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2011年7月

2011年7月10日 (日)

桟敷組み立て完了

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7/23〜24に行われる津島天王まつりで、見物するための桟敷の組み立てを手伝ってきました。
5(たて)x5(横)x3(高さm)ほどの高床アズマヤです。
釘は一切使わずホゾの多用で組み立てるようになっています。秋まつりに登場する山車に較べれば簡素ですが、同じ技術の応用でしょう。 

2011年7月 8日 (金)

コバエ発生

毎年同じようなものに悩まされているような気がします。
赤いアブラムシみたいなもの(タカラダニ。害なし)が終わったと思ったら、今度はコバエ。
昨年ベランダの外でプランター菜園をやってたので、その土から沸いたと思っていたんだけれど、家庭菜園をやっていない今年も発生しまし
た。
しかも今日から目立って多い!
西向きの網戸にはちらほらと付いてるので、すべての窓をしめました。
今日の暑さは控えめとはいえ、締め切れば暑い
やむなくエアコン入れました。
なんだ、電力会社が飛ばしてないか(笑)

でもうちだけではないようです。
確かホントの短い時期だけのはず。はやく消えてくれー。 

板橋授業妨害に思う

様々な事象が右を向いている。
世界で最も成功した社会主義国家と言われるほどだから、歓迎する気持ちがないでもない。
でも本質はどうだろう。
右派の本質は愛国心にある。
愛国心の本質を知らず、「愛郷心」などいう言葉に置き換えるて程度の認識しか持たない人が、流れに乗るままに右傾化すれば、奔騰
する可能性は高い。
「国を愛する」というのは、本質的には相当に困難なことであって簡単には根付かない。
国という形骸的なものではなく、「愛国心」という言葉にまとめあげることのできる事柄のひとつひとつを本質の部分で理解することが必要です。
理解できていないからこそ、「愛国心」という言葉に拒否反応を持つのではないか。
理性と知識を以て、愛国心を正しい方向へ導くことこそが最も大切だと思う。 

中山道ウォーク(10)戸田公園→上尾水上公園(2日目)

2日目は、前日の続き。
渋滞する国道17号をバスで移動して北浦和駅から始まります。
朝だというのに中山道、人が多い!

いろんな史跡がありますが、あまりに町過ぎて、どうイメージしていいものだろう。
一本杉の敵討ちの跡の石碑があるんですが、これ道路を向いています。
名古屋の伏見通りにある熱田神宮鳥居跡の石碑を思い出す。
みな道路を向いているんですよね。
なぜか。
道路を走っているクルマに見て欲しいからですね(笑)
歩行者はこんなもの気にしないという判断によるものです。
つまりこういう町は、歩行者より車を大切にする町柄なんですよね。
そういう町で道を歩くとたいていつまらない。
浦和然り、名古屋然り。
失ったものはもう戻らないことを知らなかった時代の”遺物”ともいえます。

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しばらく行くと歩道は広くなり、ケヤキ並木が現れますが、これも街道風情とは似て非なるもの。
作った人たちは旧街道の風情を現代風にアレンジしたつもりかもしれませんが、人の手の届かない高さのものになかなか
愛着が持てる物ではありません。ましてや日を遮る効果などあるわけもなく、そういう町作りなのですね。
何かみな手の届かない場所で起きている。
事件は会議室で起きてるんですね(爆)
そういうなかでちょっと目を引くのが、三菱マテリアルの社屋でした。
門が広いので、車寄せもよく見える。
完全にモダニズムなんですが、なんとなくひかれる建築でした。

さて、鳥居が現れれば武蔵一の宮・氷川神社への参道です。
これも旧中山道のひとつではあるらしいですが、「こちらの道を行くと何もない」らしいし、街道歩きたるもの宿場を迂回するわけにも行
かないので、まっすぐと宿場内へと入っていきます。
宿場内といったってなんもないですけどね(苦笑)

足早に通り過ぎる大宮宿。
甘納豆屋さんへ入ると、お茶が出ました。
みやげを買いながら15分ほど休憩。
街道沿いの菓子屋さんて、こういうサービスが多くてうれしいです。

