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2012年3月 9日 (金)

生き続ける道路元標

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街道歩きを始めて沿道にある様々なものに興味を持ちました。
なかでも石造りの物は建てるに金はかかるし、そのためのリーダーシップも必要です。
どんな内容のものであれ地域の歴史(=人)がこもっているものです。時には著名人や時の人の文字が見られたりなかなか興味深い。
鎮魂碑が圧倒的に多いようですが、道路元標もよくみかけます。
旧道沿いは集落の中心であったことが多く、街の中心や役場の前などに置かれていた物です。
みかけるたび写真を撮っているわけですが、豊橋市の道路元標がどこにあるか知らなかった!
ネットとはありがたい物で、「豊橋」「道路元標」と検索するだけで答えは出た。
呉服町の中心部!
大手道と旧東海道が交差するその交差点にあるようです。
道路元標が義務づけられた時、豊橋は既に市制を敷いていたのですね。
豊橋市道路元標と彫られているようです。

こんな前世紀の遺物に興味を持つのはおれくらいだろうなぁと思いましたが、否、いた!物好きが!
http://explorer.road.jp/gempyou/
自らが「こんなものに...」と評価しているのが自虐的でもあり楽しくある。
「物好きの数こそが文化の高さ」と司馬遼太郎氏が言った通りなんでしょう。
きっと本人も「これは文化だ!」と苦笑いしているにちがいないのです(笑)

道路元標についての法令が整備されてから100年近くが経過。その間に多くの市町村が合併あるいは吸収され消えていきました。
でもその過去を道路元標たちは存在する限り主張し続けます。
豊橋老津町は老津村であったこと、津島市神守町は神守村であったこと。

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