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まちあるき 散策

2012年5月 4日 (金)

前芝探検隊

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こそーーーっと入隊してきました。
大きい名札が恥ずかしいので、普通に写真撮ってました。
集中するので、ゴミを拾う余裕がありませんでした。
ゴミんなさい(_ _)


人にはそれぞれの視線や個性があります。
それぞれの視線から前芝の風景を切り取って保存していこうという趣旨には大変に強く賛同できます。
写真を趣味にしていながら古写真を見るばかりで、「今」を保存しようとしない自分に疑問は持っていても、それもひとつの個性と割り切っていましたが、こういう企画があれば飛びつきます。

撮影する写真に関してテーマがあるわけではなく、手当たり次第に撮ればいい...ですかね^^
第一回の時に撮られた写真を見て、自分に撮れる写真を考えながら町の中を散策していました。
1.物だけを撮っても仕方ないので、なるべく線で捉えること。無機な物を有機的に結びつける。
2.生活や人の生きた証しを善悪なく捉える。
結果的には大した写真は撮れていないので、一枚だけ添付してみました。
写真の中心あたりにかつては港があったようです。
港町の風情は残っているけれど、漁師町の雰囲気は今にも消えそうです。
都市に組み込まれた小さな町はこうなってしまう運命なのでしょうかねえ。 

2012年1月29日 (日)

中山道ウォークみやげ

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みやげというものはほとんど買わないんですが、今日は買わずにいられない気分になりました。
伏見宿の浮世絵マグカップでヤンス。
御嵩、伏見、太田といった地味な宿場にはほとんど期待していなかったのですが、期待に沿うが如くの惨敗ぶり....と思いきや、御嵩にも伏見にもさりげなく宿場風情が残っておりました。
このマグカップは、そんな伏見宿にあった「らくだ」というまちづくりセンターで買いました。この施設、一目で郵便局だったとわかる建物で、となりの残っている大きな建物に付属している建物でした。
郵便制度発足当時は施設の建設が追いつかなかったのか、地元の大家が郵便局を担ったことが多々あり、これもそのひとつです。隣は味噌や醤油を扱っていた松屋という商家であり、その東側に増築されていました。
しかも商家による管理のため、内部は商家とつながっています。
旧街道を歩いていると、こういう例は意外と多いのですが建物が残っているのは割と珍しい。
旧醒ヶ井郵便局も同じ例であると言えます。

伏見宿は上州に始まる山岳部最後の丘陵部にあり、北には三留野以来の木曽川を臨んだ高地に位置しています。尾根道を上がりきった平地で、下がるまでが宿場だったでしょう。
本陣付近に残る風情は皆無。「まあそんなもんだろうな」と半分あきらめモードでありましたが、脇本陣跡から3〜4軒大変に立派なお屋敷が並びました。
その東端にあるのがこの「らくだ」。
大変に愛想のいいおじさんと話す妻。
この郵便局跡、木造建築に付属しているのに、木造建築ではない。
なんだかヘンな具合ですが、瀟洒でかわいらしい建物でした。
何もないかのような伏見宿にもやはりナニカがありました。
その記念に購入したマグカップ。レギンス・ザビに代わって、早速現役です。

2012年1月 8日 (日)

足助のまち

先日足助へ行く機会がありました。
ご存じの方も多いかと思いますが、飯田街道上の宿場町です。
道中奉行管理下にはない地方街道なので本陣などはありませんが、加茂郡の中枢として長年機能した町です。
父がここからさらに国道153号線を上った旧阿摺村の出身で、子供の頃は歩いて足助の町へ行ったという話しを聞いたことがあります。
その父が言うには「なんにもないよ」と。
数年前一眼レフを購入して間がない頃に姪や甥を連れて行きました。何もないというのは地元の人の意見であり、実際には古い町並みが残っているなあという認識は確かにありました。
ところが再度訪れて、足助の待ちの西口から東口まで歩き通したらあまりに多くのいろんなものが詰まったおもちゃ箱のような町であることに驚きました。
いかにも宿場といった風景、蔵造りの妻入り商家、江戸期とおぼしき旅館に、木造の料亭のような建物を改造したモダンな食堂、木曾で見られる崖屋造りもここには各家に備えられ、河原に降りて風景を楽しめるというおまけ付き。
江戸時代から現代まですべての風景を擁しながらも、今でも人が住む町として機能している事実。つまりは生きている町であり、動態保存でもあるわけです。
コンデジしか持っていなかったのでマトモな写真が一枚としてない。
それでも風景を切り取ることが楽しくて、1時間足らずの間に200回以上もシャッターを切ったことです。

