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二川

2012年2月22日 (水)

二川・本駒屋

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豊橋市は宿場三点セットとして、馬場本陣、清明屋、駒屋を改修公開する方針で着手はしているものの、駒屋だけは手つかずでボロボロの廃屋のようになっていました。人が住むなり管理人が来て毎日風を通すなりしていれば、傷むのを遅らせるこ
とくらいはできるのに、ほとんど無管理。ひさしが落ちれば応急手当をするといったひどい管理で、いったいどうなることやら
心配していましたが、やっと億単位の予算がついたことで、改修も前進することでしょう。
修理することは簡単ですが、利用方法そのものを考えないと広い敷地をもてあましてしまいます。
以前参加した見学会の時も関係者からそういった声が聞かれました。
本陣資料館がすでにあって、活発に活動していることから、駒屋で何を展示するかといったことは重要だと思います。

二川が計画的に作られた宿場規格であることや、宿場の人たちの生活を展示するとかまだまだ展示すべきことはたくさんあると思いますけど、それを観光にしてかねもうけしようとなると商家ではインパクトが小さいですねぇ。
一般の人が知りたいとことと、街道歩きの知りたいことは違う。むしろ大学の先生がため込んだマニアックを知識を展示にしてほしいと思う。

2010年11月14日 (日)

二川宿本陣まつり2010

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今年の本陣まつりは、100mm macroを装着して行きました。
レンズはこれ1本!
いやあ、男らしいねぃ!(笑)
二川側から入って東海道を西へ、大名行列を迎撃す。
先頭は宿場役人のみなさん。
この中に、13代目馬彦さんがいるはずだけど、どの人かは知らない。

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前年までは雅・琴の二人だったけれど、今年はその妹たちが何人か追加になりました。そしてどう見ても悪人面に見えてしまう佐原豊橋市長。似たような役者さんがいるよね。彼らが山車に乗ってやって来ました。

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その前後ではやっこ踊りが披露されます。 これが意外とおもしろい。 動きがコミカルなんだねー。 江戸時代からあったという話を聞いているけれど、ホント?

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旧東海道ではいろんなイベントがありました、。
うちらが楽しんだのは、豊丘高校・和太鼓部の太鼓と骨董市。
毎度のことながら豊太鼓はすごい。毎年観客が増えていってるぞ。
来年はどうなってしまうことやら、心配です。
本陣資料館の駐車場では、骨董屋がいくつか出てました。
よくはわからないけれど「FOR M.G.M60」「NATO」などと書いてある金属製のケースを見つけた。弾薬箱と見たが、正解はなんだろう。
安かったので迷っているうちだれかに買われてしまったようだ。
悔しくて、くまなく店をあさっていたら、刺し子を発見した!
1着には「豊田村消防團」とあり、もう1着は「い組」のもの。
どこのい組だか知らんけど、背中に鳶口がデザインしてあって、とってもかっこよい。
自分の中では割安だと感じたので、妻におねだりして買ってもらいました。
うれC!

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その後は通りをぶらぶらして、帰路に就いたお姫様を撮ったり、いつもの二川の人たちと話して帰宅しました。
あまり売れてはいなかったようだけど、今年は露店がいくつか来てました。
やっぱりああいうものが出ると華があるね。
たくさんあるとじゃまだけど。

最後に。
EF 100 2.8Lは空恐ろしいレンズです。
きちんとピントが合うとお姫様の肌の表面や、化粧ムラ(化粧が落ちた跡?)などまでがきっちりと写ります。
こりゃあ女性の敵だわ(笑)

そんなことで、今年のお祭りは幕を閉じました。
次回は新年1月4日の豊橋・幸神社の花祭り!
今年は最初から最後まで見るぞ!

