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2012年1月14日 (土)

中山道ウォーク(20)板鼻宿→横川(2日目)

二日目。
朝風呂に行くと人が倒れていました。
すぐに救急車がやってきましたが、あのおじさんはぶじだったのかしら。
朝からちょいとびびった。

温泉宿泊といえど、朝は早い。
せっかくだから10時くらいまでゆっくりしたいところですが、8時には弁当を受け取って出発します。

Th_img_9001 Th_img_8980

中山道に戻れば、夕べは見えなかった妙義山が行く手をふさぐように見えています。 ゴツゴツとしていて、岩山ですね。造山帯がぶつかりあった衝撃で盛り上がってしまったような山景です。
異様な偉容....^^;;;;;
進めば山が右に左と移動し、被写体にはまったく困りません。
空は雲ひとつない気持ちのいい青空〜♪
古い造りの家があったり柿が干されていたり、温泉でゆっくりできたこともあり、なんだかすごく気分がいい。
しばらくすると、国道18号と合流します。 ここは妙義道との追分で、常夜灯を兼ねた道標があります。
元々の位置からは移動しているそうなのですが、常夜灯は国道と妙義道らしき細い道との交点に立っていて、位置的には大変ふさわしいところに置いたものです。 ただし現在妙義道はなくなってしまったのか、地図を見ても確認できないためにその細い道がそれであるかどうかは不明です。
歩きたくなる道ではあるのですがねー。
「あのおじさんね、いつもおじじのあとで写真撮っとるんだよ」と妻が言う。
どうもぼくが撮った後で同じ場所から同じような角度で撮ってるらしい。
つまりバクリか(笑)
あとで聞いたところでは「ここでも撮った方がいいのかなぁ」とつぶやいていたそうな。人にまねされるとはおれも偉くなったなあ(爆)
「おじじが普通の人と違うとこで写真撮っとるもんで、気になって真似しとるんだと思うよ」ってさ。
人それぞれ違った見え方がするんだから、同じところを歩いていても人の数だけ写真は存在する。でも人の真似をするのは簡単だけど難しいんだなー。
旧街道を歩くことすら人によって目的も感じ方も違う。
急ぎ足で見向きもせず歩く人もいるし、すべての見所をまめにたどる人もいます。
写真もそれと同じで、その人の目的を示すものでしょう。
また歩いた記憶としても大変に有効なものです。それらを全部ひっくるめて写真を撮ってるぼくなんかは、欲張りすぎなんでしょうね。自覚はしてます^^

18号と分かれて松井田の町の中へと入っていきます。
ここもやはりそのまま拡幅されてしまった宿場で、広い道路が印象的です。
広い道路、なだらかな坂というのがこのあたりの宿場に共通しています。
結局碓氷峠へ向かってずっと上り続けているんだということにこのあたりでやっと
気付いています。なにより足の張りがいつもと違うところに来ているのが気付くきっかけでした。妙義山の風景に惑わされてきたかな(゚ー゚;

Th_img_9014

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Th_img_9017_2

宿泊地の磯部温泉は安中と松井田のほぼ中間地点のためか、あっという間に松井田に着いてしまった印象です。
その松井田、道路拡幅はよほど早い時期だったのか、かなりの数の古い立派な家が残っています。
松井田町道路元票のたっている家は、なにやら由緒ありげな古い建物ですし(医院)、家の裏までずらりと蔵が並んでいるすさまじいばかりの豪邸もありました。よほど裕福な町だったという印象を受けます。
その中に築300年の家があります。
「みなとや」という屋号で、内部公開を兼ねて休憩所となっています。
この日、係の方が不在と言うことで入れないはずだったんですが、Good Troubleがあったようで、休憩に寄れました。
土間に板を張ったりしてかなり改変されてはいますが、よくよく見れば材料の種類や色合いで、元々の様子を想像するのはさして難しい作業ではありませんでした。

Th_img_9053_2

Th_img_9125

ここから横川までは何もない道...でもなく、ところどころに道標が立ってます。
そんなのをこそこそ見つけたりしてるとけっこう楽しい。
妙義山が少しずつ姿を変えていくさまも楽しい。「確かに進んでますよ」って。
あたりの谷はだんだんと狭くなり、いよいよ碓氷峠だ!の気持ちが強くなってきます。
もっともこの日は横川で終わり。碓氷峠越えは来年の6月ですがね。

横川駅が中山道に面しているとは今回初めて知りました。
まだ信越線として機能していた頃、あさま53号で通りかかったはず。
まったく記憶が残っていないことを再確認しました(笑)
横川駅には大きな駐車場があり、バスはそこで待っていてくれました。
辺り一帯は大きなさら地。
いろいろに使われてはいますが、建物はなく機関区時代を彷彿とします。
そして鉄道文化村の中にある資料館がかつての横川機関区です。

荷物だけを下ろし、急いで鉄道ぶんか村に入っていったものの....
展示車両の内部には一切入れず、何しに来たのか分からない状態。
もっともキハ20だの10系普通車などどうでもいいんですがね。
マイネ40の内部が見たかっただけなのに...
機関車などの外装はまだまだきれいですが、旅客車は見るも無残。そんなに遠くない将来朽ち果てそうです。
雨ざらしではダメですな。
この日はお客が少なくて、まるで墓場のようでした。
無料だった中部天竜駅のレールパークとあまり変わりがない。
横軽文化の保存という使命があるだろうし、それ以外にも総合資料館として機能しているとの認識はちょっと間違っていたなあ。
せめて113系やキハ28系列、それに165系は欲しいところでしょう。
それ以上古い車両は現存しないだろうから展示も難しい。

あとはまたバスに揺られて6時間半、帰るだけです。
峠の釜飯をみやげにしたのは、言うまでもありますまい。 

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