あまくみてました。
以前下した評価すら甘かった、俺の目はただの節穴だったと頭を垂れるほどの町でした。
「中馬のおひな様」という企画が毎年行われています。
今年も2/11から始まるので、ぜひとも足助に行き、今度こそは一眼でまちもな写真を撮ってきます。できれば町の空気をかぐためにも一泊したいところです。

2011年7月 4日 (月)

醒ヶ井のバイカモ

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納車されたばかりのハイエースで、醒ヶ井のバイカモを見てきました。
小さい花が水面あるいは水中で漂います。
きれいというよりも愛らしいといった感じ。

醒ヶ井は旧中山道の宿場町です。
パイカモが漂っている地蔵川は、きっと防火用水でもあったんでしょう。
何度か訪れているので、バイカモを含めた町並み風景に目が向きます。
それでも「ならし運転」という大義があり、かつ妻のご機嫌取りの意味合いも含めて、記念写真を何枚か撮影。
そもそもバイカモの花そのものを撮影するレンズしか持っていかなかったので、大した写真を撮れませんでした。
大半の写真は、妻のコンデジを取り上げて撮影してました。
100mm macroにすべてをかけたおれはなんて男らしいんだろう!なんて思いながら現地に向かったのに、着いてからは後悔の連続。
あぁ、情けない^^;;;;

行きは全区間高速、帰りは道を変えようとしたのが間違い。
延々一般道を走って帰ることになってしまいました。
21号から養老・津島を抜けて23号線バイパス。
途中の養老ではクルマにはねられたらしいシカ(クルマ"を"はねた?)が路ばたに転がっていたり、知立バイパスでは故障したハコスカが上り線をふさいでいたりいろんなことがありました。
途中実家に寄って買いものを済ませてきました。通り道だよーなどと妻を騙して両親の様子を見てこれたのはもうけ^^
だって今週末所用で実家に行くんだもの。
結局5時間近くかかって帰宅。
新しいクルマだしなかなか疲れましたよー。
それにしても津島は暑い。
暑いと言ってもいつも風のある豊橋はそれよりずいぶんと過ごしやすいです。

これは書いておかなければなりますまい。
醒ヶ井の駅を出ると広場になっています。
今でこそ国道が分断していますが、昔は広い駅前広場だったでしょう。
その広場をつきあたって右に行くと、お世辞にもきれいとはいえないスーパーがあります。
ショッピングセンター信沢というんですが、「鱒の甘露煮 製造直売」の看板に勇気を振り絞って入ってみました
ここで買った鱒の甘露煮、うまい!
鱒の味が消えてしまうほどには煮込んでない。
鱒の味はあるし、たれのうまみもある。
2匹しか買わなかったことを大変に後悔しました。
傍らにあったヤマブキの佃煮も買ったけどこれもうまかった!
ヤマブキの佃煮にはフキの苦みがなければダメ。
店は外見で判断してはいけませぬよヾ(@⌒▽⌒@)ノ 

2011年4月30日 (土)

姫街道を歩きました

連休中、磐田から御油を制覇するという知人に付き合ってみました。
一日目は見附宿(磐田市内)から気賀の約26km。
駅待ち合わせで磐田駅から8時半スタート。

姫街道の入り口は有名でしょう。
東海道を行くよりも、この道を歩きたい!といいたくなるような風景が、見えますから。
いきなりの坂道だけど、なんとも風情があって前途洋々です。
その後は旧道然とした道を歩いたりはいますが、大半は自動車道路。
農村部でも旧道の風情はなく退屈でした。
天竜川で東海道と合流し、安間地内の追分から再び姫街道単独道路に。
たんたんとした変化のない道でやはり退屈。
道祖神や馬頭観音があるわけでもなく、地形も変化はない。
新しい道との絡みも興味を引くほどでなく、歩きたいという意欲がわかない。
池田近道なんていうところもあるけれど長くはなくてすぐに農村部分に入ってしまう。
何もないから見るものがない。
つまり下をうつむきがちになってしまう。
うつむいてある方が能率はあがるんだよね。
うつむきがち→風景を見ない→急ぎ足に→うつむきがち
というデフレスパイラル。
市野宿は唐突に現れました。
何もない町に現れた宿場なのかな。
こは交通量が非常に多く、油断しているとクルマにはねられます。
古い旅館はあるし、曲尺手と思われる部分も残されていますが、あのクルマの量では雰囲気に浸ることはできません。