2010年10月18日 (月)

津島と二川のまつり2010

今年の秋まつりは、天気のせいもあってあんまりうまくいかんかったなー。
第一土日は津島のまつり。
土日雨の予報が、少しはよくなったけれど、やはり夜には本格的に降り出した。
土曜日にもっとしっかり車切やっとけばよかったのにー。
そもそも日曜の予報がよくなりすぎて、みな期待したのかもしれない。
ちょうちんをつけるかどうかという微妙な時間帯に降り出したけれど、その雨はすぐに本降りになった。
本当に涙雨になってしまった。
あきらめ切れないいくつかの町内はそれでもしばらく車切したものの、小一時間でやめてしまった...。
土曜に来られなかった妻は、とっても消化不良だったろう。
それでも友人が何人か来てくれたし、昨年に引き続きっていう人もいた。
これは津島のまつりが楽しいっていう証明でもある。
津島のまつり好きにとってはうれしいことです。
ちょっと自慢。
なんとか数年後にはあの中に加わりたい。
もう熱望です。

次の週は二川八幡例大祭。
土曜は宵祭りがあるはずだけれど、まつりをするなんてこと想像もつかないほどの大雨。聞くところによれば、神社前でたいていたかがり火が雨で消えたという。むろん山車は出すことなく静かに夜は過ぎていったらしい。
そのかわりに日曜日は予報よりも早く回復して、朝からぴーかん!
昼前から二川入りして、飲んだくれてました。
まつりは酒だし!
飲んでなんぼだし!
あちこちでビールを配って、もらって飲んだくれてました。
昼はしかたないので、江戸屋で飲んでたけどね
5ハイも飲んでしまったよ。
けど店内で町並み保存会の会長とたまたま会って話が出来たり、東町の衆と話せたりうれしい時間でした。
残念だったのは、しまいまでみられなかったこと。
もう頭ががんがんで横になりたかったのね。
今年も中町にエールを送って終わりたかったなー。

さて、ここで結論をひとつ。
まつりは楽しむ物で、写真を撮る物じゃないっ!てこと。
悲しいけれど、お祭り人間が写真を撮ると写真を撮ることに集中してしまって、まつりの輪に加われない。
まつりの輪に加わるというのは、まったく個人的なことで、他の人がそう思ってるかどうかは関係ない(笑)
まつりって空気なんですよねぇ、やっぱり。
その空気を伝えたい、保存したいと思って写真を撮るんだけど、そうするとまつり自体の楽しみが減退するんだなあ。
このジレンマには困ったもんです。

第三土日・名古屋まつりに続く(と思う)

2010年10月 5日 (火)

今週末は二川においで

こちらも山車が出るけれども、普通の山車まつりとはかなり趣の違ったまつりです。
実情はおはやしまつりで、おはやしで3町競うといった内容です。
まつりの人たちは思い思いの化粧をして素顔は分からず。
新橋のNくんも中町のKさんもわからない(知っている人はわかるかw)
どこのお囃子が一番よかったかなんてことをうちら夫婦は話し合いながら見ています。時には合いの手を入れるとより一層楽しめますが、そうすると写真が撮れません。いや、すでにその人多さも写真を撮るなんてことは不可能....か。
土曜日は宵祭りだから、さしたる行事はありませんが、祭事そのものから解放されたまつりは観客を熱くさせます。
燃えるんだな、これが。

ちなみに今週末、うちの妻が手筒を上げます。
だれか写真のうまい人撮ってあげてよ。

2010年6月13日 (日)

たぬきの気持ち

第2の家庭菜園プランター完成しました。
第一はミニトマト二種、こんどはイタリアンに使う素材用としてイタリアントマトとバジルを自家栽培することにしました。
それに加えてボーズの好きなオクラの苗を隙間にちょろっと。
トマトというのは不思議。
たくさんの脇目を出すんだけど、大半の枝には花がつかない。
花が付かない=実がならないということなので、そういう脇目は摘んでしまうのです。
それほど伸びてなくても花が付く枝は付く。
何が分かれ目なんでしょうかねぇ。

もうひとつ、この間現場で拾ったヒマワリの種も植えてみました。
65cmの普通のプランターに15粒くらいまいたかな。
あまり背丈が高くないビッグスマイルっていう品種。
間引く必要がありそうなので、間引いた苗もどこかに植えたろうかな。

