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2011年6月

2011年6月30日 (木)

ゴムシート防水

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もう10年ぶりくらいだよ。
でも張り方は忘れてない。
人間の記憶ってすごい。 

2011年6月29日 (水)

食えない弁当

もー暑くて暑くて。
外仕事だとクルマのエンジンかけて涼むしか体を冷やす手段がありませんが、それでもすぐには冷えない。
10分はじっとしていないと汗が止まらない。
そのあとに飯を食うのが至難の業。
面倒くさくなったりするんですよねぇ。
それで2日ほど昼飯を食わなかったら、体調崩してしまいました。
近頃の弁当は冷凍食品が多いんですが、あれも食べられないものがある。
フライみたいなものはもうのどを通りません。
ツバが出てこないのに、水分を吸いやすい物など食べられるハズがない。
それはやめてくれ、と妻に理由を話したら今日はトマトときゅうりを切った物が入ってました。
軽く塩味がしてるし、水分がうれしい。
つるっと食べたら、甘みも感じられる。
食べる気になれました。
要は超浅漬けか(笑)
梅酢のショウガもポイント高し。

現場でトマトを出していただいたんですが、甘みはもうひとつだけど、とてもみずみずしくてうまい!
これは取り立てだなと聞いたら、やはり地の人が取ったばかりの物を持ってきてくれるのだとか。
皿2枚にめいっぱいは食えんかったけど、2コ分くらいは食ったと思う。
その後はとっても落ち着いた気分になって、快適な気持ちになれました。 

2011年6月28日 (火)

中山道ウォーク(9)日出塩→奈良井宿

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今回は義母を含めた初の3人旅。
当初は雨模様だった日曜日の天気も、日頃の行いのおかげで日中は保ちました。
ありがたや。
雨が降っていないと気分が乗りますな。
日出塩から颯爽と歩き出したら、既に先頭は見えませんがな。
なんと速い!
19号と合流したら、義母も速い!
沿道の草やら虫の死骸をチェックしている間に、あっというまにおいてかれましたよ。
最初のうちは「きれいなちょうちょだね」などと付き合っていた義母も、そのうち立ち止まることなく先へ行くようになってしまった(苦笑)
人のペースに合わせるのはしんどいから、これでいいのだけれどね。

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この区間を歩くのは4年ぶり。
今日はあま〜い藤の香り漂います。
前回の記憶もこの4年間でかなり薄くなっていたことに気付くが、ポイントポイントはちゃんと覚えているもんです。
桜沢。
ここが木曾と信州の境目。
ここからが尾張藩領(といっても、木曾は幕府からの委託領だと思う)であり、名古屋人には感慨深いものはあるが、まだ川は東に向かって流れている。
ここからは少し山に分け入る。
再び19号に戻ったところには、うち捨てられた中央線のトンネルと、道祖神があります。
前回もここで写真を撮っているんだけど、トンネルは気付かなかったな。
草が生い茂ってるからな(苦笑)
この先にある旧片平橋、今回初めて訪れました。

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現片平橋を左に降りていくと、その橋はある。
下回りは確かにアーチを描いており風景にとけ込みやすい。けれどもコンクリートやね。素人にはその橋が造られた時代背景がわからない。つまり「現代のPCアーチ橋と何が違うのか」ってことがわからないと萌えない。
土木学会から土木遺産として推薦を受けているという事実のみではおもしろくない。
橋の楽しさはむしろ欄干にあります。
橋柱などのデザインがそれぞれにあって、それは時代に関係なく楽しめる。
ここもそうして楽しんできました。
橋は老朽化により渡ることが禁止されていますが、写真を撮ることは可能。
自分にとって一番大切な親柱の前に案内看板を立てるとはなんたる無粋!
土木学会ってセンスのないセンセばっかりの集団なんですかね。
しかも案内板の足には片平橋に似たデザインが施してある。
まったく意味不明。

しばらく19号をゆく。
集落があれば水がわいている。
ほてった手足を冷たい水で冷やす。
あぁ、気持ちいい。
クルマも滅多に通らない道で気分も弾む。

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山道を降りて贄川駅に着く。
かつてはすべてが山中だと思いながら歩くと、鉄道がここを走っていることすら奇跡に思えてくる。
贄川駅を過ぎ贄川宿の入り口にさしかかる。中央線の上を橋で渡るが、この橋がレンガ橋。
この橋、今でこそ中山道のような扱いを受けているが、本来は中山道ではない。
中山道から山中に分け入るための道だったはずで、橋の作りを見ればそれはわかる。この橋に鉄琴を設置するのは、ちょっと間違っているような気がしないでもない。
その脇にあるのが贄川関所。
内部にはどこやらの脱藩藩士を逮捕したという展示があるはずだけれど、見たことがあるので今回は入りませんでした。
そこの前が本物の中山道。

