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建物

2012年4月26日 (木)

過去の日記へのコメント

もう6年も前に書いた記事について、コメントをいただきました。
http://suki.tea-nifty.com/tobe/2006/09/4_84ad.html

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このビルについては当時は情報がなく、現在の店舗が入る前は印刷関連の会社が入っていたは友人から聞いていて知っていましたが、新たな情報をいただき、元々どういういきさつの建物であったかを知りました。

ホームページにこの記事を書かなければ、この建物がどういうプロフィールでだったかということも知らず過ぎたと思うと、情報発信してよかったなーと思うのでした。

この建物、現在はブティックのようです。
戦前のモダーンな雰囲気がとても特徴的で、このために建てられたような印象すら受けます。
ところが元はいえば結核予防会の診療所でした。
結核予防会のホームページによれば、このビルが建った昭和12年当時結核は国民的な病で、その克服が課題であった。
戦争に突入していく時代背景の中でもそんな動きがあったんですね。
そして名古屋の城下のはずれにこの診療所が建った。
お寺というのは、時として救済事業をやってることもありますが、立地に対してなんらかの影響関与があったのだろうか、などと余分なことまで考えてしまいますな。
いやはや、楽しい妄想の世界です(笑) 

2010年9月16日 (木)

名古屋第一赤十字病院(旧)本館

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今日たまたま通りかかったら、本館がなくなってた!
本館のあった場所は駐車場になってしまって、本館があった跡には車寄せのみが花で飾られてました。
傍らには解説板があり、旧本館は「歴史的価値が高い建造物」とあるにも関わらず、車寄せを残すだけでいいんですか。
西洋の城のような塔屋式階段室もなくなってるし、建物正面の飾りの付いていたバルコニーもきれいさっぱりなくなってる。
そりゃあ70年も前の建物だから使い勝手は悪かっただろうし、ひょっとしたら耐震面で問題があったかもしれない(つい最近まで使われていたんだからそんなことはないと思うけど)。
そんなに邪魔だったのかね、あの建物は。

建物のファサードを残す手法、最近はやってるけど、とてもアホらしいと思う。
全体像を見なくて建物のことなんか何もわからない。
現存させられてしまった車寄せ、回りに植え込まれている花は、死者に対する手向けの花にしか見えない。

2008年9月11日 (木)

続 今日も今日とて 〜鳳来館

大野に着いたのが、ちょうど昼。
さっさと飯を食って昼寝しようと思ったけれど、どうにも旧大野銀行本店が気にかかる。携帯ナビで調べたら10分程度の距離らしいので、行ってみました。

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旧大野銀行本店は、現在鳳来館と称して画廊喫茶を営業。
飯田線三河大野駅と、街道の交点にありました。
とてもわかりやすい。
写真を何枚か撮った後、せっかくだから店内でお茶を飲んでみる。
以前のヾ(@⌒▽⌒@)ノだったら、こんなことは絶対しなかった(できなかった)ね。

店内は大正モダンな作り。
銀行建築を生かしていて、とても好感が持てます。
カウンター、柱もそのまま。
高い天井は広々感があり、暑い季節だと涼しさがより感じられる気がするよ。
まぁ電気代は大変だろうな(笑
給仕さんというにふさわしい衣装で、店員さん登場。
さすがに暑いのでアイスティーを。
けれど、ここのアイスティは土地の物をブレンドしているらしい。
確かにうまいお茶だけれど、お茶の味というのはやはり熱くなければダメだな。
メニューもチェックし、再訪に備える。
小汚い作業服できれいな店に入ったと嫁に叱られてしまったよ。
あ〜。

ところで、この店は旧街道に面しているのだけれど、一般になんと呼ばれているのだろう。伊那街道も三州街道でもなさそうだし。そのわりには、この鳳来館、堂々と「大野宿」と名乗ってる。確かに宿場ではあるんだろうけどさ。
飯田の大平宿も同様によくわからない存在。
道中奉行が管理外の街道および宿場はどういう形で運営・管理されていたのか気になります。

2008年4月24日 (木)

豊橋の聖ハリストス教会が国指定重文に

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まだ指定されてなかったのねーって感じ。
岡崎の一号線沿いにある旧額田郡物産陳列所がすでに重文に指定されていたというのもこの際驚いたけれど。
愛知県のサイトに詳細なデータがあります。
保存した(笑)