あとは何もありません。
住宅地の真ん中をとことこと歩くだけです。
上尾宿を目前にして、河村屋という漬け物屋さんで、漬け物を買い込みました。
時節柄なすびの漬け物がうまいですね。
サンプルがうまかったので、実家へも送っておきました。

見る物もないままに、上尾宿に到着。
いやまだ宿場内には入ってないかな。
ゴールの上尾水上公園へと向きを変えました。
予定よりも1時間程度の早着でした。

想像はしていたものの、市街地の街道歩きは辛いですね。
道祖神とか馬頭観音、道の変化、建物の様子などに特徴がないと退屈で歩くしかないです。
中山道の都市化っていう面で見ると、こういうのも楽しいかな。
確かに木曾路は楽しいけど、官道としての機能を失ってから町がどう変化したかを目で見るってことも、街道歩きの楽しみではあります。
わかっていても辛いんだなw

次回は再び木曾路に戻ります。
鳥居峠を越えて宮ノ越宿まで。
二度目の鳥居峠、楽しみです! 

2011年7月 7日 (木)

オオムラサキ!

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おそらく日本の国蝶、オオムラサキSasakia charondaです。
初めて見ましたが、個体数がそれほど減っているわけではないとのこと。
また属名のSasakiaは、東大の昆虫学者佐々木忠次郎氏に献じたものだそうです。
残念ながら死骸だけれど、これもまた美しい。
この青がなんともいえず、目を奪うんです。 

不道徳国家にっぽんと東日新聞

6日付東日の風信、やっとまともなことを書いてくれる人を見つけた感じがしました。
問題は松本復興大臣のこと。
気持ちよかったですね、記事が。
「長幼の序を持ち出すまでもなく、知事が大臣を出迎えるのは当たり前のことだ」と。
一言で切り捨てた。
世間の人はこの大切なことをちっとも話題にしない。
自分の立場に置き換えてみてどう思うかということができない。
知事と大臣という立場は関係ないでしょう。
自分のところへだれかが訪ねて来れば、出迎えるのが人間として当然ですわ。
これができない人は、まず社会人として何かが欠けているとぼくなら判断します。
「何かが欠けている」と思われる”若者”(知事のこと)に対して、年上の者が注意を与えるのは当たり前のこと。
復興という大きな目的に向かって「しっかりやれ」というのは激励以外の何者でもないと思われます。
もっとも公の場でそれを言ったのは知事の立場を考えれば適当でないことは本人も遅ればせながら気づき、「オフレコね」と言った。
にも関わらずそのまま流したメディア。
この問題は、大臣の暴言としてしか取り上げられておらず、まったくの片手落ち報道としか捉えられないし、それを指摘しない人々に対しても同じようにしか感じません。
知事に対しての責任追及は一切ない。
ひどいもんです。

非礼を非礼とも無礼とも思わない日本人は、やっぱり不道徳の国になったんだなあ。
宗教心に支えられた成長した欧米の道徳は、今でも生きているけれど、短期間に欧米化した日本人は自らの文化すらかなぐり捨てひとつの目的に向かって進んだ結果、本来金よりも大切な道徳心を失ってしまった。
決してすべての人がそうではないと思う。
けれど自分の道徳心が正しいかどうかを自分で判断せず、メディアや世論に影響されすぎているんじゃないだろうか。

言葉は悪かったにしろ、知事の非を指摘すると職を辞さなければならない国とはどういうものなんだ?
宮城県知事は反省しているのだろうか。
会見の時間は最初から決まっているはずなのに、遅れてきたとはどういう了見なのか。
それを追求する声はどこにもない。
まったく失望するしかありません。
大臣の非の部分も含めて、東日はよく指摘したと思う。
斜に構えることが、メディアの役割の一つでもある。
この問題に関して、みな書いていることは同じ。
みんなが書いているようなことは誰でも感じている。
そういう記事を読んでも大きな波になっていくばかりだということを日本人はもっと知るべきだ。

「地震は天罰だ」とのたまった都知事は辞職してないが、どういうわけなんだ? 