洋ランも忘れてないですよ。
デンドロビウムの原種、オフィオグロッスムとクリソトキサムの二種もゲット!
最近にはない高い買い物でした。
一株980円か(笑)
原種を頻繁に置くのは、東三河地区に洋ラン業者が多いせいなのか。

今日も二川の本陣資料館へ行ってきました。
まずは八幡さんにごあいさつ。
取付屋で昼飯食って資料館行って中原屋で菓子を買って帰るといういつものパターン。
久しぶりに川口屋をのぞいてみるか、と妻の提案に従ってみれば、東から街道歩きのグルーブが到着してまして、早速話しかけてる^^;
長野からの団体さんで、今日は白須賀から吉田まで歩くという。
吉田くらいなら付き合っていっしょに歩いて行こうかなと思ったら、年輩の人が多い割りには速度が速い。自分が酔っぱらってたことをのぞいても速かったよ。
彼らは本陣資料館で弁当を食べて休憩というから、歩くのはやめた。

我が家ではいつも二川の醤油屋さんのしょうゆとみそを使っています。
今日買い出しに行ったら、「お代は今度のときでもいいですよ」と冗談めかしくいわれた。
この人とはお祭りでも毎回あいさつするし、ことあるごとに会うから顔やうちらの想いを分かってもらえたのかもしれない、とうれしくなったよヾ(@⌒▽⌒@)ノ
二川に一軒だけ残った醸造業。
文化としていつまでも長く続けて欲しい気持ちを店先に置いてきました。

2009年10月12日 (月)

二川八幡例大祭 2009 本宮

二川のおまつりの欠点は、ビールの入手が非常に困難なこと。
露店が出るわけではないから、わざわざ近所のスーパーまで行かなけりゃいけない。それが辛い^^;
仕方ないので500缶の6本バックとつまみ少々、それにおいなりさんを買い込んで、知り合いの店の前に陣取って飲み出す。
まつりといえば酒、酒がなけりゃはじまらない。

昨年はお稚児さんの行列についていき疲れてしまったから、今年は遅めに二川入りして町中で待ちかまえることにしました。
まつり本番は夜、こちらも夜に備えて昼間はおとなしくしていました。
大岩神明社の露店でクレープを買ったら知り合いがクレープを焼いていたり、ビール電車のおねえさんと出会ったりびっくりしたあ!
なんだかよくわからない時間を過ごしながら、やっと夜。

いつものように新橋川のほとりに山車3台。
早く始めろ!とつぶやきながら待つ夫婦。
お、始まった!
今年はギャラリーが少ないぞ!と喜んでいたのも川口屋の前まで。
山車が西進して中町まで来ると、もうどうにもならない人の長い列。
人の固まりが30mは続き、旧東海道を埋め尽くしている。
その流れに逆らって西へ行くことなど不可能...

中町に張り付こうと努力するけれど、新橋にぶら下がっている人のかたまりが越えられない。まるで梅垣義明の鼻の穴に詰められた豆のようでもある。
山車が中原屋の前でのおはやし合戦をすませ新橋が東へ去った後、やっと適正な人混みとなり、いい気分でおはやしを聞けるようになった。
とにかく人人人、ギャラリーはばらまく菓子とハンカチを拾おうとぶら下がっている人が大半で、お囃子を聴きたいとか、二川のまつり特有のふんいきを味わいたいなんていう人はほとんどいないようだ。
夜も深くなり、中町の山車が席へ向かうのを潮に人が消えだし、静かな夜に戻りつつあった。
しばらくたってから中町の席へと行くと、まだやっていたヾ(@⌒▽⌒@)ノ
中町の”伝説の男”も渦中にいる。
中町は菓子をまく、ぬいぐるみをまく。
ざわざわするうちに、おはやしが止まる。
中町のみんなが「ありがとうございました!」と礼をする。
なんともさわやかな印象で、ぐだぐだとやっているよりもさわやかでいい感じ。一年一度の大イベントが終わったさみしさはあっても、そのさわやかさがなんとも心地よかったのです。

なんだかさみしくなってしまったなぁ。
津島の秋まつりが終わり、二川八幡例大祭が終わると本物の秋が来る。
まだ本陣まつりがあるけれど、これは町衆のまつりではないのでこちらの意気込みもそれほどない。
中町は賑やかでもみんなそれぞれの秋を感じているはず。
さみしいなぁ。またまつりは一年先かぁ...