あの一角にはまだ豊橋公会堂があるんだけどな。
あれは新しいからダメなのかな。
設計者の知名度だけではダメなのかな(笑)

2007年12月24日 (月)

追いかけて横浜

新横浜から根岸線直通の電車で桜木町駅に降り立った。
「なんだこりゃ〜新興都市のおおざっぱな街作りかぁ」と思った。
ランドマークタワーが見える。
観覧車が見える。
あとはゴジラ、モスラ、バトラがいればゴジラvsモスラが撮れる。
実物はいねが〜。

14時までに中華街に入れればいい。
そこまで約1.5km、2時間弱ある。
知らない町をうらつくことほど危険なことはないので、とにかく妻木頼黄の旧横浜正金銀行を目指す。今では神奈川県立博物館となっていて、国重文。

「なんだかつまらなそうな町だにゃ」と歩いていると、橋のかなたにれんがのたてものがちょっと見えた。
「おっ」
もう少し歩むと正面に銀行系近代建築が見える。
ひゃっほーーーーーい!
突然足取りが軽くなる。

歩けば歩くほど、そんな建物がいっぱい見えてくる。
胸が高鳴る!
動悸が早くなる!
血圧が上がる!

Th_img_7539_2 最初に見えた銀行建築は旧第一銀行横浜支店。
バルコニーがあったり、ドアにライオンの飾りがあったりとっても素敵だわー。
浮かれつつ写真を撮りまくる。
正面にやたら高い建物があって、日照が遮られてしまってることが、大変に残念です。
冬の高い太陽でも陰るということは、「もっと朝早く来い」ということか。
ネット上には燦然と太陽光を跳ね返す同建物の写真があります。
くやしいぃぃぃぃ!
中に入ると白い柱がまるでギリシャ建築のようなそそりたってます。
す・て・き〜 (*ё_ё*)きゅん・・
中から見える範囲に昭和初期っぽい建物がいっぱい。
いくつら写真を撮って出ると、連れが、「奧に修理前の写真があったよ」というので、戻った。
どうやら曳き屋をしたようで、当時の模様がパネルになっておりました。
「こんな本があるよ」連れはめざとい。
それは横浜市広報課と神奈川新聞が共同編集している「横濱」という季刊誌でありました。
ぱらぱらとめくった。
内容が濃いぞ!
基本的に市の広報誌だからか、400円!
安さに驚いた!
普通なら1500円はとっていいような本です。
「ペリーが見た横濱・Japan」と「東海道三宿in横浜」を買った。
ついでに、近代建築散策の友として、都市の記憶という本も。
相方えらい!
よく、発見した!

惚れ直した!

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横浜の地ビールというのも勧められたけど、飲んでいる時間がなかったので、次回の宿題に。連れが「あの人、こういう建物大好きなんです」とおねーさんに言うたそうな。
おねーさん、「ここもいいですよ」と横浜市開港記念館を勧めてくれたらしい。
煉瓦造り風の建物に、ドームがのっかっている姿は、旧日銀京都支店みたいで、かっこいい!
若干道に迷ったみたいだけれど、旧横浜郵船を発見したり、旧生糸検査所、ホテルニューグランド本館、神奈川県庁、旧横浜商工奨励会、横浜税関、旧元安田銀行横浜支店、旧露亜銀行横浜支店等々、いっぱい見られたので十分満足した。
しかし神をわしを見捨ててはいなかった!
開港記念館は神奈川県庁のはす向かいにあったのだ!

当初目的の旧横浜正金銀行本店は見られなかったし、ひとつひとつをじっくり見たわけじゃないんで、これからはそうした建物の細部をゆっくり見物してみたいな。

「遅れたらダメっ」という連れの声にせかされて中華街へと急ぐふたりであった。

2007年12月 7日 (金)

(グロ画像注意!)水はけよく

646555832_95 自分ちのベランダのドレーンくらい掃除してください。
ベランダは共用部分だけど、住んでいるひとしか入れないんだよ。いつも水分があれば普通のコンクリートは傷むんですよ。
それよりもこんな汚い状態でよく平気でいられるな…

2007年11月27日 (火)

