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2009年6月

2009年6月28日 (日)

豊橋の朝市・三八の市

3の付く日と8の付く日に前畑でやってます。
日曜日と重なったので、路面電車に乗って行ってきました。

雨の割にはたくさん店が出てました。
高山のように観光客相手ではないので、地味ぃ〜な店しかありません。
それでも今日はけっこう買ったよ。
1軒目の八百屋でマダケ。
「どこまで食べられるの?」と妻。
「下の方まで食べられるよ。ほれ、やわらかいよ」と皮をむき、輪切りして見せてくれる。まよわずかじる酒飲みたち(笑)
「あーあんたたち酒飲みだね、見りゃわかるよ。うちの婿とよく似た顔だ」という。なんとも失礼なおばちゃんだ。しかも「そんなんかじるなら、ほれ、これかじりな」とナマのショウガを1本くれた。再び何の疑問も持たずにかじる酒飲みおやぢ。
辛いけれど、それほどでもない。ショウガの香りが口にいっぱい。
「意外と辛くないね、食べられるよ、これ」というと「だらぁ」とおばちゃん。
ということでマダケに加えてショウガも買った。
これは梅酢に漬ける。
「きれいな奥さんだねぇ」と心から絞り出たようなことを言うおばちゃんに、すかさず「うん、そうでしょう!」というと、隣に店を出してるおばちゃんも大声で笑った。なんとも失礼過ぎるおばちゃんたちだ!ヾ(@⌒▽⌒@)ノ
その直後、急に酔っぱらったような感覚になった。
「ショウガ食べて急激に体温が上がったからじゃないの」と妻は言う。
朝...といってももう2時間以上前にディケイドを見ながら500ml缶1本を飲んだけれど、体温が上がることによって酔いが復活するというのか。
そんなことがあっていいのか?
他にもトウモロコシを買った。
実が締まって、ずっしり思いやつを2本。
それに枝付きエダマメも買ったよ。
籠の中に捨ててあっただいこん葉ももらってきた。
月曜は菜めしにしようかなぁ。
それとも炒めて食うかなぁ。
だいこん葉、子供の頃から大好きなんだよなーっ。

最後に花屋では、値切って値切ってグロリオサ10本と、アスターとアガパンサスのセットに、オリエンタルハイブリッドの白いユリを1本買いました。
久しぶりに家の中が花でいっぱいになるなぁ。
店の人には「お店に飾るんですか?」と言われたけれど^ ^;

二人とも両手にいっぱい荷物を持ち、また路面電車に乗って帰ってきました。
電車で行ける範囲は、クルマでは行かない。それが我が家の不文律^^

Micheal Jackson

マイコーが逝ってしまった。
まだ若かったのに。世界のために為すべきことはまだあったはずなのに、天に召されてしまった。
夕べはささやかながらマイコーとお別れをしました。

女性的なルックスであまり好印象を持っていなかった1983年頃。
流行に逆らうように生きてた頃、洋楽はどんどん新しいものを吸収してました。
そんななかにあったのがThriller。
とにかく売れまくってて、Abbey Roadの記録を抜きそうだと言われ続けて、現実になり、シングルカットすれば、どれもヒットチャートを駆け上るといった次第。そのすさまじさに反発心が首をもたげて「ただの流行歌じゃねーか」とアルバムThrillerを聞いたのはずいぶんとあとのことだったような記憶があります。

シングルカットすれば曲は独り立ちするけれど、元々はThrillerという括りの一部。それぞれが個性を放つけれど、そういう個性をぐいっとまとめ上げたのがThrillerだった。それぞれが派手な曲なのに、ひとつの作品に仕上げたのは素晴らしい!と当時素直に驚きました。
これはマイコーの力なのか、クインシー・ジョーンズの力だったのか。

マイコーと自分の間にマスゴミという媒体が入る以上マイコーの実像といのは伝わってこない。Thrillerのすごさイコールマイコーの価値だから、無意味にそれを汚したくない。
ヘンな顔になってもThrillerのマイコーなのだ。

さよなら、マイコー。
一番いいときのマイコーのコンサートを見たかったよ...

2009年6月26日 (金)

久しぶりの深夜放送

ナインティナインのオールナイトニッポンなんて何年ぶりだろう。
まだやってるんだねえ。
数年前に、最長記録を作ったんだから、それを更新中ってことなんだろうな。
相変わらずいい感じでやってるわ、ふたりともヾ(@⌒▽⌒@)ノ

3時からは走れ歌謡曲。
こっちもまだやってたんだ。しかもパーソナリティは中尾美穂。
彼女もまだやってたんだー、なつかしー(笑)

家庭持ちになるとなかなか深夜放送も聴けないねぇ。
ま、たまにゃいいかな。
でも朝がしんどそうだ...
寝よ...

