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おまつり

2012年1月16日 (月)

細久手宿 提灯祭り

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昨日の中山道で細久手宿を通りました。
ここの鎮守は津島神社らしい。
公民館の前には祭りの様子が描かれた壁画があり、山車が曳き出されることを知る。
妻が聞いたところでは、提灯をぶら下げた山車が、中山道を江戸方から京方に向かって曳き下ろすとか。

一軒しかない宿大黒屋もその日は休み。なによりここの鎮守が津島神社というのが驚きで、津島から遠く離れたここまで御師が布教にきたと思うとちょっと感動する。
ここの人たちはよほど深く津島神社を信仰していたようで、祭りは7月の第4土曜、山車には提灯がぶら下げられるなど天王祭をきちんと模倣している。
津島市は知らなくても、津島神社は知っている。
意外と名前の通りがいいのかもしれない、津島。

ただし細久手の津島神社はいたって小さな祠でしかなく、信仰心が現在も生きているのかどうかはわかりません。

2011年7月10日 (日)

桟敷組み立て完了

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7/23〜24に行われる津島天王まつりで、見物するための桟敷の組み立てを手伝ってきました。
5(たて)x5(横)x3(高さm)ほどの高床アズマヤです。
釘は一切使わずホゾの多用で組み立てるようになっています。秋まつりに登場する山車に較べれば簡素ですが、同じ技術の応用でしょう。 

2011年3月21日 (月)

三社まつりの中止に思う

中止を決めた人たちの認識は、「神事は祈りであるが、それ以外は娯楽」ということなのだろうか。
一般的な認識というのは、五穀豊穣や生活の安定を願うものだと思っていたのだけれど、災害に際して中止するというのはそれらを否定するものですな。
祭りの本旨を思えば被災地ですらお祭りを開催させてあげたいもの。
全国のまつり人たちにはこんな行動をとってほしくない。
むしろもっと大々的に被災地の復旧を神に祈って欲しい。

祭りの人たちの判断は無理からぬところかもしれない。
後にあるかもしれない、「こんな時にまつりなんぞ...」という意味不明の力の波を思えば、小さな地域が対応するのはたいへんだろう。
しかしそういう声が上がる心配があると予想されるからとへたれてもいいような種類のものではあるまい。
まつりはやろうよ!
それは復活へののろしでもあるんだから!
普段よりも規模を大きくして声高に叫ぼうよ。
それが祭りなんだから。三社まつりの中止に思う

2011年1月31日 (月)

鬼を舞う少年

NHKオンデマンドで見た。
待ちきれなかった(汗)
やはり「伝統として残して行きたい」という言葉が欲しかったんだな^^;
でも残念ながら、まつりの人たちは伝統として残す(重要無形民俗文化財)ことはほとんど考えていないと思う。「地域の人やお客さんたちと一体になれる」という言葉に代表されるように、彼らは楽しいからやっている。
「一体になれる」という点では、観客もクソもない。
一体になると、なんでか自分も地元の人になったような気分になってくる。
「下粟代大好き」と背中に書いてる人もいたが、なぜか賛成したくなる。
人が土地を作り、土地がさらに人を育む。
ただ、「文化として残したい」という人たちとどうにもかみ合っていない気がする。そういう努力は各方面でなされているけれど、結局のところ伝統という言葉が共有できていない。
まつりとは古来保存するものではないからね。

三河は排他性の高い地域だというけれど、こと花祭りに関しては非常に間口が広く、客に対して鷹揚で、見ている人も仲間だと思っている節がある。
舞人の回りでステップを踏んでいれば、必ずと言って良いほど「輪に入って踊りん」と裾を引かれる。それは人が少なくなって地元の人だけではすでに立ちゆかなくなったからなのか、昔からそうだったのかは知らない。
けれどどこも小さな集落ばかりで、血が濃くなることを防ぐと言った意味合いもあったのかなどいろいろ考えてみる。

これから先どうなっていくのか大変な不透明な花祭り。
文化なんていう言葉はこの際どうでもいい。
こういう楽しい祭りが大昔からあったことを子供たちにも教えてやりたいとは思う。
次回は2/6の布川だけど、これは都合で行けない。
11月までは長いなぁ。

おれいっぱい映っとったやん!
御幸の湯囃子ですぎうらさん押さえ込んでるとこが映し出されとった(笑)

2011年1月16日 (日)

花祭りは楽しい!