橋が好き

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近頃ちょっとした橋マニアになっています。
名古屋・堀川に架かる橋はどれもデザインがこっていて、取り付けられている照明もシャンデリアみたいになってるんですよ。
それが新川などに架かる橋になると機能本意で、ちっともおもしろくない。

名古屋市内のある市の施設内に、橋のらんかんがうち捨てられていました。さびさびで朽ちていて、捨てるばかり。
直径1mくらいの丸い石の上に高さ3mほどのシャンデリアが建てられている構造。銘板が貼ってある物もある。
「三蛍社」だと。

橋全体のデザインは、おそらく建築士がデザインするのだろうが、こうした細かい細工物はだれが設計するのだろう。
たとえば中区記念橋は武田伍一が設計しているが、照明器具のデザインまでするとは思えない。
そして、これは一点物なのか。
メーカーがいくつかのデザインを建築主に示すのか、発注側でデザインするのか。
橋のデザインて町のデザインでもあるから、なかかな難しいものだと思うんだけど、名古屋市街地の場合はデリケートさとデリカシーを持って橋が架けられているような気がするんだけどな。

2007年2月11日 (日)

旧日本銀行京都支店

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辰野金吾先生、いい仕事してますねえ!
感動した!
すばらしい建造物です!

京都にもう一泊して、明日は彼の同僚・片山東熊の作品をみます!

2007年2月 4日 (日)

トヨタが保存する洋風建築 〜鞍が池公園

「アクティブに」を胸に、豊田鞍が池公園へ行ってきました。
目的は植物園と豊田喜一郎邸。
 
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豊田喜一郎邸は八事にあったものを移築したとか。
ハーフティンバー式の瀟洒な山小屋風。
鈴木禎次の作品です。
トヨタはよくこの建物を取り壊さず、保存してくれました。
だって鈴木禎次の民家は3つしか残されていないんですもの。
半田の旧中埜邸、覚王山の伴華楼、そしてこの豊田喜一郎邸。
トヨタに感謝するしかありません。
邸の回りには花壇がもうけられて建物を引き立てていますし、きちんと手入れされていて、ゴミ一つない環境です。もっともぽつんと離れたところに置かれているから、興味のある人しか来ないため、汚れることもないでしょう。

内部も公開してくれたらもっとうれしいな。
春の様な陽気の日曜日、古いながらもぴかぴかしてましたよ。

2007年1月20日 (土)

愛知川宿のひみつ

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先日の中山道歩きの途中、愛知川宿内で写真のような建物を見つけました。
このような鉄筋コンクリートの洋風建築は昭和の初期に流行した銀行建築だと思われるのですが、どこをどう調べてもこの建物についての記述がありませぬ。
現在、旧愛知川宿内にある銀行はびわこ銀行と滋賀銀行のふたつ、そのどちらかの旧店舗と考えるのがごく普通ではあるけれど、どちらの名前で検索しても出て来ない。中山道を歩いている人にとって、こういう建物は興味の対象外のようで、大半はまったく触れていない。
同じ金融機関でも古い郵便局は木造洋風建築であって、例え外観が石造り風であっても内部は木造であるものです。
小さな建物でありながら威風堂々とした貫禄は銀行独特なのですねぇ。それだけにだれも名前すら知らないこういう建物をふいに見つけると声を上げたくなるほどうれしいのですが。

しかたなしに現地の商工会に質問してみましたわ。
答えていただけるかどうかはわかりませんが、一番手っ取り早いかと。ここで判明しなければ、愛荘町の町史編纂課に問い合わせるしかない...

それにしても、ここのファサードは独特の形状ですなぁ。
柱の装飾、エントランスを支えてる飾り。かなり派手です。

この建物、現役なのがとてもうれしい。
背後ににたっているお宅の一部として、普通に使われています。
背面にある「勝手口」は開け放たれて、「生きている建物」であることがわかりました。建物は使っていると傷みにくいといいます。使うということは言い換えれば「保存している」に準じている。表側さえ見られれば町の顔としての使命は果たす訳でもありますな。
津島の旧名古屋銀行津島支店は使われていないために傷み放題になってしまっていることを思うとき、「当分この建物は安泰やな」と安心するのでした。
ただエントランスの笠木だけは撤去してほしいなぁ。せっかくの石造りの美しさを邪魔してるし、さびついてて汚らしいよ。