2009年6月22日 (月)

ビール電車2009の1

1204616022_216 土曜はビール電車第一弾でした。
うちのビール電車ではないので、おとなしくおとなしく...
ビールはやはり7〜8杯しか飲めんかったようだ。
10杯に挑戦したが、スタートの段取りが非常に悪くて、1杯目を手にした時にはすでに駅前大通電停。
5分は損したヾ(@⌒▽⌒@)ノ

今年か使用車両が旧名古屋市電1400型から、旧岐阜市内線の580型に変わりました。
エジソン生命がラッピングから撤退したあと、オリジナルカラーに塗られた3203号。車体が昭和30年製なのに、台車が昭和29年製というヘンな電車です。
外見は大差ないものの、乗り心地は大幅に改善されており、昭和17年製の旧1400型との12年の歳月を感じます。
これで旧名古屋市電1400型は引退するんだろうかと一抹のさみしさを感じつつ、今日も西八丁交差点で1000型を見送るのでした。

日曜は二川宿本陣資料館の新収蔵品展に出没。
2年分の新収蔵品を見てきました。
すぐに金に換算してしまうのは、貧乏人の性か。

新橋あたりまで歩いたら妻の知人のおじいちゃん・おばあちゃんが庭に出ていたのをみかけて、小一時間ほど立ち話。
二川の古い話とか、古い家に住む大変さの一端などをお聞きしました。
そのあとは花屋に行って、スーパーへ行って帰ったとさ。
帰宅は結局7時半。
やっぱり疲れた日曜日でした^ ^;

2009年6月19日 (金)

F1分裂?

FIAの主張はわかるけれど、金のかからないところに最高技術ははない。
予算を制限して、その枠内で戦うというのなら、それはすでにF1ではないんじゃないかな。
最優秀ドライバーがワールドチャンピオンを名乗るのなら、それを裏付ける技術がなければならないと思う。テクノロジーはそこまで煮詰まってしまってる。
むしろハイブリッド技術など実用に適したレギュレーションを考えるべきではないか?かといってプライベーターがまったく活躍できないF1というのもいかがなものか、とは思う。
結局ワークスとプライベーターをの二分化が一番わかりやすい。
ちまたの金持ちが楽しみで行ってきたスポーツ(現行F1)と、企業が宣伝に使う部分、それぞれ異なってくる。
分裂してしまえば、いっそすっきりすると思うよ。
F1は人気チームドライバーをごっそり失うことになるだろうけど、それは市場の需要と供給だ。
人気を失った分、モータースポーツとして、純粋に見られる楽しみは増えるね。
しょせんワークスにプライベーターが勝てるはずないのよ。
それを黙認して自動車メーカーの参入を許してきたのはだれなんだよ。

分裂しちまえ。
プライベーターばっかりのF1もけっこうおもしろそうだよ。
逆にメーカー系F1は、イヤらしく見えるかも知れない。
始めちゃえば、意外と住み分けできそうな気がするけどなぁ...

2009年6月15日 (月)

My my-road ST190

1197875795_119 1197875795_100 久しぶり(といっても半月ぶりくらい)にボンネットを開けてぞうきん拭きしてみた。そしたら左のショックアブソーバーアッパーマウントに油脂分が付着してた。
当然ボンネット裏にもついていたからふいてみたけれど、かなり前の付着らしく、びくともせんかった。
いったいどこから出た油なんだろう。
この近くにある油と言えば、ショックアブソーバー内のオイルが漏れて吹き飛んだ(そんなことがあり得るのか?)とか、アッパーマウント内のベアリンクに入ってるグリスが漏れたとかそんなことくらいしか思いつかない。
アッパーマウントの上部ねじにねだり付けてあるグリスはシリコングリスだから、触ったらわかる。

以前は1個所からにじんでいた程度のエンジン本体のオイルにじみが数カ所に増えていた。漏れていると言うよりもにじんでいるという方がぴったりなほどの漏れだけれど、これも気になるのねん。何かのセンサーがオイルに汚されてた。うーん...

右ワイパーのモーター基部がおかしい。
しっかりとしていていなければならないモーターからのボルトがぐらぐらと揺れる。ワイパーは相当大きな力で制御している部分なので、折れる前になんとか善処しなければ、ワイパー不動なんていう事態になっちまうね。

そういえば近頃集中ドアロックの反応が鈍かったり、トランクのロックが妙に引っかかったりする。これは摩耗なんてい印象ではなく、部品のどこかが脱落しかけているようなとってもイヤーな感じ。
こんなの、直るんかいなぁ。

