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2011年2月

2011年2月27日 (日)

Stealth

旅客機も含め、空を飛ぶ物にはまったく興味がない。
興味がないからつっこみどころ満載でも楽しめたのかも知れないけれど、見え見えのストーリーながら、楽しめちゃったな。
無人戦闘機に意外と血が通ってるのはこの手の映画にはありがちだね。
こういうところで完全に人間を拒否してしまうのが、むしろアメリカっぽさだったけど、近頃は日本映画の方がそれを採用してる。
だって無人ステルス機、ダミープラグで動くヱヴァなんだろ(笑)
ひらひらと舞う様は、2号機みたいだったぞ。

もっとストーリーが展開できるように思えたけど、これは原作をはしょって映画化したのか。それともオリジナルか。
無人機計画を推進した軍人と政治家の絡み。
背景をみせるだけで、よく把握できなかった。
アラスカの空港の方々も意味不明だし、いきなりパイロットを亡き者にしようとするのもいきなりな感じでよくわからん。
無人機は無人機で心(?)を入れ替えてしまうし、北朝鮮の国境守備隊はあまりにお粗末。

オープニングのつかみですっかりつかまれて2時間。
CM多かったよ(汗)















ヒロインのシチュエーションのおねーちゃん、ムチムチなのはいいけど、あれでは客呼べん(笑)

2011年2月20日 (日)

中山道ウォーキング(2)巣鴨→戸田公園

前回、巣鴨駅から電車に乗ったため、17号線からの旧道入り口までが歩いてないことになりますが、あまり細かいことにこだわらないうちら夫婦、知らぬ顔で今日は巣鴨からスタートです。
巣鴨では友人が出迎えてくれました。
おみやげまでいただいて、大変恐縮です。
門の前にいるよ、ということだったのに全然気付かんかったのは、和服で風景に同化していたから。和服の人と話すなんて久しぶりだったので、大変に緊張しました。

ひとなみをかきわけかきわけ中山道を北へ。
歩車分離されていない道ばかりで前回よりは風情が楽しめるけれど、やはり東京の街中ですね。見る物も取り立ててない。あっても「なになにがありました」という看板だけでは見ても意味がない。おかげで前半は飛ばしに飛ばしました。
板橋駅前では近藤さんと土方さんの墓碑を見ました。
20年ほど前に今はなきNifty-ServeのFAQUAのオフで来て以来。
その時に墓碑も見ていましたので、これは妻向け。
近在のおじさんたちがだんだら模様の羽織を着て演武でもやっているようでしたが、たばこの煙に負けて離脱^^;

地元民の話では「板橋に老舗和菓子屋はない」とのことだったんですが、板橋のほどの宿場にそれはないだろうと行ってみたところ、やはりない。
そもそも板橋が宿場だったのかと思えるほど。
街道を想わせる物は道路の形状のみ。アップダウンが残っていたり、右に左にうねっていたり。宿場らしいうなぎの寝床のような区画すらすっかりと消えており、どうみても無計画に見えてしまう建物が目に付きます。
それに加えて高層マンションが以上に多い。
まったく興ざめです。
現状でも面影はまったくないのに、まだ大型マンションが建設されようとしている。
まちづくりのような施設で簡単な説明を受けましたが、彼らにとって板橋宿とは何だろう。ただふるさとというだけではないのかと思ったらなんだか悲しくなりました。
そんな板橋でしたが、昭和初期くらいの建物はぽつりぽつりと残っていたり、路地を1本はいるとまったく違う風情があったりして、むしろその方が楽しめました。
路地に入ることがちょっとした宝探しになるような街です。

とくになんということもなく荒川を越え、戸田に入りました。
どこでどう時間を食ったのかわかんないんですが、なぜか到着がブービー^^;
集合10分前でした。
9kmを甘くみたなーと妻と反省。

帰りのバスの中では、釣りバカファイナルを見た。
ビデオが終わって自動的にテレビになったとき、大河の清洲会議シーンが映し出されたのでありました。

中山道ウォーキング、これでしばらく関東から離れて、信濃路に移ります。
次回3/6は塩名田宿から立科までの12km。
いよいよ信濃国だ!
楽しみだ!

