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2009年7月

2009年7月31日 (金)

胸にたまった水

今日午後8時から、NHK名古屋製作で、戦争歴史秘話なる特集を組んでいた。
それを見た。
途中でボーズが加わり、妻が帰ってきた。

元兵士は見てきた地獄を言葉にしようと努力するが、それらは液化して空気に解けてゆく。
見ている側も同じように水分を発生させているが、地獄を目の前にして涙を見せない彼らの前で、おれらは涙を流す資格がない。
口を開いたら涙がこぼれ落ちるから、黙っている。
午後8時に「お帰り」といったあと、涙がこぼれない話題で、自分を殺す。

でもいいんだ、大隊長。
君は日本国民である前に人間だった。
歴史の狭間にある人間として、国よりも人命を尊重したという先進性において大日本帝国という”民主主義国家”に打ち勝ったのだ。
あなたが今現在生きていることで、日本人としての誇りを持てるように思う。

日本国民の一人として、心からご苦労さまでしたというしかない自分を呪わしく思うけれども、それはあなたの心に反しているでしょうね。
でも、それしか言えない。
でも涙は流したくない。
だから戦争とは断固戦うのだ。

2009年7月27日 (月)

ひさしぶりに熱帯魚の話

熱帯魚というカテゴリーがすっかり体に染みつき、単に”魚”と呼べば、熱帯魚なのです。

王子で久しぶりに熱帯魚を見ました。
花屋さんの片隅に小さくやっている店でしたが、小さな魚がちまちまとストックされてました。
でもなんだかいい感じ。
魚の状態は悪くないし、水槽もきれい。
売っている魚はちょっぴり玄人向けではあるけれど、きれいなのはうれしいね。
うちに持ち帰っても元気で泳いでくれそう。

ファイヤーラスボラも久しぶりに見たなぁ。
ふたむかし前にはブルータイプが珍しく、赤いのがデフォルトだったけど、いろんな紆余曲折を経て、今やブルーが普通になってるみたい。
うちのラスボラ・カロクロマといっしょにしたら、ストレスで逝ってしまうだろうかとほほえみながら見てました。

妻はミシシッピニオイガメなるカメを買いましたよ^ ^;
前日まで知人の家で飲んでいた人たちに感化されたのか。
「最大でも12cm」の声に、やられたようです。

「買っていい?買っていい?」とおれに聞くのはやめたまへ、妻よ。
それはおれのセリフだ。

東京にぃ

知人の家では、すてに大勢が屋上で花火を見てました。
あたしゃ手すりのパラペットに座ってぼーーーっと見てました。
夏にもかかわらず風が涼やかで、先ほどまでの汗を持っていってくれました。
花火は9時過ぎに終了。
こんなに早く終わるとは思ってなかった^^;

あとは部屋の中で久しぶりに会った友人たちとぼーーーっと過ごしていました。
川越で飲んだビールが疲れを呼んだなぁ。そのわりに意識はしっかりしてましたが。
妻が風呂を借りているあいだに眠ってしまったらしい。

1237566061_37s 朝なのか夕方なのかわからないような頭で知人邸を辞し、以前名古屋に住んでいた友人に会いました。
本人は10年ぶりだと言ってましたが、そんなにたっていただろうかと思えるほど変わってませんでした。ちょっとやせてスマートになったかなという程度。
都電に乗り、昔話やら都電の話やらして11時半頃別れ、別の知人と昼食をとりました。
東京ってとこは会いたい人がたくさんいて、身一つでは足りないのだな^^;
この友人ともほぼ3年ぶり。
前回はお会いできなかった奥様とちぃちゃんに会えました。
子供が欲しいなーなんて切実な話になったりしましたなぁ。
ふぅ...
彼と別れたあとは明治通りを南下、首都高速・東名を介して大河ドラマが始まる前には余裕で帰れました。

楽しかった二日間。
引っ張り回しただけの妻はずっとニコニコしていたけれど、楽しかったんだろうか。
「金はかかるけれど、知り合いがあちこちにいるって楽しいだろ」と言うと、妻は満面の笑顔(これをスーパーからすちゃんと呼んでいる)でうなづきました。
遊んでくれた人たちに感謝します。
機会があればこちらへも遊びに来てくださいね!

