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2012年2月 7日 (火)

中山道ウォーク(21)中津川宿→槇ヶ根

中津川宿というか、前回の終わりからの出発です。
ちこり村って焼酎メーカーのアンテナショップみたいなもんだったんですね。
今回は開店直後だったんでいろんなものがありました。
今年は終わったと思っていた梨を見つけて買い込み、さらにチコリのスープも。
ちょいと辛いコンソメスープみたいです。
もちろんこれらはバスの中へおいといて出発です。
梨みたいに重いもん持って歩くのはイヤだ。

国道19号と分かれて住宅地のなかを行きますが、住宅があるのは道路に面しているだけでその背後はすべて田畑。
中央線があったり山々が見えたり伸びやかな風景です。
西へ進むにつれて家がとぎれとぎれとなり、その途中に六分地蔵がたっていました。
仏教系のものには今回あまり目を通していないので、ここも写真を撮るだけでスルーします。
津島にも似たような六角形のほこらみたいなものがあるけど、あれによく似た感じ。
こちらは石造りで露天ですがね。
引き続き似た風景の中を歩きます。
クルマが少し多いのでちょっと気分を悪くしますが、旧道は坂本で左へと分岐しクルマもぐっと減りました。

Th_img_9240

このあたりの見所は篠原家と秋葉街道の常夜灯でしょう。
中山道よりも立派な道が篠原家を目印のようにして、南へ延びています。
家自体も本陣造りで、大変に立派です。

小さな坂にも固有の名前が付いています。
広久手坂と岡瀬坂は対になっていました。
なんかもったいないなあ(笑)
中でも大きいのが甚平坂で、広重が「大井」として画題にしたところ。
旧道よりも若干勾配を緩くした新道も脇にあるけれど、それほど大差ないような。
高校生が自転車をひいて上がっていくけれど、このくらいの坂は乗ったまま上がらなければ、男の子ではないぞ(笑)
ここから大井宿までは目と鼻の先、坂が邪魔して見えてないだけです。
関戸一里塚跡を越すと県道と合流しますが、この合流地点に大きな石塔がたっていました。
今回なんの石塔だったか確認しようとしてたのですが、何か宗教施設ができていて石塔が撤去されていました。
あの石塔は名古屋市西区盬町の伊藤萬蔵さんが立てたものだったのです。
常識的にあれほど立派なものを「廃材」として処分するとは思われず、どこかに移動したと思われるのですが、どなたかご存じありませんか?
右手に背の高い経塔を見て右手の坂を下りて行くと、大井宿が見えてきます。
もう宿場と呼んでもいいかな。
明智鉄道の低い橋桁を見れば、「鉄道省」の文字。

さらに進んで高札場跡にたっている復元高札。
高札に目がいって脇に立っている小さな「五妙坂」の文字を見落とすところでした。
この坂は短いけれど相当急で、西から来ると壁のように見えため息がでたものです。
今は東から、スタスタと下る。

Th_img_9296_2

Th_img_9303

大井宿は本陣から始まります。
外観はしっかり残っていて雰囲気十分なんですが、家の中が見えてしまうのはなんとも^^;
でもあえて塀を高くしない居住者の方に感謝。
右に曲がると、歩道にはタイルがうめこんでありますなあ。
それにしても大井の人たちってしたたか。
明治になって街道が廃れ、恵那地区の中心であった宿場の人たちは率先して恵那市の形成に努力して大井の地位を守ったというその先見性(というのかな)。
今も宿場を地域活性化の材料として取り上げ、少しずつ効果を上げているようです。
ひし屋、広重美術館、それに旧伊藤家住宅。
しかもそれを拠点として、地元の人が集まってくる。
どれだけ統制がとれているのか外からわからないけれど、伊藤家住宅に詰めていた人たちの案内や態度を見ていると「待ってました」と言わんばかりです。
これは愛情の裏返しでもあるでしょう。
時来たりってことですか^^

ひし屋は見ての通りの建物で、改造後の姿をきちんと保存しています。
施設に関して一通り説明ができることも良さのひとつ。
人があるということは大したことです。
ひし屋の見学はそこそこに、明治天皇行在所も見学します。
これもかなり手が入ってるようですが、当時の面影は十分に残しており、一見の価値有り。
わずか2ヶ月前に改修なったというのだから、もうできたてのほやほや...じゃないな(苦笑)
荒削りな復元ではありますが、御座所そのものはほぼ原形のようです。
待ちかまえていたおじさんの解説がここで入りますが、くどくもなく細かい説明もないためにだれでも気軽に聞ける良さがあります。
また地元の話しもちょこちょこ聞けるのがうれしい。

さて、先を急がねば。
恵那駅付近で昼食を取って、広重美術館へ。
今回のメインのようです。みなここの版画で時間を食うらしい。ルート説明の時「時間に気をつけて」とくどく言われました(笑)
特別展を見て、2階で版画をスリスリ。
みんなやってるわ。
うちらもそれどれ1枚ずつ印刷して、ファイルに入れてお持ち帰り。
ちょっとした土産になりますが、絵はがき代わりにするのが最も効果的かつ正しい利用法のような気がしてます。
以前は1階の売店ではがきを扱ってたはずなんですが、今はやめたんかなあ。

Th_img_9326

宿場を終え、恵那インターへ分岐交差点も過ぎて旧国道19号を進みます。
ずっと軽い上りで足がちょっと張ってる感じ。
バイパスへ出る手前で再び山中へ入ってしばらく行くと、キツーーーーイ坂があります。
十三峠入り口だそうな。
相当な勾配です。
これを終えると平らになって、槇ヶ根の一里塚です。
一里塚に木はありませんが、塚はふたつとも存在してます。ゴールは目と鼻の先なので、しばし休憩。南側は地形を生かした公園になって
います。興味深いのは、尾根が丸裸にされていることで、元の地形があらわになってました。山城を造る時に尾根と尾根の谷部分に竪堀を
掘りますが、その意義がよーくわかりますな。

槇ヶ根追分を前に通りに出たところでゴールでした。
槇ヶ根追分は名古屋への下街道を分岐する追分で、往時はとても繁盛したらしいです。
そんなのも次回の楽しみということで。 

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