昨日の中日新聞に花祭りの記事がちびっと載ってました。
何を取材に来たのかよくわからないほどの記事でした。
写真が大きくて、祭りの人たちの声が反映されてなかったのは残念。
というより読み応えがない。

「楽しいからやってるんだ」というのが唯一の声。
きっと記者さんは「伝統芸能の保存」なんていう観点からの記事を書きたかったんでしょうが、そんな言葉は返ってこなかったんでしょうな(笑)
現場へ行けばわかるよ。
実際にまつりを盛り上げて人を集められるのは現場の人たち。
みんな楽しそうに動いてる人こそが花祭りを存続させている。
「楽しいからやってるんだよ」
国指定無形重要文化財だなんてこと、まつりを運営することとはまったく関係ないと言ってよかろう。
楽しいんだよ楽しいんだよたのしいんだよ ヾ(@⌒▽⌒@)ノヾ(@⌒▽⌒@)ノヾ(@⌒▽⌒@)ノ

お〜も〜し〜ろ。 

2011年1月11日 (火)

テーホヘ2011  東栄・下粟代(下)

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目覚めたのは6時くらい。
車内でぼーっとしていると妻も起き出した。
そろそろ行くか、と会場へ。
ちょうど榊鬼が登場したところ(だったかな)。
榊鬼が終わり、他の舞いが始まったところでさ再び車中の人になった自分。
だって眠かったんだもん!
目覚めたら(妻に起こされたのだが)、岩戸の舞いが始まるところでした。
ちん○んに摸したすりこぎで観客にみそを塗り、まん○に摸したしゃもじですりつぶした米をぬりつけていく。
2組のおじいとおばあが逃げまどう人たちをおいかけていくが、元々観客が少ない時間帯でもあり手持ちぶさた。
車の中で仮眠していた人たちを起こしてまで塗っていくのはいいね!
あれくらいやらないかん!
NHKの取材スタッフも執拗にねらわれていました。
ちなみにここのみそは普通のみそなので、よほど強くこすりつけても目立つほど付きません。
御幸で使われるみそは五平餅のみそなので柔らかく、大量につくのですがね^^;
むろんぼくもされるがまま。

見舞いを置いてきました。
お礼として御札、食事券等がいただける。
食事券とは酒、肴。
2合とっくり1本に肴を食う。
肴はけんちんと呼ばれてはいるけれど、煮物であります。
よく炊けているのに崩れていない。うまい煮物でした。
酒も肴も空きっ腹に染みるぅぅぅ!
おかわりしていいものなのかどうか小心者にはわからないので、そのまま食器をお返し。

翁の舞いが終わるといよいよお待ちかねの湯囃子です。
舞子が振りまく湯をかぶると1年健康に暮らせるという。
大半の人はこれが目的のひとつだと思っていたが、そうではないらしい。
夕べまつりを盛り上げていた大半の若い衆はいない。
だから思いっきり浴びるべく、釜の一番近いところで一緒に舞ってました。
そりゃあ見よう見まねで舞いと呼ぶにはおこがましい舞いですが、この祭りではそれが許される。
「見ているだけでは楽しくない」っていうのは、みんなが言うこと。
だれが舞ってもいい。
祭りっていうのは閉鎖的なものが圧倒的に多く、よそ者は参加できない事が多いのに、花祭りは受け入れている集落しか行ったことがない。閉鎖的と言われる三河人の印象とは対照的。けれども、新しい血を欲するのは、狭い集落ではよくあったこと。花祭りを通して濃くなりがちな血を薄めようとした結果かもしれないなんて愚考したりしてね。

んでまぁ、湯を浴びました。
ふっふっふ、自分で思ってた以上に濡れてましたよ。
こんだけ濡れとけば、今年も病気をせんでも済むでしょうな。
ありがたやありがたや。
湯ばやしは逃げてはいかん。
一歩前へ!一歩前へ!(笑)

しばらくして茂吉鬼が出てきましたが、疲れ果てた夫婦は帰宅することにしました。
24時間半あるまつりの14時間は見た。
楽しくて充実した時間に納得して帰る気になったのでした。

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そういえば、御神酒を勧めてくれた方が、「すぎうらさんのホームページに載ってましたよね」と声をかけてくれました。
「すぎうらさん、さっきまでそこにいたんですよ」と妻が言えば、「いえ、杉浦さんは知らないですがホームページは見てる」とのこと。
もしこれを読んでくれていたらぜひコメントくださいね! 

2011年1月10日 (月)

テーホヘ番外

てーほへ1
昨日から今日にかけて体験。
あまりに楽しい思い出が詰まりすぎて、当分引きずりそうな予感。
うちに帰っても舞いのまねごとをして笑い合ったり、かけ声の音が違うんじゃないかと反省してみたり。
結局は「声を出さないから悪い」と他人のせいにしています。

てーほへ2
帰宅してさきほどやっと頭を洗ったら、ススのにおいがぱぁっと匂いました。
これがタバコのにおいだとすごく不快な気分になるところ、なぜだかススのにおいってのは心地よい。洗うのをやめたくなるほど心地よかった。あの香りの中にも、今日の楽しさが溶けているのね。

てーほへ3
舞台の下粟代生活改善センターには2つのいろりがきってありました。
手間のかかるいろりなどきっと年に一度のこのまつりの日に火を入れるだけでしょう。
地元の人らしき酔っぱらったおじさんは壁にもたれこんで囲炉裏框に足を載せ、「このいろりは使いにくい」と言う話をしてくれましたが、酔っぱらっている上に方言丸出しで何を言ってるのかさっぱりわからない。適当に相づちを打ってきいてました。でも三河人の妻にはそこそこわかったみたい。
話し終わったところにもうひとりおじさん登場。同じようなスタイルで横になって寝てしまいました。
問題はいろりの煙をぬくための小屋根がないために窓を全開にしなければならないこと。これでは暖房器具としての意味が薄い^^;
いろりばたにうすべりを敷いて座るという古事を、実際に見たのはいつ以来か。