昨年は新橋で最後を迎えたけれど、今年は中町でした。
おはやしを終えて中連が整列、お客に向かって「ありがとうございました!」と深々と頭を下げる。
それを見ていた観客、拍手もせずに背中を向けていた。

あれっ!なんだ、こいつら!なんちゅう礼儀知らずだ?!

これはかなり頭に来ました。
菓子だけが目当てだったのか。
しかも菓子をもらうだけもらっておいて、お礼も言わず拍手もせず。
まるで権利は主張するが義務は履行しないという今時のバカ共だな!
こんなヤツにまつりに来て欲しくない。
まつりは菓子まきじゃない。
いや、菓子まきと捉えてもいいけれど、まつりを実際に行っている人たちには礼儀を示せよ。
それが人間というもんだろ。
ヤツらにはホントウに腹が立った。
聞こえよがしに「菓子拾うだけ拾って拍手もせんのか」と怒鳴っていたのはわたしです。
ちらっとこっちを見た輩もいたけれど、なんも変わらない。
高いところに上がってふたり力一杯拍手を送ったよ、まつりの人たちに。
来年もまた楽しませてくださいと。
今は”ヨソ者”だけれどね。


iPodで動画を撮ったけれど、しっかり音が割れていて全然聞けませんでした。
しょんぼり...

2009年10月11日 (日)

二川八幡例大祭 2009 宵宮

これまた試楽みたいなもんですかね。

二川の例大祭では毎年余興があります。
ここ数年は子供連の手踊り(パラパラみたいなヘンな踊り)、やしまひろみっていう歌手と、桜丘高校の太鼓部が来ます。
やしまひろみという人は大変に歌うまいんだよねぇ。
聞いていてもプロなんだよねぇ。テレビを見ていても彼女より下手なヤツはいくらでもいるというのに、がんばっている姿を見ているととっても健気に見えます。でもスケジュールを見たらかなり忙しそう。。。

桜丘高校の太鼓はね、まぁ全国優勝を目指している豊丘高校と比べたらいかんのかもしれんけど、そのレベルの違いが素人にもはっきりとわかってしまう。
動きの機敏さ、太鼓に対する態度すべてに素人芸って印象を受けてしまうのね。
逆に高校生ならでは素朴さって言うのか、純真さみたいなものは伝わってきます。3年生にとっては、毎年二川の舞台が最後の舞台なので必ず涙がある。3年生の最後の言葉がある。豊丘のような素晴らしい演奏を期待していたヾ(@⌒▽⌒@)ノには、大変に不満足なパフォーマンスだけれども、おまつりの余興ならば、完璧よりもむしろこの方がいいのかもしれないと思ったりね。

1307426439_165 その後は山車のまわりをうろうろ〜としてました。
正直な感想を言ってしまうと、昨年は最も安定した演奏していたのが東町、楽しそうにやっていたのが新橋、かなり厳しいなという中町だったのがなぜか逆転してました。
早々にがんばっていたのが中町。
昨年のていたらくを知っているだけに、今年の中町には感動すら覚えました。
オフに相当がんばったんだなあと。
新橋は逆に”うさぎと亀”のうさぎな感じ。
今年は中町が復活するのか?!とずいぶん楽しみになっています。
真価は今日こそあるはず。
がんばれ、中町!

