもあり、パルス銃で気絶させた森雪をいただいてしまうのかと思いましたよ。
だってあのエロエロの体ですよ!
しかもご丁寧に”まな板"の上に置いて...
結局古代が死ぬことへの伏線だったわけですね。
まぁイヤらしい。
あのあたり陳腐すぎて一気に冷めてしまいましたね。
前半うまくだまされてきたのに、現実に戻されてしまったかな。
古代を中心としたストーリーもとても好感持てたし、むしろ似たようなことをだらだらと続けているアニメ版よりもすっきりしてて好きかもしれない。
逆にその分他のすべてが犠牲になりました。
ガミラス人の都合、ヤマトという物体への擬人化。
ヤマトにとってこのふたつはかけがえのないものなのですが、表現する時間がないですよね。
やたらと登場人物を消してゆく設定も必然性が感じられずに「なぜ?」の連続。
そもそも最終的な致命傷となった波動砲の発射口に打ち込まれたフタ、イスカンダルからの長い航海中放置していたのですか?
それだけで司令官失格ですよ、あ〜た。
個人的には十分及第点出せます。
けれど納得できなかった部分を続編で表現していって欲しいな。
登場人物は大半死んでしまったけれど、立ち位置を変えればいい。

ところでこの作品て、昔からモノに対する執着がないですよね。
「この船は私たちのために再び戦ってくれる」って、ゴジラVSキングギドラに出てくる帝洋の権藤会長のような感傷的な言葉はないのですかね。
それとこれも発進時。
劇場で見たかった!というほどのCGだったのかなあ。
CGばかりに力を入れて、 音楽がなおざりになってない?
発信したばかりのヤマトに唐突にミサイルが飛んできて波動砲で打ち落とす。
この作品最大の見せ場なんですよ。
音楽で盛り上げながらゆっくりと浮上するなかにも、スピーディーさが欲しい。
映画なんだからもっと意識して欲しかった。
最大の見せ場がドラマの一番最初に来てしまうのがこの作品のヘンなところ(笑)
CGのヤマトは実写版でも、そのあたりの表現のコストパフォーマンスを思ったら、映画全然ダメね。

宇宙戦艦ヤマトはかっこいいかもしれない。
でも戦艦大和の方が圧倒的に美しい。
お話になりません。 

2011年6月20日 (月)

たけしアート☆ビート vs アラーキー

1時間があっという間だったけど、得る物が非常に多い。
アラーキーは、いたって楽しそうにまじめそうにふざけてしゃべってたのが印象的。
名前は知っててもどういう人なんだかまったく知らない分、すんなりと人柄をうけいれることができ、かつ聞き手がたけしだから素直
に聞けたと思う。

本人は自分の活動を一生懸命丁寧に話してましたよ。
見てる人に理解してほしいみたいでした。
でもね、あれを理解して自分の物にするには、膨大なシャッター数と自由な発想、それにあらゆる経験が必要です。
言ってることはむずかしいわけじゃない。
写真は機械じゃないと言ってる。
そんなことはわかってるよ。けれど、それは一定レベル克服した人じゃないと、言えない言葉なのよ。自分のように考えながら撮ってる
レベルではまだそれを理解できるはずがない。
でも彼の話を聞くことはとっても有用で、いつかはあそこまでたどり着くんだという気持ちでいれば彼の言葉が完全に理解できる日は来
るはず。
その手始めはやっぱり「シャッターを押さなきゃ始まらない」だろうけど、それすらまだ克服できてないからな(苦笑)

アラーキーは写真家ではなく芸術家でしょう。
写真家というのはやはり写真という物の存在に何かのこだよりを持ってると思うけど、彼にはそれがあるか。写真で表現できない場合に
は平気で絵の具を塗り込んでみたりする、その自由さ。
写真を通して芸術に目覚めた。
旧街道歩きやカメラを通して町を見たときに、現在・過去の人の営みが見えてきたのと同じ形式の流れだと思うから。
彼を見てると、レンズがどうのカメラがどうのといったことがアホらしく思えてくるが、彼の場所にたどり着くには、そういった問題も
乗り越えて行かなければならない。ただ表現の場において、それらは二次的なことであり、もっと大切なことは敢然としてある。

それにしてもカメラってすごい発明物だと思う。
人の心や性格までが写る。
物の見方まで変えてしまう。
写真がより身近に、同時にすごい遠い物になったなぁ。 ふぅ。   

2011年6月 7日 (火)

Superman!