宿場内にはいくつか古い建物は残されているけれど、どれもせいぜい昭和戦前な感じ。用途不明な旅館っぽい建物です。
そういうなか深沢家は重文に指定されているが、理由は不明。

そのさきを右に曲がると鍵の手。奥に歩道橋があり中央線を越える。
しばらく言って再び山中に入ってまた19号に戻る。
この繰り返し。
そのうちに平沢集落にはいる。
その入り口で義母はリタイヤ。
リタイヤシステムを利用して、一気に奈良井へと行ける。
徒歩に比べればどこでもドアに近い(笑)
歩けば1時間余かかるが、バスなら5分。

平沢に着く。ここはまだ諏訪大社の領域。神社に”御柱”がたっている。
中山道は諏訪神社の真ん中を通っている。
中山道が先か、中山道が先か。
現在では下に平らな道があります。

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平沢は宿場でもないのに宿場風情が残る不思議な町。
実は宿場の風情なんてものは存在しないのかも知れない。
日曜とあってか、木曾塗りの店はほとんどあいてない。
箸を買うつもりだったが、ぼーっとしている間に町を抜けてしまう。
入りにくいんだよ^^;

ここからはほぼ奈良井川に沿って歩く。
楢川小学校は木造ではあるが、木造小学校の体をなしていない。

木造校舎と冠する場合は、それなりの要素を備えていなければならない。
なぜなら学校の木造建築というのは単に木を材料として建てたものではなく、ひとつの分野として確立されたものだと思うから。
だからこそ木造校舎で育ったオトナたちは、みな古の学校に郷愁を持てる。
コンクリート基礎の上に木で作られた建物がのっているだけである。
木造校舎の最も重要な要素、高い床下、下見板は見られない。

最近地方でよく見られる形式ですね、これは。
木造校舎への憧憬というよりも、ちょっと意地悪く表現するなら木曾の木材の宣伝。
もしくは住民に対する文化教育でしょう。
こういう材木が撮れる町に住んでるんですよ、と。
それはそれでいいものだから、否定するわけではありませんが、いわゆる木造学校建築とは呼べない。
趣味的には興味ゼロってことで。

橋戸一里塚は川の向こうにある。
古中山道は奈良井川の北を通っていたらしい。
そのため一里塚も北側にあるのだろうが、古中山道といういう名称が東山道をさすのか、近代の中山道を指すのかでどれを中山道とするのかこんがらかってきた。
一里塚というからには、江戸幕府が設けたものであることは間違いない。ということは一里塚にあったものが中山道と考えるのが妥当であるから、旧中山道という呼び名は現在中山道と認定されている南側の道を新道とするってことでしょうね。
ここから奈良井の宿場までわずかな距離だから、以前はもっとずっと手前、平沢を出てすぐ奈良井川を渡っていたのかもしれない。
山の裾野と奈良井川の間の狭い部分を通っていたと。
ふーむ。

そこからはすぐに奈良井であります。
”ならいじゅく”ではなく、”ならいしゅく”です。
なかせんどうを中山道と書くのならば、「しゅく」と読んで欲しい。
濁ると風情がなくなりますし、かつては「しゅく」と呼んでいたらしいけどねぇ。
なんでも濁るのは現代人の悪い癖だ。
その方が発声が楽だからね。

とりあえず荷物をバスへ。
その後宿場内に繰り出して、五平餅、ビール、そばの遅い昼食でした。
視線の先には鎮神社が見え、その向こうには鳥居峠がある。
また楽しみな峠越えだけど、和田峠や箱根峠に比べれば大したことはありませぬな。

次回は久しぶりの関東に戻ります。
初めてのお泊まりだわん。
「ご夫婦さまは同一の部屋で新婚さんの気分に戻っていただいて」ですって。
イヤン、バカ〜ンheart01

2011年6月25日 (土)

自宅にいる人へ

エアコン入れてますか?
たまらずいまエアコンいれました。
朝から寝たり起きたり。
未だ頭がすっきりせず、体もだるいままです。
たるんどるのかなあ(否定はしないけど)。