書きたいことはたくさんあるけれど、かいつまんで記しておきます。
こんどはいつ上京できるのかな。

川越夏まつり

新幹線で行きたかったけど、高速料金1000円ではクルマで行かないワケには行きますまい。
機動性を生かしたつもりだったけど、なぜか知人の家から電車で川越へ行ってしまった。酒飲みの悲しいサガでありますな。

まずは歩いて上野へ。
その途中浅草へよって妻の写真を撮り、朝飯をそば屋でとりました。
むろん朝からあせだくだから、ビールは必需品。
んまんまヾ(@⌒▽⌒@)ノ

川越は曇ってました。
しばらく雨宿りして、小雨の中を散策。
蒸し暑くて汗が止まらない。
保存されている町並みの西端と思われる地点まで行き、あとはゆっくりと戻りながら散策します。雑貨屋や店などひっきりなしにあって、その面でも飽きません。
午後2時から通りに自動車通行止めとなり、ゆっくり歩いてきましたよ。
うちらはまつり会館で大きく足を止め、展示物でまつりを堪能しました。
普通の観光客はきれいだとかなんとか部外者からの視点なのでしょうが、うちらは楽しそうなまつりだとわかるとすぐに参加しようとしてしまう。
山車で踊るための要件とか、まつりに参加する資格なんてことを解説のおばちゃんに聞いたりしてる。
ここの山車は名古屋型とはかなり違うけれどやはり楽しそうで、見ると言うより参加したいまつりでした。
山車の上で踊りたいね。
まつり会館を出たら雨はすっかり上がり、空の半分は青く輝いてました。

1237544279_222 町中には銀行や百貨店などの近代建築もいくつかあって、うれしくなっちゃう。
さして広い地域ではないのにみどころいっぱいでした。
最後に田中というカフェでCOEDOという地ビールを飲んできました。
二人なので、全5種を半分ずつ飲んで制覇!
特に伽羅っていうのがフルーティーでうまかったな。

1237544279_7 結局特別な日だったんだな。
偶然川越夏まつりが開催された日に飛び込んだらしい。
なんだかついてるなヾ(@⌒▽⌒@)ノ
ついでにあといっぱい、路上で売っていたCOEDOのピルスナーを飲みました。

離れがたき川越。
JR川越まで歩くのがめんどうになって、帰りは西武で新宿へ出て、丸ノ内線・日比谷線を乗り継いで三ノ輪橋から知人邸まで歩きました。
疲れたけど楽しかったぁ!
駅を出た時にはもう花火の爆音が聞こえてきていました。

2009年7月23日 (木)

そして返ってきた

修理に出したSO903iが帰ってきました。
外観はまったくの新品だよ。
Docomoの魅惑の制服を着たおねーさんによれば、中身の部品がリサイクルだとか。ま、そんなことはどうでもいい、とにかく帰ってきたのだ。

FOMAカードをさした!
MiniSDをさした!
音楽が鳴った!
さあどうするっ!?
SH-06Aはどうする?

2009年7月22日 (水)

皆既日食

豊橋では適当な薄雲が太陽の光を遮り、何の苦労もなく皆既日食が見られます。
気温も高くなく、最高の環境じゃないか。
一眼なら撮れたな!

2009年7月21日 (火)

そして新しくなった

新携帯はSH-06A。
ひさしぶりにシャープに戻りました。
SH901iS、SH902iSと二台続けてシャープだったんだあ。
あずき島の某氏は黒、岡崎の某カチョーは赤。
暗に「おまえは白を買え」と示唆されたけれども、どうしても白はイヤ。
そして故障したSO903iは保険期間中だったので、無料修理と相成りました。

電話機高いけど、コースや料金環境の変更で、「毎月600円程度あがるだけですよ」と言われた。
なんだか数字のごまかしみたいだなぁ...

