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2010年3月 7日 (日)

市町村補完計画 名古屋開府400年

土曜日、思い立って実家へ行ってきました。
土曜の夜に行って、晩飯を食って次の日に帰るっていうだけのことなんですけど、けっこうハードなんですね。
「なんも買ってこんでもいいで」という両親の言葉のあとには、「顔だけ見られれば」と言葉が省略されている。
だから行けばいい。
自分にしかできないこと。

いつも感謝するのは妻のこと。
ゆうべは早々にダウンしてしまった息子に代わって、深夜までおふくろと話し込んでいたらしい。
年寄りのふたり暮らしは平安ではあるけれど変化もなく退屈であろうことは察しがつきます。
ぼくにはぼくしか話せない話のネタというものがあるけれど、女には女同士の話題というものがあるらしい。
そんなおふくろの話したいという”欲求”をいつも満たしてくれる妻に心から感謝しなければなるまい。
帰る時にはいつも「ありがとね」と言うけれど、それだけでは収まりきらない感謝の気持ちが心の中一杯に詰まってる。
けど「ありがとう」という言葉しかない。
日本の語彙の少なさをうらみたくなる。

帰りに名古屋市博物館の特別展「開府400年」を見てきた。
けれど、近頃「名古屋」という大きな括りに納得できない自分がいる。
江戸時代からこちら少しずつ膨張してきた「名古屋」という地名。
でもその中には小さな個体がひしめきあってる。
なかには住む人が「名古屋」という化け物に食われることを拒否している地域もある。
碇シンジくんだな(笑)

そのちいさな集合体が名古屋という名前で代表されるとすれば、さらに大きな括りである日本という単位となんら変わらない。
名古屋市民とて、名古屋市内のことを把握できているわけではない。
少なくとも200万都市なんていうでっかいものを人間の頭のなかで把握できるはずがない。
人間が暮らしやすくするために自治体の区割りがどうでも問題はないんだけど、こと文化面でいうと「名古屋」という言葉ですべてを表現してしまおうという乱暴さはどうにもに納得がいかないんですよ。
開府400年というタイトルにしても、結局はお題目のみで、江戸時代については城下についてのみ。その後の時代についても拡張するにつれその表現範囲が広まっていくだけ。
現名古屋市であっても、江戸時代に名古屋でなかったものは全然扱われていない。行政上の利便さから名古屋城下に加えられた町なんていうのも、加えられてからの話。
結局は「城下町名古屋」なんでしょう。
開府400年というタイトルは非常な誤解を生んでいる。
資料もどこかで見たようなものが多かったし、江戸以降の地図なんてものは、愛知県公文書館や愛知県図書館、中央図書館等に行けば気軽に見ることができる。
けど、そこにあるのは「名古屋じゃない名古屋」なのね。
名古屋ってでかすぎるよ。
手が届かない。

昨今三遠南信地域で、地産地消の範囲を広げようという愚かしい企画が進んでる。地産地消をはき違えてるね。
地域性っていう、文化をひとつにしようっていう運動であってはならない。
互いの文化は認め合って、独自の文化を守って行かなきゃならない性質のもの。なのに人のものまで互いに自分たちのものにしようっていうのは、どう考えても地産地消の趣旨に反すると思うんですけどね。
三遠南信を経済的に結びつけようっていうこともあるんでしょうが、これには納得できませんね。
三遠南信といえば、信州牛すら含まれるというじゃないですか。
あれが豊橋の「地産地消」とはとても考えられない。

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