暑い日のゴゴイチゴ

急激な気温の変化についていけていません。
ここ2〜3日昼飯が食えずにバテバテ。
自宅に帰り着いてもぐったりしてます。
昨日は午後の作業に若干の余裕があって、クルマのエアコンで涼んでました。
アイドリングストップなんてきれいごと言ってる場合じゃないよ。
死ぬよ。

でFM豊橋を聞いてました。
遠くの現場が続き、近頃全然聞いてなかったゴゴイチゴ。
金曜だわ。前川緑おねえさまだわ!
アノエロい声を聞いてるとなんだか顔がほころんでくるから不思議。
思わず投書したら「こんなさわやかな声なのにねぇ」と受け流されてしまった
声フェチにはたまらんのですよね、彼女の声は。
ゴゴイチゴブログ、なぜかあらびきソーセージネタ。
うちにも常時置いてある気がする^^;

昨日昼飯を食わなかったせいか、今日はだらだら。
体中の筋肉が緩んでる感じ。
さぁ、寝よ。

そういえば昨日、3時の休憩にスイカを出していただきました。
ぐたぐだだったのにこれを食ったら即座にスキッとしました。
冷たい物はほとんど取ってなかったせいで体内温度が上がったのか、はたまた糖分が不足しているのか。
ふう...

2011年6月24日 (金)

ミルメーク

先日生まれて初めてミルメークなのものを飲みました。
学校給食の話しになると必ず出てくるミルメーク。
3つ若い妻は「給食に出た!」というけれど、そんなしゃらくさいもの知らん。
米飯給食も知らん。
ボーズは「なんでイチゴ味なん?」だと。
ラインナップの中で、イチゴが一番高級やんか!

ま、別になんてこともない。
たまにはかわっとっていいかもしれんけど、毎日飲みたいもんじゃないね。
昔銭湯で飲んだフルーツ牛乳の方がうまかったよ。
牛乳は牛乳で飲みたいもんだねぇ。 

2011年6月22日 (水)

YES & ASIA

あらゆる評価からフリーなつもりです。えぇ。
そもそもそういう関連の雑誌も読まないし、人の意見も聞かない。
音楽って嗜好の物ですから。
最近気になるのはASIAとYES。
プログレッシブロックという共通点がいわれるけど、それも聞かない。ASIAがプログレなのかいわゆる産業ロックなのか区別できないからね。
そもそも音楽をそうしてわけるってことはナンセンス。音楽好きはそんなこと百も承知という上で、話しをするんでしょうがね。

YESが今日ニューアルバムを発表しました。
これを聞いてふたつのことがすぐ頭にひらめいた。

1.アルバム90125はASIAの成功に刺激されたJon Andersonが作ったアルバムだというのは間違いであること。90125はYESの正常進化の線上にあること。

長く思ってました。
1983年頃、中学生にはとって既にYESは伝説のバンドでした。
ジミヘンだのディープパープルだのいろんな誘惑はあっても、一番はベイ・シティ・ロ−ラーズであり、ビートルズだった。
Owner of a lonely Heartも流行歌の一つであり、90125もわかりやすい今時のアルバムっていう印象。けれど、YESのアルバムを聞くと、だんだん変わってくる。FragileとDrama、同じバンドなのか?っていうほど。「YESというバンドはオーケストラがメンバーを変えながら存在するように」と誰かが形容していました。
Jon AndersonがいないYESはYESではない、そんな意見もあるようです。
ハンドは進化する。
Please Please Meを作ってたバンドが、わずか8年後にAbbey Roadを作るなんて夢にも思わなかったように、YESも大きな変化をしている(と思う)。
FragileとFly From Hereとは違っても、90125とは何かつながるところがあると感じる。
それでいいんだよ。

○ASIAはあくまでもJohn WettonとGeoffrey Downesが主体のバンドであること。Steve Howeは一線を画している。

ニューアルバムFly From Hereを聞くと、プレグレっぽい雰囲気が漂う。そこはかとなく(笑)そこに哀愁のギターを加えるのがSteve Howe(以下ハウ爺)だ。ギター以外の音に注目しなくなると、ASIAと間違ってしまう。ウソーーーーっ!
これにはびっくりしました。
でもOmega聞けば、ギターがなくとも明らかにASIAの音。
なんだこりゃ!