2009年7月19日 (日)

携帯不調

2年ちょっと使っているSO903i、SDカードを認識しなくなってしまいました。
電話やカメラ機能、その他必要としている機能は問題ないのに、音楽だけが聴けない。
カーオーディオに接続してMP3プレーヤーとして使っているので、大変に困っています。
この際電話とプレーヤーを切り離して、iPodを買うことを検討していますが、妻は「新しいのを買えばいいのに」といいます。
でも壊れていない携帯電話を捨てるのは忍びないし、手元にはSH901iSも転がっているので、たとえ電話機能が壊れたとしても、すぐに困るという問題でもないのですな。
まぁ愛着があるんだろうなあ。
トラブル補償でもらった携帯とはいえ、目覚ましやプレーヤーとしてもけっこう使い倒してるからなぁ。
さあ、どうしよう。

2009年7月17日 (金)

家に帰れば

まずお勝手の洗い物。
うちの妻はとてもがんばり屋なので、食事が終わった後に片付けることもあります。
その次、花の水やり。
今まで1.5Lのジョロを使っていたけれど、ベランダの壁が熱を持ってしまって放置では容易に冷めないので、近頃水をかけて冷やしています。
とてもちっぽけなジョロでは追いつかなくなり、とうとうホースを購入。
30分かかっていた水やりが10分で終わるようになりました。
で、風呂。

それらが終わってかつ食事が食べられなければ、寝室で扇風機で涼みながら読書をします。寝転がって足を柱にたてかけるというだらしのない格好で。
けどこれがけっこうはまる。
本がおもしろいってことも要因のひとつではあるとしても、汗が出ない最低の暑さのなかでじっと本を読むのがなんとも言えない楽しさ。
なぜか気分もおだやかになり、松平広忠の優しさに涙したりする。

でも今日はエアコンが入ってたので、そのままでネットサーフィン。
やぁ、やっぱり夏はエアコンだな!

BGM:When I get home/The Beatles

2009年7月15日 (水)

オバマちゃんがヒロシマに?

8/6、来るの?来ないだろうな。
彼はまだ若いし、第二次大戦でアメリカ政府の”ウソ”にだまされて戦った軍属もまだ健在で、彼らの功績を否定するようなことはまだできんだろうね。
それは理解してる。
きっとアメリカの政治家だって、その惨状を見たらすみませんでしたの一言くらい発したいだろう。
だって同じ人間なんだろ。

でもね。
平和にボケた日本人がいっぱいになっても、アメリカ合理主義に冒された人が世界にあふれてもおいらはアメリカのやった無差別大量殺人行為を許さないのさ。
ヒロシマの土を踏むなら謝れ。
「スミマセデシタ、ニンゲントシテアルマジキコウイデシタ」と。
そう謝るまで許さん。

2009年7月14日 (火)

鷺が舞う 2

1225681692_52 3日ほど前に咲いたサギソウ、ご近所さんにも自慢したくなって、玄関に出してみました。普通に出したらおもしろくないので、妻が選択した花が寄せてあるプランターの隙間におしこんでみたんですよ。
白い花が目立つなぁヾ(@⌒▽⌒@)ノ
ひとりくらい気づいてくれるかな。

家の中に入ったら、玄関先の花瓶にトルコギキョウの花束が活けてありました。
「近所の八百屋さんで、300円で買ってきた!」とのこと。
玄関の内外が明るくなりました。

2009年7月13日 (月)

鷺が舞う

1225681692_168 昨日はけっこうハードな一日でした。
そして今日は暑い日。
急激な気温差に体もぐったりしたなぁ。

ベランダに扇風機を設置しました。
リサイクルショップで買った1200円の扇風機です。
これでベランダにたまりやすい熱気と光を吹き飛ばすのだ。
でも期待薄だなぁ。
夜になっても、ベランダの壁が熱を持っている。
この熱で植物たちは休めない...

