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2011年2月20日 (日)

中山道ウォーキング(2)巣鴨→戸田公園

前回、巣鴨駅から電車に乗ったため、17号線からの旧道入り口までが歩いてないことになりますが、あまり細かいことにこだわらないうちら夫婦、知らぬ顔で今日は巣鴨からスタートです。
巣鴨では友人が出迎えてくれました。
おみやげまでいただいて、大変恐縮です。
門の前にいるよ、ということだったのに全然気付かんかったのは、和服で風景に同化していたから。和服の人と話すなんて久しぶりだったので、大変に緊張しました。

ひとなみをかきわけかきわけ中山道を北へ。
歩車分離されていない道ばかりで前回よりは風情が楽しめるけれど、やはり東京の街中ですね。見る物も取り立ててない。あっても「なになにがありました」という看板だけでは見ても意味がない。おかげで前半は飛ばしに飛ばしました。
板橋駅前では近藤さんと土方さんの墓碑を見ました。
20年ほど前に今はなきNifty-ServeのFAQUAのオフで来て以来。
その時に墓碑も見ていましたので、これは妻向け。
近在のおじさんたちがだんだら模様の羽織を着て演武でもやっているようでしたが、たばこの煙に負けて離脱^^;

地元民の話では「板橋に老舗和菓子屋はない」とのことだったんですが、板橋のほどの宿場にそれはないだろうと行ってみたところ、やはりない。
そもそも板橋が宿場だったのかと思えるほど。
街道を想わせる物は道路の形状のみ。アップダウンが残っていたり、右に左にうねっていたり。宿場らしいうなぎの寝床のような区画すらすっかりと消えており、どうみても無計画に見えてしまう建物が目に付きます。
それに加えて高層マンションが以上に多い。
まったく興ざめです。
現状でも面影はまったくないのに、まだ大型マンションが建設されようとしている。
まちづくりのような施設で簡単な説明を受けましたが、彼らにとって板橋宿とは何だろう。ただふるさとというだけではないのかと思ったらなんだか悲しくなりました。
そんな板橋でしたが、昭和初期くらいの建物はぽつりぽつりと残っていたり、路地を1本はいるとまったく違う風情があったりして、むしろその方が楽しめました。
路地に入ることがちょっとした宝探しになるような街です。

とくになんということもなく荒川を越え、戸田に入りました。
どこでどう時間を食ったのかわかんないんですが、なぜか到着がブービー^^;
集合10分前でした。
9kmを甘くみたなーと妻と反省。

帰りのバスの中では、釣りバカファイナルを見た。
ビデオが終わって自動的にテレビになったとき、大河の清洲会議シーンが映し出されたのでありました。

中山道ウォーキング、これでしばらく関東から離れて、信濃路に移ります。
次回3/6は塩名田宿から立科までの12km。
いよいよ信濃国だ!
楽しみだ!

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