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全国伝統的建造物群保存地区

2012年4月25日 (水)

伝建・松山

YESの大阪公演に合わせて、久しぶりに近鉄に乗りました。
長く名古屋に住んでいたのに、ほとんど乗る機会がないのが近鉄です。乗った記憶も特急だけ。
大阪へ行くには様々な手段はあるけれど、近鉄を選んだのは最も安かったから。
近鉄全線乗り放題の週末フリーパスというのを利用しました。
事前に広小路のkntツアーさんで購入。当日購入できないんで注意が必要です。

目的地は阪神尼崎。
そのまま素直に行ってはつまらないので、沿線で観光地らしきものを探してみました。
いやいや、いわゆる「観光地」はいたるところにあるんですが、ぼくが希望するのは、古い町並みとかそういうたぐい。
見つけたのが平成18年に重要伝統的建造物保存地区(以下伝建)の指定を受けた松山です。
宇陀市内にあって、榛原駅からバスで15分とあります。
バスも終点で降りれば良い上に、終点は道の駅大宇陀。
初めての人にもわかりやすい環境なので速効で決定です。
町の散策時間を予想するのは非常に難しく、町のスケールに建物のおもしろさなどが絡み合いかんたんに決められません。
目安となるのは伝建指定で、今まで行ったことのある伝建地区の妻籠、奈良井、平沢、足助、関を思えば1時間では絶対にムリ。2時間でも厳しい。
その上にアクセス時間を重ね合わせると、余裕ある見学時間は4時間になります。その4時間を捻出するために、朝7時前には豊橋駅を出発しなけれ
ばならなくなりました。
それでもまだ足りず、名古屋から榛原まで特急を利用。
当初の「最も安価な方法」という理念はどこへやら(笑)
それほどぼくの中での伝建の価値は重いです。

途中伊勢中川での乗り換えがあって、名古屋から1時間半あまりで榛原に到着。20分の待ち合わせで大宇陀行きのバスに乗り、15分で道の駅大宇
に到着。道の駅は車があふれかえって盛況です。
パンフレットがないので、地形を見て集落の位置を判断します。
川沿いにはいきなり造り酒屋があり、写真を撮ろうと一眼を取り出せば、バッテリーが入ってないっ!!!
しかたなしに妻のコンデジを借りて撮影していくことになってしまいました。
コンデジを取り上げられた妻はスマホで撮影。
「バッテリーあんまりないかもぉ」ですと。
一眼が一番タチの悪い「捨てられないゴミ状態」になってしまいました。
道の駅から東へ、橋を渡って最初の通りが伝建地区の中心部のようです。

まずは南へ。
宿場町の風情です。
どうしてこんなに古い建物が残っているのだろう。
土曜日のせいか観光客は皆無です。
たまに造り酒屋さんで酒を買う人が出てくる程度。
杉玉がある、虫籠窓はある、普通の平成の町ではありません。しかもその合間に近代的な家が存在する。
しずかなしずかな町でした。
翻って北へ。町作りセンターとなっている旧内藤家住宅を見学し、通りを行きます。
まあ見る物に事欠きません。
すべての家がおもしろい。
みな平入りで通りに水を落とす仕組みになっています。
これがいいんだな。
建築年代によって、建物の高さはまちまですが、どこかに一貫性がありきれいです。
通りの両側には防火用水がかなり速度で流れており、いざというときせき止めるための板が至るところに準備されていました。
この町はとてもきれい。
ゴミが落ちてない。古い住宅の中には朽ちかけみたいなものはありますが、どうにか立っている(笑)
なにより不思議なのは、未だに町が生きていること。
妻籠のように結果的に観光目的の伝建となってしまったところでは、通りに面した家ではなく奥の家に住み伝建の体裁を保っている町が少なくありません。でもこの町は商売している家がある。元の家の生かした新しい家だったり、通りのイメージを壊さないような家造りなんていうものが誠実に履行されているように感じます。そうではない家というものもあるにはあるんですが、後ろに下がるなどの心遣いがあります。
例えそれが町作りの形のない圧力だとしても、それが町の形でもあります。
そういう町を見ていると大変に心地よく気分がいい。
何も根拠のない自己主張ばかりの都市の醜さは今や救いようのないレベルにさしかかっていることを思えば、ここの町の美しさというのは奇跡としか言いようがない。

などと思いつつ妻と散策。
慶恩寺まで出て、町の雰囲気が一変したのを確認して戻ることにしました。
実はこの町、本通りばかりが町ではありません。
西の通りに入っても、もう1本西に行っても古い町並みが残っています。
つまりこの町は、古い形態の町が息づいているのだ!
信じられないことだけど、バス通りはすべて古い通り!
バス通りからも山と山の狭い谷間を埋めるように瓦屋根がぎっしり。
はぁ、ため息がでますなあ。
見なければならない通りが何本もあるので、想像以上に時間がかかりました。
腹減ったーと路地をのぞいたら「本善食堂」という文字が見え、そこで昼飯を。
この建物もとても味があり、昭和30年前後の建築っぽい。
中に入ると野球ユニフォームの先客が数人。
内部は喫茶店の体裁で、老夫婦がふたりでやっているようでした。
中華そばと親子丼を頼んで待つこと数分。
昔懐かしい中華そばとはこれのこと!
予想を裏切る量で腹一杯です。
「コーヒーがつきますが、お持ちしていいですか?」
え、この値段でまだコービーがつくの?
出てきたコーヒーには小さなカップケーキがついてました。
いやーーもう食べられなーーーーーい!^^
ただしこの店の良さはそこではない。
古い建物をきれいに掃除して使っていること。
いすはへたれてケツが落ち込むし、店内も薄暗いけど、店内はきれいに掃除されていて、花がたくさん飾られている。
すっかり日本人が忘れ去ってしまったものがここにはあるような気がしました。
古い物を大切にすることこそ、日本の美徳。

道の駅へ急げば、予定よりも1本早いバスに乗れました。
宇陀・松山、今まで見た伝建の中で、最も血の通った地区でした。
なにより生きているのがうれしい。
地元の人を聞きながらゆっくりと過ごしたい町です。