今年一番のサギソウが咲いたよ。
白く羽ばたいてる。
パッケージの中で発芽してしまっていたサギソウです。
人間はちっとはこれで涼しさを感じるかぁヾ(@⌒▽⌒@)ノ

2009年7月 8日 (水)

吉原宿の夜

仕事を終えて、妻とふたり高速で吉原へと走る。
着いたのは9時前。
近くのラーメン屋で晩酌と夕食を済ませて宿に帰り、風呂に入って汗を流す。
旅館しては決して小さくはない風呂に妻と二人で入ることができるのりはとってもうれしいな。
「広い風呂はいいね」と語り合う。

1219594901_199 旅館は鯛屋旅館といい、創業320年の老舗である。
吉原宿が昭和40年頃往時の面影を捨て、新時代の町となる決断をしたときにこの建物も建て替えたそうで、今ではどこでもある普通の旅館ではある。が、館内に入ればかつて向かいにあった神尾本陣に保存されていた宿札などが保存展示されている。
10枚以上の宿札が並んでいるのは壮観でもある。
さっと読めたのは福井少将くらい^^;
翌日読み直したら半分くらいはわかったけれど、見当の付かない字や名前があったりして、身をよじってしまった。

朝はいつものように仮面ライダーディケイドをみながら朝食を食う。
むろん朝のビールもいつもと同じようにね。
おかわりをしながら12kmの街道歩きに向け覚悟を養う^^

食事後、長い旅館の歴史のなかに落ちているこぼれ話を若旦那さんから聞く。
決して短くはない320年間のなかで輝いているのは、清水次郎長か、山岡鉄太郎か。
若旦那さんは吉原宿を盛り上げようと、町衆といろんな試みをしているようだ。
また320年ののれんを守るためにそば屋も始め、こちらはかなり好評みたい。
一生懸命語る若旦那さんの弁舌の良さに、吉原への愛情を見た。
その中には自分の姿をダブらせながら 。
欲しいのは、「鯛屋」と書かれた古い金庫だけではない。

1219594901_133 320年間東海道を見てきた宿から出発するのだから、どうしても表口から出発したかった。
出発に際しては若旦那さんに火打ち石を打ってもらった。
いってらっしゃませ!と。
瞬間、江戸時代にタイムトリップした。

2009年7月 7日 (火)

東海道は続くよ

日曜、吉原から新蒲原駅へと戻ってみました。
吉原で創業320年の鯛屋旅館へ泊まりたかったし、妻が「20kmはつらい」などというもので、舞阪から続いてきた東行きを今回は西行きへ。
今回もいろんな出会いがありました。
鯛屋旅館の大将、岩淵の小休本陣常磐邸と富士川民俗資料館、中郷のツル屋菓子店のおじさん、蒲原の木屋江戸資料館とここのおぱちゃんとか。
みんなそれぞれができることをがんばってました。
空回りすることもあるけれど、好きでやってることだからそれほど気にならないみたい。

木屋での説明は、大変に熱かった。
伝えられてきた物を伝えるのが私たちの為すべきことだと。
吉原にも岩淵にも中郷にも蒲原にもそういう人はいました。
自分でできることを探すってのは大切なことなんだろうなあ。
でも見つけなきゃ。それがあたしの生きる意味〜♪

今回は距離が短かったのであわてずに済み、ゆっくりと町々を楽しめました。
吉原の宿札はゆっくり眺められたよ。
岩淵でも数少ない本陣を見られたし、この地方の古い農家も富士川民俗資料館で見た。
蒲原でも2個所の施設でもいろんな話を聞けたし。
心の余裕を持つためにはやはり短距離にすべきなのかなあと妻と話しながら帰ってきました。
内容が大変充実して、久しぶりにあまり疲れない楽しい旅でした。

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