2011年7月 5日 (火)

中山道ウォーク(10)戸田公園→上尾水上公園(1日目)

塩名田から西へと続けていた中山道ウォーク、一気に関東まで戻りました。
2/20以来だから、4ヶ月ぶりです。
なんかとっても大胆なコース編成ですが、その原因がわかったような気がしたことは後にふれます。
順番通りに歩かないと気が済まない人、方向性に対するこだわりなど人によっていろいろありますが、うちらはあまり気にしないタイプです。
とにかく中山道に使われていた土地を全部歩ければいい人です。
そもそもこだわりを多く持ちすぎると、時間がかかって仕方ないし、東海道と違って中山道は交通不便なところも多く、事実上制覇できなくなってしまうおそれが大きくなります。一人ならともかくふたりで都合をあわせるとなるとなおさらです。
6/27日曜日、いつものように6時45分に豊橋の駅前を出発しました。
今回は初の泊まりです。
一泊二日だけれども、2日で24kmしか歩かないというお気楽コース。
心配なのは天気と暑さのみ。

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今回の歩き始めは荒川北岸の戸田公園付近から。
漕艇場横に保存されている戸田橋親柱を見てからスタート。
本来中山道をゆく人は、荒川を渡ったら右へ降りて渡し跡の碑などを見るはずなので、この親柱は見られません。
調べてみると、荒川の渡し跡というのは、現状”土地”として残っておらず、かつ渡河後の中山道も完全に道が失われているそうなので、
そちらへの迂回は不必要とし、国道17号へとまっすぐ出たわけです。
こうすれば2kmはショートカットできる。

さて、ショートカットしたあとは、ひとすら北へと国道を進みます。
30分ほどで蕨宿の入り口です。ここには木戸をイメージしたモニュメントがありますし、新道は宿場を避けるように敷設されているので、はっきりとわかります。
あちらこちらに「わらび宿」と書いた飾りがあり、地元の熱意のようなものを感じますが、なんかもうひとつ気分が乗ってこない。
古い家々もいくつか残ってますが、いかにも観光地のような雰囲気と一致しないのがその原因かしら。

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古い商家を利用した蕨市の資料館もありますが、なんか違う。
きれいすぎるし、とても明治20年の建物には見えない。
それは先日まで木曾路を歩いていたことのギャップかもしれません。
木曾の特徴ある建物をずっと見てきているので、普通の家っぽいこの地区の旧家に感慨がわいてこないんですね。
間口の割に奥行きがなく、角度の急な屋根が続いている。ただの家って感じです。
その上道路にはカラー舗装がなされているし、中山道の浮世絵タイルがはめ込まれていたりする。
大半は近代的な民家ばかりで、統一性がとれていないしね。
結局道というのはある種の雰囲気が必要なんで、住宅地のまっすぐな道に何を作ろうが、往年の宿場を連装させるのは難しいと言うことでしょう。
それに金がかかっている部分は、すべて蕨市の仕業であり、地元の人の熱意と愛着がどこに現れているのかが全然わかりません。
多分蕨市による観光施設整備なんでしょう。
妻籠ほど徹底していないというだけで、アレと同質の物。
だから歩くしかない。写真を撮りたくなる個所もない。
新道と合流した地点にあった日本料理ファミリーレストランで昼食です。

さらに歩き続けますが、いよいよ何もない。
時折霧雨が降ったりしてますが、かんかん照りより涼しくて楽ちんです。
体が濡れる実感はなくともカメラには水滴がついてゆく。
撮りたくなるようなものもなくリュックへと。

知らないうちに浦和宿に到着、途中焼米坂なんてのもあったっけ。
個人的に見所は坂に立つ忠魂碑。
ここの揮毫は薩摩の川村景明でした。
奉天で大活躍したアノ人ですが普通の人にはやはり関係ないかな^^;
ここには少しだけ中山道の風情がありました。
小学校敷地と道路の間の中途半端な空間に、なんとなく街道風情を感じます。
さりとて歩道はないし、クルマはスピードも落とさずスレスレのところを走りすぎていく。
カメラを道路側に持つことがためらわれました。
到着予定時間には余裕があっても、ゆっくり歩きたくない道です。
道祖神もなければ馬頭観音もない。
道路はまっすぐでクルマびゅんびゅん。