2011年1月 9日 (日)

テーホヘ2011  東栄・下粟代(上)

土曜日(2011/1/9)、仕事を終えて151号を北上。
2時間足らずで東栄町・下粟代に着く。むろんこの集落に来るのは初めてです。
真っ暗で、星明かりが森を照らす中、生活改善センターが大きな光にまみれて見えてきた。
午後9時過ぎ、車を降りるとトニカク寒い。
寒さが力となって押し寄せて来る感じ。まつり会場は半室内なのでさっさと陣取るればそれほど寒くない。
そもそも-10℃になろうかというところでフリースの上着というのはいかがなものか。
でも寒さを感じないとこの村に来た意味合いが少し減る。

今回は前半カメラを捨てました。
体がリズムをつかみ、まつりの中に埋没できるまで捨てた。
撮影という欲がなければ自由に動けるからね。
んで、足で軽くステップを踏んでみた。
舞人の足に合わせてふーにふーに。
足がステップを覚えるとこんどは腕を動かしてみる。ほーれほれ。
てーほへてーほへ!てーほとへとほへ!
基本不器用なんだろうなあ、手と足が別々に動かない^^;
そんなことを2時半まで続けてました。
あーーー、踊ればこんなに楽しいのに。
入り口で突っ立って見ている人たち、相当損してるね(爆)
まああの場で堂々と舞に加われるなんて人、日本人にはそれほどいないだろうなあとも思う。
自分だって妻がいなけりゃ絶対加われないから。

回りの盛り上がりも一段落ついて、自分もカメラを持ってきていることを思い出した。
伴鬼が出てきたところで、やっと撮影をはじめました。
まずは山見鬼から。

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このあとしばらく車中で仮眠。
御神酒と踊りすぎでふらふらでした。
車には霜がびっしりと降り、ドアもトランクも凍てついて「バシッ」という音で開きました。
当然外の寒さは普通じゃない。きーんきーんと音がしそうなほどの寒さ。
持ってきた毛布をかぶって妻と二人6時過ぎまで寝ていました。 

2011年1月 5日 (水)

テーホヘ2011 豊橋花祭り

御幸神社の花祭りは14時からでした。
そこから18時前まで見て帰宅、妻を連れて再度見ました。
見たというよりも参加したというべきかな。
踊りの輪に勝手に入り込んで「テーホヘテホヘ!」と叫びまくり。
なんであんなに楽しいんだろう!
みそも塗ってもらったし、湯もかぶって今年も健康で過ごせそうです。
「花祭りは踊らなおもしろくないよ」っておじさんに言われたけど、おれずっと踊っとったやん!

ただ今朝は腰が重かったです。
ひざが微笑んでました。太ももが張ってました。
若くないけど、また次回もどこかで踊ってやろうヾ(@⌒▽⌒@)ノ

初めのうちは姑息にカメラをぶら下げていたものの、盛り上がり始めてからあきらめた。
もう写真なんか撮れる精神状態じゃねえんだもん!
足は勝手にステップ踏み出してるしさあ。

自分が踊ってみてわかった。
カメラ持ってうろうろーーーーっとしとる人はじゃまだということ^^
ぶすっとして見てる人は気分をぶちこわしていること。
でもそんなことお構いなし。
自分が楽しければいい。
ぶすっとしてたって楽しんでるかもしれないわけだし。

でも自分はやめた。
妻と出会ってそういうことができるようになったもん。
だから踊る。
テーホヘーテーホヘ テホトヘテホヘー♪
テーホヘーテーホヘ テホトヘテホヘー♪

2011年1月 4日 (火)

今日の予定

花祭りです。
このために仕事休みました。
仕事より大切だろ。

豊橋の花祭りは、豊根他から入植された人々が故郷を思い始めたものだそうです。
本家に比べて極端に短い祭りの時間。「おいしいどこ取りだ」という声も聞きますが、廃れる一方の奥三河の民俗が豊橋という都会で生きていくのはそれなりに価値があると思いますし、花祭りに親しむいい機会にもなるんじゃないでしょうか。
今やオリジナリティより幸地区(みゆきちく)の地区のお祭りに特化しようとしている節もあるそうですが、よそ者には十二分に奥三河の香りがするまつりです。
そういう祭りに今日は浸ってきます。
豊橋から1時間以上も山道を走らなきゃ見られない祭りが、うちから10分ほどのところでやっている。
ありがたやありがたや。

御幸神社で行われるのを豊橋花祭りと呼ぶ人もあるそうですが、そんなことに驚いてはいられない!
東京花祭りなんてものが存在している!
なぜに東久留米で花祭り?!
しか東栄町から指導を仰いでいるという。
http://homepage3.nifty.com/medialab/
仲間だな、こりゃ。

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