地に墜ちたか、大河ドラマ

今日帰路の車中で少し見た。
ちょうど清洲会議のシーン。
いや、あんまりにお粗末すぎたから清洲会議”らしき”シーンと言わせていただこう。

そもそもなんだあのセット。
日本の歴史の転換点という演出は一切なしか。
うちの会社の7人しか参加しない安全協議会だって、もう少しまともな絵が撮れるぞ。
あまりに貧相なその画面。
情けなくてため息が出る。

いきなりしゃべりまくるのが柴田勝家。
大声で威圧し、怒鳴り散らすだけ。数万の大軍を動かす有能さのかけらも見あたらない。そんな役を大地康夫にやらせている。
はっきり言って、この柴田は名古屋市民にとっての恥辱だろう。
秀吉は単なるお調子者。
何の間合いもなく突如織田秀信を連れてくる。
声色も突然変わる。
そのギャップが激しすぎて、とても同じ人物とは思えない。
秀吉も勝家もひどい。
これはだれも差し金か。
まさか役者本人の役作りではあるまいね...だとしたら役者最低。

驚きは待っている。
会議を立ち聞きしているバカ者がいる。

な ん で す か、こ れ は !
清 洲 会 議 は 井 戸 端 会 議 で す か !

織田家では、重要な相談事を7歳の女子供に聞かせるんですか。
警備というものはないんですか。
こりゃドラマ的に非常事態宣言した方がよろしい。
その東海林メアリーさんをその場から排除することも注意することもなく、立ち聞きを許している愚かな戦国大名たち。
時代考証という人がいるけれど、名前を載せているだけでまったく仕事してませんな。

もうこれ以上見る気がありません。
見るに堪えません。
大河ドラマは一線を越えてしまいました。
もう終わりです。
大河ドラマは過去の物となりました。
さようなら。

2011年2月19日 (土)

明日はまた東京へ行く

第二回中山道ウォーキングです。
巣鴨→戸田公園間の約9km。
まぁちょろいちょろい。
雨が降らないことを祈りましょう。

下調べ代わりに、中西慶爾の「巡歴中山道」の板橋あたりを読んでいます。
もう3度目だ。
彼が歩いたときから35年ほどが経過し、すでに風物も変わっているようだけれど、いろんな知識をため込みつつ見て歩くのもまた一興であります。
明日は5時半起き。
そんなわけで、今日は早めに床に就きます。
眠りに落ちるまでにどこまで読み進められるか。
無事荒川までたどりつけるか!?

今夜はヱヴァゲー、やりません。
明日の日中はやると思うので、絡んでね〜ん♪
ではではおやすみなさい。
ではでははしもとさない。

2011年2月16日 (水)

今季最終おでんしゃへの道

日曜は今シーズン最後のおでんしゃでした。
今季は一体何回乗ったのだろう。
言えるのはかなりおでんが好きになったこと。路面電車にどんどん愛着が増していくこと。他の地域からもたくさんの人が来てくれること。
うれしいねぇ。
豊橋鉄道ばんざい!

おでんしゃの待ち時間に、豊橋丸栄で「チョコレートを買うの」という妻にお付き合い。
丸栄の地下には、有名メーカーが並んでいる。
妻はモロゾフを選んでいたが、地元のメーカーを強く推奨した。
「モンペリエって呉服町だろ。絹与の近所のモリペリエだろ」
モンペリエでいいじゃん、なんでモロゾフなんだ?
そのチョコセット、箱を縦にすると赤いハートのチョコレートがちょうど胸の位置に配置してある。
豪華でかわいいチョコよりその方が”らしく”ないかい?
その赤いチョコに想いをこめればいい。
通り道にあった靴屋・モンブランはニューバランス祭りだった。
型落ちのモデルが通常販売額の1/3〜半額程度。
あまりの安さに、思わず手が出そうになる。

そのあとに精文館本店へ行く。
郷土史のコーナーで三遠地方民俗と歴史研究会の研究ゆう録・「三遠の民俗と歴史」を買う。これは三遠地域について地元の人たちがまとめた地域誌で、旧街道の事なんぞが載っている。東日で紹介されたときに、ぜひ読みたいとは思っていたが、ここで出会うとは。というか、精文館本店か豊川堂くらいしか扱ってないだろうと思われる。
愛情のこもった本なので、時間にとらわれずゆっくり読んでみたい。

その後におでんしゃ。
今回は三次会まであった。
三次会まで行くとさすがに眠いばかりだった。
若くないねぇ^^; 

2011年2月11日 (金)

プレ雪の日

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さむいさむい。
今朝早くから降り出した雪はまだ続く。
カーテンを開けるとここぞとばかり寒さを発散し、結露が太い筋を描いてガラスを滑り落ちる。
寒さよりも冷たさを感じてカーテンを閉めると、かなり暖かくなった気がする。