姫街道は三方原台地上を西へ行く道です。
東海道は台地下の海沿いを行くんですね。
台地上はゆったりした道であったはずですが、現代ではせまい道に大型バスが頻繁に通る道。せっかくの松並木も風情形成にはあんまり役だってないですね。
とにかくその道路環境から抜け出したい気持ちが先立ちます。
義務感によって、そのつまらない道を歩き通し、大谷で三方原台地を下ります。
実質的に浜松市が終わる印象かな。
しかしその先も大差ない雰囲気で、相変わらず淡々と歩きます。
こうなると希望は気賀宿のみ。
気賀への旧道に入ると、千日堂を過ぎて山道へと入ります。
服部小平太が殺された碑なんてものもあります。
この道をドロドロと下りていくと都田川を渡って気賀宿へと入ります。
すっかり見慣れている気賀宿ですが、宿場の雰囲気はありますね。
姫街道・銅鐸資料館を見て福月堂でみそまんを買い、天竜浜名湖鉄道で帰りました。

おもしろければ、二日目も歩こうと思っていましたが、期待したほどではないためにやめました。気賀から先は間違いなくもっと楽しいと思われますが、気をくじかれたようです。

それにしても中山道を歩いたあとの姫街道は辛い。
何もないっていうのはほんとうに辛い。
住宅地を28km歩いたようで、疲れもひときわでした。
たぶん二度と歩くことはないだろうなあ。

2011年4月29日 (金)

姫街道歩きの途中

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熊野(ゆの)の長藤です。
思いも寄らない藤に、得した気分♪ 

2010年5月12日 (水)

名鉄ハイキング詳報

参加したのは津島のコース。
名鉄津島線藤浪駅から津島駅までの約7km。
7kmくらいなら楽勝と、ウォーキング用のMO1250ではなく、MW1000で参加。

藤浪駅からしばらくは歩道が狭くて、大変遅いペースにいらだちました。
人のペースで歩くというのは大変に疲れる。
こりゃあダメだなと思い始めた矢先に、やっと津島上街道に入って、渋滞が解消されました。
人によってずいぶん速度が違う。
でも大半の人があたりの景色など見向きもせず歩く。
上街道って、今はなき佐屋川の堤防上の道だから、両側が低くなっているけれど、そんなことはどうでもいいらしい。
年輩の人でもけっこうなペースで歩いている。
あちこちながめながら写真を撮ってるようなヤツらは邪魔なようだ^^;

沿道にあったヨシヅヤが一時間早く開店していて、トイレを開放。
なかなか粋なことをするね。
中では早くもたこ焼きをほおばっている初老のカップルもいた。
いや、それはわしらじゃないw
ヨシヅヤができたことで、もともとそこにあった神社は、向かいの駐車場奥に移されてしまった。
なんか悲しいな。
それはそうと、その神社跡地の向かいにあった菓子屋でいちご大福を食う。
口をもぐもぐやりながら、上街道はいよいよ市街地中心部へ。

米印瓦の遠山邸を過ぎ、ヱ印の富永邸、市神社、旧名古屋銀行津島支店の建物を過ぎて天王通りを津島神社へ。
津島神社では呈茶祭とかいうものが行われていて、マイミク・楽人さんが、龍笛(かな?)を吹いておられました。
南側駐車場あたりのフリーマーケットを冷やかし、天王川公園に入り露店でビールと大あさり、サザエの昼飯。
食後はちらっと藤を見て、津島駅に戻りました。
津島駅の受付では湿布とストラップがあたりましたぞ。

無料にしては意外と濃かった印象だけど、大半の人は歩くことそのものを楽しんでいるか賞が目的(目当てという意味ではない)で歩いているのかのどちらかーなんだろうなあと思った。
靴だって特別な靴じゃないし、あたりの景色を楽しんでる人はほとんどいなかったもん。
行くときはやっぱり下調べした方が楽しいだろうなあ。
意外と楽しめるもんです。
また折を見て参加してみようと思います。

2009年4月19日 (日)

由比到着

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由比に到着。
ナマサクラエビとビールで休憩中。
予定は吉原だけど、サクラエビのうまさにくじけました(笑)

2009年4月12日 (日)

豊橋発、三河大野から名古屋

この土日連休でした。
いいでしょおぉ(笑)
突如思いつき、飯田線で三河大野へ行くことにしました。
友人M.N氏に声をかけてみると二つ返事。
ラッキーだわぁと思いつつ。