都会化された中山道は続きます。
浦和宿も過去のことはすっかり忘れてしまった町でした。
市がたった場所に石碑がありましたが、それも柵に囲まれて手が届かず。
そうする意味がわからない。
調神社の北にある古いお茶っ葉屋さんで、荒茶と煎茶、ほうじ茶に番茶を買いました。
裏では日本茶も入れてくれるカフェがありましたが、満席なので退散しました。こればっかりは残念でした。
建物自体は明治の初めから中期くらい。120年前後ってとこでしょうか。
当初から商家して建てられている....と思う( ̄ー ̄)ニヤリ

町に入ってしまえば単なる繁華街です。
冷やかすには好都合なのでしょうが、朝からこんなところばかり歩いているので気分が乗らず、さっさと集合場所へと行きました。
そこからバスで宿泊地のホテルへ。

ホテルでは洋食中心のバイキング。
なぜか肉が多い^^;
ボーズを連れて来れば喜んだろうになあ。
待ちに待ったビールを頼んだらスーパードライ。
まずいビールを飲むときの技も駆使したけれど、あまりにまずい。
酔っぱらっていればよほど飲めるハズなんだけど、最初からスーパードライっていうのはやはりムリなようで、ふたりで4本飲んだだけで退散しました。

2011年7月 4日 (月)

醒ヶ井のバイカモ

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納車されたばかりのハイエースで、醒ヶ井のバイカモを見てきました。
小さい花が水面あるいは水中で漂います。
きれいというよりも愛らしいといった感じ。

醒ヶ井は旧中山道の宿場町です。
パイカモが漂っている地蔵川は、きっと防火用水でもあったんでしょう。
何度か訪れているので、バイカモを含めた町並み風景に目が向きます。
それでも「ならし運転」という大義があり、かつ妻のご機嫌取りの意味合いも含めて、記念写真を何枚か撮影。
そもそもバイカモの花そのものを撮影するレンズしか持っていかなかったので、大した写真を撮れませんでした。
大半の写真は、妻のコンデジを取り上げて撮影してました。
100mm macroにすべてをかけたおれはなんて男らしいんだろう!なんて思いながら現地に向かったのに、着いてからは後悔の連続。
あぁ、情けない^^;;;;

行きは全区間高速、帰りは道を変えようとしたのが間違い。
延々一般道を走って帰ることになってしまいました。
21号から養老・津島を抜けて23号線バイパス。
途中の養老ではクルマにはねられたらしいシカ(クルマ"を"はねた?)が路ばたに転がっていたり、知立バイパスでは故障したハコスカが上り線をふさいでいたりいろんなことがありました。
途中実家に寄って買いものを済ませてきました。通り道だよーなどと妻を騙して両親の様子を見てこれたのはもうけ^^
だって今週末所用で実家に行くんだもの。
結局5時間近くかかって帰宅。
新しいクルマだしなかなか疲れましたよー。
それにしても津島は暑い。
暑いと言ってもいつも風のある豊橋はそれよりずいぶんと過ごしやすいです。

これは書いておかなければなりますまい。
醒ヶ井の駅を出ると広場になっています。
今でこそ国道が分断していますが、昔は広い駅前広場だったでしょう。
その広場をつきあたって右に行くと、お世辞にもきれいとはいえないスーパーがあります。
ショッピングセンター信沢というんですが、「鱒の甘露煮 製造直売」の看板に勇気を振り絞って入ってみました
ここで買った鱒の甘露煮、うまい!
鱒の味が消えてしまうほどには煮込んでない。
鱒の味はあるし、たれのうまみもある。
2匹しか買わなかったことを大変に後悔しました。
傍らにあったヤマブキの佃煮も買ったけどこれもうまかった!
ヤマブキの佃煮にはフキの苦みがなければダメ。
店は外見で判断してはいけませぬよヾ(@⌒▽⌒@)ノ 

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