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2011年3月11日 (金)

中山道ウォーク(3)塩名田宿→芦田宿(後)

望月宿を出るとまた上り。
なんだか登ってばかりいる、と妻にぼやく。
いくつかのアップダウンを繰り返して今回一番の見所らしい茂田井の間の宿に着く。
時間はすでに3時前。
傍らのベンチに座っておにぎりを食う。
沿道、食べ物屋がなかったわけではないが、気付いた時にはすでに”旧街道らしく”食べ物屋はなくなってたというだけ。
東海道と違い中山道はコンビニすらないところが多く食料確保に苦労するのは経験済みで、今回も保険として朝おにぎりを買ってあったというわけ。

あっという間におにぎり5個と500mlのペットボトルのお茶1本を飲み干した。
「年を取ると水分が必要なことに体が気付かない」と誰かが言ったがまさしくその通り。すでに雲が広がり冷たい風が吹く中であっという間になくなったお茶。妻の分まで少しいただく。

茂田井にはふたつの酒蔵がある。
東の武重本家はたそがれ清兵衛のロケ地となったらしい。
西の大沢酒造は江戸中期から続く老舗。
これもすごい建物だけど、東に比べると生活感があるどことなく愛らしい建物でした。試飲もやっているし、家に伝わる資料を展示しています。
ウォーキングの参加者は甘酒を買っていたようです。
ぼくは4合びんを2本リュックに詰めて歩き続けます。
茂田井までアップダウンの終わりに石割坂がある。
これがキツイ!
荷物は増えたし、腹はいっぱいだし、苦しい...
それでも前を歩く人たちは元気いっぱいしゃべりながら歩いてるもんね。
負けじとばかりムリをして追い抜くw
甘酒を買ったおじさんに「武重では酒買えましたか?」と聞かれました^^

茂田井を抜けて高原のようなところを歩く。
もうすっかりビリグループの一員です。
途中更地がありました。
以前はどんな地形だったのか。
その真ん中に石塔が建っている。
遠目には何が書いてあるかわからない。
ビリグループの先頭を歩いていた自分だけど、じっとながめる姿にビリグループが追いついた。
「なにを見てるの?」
「あれ、なんて書いてあるか気になるんですよ」
「三はわかるけどなぁ」
「下に無縁仏って書いてありますよ」
「あんたすごいねー、あれ見えるん!?」
などと口々に話している。
「若い衆、元気だで見ておいでんw」甘酒のおじさんが言う。
若い衆なんてどこに.....おれか?!
気付くのに10秒ほどかかったわ。
若い衆なんて言われたのは何十年ぶりだ?
まぁ確かにあの顔ぶれの中では圧倒的に若年ではあるが、48歳のおっさんに「若い衆」はないやろ、おじさん(笑)
ていうか、おじいさんかやーヾ(@⌒▽⌒@)ノ

時期に芦田宿に到着。
立科町の中心部が芦田の宿場みたいで、役場もあります。
ここも通過してきた宿場と同じように古い雰囲気が残る町。
中町とおぼしき地区には本陣も残ってるらしい。
次回はここから始まるはずなので、あまり見て回らず、素直にバスが待つ権現の湯
へと向かいました。
温泉など入る時間もなく、トイレを借りてアイスとお茶を買い込んでバスに戻ったら出発10分前。
またブービーだ^_^;

次回は芦田衆から和田宿の約10kmです。
ここから下諏訪までは峠越え。
楽しみでしょうがない。
和田峠がおれを待っているっ!

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