豊橋駅飯田線ホームで待ち合わせ。
電車はなかなかの混みようで、平岡へ行くというおばちゃんと同席でした。
豊橋を出て数分後「まもなく本長篠です」というアナウンスには驚いたぞ。
おばちゃんも大爆笑。
本長篠が10分そこそことは特急伊那路より速いじゃないか(爆

1136345266_117 三河大野は谷間の駅。昔は駅舎旅館があったというだけあって、駅前は広い。そこからまっすぐ画廊鳳来館(旧大野銀行本店)に向かってまっしぐら。
鳳来館の建物のあるT字路が秋葉街道の宿場・大野宿の中心付近です。そこから1時間ほどぷらぷらと散策して、旧大野銀行本店の人になる。
旧大野銀行は地元有志の方々の尽力で、今はギャラリー&カフェ鳳来館になっています。
詳細はこちら

朝から何も食べていない午後4時、空きっ腹にビールとパンランチを詰め込みました。
意外なボリュームで、とりあえず命はつなぎとめた(笑
二階では五月人形展が開催されてました。
手が出るような値段じゃなかったので、箸置きを買いました。
入場料代わりです。

帰りは豊川で名鉄に乗り換えて名古屋へ。
別の友人と食事をする話になっているのだ。
金山で合流して矢場町の味千へ。
久しぶりに食ったがまあまあの味だね。
味千といえば青菜炒め。うまかったぁ!
食っているうちに帰るのがおっくうになってきた。
「お泊まりお泊まりうれしいな♪」と囃せば嫁もその気になってにやけ出した。
結局名古屋駅前でお泊まりだわさ。
チェックイン後に駅前のビールバーでギネスを飲んだ。
腹一杯なのにするする〜っとい入ってゆくスムーズさがたまらない。

日曜朝、仮面ライダーディケイドを見たあとはホテルの1階ロビーで朝食。
梅昆布だのタケノコの煮物なんぞがあるもんで、思わずビールに手を出してしまったじゃないか。
くそっ、東横をもうけさせてしまったぞ。
軽くほろ酔い気分でホテルを出て、バスターミナルへ向かう。
このあと矢場町のランの館に行くの。
大須観音へ行きたいという親子連れが運転手にどこで降りたらいいか尋ねている。運転手は一生懸命調べている様子だけれども、言葉からして関西系の人らしくわからんらしい。「ランの館が一番近いと思います」という一応の結論は出たようだけれど、大須に行くなら矢場町で降りるのが正しい。
このおばちゃんたちがたまたま自分らの前の席に座ってたので、矢場町の手前で大須観音への道を教えてあげた。(「知ってるなら教えてあげりん」と嫁が言うもんで^^;)
「ありがとうございました。」とおばちゃん親子は頭を下げて降りていきました。

1136348789_101 1136348789_236 ランの館、ランマニアの集いの場所かよ。
聞いたこともない種類のランが並んでて、根がヲタクなヾ(@⌒▽⌒@)ノはうれしくなってしまったよ。
コンデジのマクロ機能では捉えられないほど小さな花もあった。
胡蝶蘭の大株なんかにもびっくり。こんなに大きくなるもんなんだ!
庭に出るとシャクナゲがいたるところにいっぱい!見事に花を咲かせてました。
その一角にテントが張ってあり、中には商品価値の落ちた洋ランが並んでます。カトレアなら200円くらいからあるし。
うちらは荷物になるとわかっていながら、巨大な胡蝶蘭を買ってしまいました。
胡蝶蘭とデンファレだけは難しいからやめておこうと昔から誓っていたのに、とうとうやってしまった...。
でもランの館に行ってバンダのすばらしさにも開眼したし、パフィオペディルムもやってみたくなってしまった。たぶん置き場所がなくなるまで止まらないんだろうなと思う。なにしろ開花の喜びを分かち合ってくれる人がいるから。

それを抱えて再びバスに乗ると、行きと同じバスだった。
むろん運転士さんも同じ。
一周して戻ってきたのね。

帰路、1000系パノラマスーパーの1C1Dを占拠してビールとサンドイッチで小旅行です。
東岡崎から空いた1A1Bには小さな女の子を連れたおとうさんが着席。
「ンごい!」「うっさい!」「でんちゃきたよ!」「でんちゃさいなら〜っ」
こうして名鉄の人気は維持されてゆくのであった(笑
やかましくてごめんなさい、そういいながらふたりはうちらより先に降りていきました。