これ、年代によって違うんでしょうね。
われわれはなんといってもスーパーマン。
クリストファー・リーブ以前のテレビ版スーパーマン。
このテーマ懐かしい。
それゆけスマートとか、その年代ですわね。
名古屋では土曜日の午後5時半頃やっていた記憶です。
スパイダーマンも吹き出しでSEを表現したり斬新な試みを持ってテレビドラマになりましたが、スーパーマンほどの衝撃はありませんでした。
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ジョージ・リーヴスはかっこよかったなあ。
今見るとただのおじさんだし、スーパーマンのコスチューム姿もダサい。
ダサかったと教えてくれたのが、クリストファ・リーヴのスーパーマンでした。
こりゃあもう現代的に徹底的に金をかけてリメイクされ、素晴らしい出来でした。
ただしその間にあった「スーパーマンの死」は子供心に驚きでした。
スーパーマンのイメージそのものにになってしまったジョージ・リーヴが自殺したという。
これは後に仮面ライダーとして名をはせてゆく俳優たちに対して危惧を持つ一種のトラウマのようになりました。

2011年5月24日 (火)

鶴瓶の家族に乾杯、被災地へいく

オープニングにはいつもお客の拍手で始まる番組、お客の声もしない。
画面の中にはスーツの鶴瓶、さだまさし、アナウンサーの3人。
バラエティの雰囲気じゃないです。
前日コンサートを終えて仙台までやってきたさだまさしは目が腫れてる。
寝起きの顔でもないので、ずっと起きていたのだろうと推察できる。

被災地へ行ってどんな顔をすればいいのか。
家族が行方不明ですっていう家族にどんな言葉をかければいいの?
そんな厳しいところへ踏み込んでいき、みんなに元気を与えようとしたふたりに感動する。
さだまさしが「歌手なんて芸人みたいなものだからこんなとき何もできない」という。
まさしくその通りだけれど、元気な人たちには彼らは必要だ。

ひどい目に遭いながらもなんとか笑顔を作る人々。
戦災で焼け出された子供たちをふと思い出した。 

2011年5月22日 (日)

Pirates of Caribean

映画としてはおもしろいね。
ちょこっと見ただけなのに、そのまま引き込まれてしまいまで見ちゃった。
ジョニーデップもよかったが、疑問に思うところもかなりあった。

孤高の海賊という設定。
一匹狼の海賊ってあり得ないんじゃない。「そういう設定だから」とかいうのは困る。海賊ひとりで何ができる?
海賊という点で見た場合、ワンピースに遙かに譲る。
キャラ設定にパクリっぽいとこもあったし、ストーリー的にも超常的な部分があっても中途半端。これならば思いっきり常識を逸脱してしまっているワンピースの方が優れている。
方向性もなんとなくワンピースと似た方向を向いており、一層落胆。
最後の戦闘シーンがムダに長すぎる。
ゴジラvsスペースゴジラ並みだよ。
特殊撮影を見せびらかしたいだけにしか感じなかった。
まぁあんだけの映像をみせられれば、「今度は劇場で」と思うのは普通だな(笑)

カリブの海賊っていうより、海賊の大冒険じゃないかな。
タイトルは映画の内容を表していないと思った。

ジョニーデップの話し方はテレビの吹き替え板みたいなおちゃらけた話し方だったのかな。ちょっと鼻についた。
まあディズニーだからな。

2011年4月14日 (木)

前世紀のテレビで見る前世紀の作品

幸せの黄色いハンカチを見た。
中山道ウォークの車内で釣りバカファイナルを見て以来山田洋次作品が見たかった。
テレビ東京、ナイスタイミングだ!
主人公3人の関係キャラクターその表現の的確さ。
すばらしい監督ですね、山田さん。
最後のシーンも感動するけれど、それ以外もすべてが見所と言って良い。
寅さんのレギュラー陣もさりげなくカメオ出演していて、笑顔になれる。
日本アカデミー賞をあげたいくらいです(笑)

ここのところテレビづいてるのは、疲れがたまってきてるからかしら。
「明日は7時から10時までコナンだね」とボーズは言うけれど、残念ながら、明日はおにへーなのだ。
残念だな、ボーズ。
後半は自分のテレビで見よ。

2011年4月 9日 (土)