○おれはひょっとしたらASIAでもYESでもなく、ハウ師匠が好きなのかもしれないということ。

まだわかんないけど、そんな気がする。
ハウ爺ラブ

2011年6月21日 (火)

ムリして起きている理由

もう寝たいんですよ、えぇ。
休みでも極力昼寝しないよう心がけているんで、休みといえど夜は早いです。

6/22、Yesがニューアルバム、Fly From Hereを出すので、iTunes Storeでダウンロードするつもりなんです。
オンラインだから、0時きっかりにダウンロード販売されるんじゃないかなと期待して、0時を待っているところでして。
明日は浜松の現場なので、往復の道中で、ダウンロードしたての音源をiPodにいれて、カーオーディオで聞きたい。

あと1時間きりましたね。
はーーーーーーっ!

2011年6月20日 (月)

たけしアート☆ビート vs アラーキー

1時間があっという間だったけど、得る物が非常に多い。
アラーキーは、いたって楽しそうにまじめそうにふざけてしゃべってたのが印象的。
名前は知っててもどういう人なんだかまったく知らない分、すんなりと人柄をうけいれることができ、かつ聞き手がたけしだから素直
に聞けたと思う。

本人は自分の活動を一生懸命丁寧に話してましたよ。
見てる人に理解してほしいみたいでした。
でもね、あれを理解して自分の物にするには、膨大なシャッター数と自由な発想、それにあらゆる経験が必要です。
言ってることはむずかしいわけじゃない。
写真は機械じゃないと言ってる。
そんなことはわかってるよ。けれど、それは一定レベル克服した人じゃないと、言えない言葉なのよ。自分のように考えながら撮ってる
レベルではまだそれを理解できるはずがない。
でも彼の話を聞くことはとっても有用で、いつかはあそこまでたどり着くんだという気持ちでいれば彼の言葉が完全に理解できる日は来
るはず。
その手始めはやっぱり「シャッターを押さなきゃ始まらない」だろうけど、それすらまだ克服できてないからな(苦笑)

アラーキーは写真家ではなく芸術家でしょう。
写真家というのはやはり写真という物の存在に何かのこだよりを持ってると思うけど、彼にはそれがあるか。写真で表現できない場合に
は平気で絵の具を塗り込んでみたりする、その自由さ。
写真を通して芸術に目覚めた。
旧街道歩きやカメラを通して町を見たときに、現在・過去の人の営みが見えてきたのと同じ形式の流れだと思うから。
彼を見てると、レンズがどうのカメラがどうのといったことがアホらしく思えてくるが、彼の場所にたどり着くには、そういった問題も
乗り越えて行かなければならない。ただ表現の場において、それらは二次的なことであり、もっと大切なことは敢然としてある。

それにしてもカメラってすごい発明物だと思う。
人の心や性格までが写る。
物の見方まで変えてしまう。
写真がより身近に、同時にすごい遠い物になったなぁ。 ふぅ。   

2011年6月19日 (日)

Paul McCartneyファンです。

Beatlesを含め、確かにファンではあるけれども、しょっちゅう彼らの曲を聞いているわけではありません。
時には半年くらい聞かないこともある。

Off The Ground(1993)以降は実はほとんど聞いてない。
Back To The EggとかMcCartney2を聞いたり。
聞かなくなったのはおそらく他に興味が移ったから、生活環境が変わったから、なんていう理由だと思う。
でも時折なぜか無性に彼の曲が聴きたくなる。
とにかく聞く。飽きるまで聞く。
覚えるまで飽きないのが不思議なところ。
今現在、Chaos And Creation In The Back Yardにはまっているところ。
なぜかFlemming PieとRun Devil RunそれにDriving Rainを飛び越えて。
あ、Run Devil Runに関しては聞いた事がないや。

どこかに同じようなフレーズがあるのか、リスナーとして聞いていてもすっと自然に体の中に入ってくる。
同じような曲なの?
以前聞いた単語の羅列?
そういうものなのかどうかはわからないけれど、抵抗がない。
曲の大筋だけ覚えれば、すぐに歌える。
2〜3度声に出せば、もう普通に歌えるようになる。
覚えやすく歌いやすい。これもPaulの持ち味かな。

彼のアルバムには、自分自身の歴史がしみこんでいる。
Back To The Eggを聞けば、今は亡きおじさんの思い出がよみがえり、Tug Of Warを聞けば右も左も分からず働き始めた頃を思い出す。
当然家族のことも思い出し、当時がよみがえる。
Paul McCartneyの楽曲にはふるさとがあるといっても過言ではないと思う。
東京で聞いても彼らの歌声は、360km離れた名古屋を感じさせてくれる。
とっても不思議な感覚ですが、それが真実ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