豊橋駅にはうどん屋と並んでラーメン屋がある。
時間帯によって、販売しているものが違っているという店です。今日は幸いラーメン屋の時間だったので入ってみた。でっかい胡蝶蘭を抱えてですね
^ ^;
置く場所がなかったので、しかたなくカウンターの上に置きました。
あ、開店祝いみたいだ ^_^
「見事な胡蝶蘭ですねぇ」
ラーメンをつくり終えたおばちゃんが言います。
「これ、高いんじゃないですか?」
「わたしも好きで時々買うんですけど、なかなかうまくいかなくて枯れちゃうんですよぅ」
負けずに「胡蝶蘭は難しいみたいですよね、だから今まで手を出さなかったんですが」と言うと、一時ラン話で盛り上がった。
ランの好きな人はそこらにたくさんいるんだな。
そして胡蝶蘭を買ったことで、ラーメン屋のおばちゃんとささやかな話もできたヾ(@⌒▽⌒@)ノ

改札前に本が落ちてた。
「ちんちん電車の走る町」のタイトルが目に入った。
あたりをぐるりと見回すと、乳母車をひいたおねーちゃん(おかあさん)が、急ぎ戻って拾っていった。
その風景を見てちょっと胸が熱くなったな。
豊橋の人は豊橋市民という括りの中で日々生活をしている。
でも名古屋の人は名古屋という町の中で生活していても、名古屋という括りの中にはいない。
つまり括りとしては大きすぎて、一人では捉えきれない。名古屋市民ではあっても、結局は身の丈サイズの町の中にいる。
名古屋に住んでいた頃には大都市に住んでるっていうことしか感じてなかった。自分が住んでいたところに「町」はなかった。だからこそ名古屋という括りを使っていたのだろうが、同じ名古屋市内でも古出来町とか筒井町あたりは違う。名古屋という括りはをさして重要視してないのだ。彼らには筒井町というくくりがある。220万人も暮らしている名古屋という単位は経済面ではともかく、精神面においては必要じゃないように感じる。
豊橋はどうなんだろう。
38万人都市というのは、やはり自分の手には負えない気がする。
ひとつの町内で暮らすのがせいぜいじゃないんだろうか。分を弁えるっていうのは大切なことなんだな。それが自分を生かす道でもあるんだな。
なんてことをこの二日間の旅行で考えた。
でも豊橋は住みやすい町だと思うよ。

JR高島屋の中にあるBEAU BEL BELLEっていう店のチーズケーキをもらった。口の中でとろけてしまううまさ!
こんど在所に帰るとき、義妹に持っていってやろう!

2009年2月10日 (火)

妻籠で勝負する

1076785480_114 土曜日から在所に移動して泊まり込み、ディケイドを見てから図書館で津島の達人検定の申し込み手続きをしてきました。その足で友人と妻籠までドライブに行き、飲み食いして写真を撮ってダベる。
表向きは遊びだけれども、妻籠という場所は自分の中では常に緊張感を持って接する所です。町並み保存のウソを見破るとか、自分にしか撮れない風景を探し出すことで、自分の知識レベルというか、スキルを試しておるんですな。
妻籠というテーマパークはほぼ完璧なので、ひとつでも見つけ出せばヾ(@⌒▽⌒@)ノの勝ち。
今回は1勝でした。
1076785480_94 その一勝とは、洋風建築の日本家屋風塗装。
観光客相手の小さな土産物屋だと思うんだけれど(今日は休みだった)、柱にはイオニア風の飾りがついた柱が装飾として建物正面に付けられており、明らかに(擬)洋風建築。こんな建物まで茶色に塗って町並みを統一していることは客に対する欺瞞ですね(笑)いや、徹底したテーマパーク化と呼びましょうか。
わざわざ建築主が洋風として建てた物を和風建築の中に埋没させてしまう妻籠ってのは、ちょっと懐が浅いんじゃないかい?と、やっかんでみるヾ(@⌒▽⌒@)ノ
それにしても充実した資料館、築100年を越えた脇本陣に再現された本陣、なんと充実したテーマパークなんだろう。
まったくうらやましい限り。

友人とは、着いて早々そば屋で飯。
着いたら昼だったんだもん。
まずは一軒目でビール!酒!五平餅!
かつおだしでしっかりと炊かれていた椎茸と昆布の付け出しが大変にうまくて、付け出しだけ無理を言って頼んでしまった^^;
飲み干したあとに二軒目のそぱ屋へ移動してそばがきと揚げそばがきでさらに飲む。

やはり妻籠はいい。
なんど行ってもいい。
こんどはぜひそば屋で飲んだ後に中山道をふらつき、大妻籠あたりで宿を取って空気の張り詰めた冷たい冬の朝を体験したいものだと思った。

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