町づくりと二川

「歴史遺産と暮らす」というテーマで昨日講義がありました。
まつりにあわせて土日休みを取っていたので、たまたま聞く機会に恵まれました。
いつも土曜日ばかりなので、何とかして欲しいってとこなんですが、まあそれはおいといて。

まずは二川の町案内。
「おれに二川の町案内をできるのは建築のプロしかいないぞ」という自負はありました^ ^;
建物に対する年代測定とか改装前の調査のような技術的かつ学術的なことは素人にはわからない。わからない分、自分で感じるっていう最大の武器はあるわけですが、その自分に案内をしてくれるという。
テーマ自体「駒屋の再生」っていうことだから、ひょっとして駒屋に入れるかもぉなんていう期待はあったんですが、うれしいことに入れたー!

豊橋市は二川に残っている古い建物を3点セットととして整備することを考えていたんだそうです。
すなわち、二川馬場本陣、旅籠・清明屋、そして商家・駒屋です。
整備が遅れに遅れているのが駒屋というわけ。
先頃二川の町並み保存が一応の合意をみたため、この際まとめて俎上にあげようということですね。
駒屋はミセ、奥座敷、蔵など8つの主要な建物からなります。
店が江戸末期で、大半が大正から昭和にかけての建物。
これらを整備するという計画です。
でも具体論が決まってないらしい。
広い敷地もあり夢は広がるけれど、カフェだとか喫茶、地元の人が気楽に集まれる施設なんていう誰でもどこでも思いつくようなものにしたくないとぼく自身は考えています。二川でなければできなかったこと、気づかないこと、駒屋っていう特色を考慮にいれてもっと深みのある施設になるといいなぁと思ってます。しょせん素人の浅知恵、いろんな人から様々なネタを頭のなかに蓄積していかないとなかなか思いつかないものですし、何より二川住民が何を求めているかっていいのが最大のポイントなんでしょう。それをくみあげるだけのカオと人脈、知識が欲しい^ ^;
深く関われるはずもないけれど、自分なりになにか考えたいなとは思ってます。

見学会のあとは講義。
当日は二人の先生がお越しになりました。
一人目の先生は、倉敷での町づくりの話。
人それぞれの立場がある。
人の話を聞くことによってそれは気づかされるんだけれども、わかっていても具体的な話は経験者でないとわからないもんです。そういうものの穴埋めを自分の中でできた感じ。
ポイントポイントはほぼ自分の中では理解できていることでしたが、町づくりに携わった人たちの思い、行政との関係、建築士としてのなすべきことやできること、また考え方などを知ることができ大変有意義な内容でした。
また紹介されてしまうと、そうした人たちが作ってきたものを実際に見てしまいたくなるもんです。
自分たちの町に愛情を持って接してゆく建築士のあり方っていうのはね、やはり素晴らしいものです。
そうした意識を高めてゆくってことも町の文化の熟成化ってことになるんでしょう。

内容的にはそれを受ける形で、もうひとりの先生が話されました。
モディレーターといういわば町づくりでの調整役のような存在。
またそれを職業とされている人がいること、それがすでに驚きでした。
神戸の駒ケ林地区の町づくり再生。
住民と行政の間に入って活躍するモディレーター。
具体的な活動内容というのは一般人でしかない自分には新鮮で、どういう方法で住民とコミュニケーションをとっていくかということまで聞けました。
そして自分がそこに事務所を構えるにまで至ってしまったこと...。
裏付けは土地への愛情なんでしょう。
そして土地を通して住民の本質に触れることができる。
人を愛することによって、土地への愛情になる。
新たな土地に住むと言うことはそういうこと。
本来、静かだから、土地が安いからなんていう理由で自分の住む土地を決めるべきじゃないんですね。

