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2011年3月20日 (日)

中山道ウォーク(4)芦田宿→和田宿

予報通り暖かな一日でした。
先の芦田宿本陣前からスタート、日曜休みの醸造業・酢屋茂を過ぎ、金丸土屋旅館を通過。じきに笠取峠に入っていきます。
松並木は天然記念物指定の価値があるのか、大した木はなく、枯れ木や倒木状態のも見受けられました。こりゃ御油松並木の方がよほどマシ。石畳風に舗装した道路でかろうじて雰囲気を維持しています。

スタート時点から峠まで休むことなく上り。
いつものようにどん尻出発でありました。
がたいの大きな青年(老けてみえるが)は、資料を見ながらひとつひとつ見所をチェックしているために、うちらと同じようなペースになってます。
もうひとりおばあさんがひとりで歩いてました。
この人たちが序盤の”仲間”
おばあさんは長い坂に、自分で腰を支えながら必死で上り、時折足を止めて休憩しとります。うちらはなにしろ最年少ですから、その気になれば速い。あっという間におばあさんを追い越したものの、そのペースの遅さと様子に彼女のことが心配になりました。
ビリになって焦るんじゃないかとか、倒れおちてしまうんじゃないかとか。
ゆっくり歩いておばあさんのペースをつかんだ方がいいなと話しているうち、くだんの青年がおばあさんに追いついた。
これで一安心、まあ彼に任せておればいいかなと再び足を早めて笠取峠を越えました。
ところが下りになったとたん、このあばあさんも青年も追いついてくる。
長久保宿の前でとうとうふたりとも追い抜いていった!
なんと!
おばあさんもそこそこのペースで歩いているし、青年はがたいがしっかりしている分歩みも早い。
妻曰く、「ありゃ下り番長だわ」と(笑)
なんかとってもいい命名で、この後ずっと彼を下り番長と呼び続けました。
けれど最後まで抜き返すことはできなかった(汗)

下り番長がうちらと競っていたのは長久保手前の山中。
明治に新しい道が造られて、うち捨てられた旧中山道です。
そこを一部の人は転びながらも下ってゆく。そこに道祖神があったりすると、これぞ旧街道歩きの醍醐味!とつい叫んでしまいます。
やはり東海道よりも中山道の方が楽しい。
もうだれがなんと言おうとこれは変えられない。

長久保宿に近づくと、松尾神社があります。
由来があるようですが、ここでは日露戦争忠魂碑を見る。
なにげなく「希典書」とある。
こりゃあの乃木希典の筆によるものだ!
二人の死が記されていましたが、ぼく以外はだれも気にも止めない。
日露忠魂であるにもかかわらず、また乃木さんの筆によるにも関わらず。
世の中こんなもんですかねえ。
日露の犠牲者はこんな扱いなんですかねえ。
寂しい国ですねぇ。

潮吹きくじらデザインの蛇口から水があふれていて、顔を洗う。
冷たい水が気持ちよく一気にさっぱりした。
橋を渡って神社を出たところに鳥居と神社名が掘られた石柱が立っていて、「奉納石合平右衛門」とある。石合の名前に聞き覚えがあったので写真を撮り、前に回ったら、今度は「伯爵祐亨云々」とある。伯爵なんてそうそう大勢はいないから祐亨といえば日清戦争時の連合艦隊司令長官・伊東祐亨しかいない。
黄海海戦で活躍したあの人です。
乃木といい伊東といい、どういういわれで筆を起こしたのか。
興味の対象です。
ちなみに石合は、長久保宿の本陣職を勤めた家で、記憶というのはここに真田信繁の娘が嫁いでいたから。何かの小説で読んだんでしょうな。記憶のかけらがよみがえってたというわけでした。

長久保宿に入り、一福処濱屋で休憩。
われわれのハイキングに賛同して、特別に開けてくださったそうです。
感謝。
明治のはじめに旅籠として建てられたけれど、衰退する中山道を見て営業をやめたとか。
中山道や東海道等旧街道は鉄道が開通するまでは幹線道路として機能したはずだから、明治の初期というのがちと眉唾ですけど、建物自体は大旅籠で素晴らしい。
ここからずっと竪町として坂を下っていきますが、当時の面影がこれでもかというほど残されていてうれしくなってしまいますな。
横町との交点付近は、いろんな時代の旅館建築がそろっていてとても楽しいです。
「わくわくするなぁ」と言ったのは、マリだけではないよw

長久保を出ると、国道と付かず離れず併走するだけで何もない。
山と山に挟まれた狭い地域をクルマと人が別の道を進んでいるだけの話。
いつの間にか空に晴れ間はなくなり、風が吹き始めてました。
芹沢一里塚跡付近でとうとうパラパラと来た。
急ぎ足で和田を目指し、本格的な雨になったところで集合地点の道の駅に到着。
今日は1時間も早く着けました。

バスに乗ってみると、あの下り番長は後ろの席に座っていた。
びっくりした(苦笑)

次回は4/10、2週空きます。
しかも当初の和田峠越えではなく、下諏訪へ飛ぶらしい。
和田峠の雪がまだ残っているそうだから、順番を入れ替えたらしい。
というわけど次回は下諏訪宿から塩尻宿だげな。

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