今日の休みは昨日のうちから決めていました。
部長の息子経由で休むことを伝えておいて、携帯もマナーモードに(ドライブモードになってた^^;)。

夕べは日本酒が欲しくなって、関谷醸造の可の量り売りを買ってきました。
イカ刺と塩辛、メンマのラー油和えでブラタモリを見る。
原酒とかで、コクがあってとろりと甘くうまーい!
妻と二人であっという間に4合あけました。
明日は休みだし、至福な夜だわー。
でも気づくと洗濯物の上で寝てた。
いつのまに寝たんだろ。
嫁のヤツ、毛布くらいかけてくれりゃいいのに。
ブラタモリも多分途中までしかみてないよ。

2011年2月 7日 (月)

中山道ウォーキング(1)日本橋→巣鴨

予想通りの客層は、じいちゃんばあちゃん^^;
60台半ばっていう人が多かった。
バスを日本橋で降りてから、その人たちと距離を取ることばかり考えていました。
実際彼らもある程度は歩くことに自信がある人たちだと思うんですよ。だからうちらと歩く速度に違いがない。
かつこちらは写真をとりながらだから、距離を稼いでもすぐに追いつかれてしまう、その繰り返し。
でも実際には写真はほとんど撮っていない。
せいぜい三越とか銀行くらい。都会過ぎるし写真を撮る余裕がない。
なにしろ昼食のふぐがぶら下がっているから、「少しでもゆっくりできるように」と飛ばす飛ばす。
じいちゃんはぜあちゃんたちとは、昌平橋で離れることができました。
なぜってそれはナビゲーターが道を間違えたから。
自分の下調べでは昌平橋を渡ったら左に曲がるはずなのに、ナビはまっすぐ秋葉原に入るという。
この区間「経路が確定しない」なんて記事を目にした記憶もあったし、中山道そのものの経路にそれほどこだわらないので、そのまま彼女に従って歩きましたが、中央緩行線(と昔は呼んでいたけれど、今はなんてと呼ぶのだろう。お茶の水から錦糸町への路線)をくぐった時点で、違和感バリバリ。
いわゆるアキバケイっちゅうのか、気持ち悪いのがいっぱいいる。
男だけで群がっている。
男だけが群がっているっていうのはホント気持ち悪いもんだと感じつつ、一刻も早くこの空間から離脱したいと一層足を早めましたよ。すぐに左に折れ、軽く坂を登り、下から上がってきた道と合流したところで、道を間違えたことを確信しました。
合流してきた道には旧街道のにおいがしたんだもの(笑)
でも戻ることはしない。往時もそうして間違えた人がいたかもしれないでしょ。
厳密に中山道をゆくなんて、それほど重要なことじゃないんですよ、ぼくの場合は。
さてその坂が昌平坂らしい。
昌平黌で有名な昌平坂w
左に見える湯島聖堂には仲間らしいおばちゃんたちが群れているが、われわれは急ぎ足で通過。
壱岐坂上という地名もなかなかイけてると思う。
本当に坂の上なんだもの。しかもこれ現代風の道路に改善される前はガケだったかと思わせるほどの勾配。東田坂上も負けるね。
歩けばあるほど中山道が尾根道であることが実感できる。
なぜなら右も左も土地が下がっているからね。
つまり、万世橋からぐいっと昌平坂を上がって尾根に上がり、そのまま進むわけだ。そんなことは自分の足で歩く人はよく知っているけれど、知らない人に話すと感心される。そんな人を連れて歩いていると、自分が偉くなった気がするよ(笑)
東大の赤門を見て正門前を過ぎ、農学部の門を見る。
ガイドさんは「正門より立派。ケヤキの一枚板」と言ってたけれど、ありゃ明らかに一枚板ではない。枠に板がはめてあるじゃないか。
日本近代建築に洋風を感じたい自分は、正門が好き。
他の2門は興味の対象外かな(笑)

ところがここで大チョンボ。
農学部の門に見とれてどうも左に曲がるのを忘れたらしい。
第六中学の建物を見ながら、「きちんと改修しないと。学問は国の礎だ」などとえらそうにしていたのがよくなかったらしい。
文教学院大まで来て、「間違ってない?」とナビが言う。
ナビが聞くなよ!(笑)
すぐに間違っていたことには気づいたけど、前述のような理由から、そのまま歩き続けた。歩いていた道が中山道のバイパスとして利用されたかもしれないしね....ってしつこいな(笑)
途中から左に折れ、旧中山道に戻る。
復帰地点が白山上交差点。
下から登ってくる手狭な旧坂を見て、農学部まで戻らなかったことを後悔したけど、登ってくる道が中山道ではないので大したダメージではない。

2回に渡るルート間違いが、ちょっとした怒りになりつつあるけれど、時間的には順調以上に順調なため、どあにか精神状態を保つが、白山通りとの合流を見て帰りたくなった。これも試練なのだと自分に言い聞かせながら巣鴨駅へと急ぐ。
子供を後ろに乗っけた自転車が、やたらと歩道を飛ばす風景が目に付く。
大急ぎに急いでJR巣鴨駅に着いた。
日本橋から1時間30分ほど。
時速4km程度か。