彼は昨日が誕生日でした。(おめでとうーーー!)
そして来年の6/18にはとうとう古稀を迎える。
もう一度、日本に来てくれないかな。
1990年の東京ドーム、チケットを買っていたのに中止になったのだから。 

コンビニ戦争なのか

井原交差点にあったセブンイレブンがなくなって久しい。
その直後だったか直前だったか一本引っ込んだところにファミリーマートができた。
うちからも井原電停からも不便でほとんど利用してない。

最近競輪場電停の近くにサンクスが開店しました。以前はサークルKだったんですよ。
立地条件が悪い訳ではなかったけどあまり評判がよくなくて、閉店は当然かなと思ってたら、これがサンクスとして復活したからびっくり!
サンクスなんて東田電停の近くにもあるじゃん!
グループのサークルKは井原と運動公園の間にあるし。
一体何を考えてるのかわからない!
各電停に作るつもりか?!

一方井原電停はコンビニがなくなったせいで暗くなりました。
防犯上もすごくマイナスになったように感じてます。
なんとか復活せんものか、井原店。 

2011年6月17日 (金)

ゼビオとキタムラ

いつぞやOAKLEYのサングラス修理について、ここの日記に書いた記憶があります。
豊橋程度の町にも特約店がいくつかあってそのどこでも断られ、最後にゼビオに持ち込んだら、何の屈託もなく気軽にメーカーへと引き継いでくれたなんていう話しでした。しかも無料、まったく店のもうけにはならず社会的責任を重く受け止めている会社だなと感心した、なんてことも書いた記憶があります。

友人にカメラのキタムラがメーカーへの取り次ぎをやっていることを知りました。頼むのはセンサークリーニングで、キヤノンのサービスセンターへ持ち込めば、空いていれば1時間くらいでやってもらえる作業です。以前は無料でしたが、現在は1050円。
これをキタムラからメーカーへ送ってもらうということなんですが、調べてみるとちぃと怪しい。場合によってメーカーに出さず提携先の修理屋(ちゃんとした名の通った会社です)に出すことがあるらしい。しかもメーカー料金よりずっと高額だそうな。
しょせんネット情報だから鵜呑みにはできないんですが、サンプル数が異常に多く、際限がない。ということはネット上に上がらない情報はその数倍はあるのではないかと考えるのが普通です。
「メーカーに送るとキタムラのもうけがないからじゃないか」というのが大方の結論ですが、昨年の終わりくらいには、メーカー取り次ぎの手数料を取るようになったという記事がありました。
その手数料、1050円。
つまりキタムラ経由でメーカーへセンサークリーニングに出すと2100円かかるということになります。

ゼビオの時にも書いたはずですが、手数料取ればいいと思う。
店側だって受付票や預かり証書くのも時間がかかるんだし、人件費だってかかるんだから、請求していいと思うんですよ。
ただ、それらを取る・取らないで、会社のイメージは大きく変わってきますな。
営業戦略っていうのもあるだろうけれど、企業の社会的責任を果たすっというとこを考えてしまいます。

さぁて、どの情報がホントなんだろう。
店によって違うらしいけど。
キヤノンの引き取りサービスなら1050+1580円でやってもらえるのだろうか。
だとしたらキタムラへ持ち込むのは、あまりに気分が悪いしなぁ。

2011年6月16日 (木)

カキラン補完

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速報版の写真があまりにあまりだったので、撮り直しました。
アブラムシがついてた。
カキランにアブラムシが付くなんて思いも寄らんかった。
写真を撮り直したおかげですな。

カメラはセンサークリーニングに出します。
それまで咲いてるかなぁ、カキラン。

2011年6月12日 (日)

豊鉄観光バスなう

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朝からギネス。
しあわせ

2011年6月 8日 (水)

カキラン一番花

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今年も咲きました。
今年は去年よりたくさんつぼみが上がってる。
他の株はつぼみがないのが大半。
あんまり頻繁に植え替えせんほうがいいかなあ。

塩尻で買った屋久島カキランはやっと芽が出たところ。
腐ったかと思うほど遅い発芽でした。
花は咲きそうにないな^^;

かわいいな、カキラン。
来年はわさっと咲かせてみたいな。

2011年6月 7日 (火)