C62 2号機

NHKライブラリにあったので見てた。
大半ナレーションなしの鉄オタ向けの番組です。
こんなものNHKがつくってたのか。
むしろ資料映像として撮ったのか。

この映像こそが長く日本経済を引っ張ってきた国鉄の姿だね。
自分はこういう鉄道像を今でもひきずり続けているから、今の鉄道にはなじめない。
人が動かしているっていうのが実感できるから、鉄道なんだと。
人がほとんど介在しない今の鉄道は、安全ではあるけど、自分の求めるものとは違うんだな、きっと。
胸が熱くなる感動がある。

銀山などという小さな山間の駅で、急行ニセコを見送る駅員は二人。
タブレットの受け渡しが走りながら行われる。
通過列車の車掌に敬礼する駅員。
人がろくに乗らない駅でも人がいるという安心感。
これもかつては鉄道が引き受けていた。
新幹線でも会社責任による事故が珍しくなくなった。
現代の鉄道マンはこれを見てどう感じるのか。

排煙板に取り付けられたスワローエンジェル。
これが国鉄の栄光の証し。
今となってはたった2枚のステンレス板が、在りし日の国鉄を伝えている。
悲しいもんだね。

2011年2月27日 (日)

Stealth

旅客機も含め、空を飛ぶ物にはまったく興味がない。
興味がないからつっこみどころ満載でも楽しめたのかも知れないけれど、見え見えのストーリーながら、楽しめちゃったな。
無人戦闘機に意外と血が通ってるのはこの手の映画にはありがちだね。
こういうところで完全に人間を拒否してしまうのが、むしろアメリカっぽさだったけど、近頃は日本映画の方がそれを採用してる。
だって無人ステルス機、ダミープラグで動くヱヴァなんだろ(笑)
ひらひらと舞う様は、2号機みたいだったぞ。

もっとストーリーが展開できるように思えたけど、これは原作をはしょって映画化したのか。それともオリジナルか。
無人機計画を推進した軍人と政治家の絡み。
背景をみせるだけで、よく把握できなかった。
アラスカの空港の方々も意味不明だし、いきなりパイロットを亡き者にしようとするのもいきなりな感じでよくわからん。
無人機は無人機で心(?)を入れ替えてしまうし、北朝鮮の国境守備隊はあまりにお粗末。

オープニングのつかみですっかりつかまれて2時間。
CM多かったよ(汗)















ヒロインのシチュエーションのおねーちゃん、ムチムチなのはいいけど、あれでは客呼べん(笑)

2011年2月20日 (日)

地に墜ちたか、大河ドラマ

今日帰路の車中で少し見た。
ちょうど清洲会議のシーン。
いや、あんまりにお粗末すぎたから清洲会議”らしき”シーンと言わせていただこう。

そもそもなんだあのセット。
日本の歴史の転換点という演出は一切なしか。
うちの会社の7人しか参加しない安全協議会だって、もう少しまともな絵が撮れるぞ。
あまりに貧相なその画面。
情けなくてため息が出る。

いきなりしゃべりまくるのが柴田勝家。
大声で威圧し、怒鳴り散らすだけ。数万の大軍を動かす有能さのかけらも見あたらない。そんな役を大地康夫にやらせている。
はっきり言って、この柴田は名古屋市民にとっての恥辱だろう。
秀吉は単なるお調子者。
何の間合いもなく突如織田秀信を連れてくる。
声色も突然変わる。
そのギャップが激しすぎて、とても同じ人物とは思えない。
秀吉も勝家もひどい。
これはだれも差し金か。
まさか役者本人の役作りではあるまいね...だとしたら役者最低。

驚きは待っている。
会議を立ち聞きしているバカ者がいる。

な ん で す か、こ れ は !
清 洲 会 議 は 井 戸 端 会 議 で す か !

織田家では、重要な相談事を7歳の女子供に聞かせるんですか。
警備というものはないんですか。
こりゃドラマ的に非常事態宣言した方がよろしい。
その東海林メアリーさんをその場から排除することも注意することもなく、立ち聞きを許している愚かな戦国大名たち。
時代考証という人がいるけれど、名前を載せているだけでまったく仕事してませんな。

もうこれ以上見る気がありません。
見るに堪えません。
大河ドラマは一線を越えてしまいました。
もう終わりです。
大河ドラマは過去の物となりました。
さようなら。

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