巣鴨からは山手線内回りで池袋へ。
お待ちかねのフグだぁ!
予約よりも10分ほど早着したが、構わず入店^^;
てっさ、湯引き、てっちり、唐揚げ等を食う。
うめーーーーよ!
ふぐ料理ってのは、魚料理ではなくふぐ料理なんだと知りました。
ビールもヱビスの琥珀生なんだもの、幸せいっぱいだわさ!
うまいビールは料理を引き立てる。
スーパードライだったら、幻滅するとこでした(笑)

ちょっと腰を落ち着けていたら、もう3時過ぎてる!
あわててふぐ雑炊をかき込み(神!!!!!)、タクシーを拾ったときにはもう3時35分^^;
巣鴨まで「10分くらいですね」というタクシーの運転手の言葉に一安心。
巣鴨に着いたのは45分くらい。
人形焼きとせんべいとカステラのあいのこみたいなものを買って、バスに乗り込みました。
集合時間3分前でした。

なんと充実した一日だろうと思いました。
帰りの車中で配られた今後のハイキング予定表と、スタンプシートを見て一日の疲れも忘れ、わくわくする気持ちを抑えられませんでした。
学校が遠足用か生徒の送迎に使うような狭いバスではあったけど、東海道線のロングシート込みの乗り換え数度旅行よりもよっぽど楽ちんだし、マシ。
このツアーで中山道を征服してやる!と誓いましたです。

次回は2/20、巣鴨から戸田の約9kmです。

初めてのバスツアー

旅行慣れしてますが、バスツアーは初めてでした。
お仕着せっぽい旅行が嫌いってのと、鉄っちゃんだったってのが大いなる理由ですが、旧街道歩きに鉄道って必ずしも便利ではない。東海道ならともかく中山道では特に強く感じられる列車の少なさ。木曽路歩きに鉄道なんてほとんど役に立たないものです。
2〜3時間に1本普通列車が来るだけなんて、地方ローカル線並み。
そんなものをあてにしての中山道ウォーキングは非常に時間と金のかかる遊びです。
そんなとこを巧みに突いたのが豊鉄観光の中山道ウォーキングですな。
今回はその第一回。
早朝豊橋を出て夜遅くに帰るという強行パターン。
乗車時間往復10時間で、東京滞在は4時間ほど、ウォーキングにあてられた時間は1時間45分。
けれども格安なんですねぇ。
東京往復でひとり6800円なんですよ。
中山道を始めるいいきっかけになりました。
といいつつ自分はもう距離で半分ほど歩いてしまっているんですが、今度はその補完の意味もこめて妻と歩くつもりです。

2011年2月 6日 (日)

豊鉄観光バスなう

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東京へ。
旧中山道を日本橋から巣鴨まで7km歩きます。
焼津なう。

2011年2月 2日 (水)

サギソウとパワーウインドウ

日曜は忙しかった。
サギソウを植え替えて、パワーウインドウの修理、買いものetc...

いつの間にかサギソウの植え替え時期が来てました。
新芽を傷めたくないから、芽が出る前に植え替えてしまいました。
サギソウ銀河が63個、普通種が32個、飛翔12個、金星4個、あかつき4個。
それらをいくつかの鉢に植え込みましたが、まあ寒い盛りで辛かった!
凍える手を時折ストーブで温めながらの作業でした。
もうサギソウを育てるのがイヤになるほどでしたが、今になるとまた妻籠で見たサギソウが思い出され、「大鉢にするぞ!」と決意するのでした。

パワーウインドウの修理にも着手。
ドアの内張をばらすのは手慣れた作業。ばらしてしまえばパワーウインドウassyは目前にすべてをさらしてくれるので、修理は楽でした。
取り付けられたパワーウインドウassyを外して交換するだけ。
30分程度で終わりそうだったので、ついでに助手席のパワーウインドウもばらして整備しました。
ウインドウガイドにシリコンスプレーを吹き付けて、レギュレータ本体のワイヤーとレールにグリスを塗り。
それだけでも窓は軽々と動作するようになりました。
運転席側もモーター&レギュレーターまるごと交換したけれど、実は交換する前にも動いた^^;
結局故障してなかったみたい。
けれど、部品を交換した運転席側と整備のみの助手席側とでは作動速度が全然違います。
あれほど簡単なら後部パワーウインドウも整備しておこうかな。
ついでにウォータースポットが鱗状になってしまっている窓ガラスを磨いて、コーティングするか。

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