リニア

東京ー名古屋間が40分になるという。
うち(豊橋)から東京へ行く場合、名古屋駅まで45分はかかるので、東海道新幹線の方が早く東京へ行けることになる。改めて考えたら、東京対各駅っていう図式になるんだなあ。

新幹線が開業した頃は高度経済成長のまっただ中で、需要を掘り起こした功績はあるが、この先そういう発展が見込めるのかどうか。
東海道新幹線は老朽化も進んでるし、JR東海が言う分には輸送量も限界に近いらしい。
一企業が開発するんだから、回りがどうのこうの言う筋合いのものでもないんだろうな。
個人的には、現在より料金が上がるなら使わない。じゃなく使えない、高すぎて。
新幹線の運賃だって高すぎだろ。
リニアでコケて、どちらかに早く吸収合併されてほしいと願うばかりなり。

途中駅は、全額地元負担でというのが倒壊の願い。
金出さない所には作らなきゃいいじゃん。
その代わり地元を通るな、と。
相変わらず不愉快きわまりない会社だな、JR倒壊。

Superman!

これ、年代によって違うんでしょうね。
われわれはなんといってもスーパーマン。
クリストファー・リーブ以前のテレビ版スーパーマン。
このテーマ懐かしい。
それゆけスマートとか、その年代ですわね。
名古屋では土曜日の午後5時半頃やっていた記憶です。
スパイダーマンも吹き出しでSEを表現したり斬新な試みを持ってテレビドラマになりましたが、スーパーマンほどの衝撃はありませんでした。
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/Q2l4bz1FT8U" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
ジョージ・リーヴスはかっこよかったなあ。
今見るとただのおじさんだし、スーパーマンのコスチューム姿もダサい。
ダサかったと教えてくれたのが、クリストファ・リーヴのスーパーマンでした。
こりゃあもう現代的に徹底的に金をかけてリメイクされ、素晴らしい出来でした。
ただしその間にあった「スーパーマンの死」は子供心に驚きでした。
スーパーマンのイメージそのものにになってしまったジョージ・リーヴが自殺したという。
これは後に仮面ライダーとして名をはせてゆく俳優たちに対して危惧を持つ一種のトラウマのようになりました。

かなり楽しい模型の世界

今夜、愛妻はソフトバレーとかに出陣。
わたしは串カツと豊橋産うずらのたまごフライで晩酌してカレーの夕飯でした。
「カレーは甘くないだろうな」という問いかけに「食べてみりん」。
食ったら普通のカレー。
4Lのカレーにびん1/3くらいの一味をぶち込んでみました。
お子様カレーじゃないんだから、香り立つカレーにしてくれと節に望ますが、カレー自体はうまかったっす。
明日の弁当にもいれてほしいヾ(@⌒▽⌒@)ノ

近頃模型にはまり始めています。
かなり危険。
プラモデル用吹きつけエアブラシと呼ぶそうですが、コンプレッサー一式を購入思想です。
吹きつけだから、当然細かい粒子で塗料を出すことができます。
ということは、クルマの吹きつけもできるということ。
大きな面積なら別ですが、対象は0.5m^2とかそんなもん。
買う価値はある。

機材情報の収集に、MODEL ARTを買ってきた。
様々な模型関連の情報が網羅されている。
当然キットのインプレッションなども載っている。
ローガンキョーを使って読んでいると、ドンドン引き込まれているのがわかる。
これ、相当危険だな。
趣味は増やしたくない。
特に模型は飾るスペースを必要とするので、なんとしても避けたい。
けど楽しそう。
相克に悩むお兄さん(おれだよ)。

あるコミュ。ビール関係です。
どのくらい飲みますか、というトピがたち、500mlが1本だの、毎日なら2本は当然などいう書き込みがある。
自分の大酒ぶりに言葉を失う。
毎日2Lって飲み過ぎなんですか。
そうなんですか?
外出すると一日中飲みっぱなしって異常ですか。
普通ですよね。
ビール命なんですもの。

名古屋出張は事情により中止です。
ふぅ。

2011年6月 2日 (木)

新しいタイヤ

2回続けてMichelin Pirot Precedaはいたけど、いつの間にかサイズがなくなってた!
そもそもMichelinは15インチの設定が少なすぎる。
ENERGYだのPRIMACYだの論外。
上級モデルにも設定がないから、これはもうミシュランをやめるしかないな。

次はなんにしよう。
今のところ最有力はYOKOHAMAのS.Driveだけど。
それよりも205/55R 15っていうのをどうにかすべきか(笑)

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