その後聴講者からの質疑応答に移りました。
気になったのが、設計士だという人のこと。
「金をかけて整備してそれを取り戻せるのか」という質問。
これは質問なのか?
3時間の講義の間寝てたのか?
おふたりの先生方は、町づくりは金もうけとは違うっていうことを、お話のなかで繰り返していたのに、そのおっさんは延々その一点で押してくる。
しまいにゃ妻籠だとか小布施だとかいろんな地名まで出てきた。
おいおいここは二川なんだよ、江戸宿場テーマパーク妻籠とは違うんだよ。
20年前なら真砂屋など古い建物もたくさん残っていたから...なんていう話も余計なこと。失われたものを取り戻す必要なんて全然ない。それは町並み保存ではなくて、「作られたもの」なんですよ。
おふたりのお話のなかに何度か出てきた「違和感」ていうのは、うちらが「とってつけたような」と形容するものでしょう。
二川にそうしたものがないとは言えないけれど、そういうものまで長い時間をかけてひとつになっている現状で十分だと思うのです。言い換えれば江戸時代の宿場が、どう変遷したかっていうものを残せればいいと。
今でも二川には江戸時代の建物が相当数残っているそうです。それらは江戸情緒が感じられるように整備すれば良いかもしれないけれど、今普通に住んでいる人の住環境まで破壊したらそれはすでに町並みの保存ではない。よそがやっている観光開発に過ぎない。先にあげたおっさんなんかはそれにかなり害され居る。

========
主催の豊橋技術科学大学の泉田先生が冒頭に話されたことは、自分の胸のなかを透かしてみられたような気がしたと同時に、二川の町に対して持っていた「町の良さ」をもう少し具体的に教えてくれた気がしました。

「住んでいる人にはわからないことかもしれないけれど」と前置きし、「北には丘陵地帯、南には川がありさらに南には総合動物園(のんほいパーク)があるという立地の良さと環境、その良さを感じる人たちがたくさんいる」こと。
「丘陵地帯には多くの作家さんが住んでいる」とも。
二川っていう町は、宿場町であるってこともさりながら、そうした雰囲気をも醸造する環境をそもそも土地として持っているっていうことでしょうか。
それを感じたヾ(@⌒▽⌒@)ノは、やはり何かに飢えていたのかなぁとも思うなぁ。

人の話を聞くって言うのはやっぱり大切なことですね。
駒ケ林の先生の事務所っていうのも、一度訪ねてみたいし、彼らが作り上げた町そのものも見てみたくなりました。
観光地でもなんでもないようではありますがね。
人は土地、土地は人。

2009年10月 9日 (金)

明日から二川八幡例大祭ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

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今年もやってきました、二川のおまつり。
観光パンフレットではなぜか本陣まつりばかりが宣伝されるけれど、歴史的意義が深いのはこちらのまつりなのだ。

土曜日は夜おはやし合戦があります。
本番は日曜日。
あふれんばかり(現実にはあふれているかもしれない)の人が旧東海道を埋め尽くします。
中町、新橋、東町の3町は山車を曳きながらおはやしをかき鳴らす。
いやぁ、今年も血が騒ぎますね!
津島のまつりと筒井町の天王まつり、それに二川八幡例大祭がヾ(@⌒▽⌒@)ノにとっての愛知三大まつりです!
これも山車まつりなので、ほとんど露店も出ません。
露店が欲しい人は、同じ日に祭礼を行っている大岩神明社へどうぞ。
食ったら二川に戻っておいで(笑)
日曜日は津島に負けず劣らず楽しいです。
お暇な方はぜひ二川へ!

明日はまた昼からビールだぞん!

*写真は昨年のものです。

2009年8月21日 (金)

笹屋四郎右衛門

きのう、二川に行ってきた。
その帰り、笹屋さんで豆腐を買った。
店先にはストラップやらちょっとしたグッズが並べられている。
日中はおばあさんが外を見るでもなく”ミセ”になんとなく座ってる。
夕べはおばあさんはいなかった。
声をかけるともう少し若いおばちゃんが登場。
以前からずっと聞きたかったことを聞いてみた。
この笹屋さんは、今肉屋さんのある場所で旅籠をしていた笹屋さんですか?」と。
結婚前は決してできなかったこと。

聞けば、豆腐屋歴が約100年、その前が左官屋でその前は飛脚、さらにその前が旅籠だったとか。
土地を交換して中町から新橋に移った話など、とっても興味深く聞かせていただいた。

長く行かないと「狭い道路をクルマが飛ばす小さな町」と思えてしまうけれど、行くたびに新しいことが見えてくる。
人と出会い町と出会い町にとけ込む。
ふぅ...ヾ(@⌒▽⌒@)ノ