あー、古いクルマを維持するのは大変だ。

ひとすじの糸

遠方から来て、新しい配偶者と二川に住む。
未知の土地で知り合いもなく生きてゆくことはすさまじく厳しい。
けれど彼女は一人ではなかったからがんばれたんだろう。
上州からやってきて三河・二川で製糸業を興し広めた小渕志ちの人生が芝居になった。
何かの引き合わせとしか考えられない。
この芝居の存在を知ったのは、公演のわずか4日前。
地方新聞の地方版を見ていたときのことだった。
二川に暮らそうと思うほどの者は、彼女の名前と事績くらい知っていなければならない。

ドラマは小渕志ちの偉大さをかすかに表現しながら、徳治郎とのラブストーリーに仕上がっていた。ラブストーリー仕立てなのが、ヾ(@⌒▽⌒@)ノの心にしみた。
徳治郎を失っても彼との約束を果たす彼女の姿が健気でもあり、かわいらしくも見える。新しい技術開発に没頭する彼女の中には、きっと徳治郎が生きていたのだろう。
娘とのエピソード等、その都度目に手をやらなければならないシーンも多々あったけれど、いいものを見たなぁという感じ。おしむらくは、公演の地が二川でなく名古屋だということ。
この芝居、今回の5回公演のみの予定だという。
芝居を勉強中の人や、本職を持つ人などいろんな人が集まって作ったとか。
でも、まだまだ練りこめる部分があると思った。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノとしては、なんとかこれを二川の人に見てほしい。
今では豊橋市の一部となってしまったけれど、本来はひとつの地域として経済的にも文化的にも独り立ちしていた地域だということを知って欲しい。
その際には二川の人たちが小渕志ちをもっと身近に感じてもらうために、固有名詞なども使ったらもっと楽しめるしめるよね。
役者さんたちだって、きっともっとうまくなっていって、ライフワークみたいになったら見ている方もうれしい。
これで終わりだなんて言わないで、もっとやって欲しいな。
ぜひとも二川でお願いします。

2009年6月14日 (日)

咲けよ、スイレン!

スイレン鉢にアカヒレを入れてみたよ。
普通はメダカを入れるんだろうけど、そこはベテランアクアリスト、メダカなんて平凡さは許せないのだ。
アカヒレの方がキラキラッとしてきれいだし、冬だって越せる。
それに殖えるかもしれんしぃ。
まぁ「人と同じなのはイヤだ」ってことなんですけどね、単に。

ホームセンターへ行くと、ロクに水も浸かってなくても花が上がってるのを見ると、なぜうちのスイレンハつぼみがつかんのかと腹立たしく思えてきますな。
日長や肥料の具合も大きな影響があるんでしょうが、残念で仕方ない。
水槽内のスイレンもぼーぼーと葉ばかり出しやがって、ちっとも花芽が着かんし。
妻の話によれば、スイレン鉢はベランダに出してあるにも関わらず、直射日光が当たらんらしい。どう考えても日が当たりそうなものなのに、現実にはあたってないそうだ。
日照不足が原因か?
あんだけ次から次へと葉を展開している以上、現状で肥料分が足りてないとは思われない。

アカヒレは葉の上に乗ったりして遊んでる。
干上がっちまうぞ。

徳川家康と豊臣秀吉の違い

新三河物語読み続けています。
著者(この場合、原著と思われる三河物語の著者大久保忠教をさすか、宮城谷昌光氏をさすべきか自分でもわからん)の見方が大変に偏ってきたと感じるのは、自分が秀吉ひいきだからでしょうか。
秀吉が「織田の天下を簒奪した卑怯者」だの「信用ならない真田」など、家康の敵にまわったものへの攻撃が著しい。家康だっていずれ「豊臣の天下を簒奪する卑怯者」であることは史上はっきりしているのに、これをどう肯定するのかがみどころでもある。

個人的に二大悪書としているシリーズがある。
ひとつが早乙女貢の会津士魂、もうひとつが山岡荘八の徳川家康であるが、山岡荘八の著書よりも相当にましなのは、家康自身の行動がそれほど美化されていないことにある。それでも家康の行動が「天下万民のため」なんていうニュアンスの表現があり、うへっと思わせられることもあるが、まぁ、山岡作品のようなひどさはないのであります。
地震で徳川攻めが中止になったとかいう苦しいいいわけは、だれの考えだろうか。宮城谷氏のオリジナルかな、それとも昔からそういう解釈があるのかな。
早期の惣無事こそが秀吉の戦略だと思っていたのですがねぇ。
近頃はすっかり不勉強でイヤハヤ...

ふたりなら

土日のみバンドをやってる防水屋がいる。
「防水屋は仮の姿です」といいながら、娘のためにも「バンドはあくまでも趣味」だと言い切る。
自分たちの音楽を異端だと認識し、その人たちのために演奏するんだって。
スタジオを借りるだけのチケットの売り上げがあればいいと。
もし売れてきたら東京へ行くんじゃないの?と聞いたら、「そうなったらうちのバンドは終わり」なんだって。
趣味であることで、バンドに命を吹き込んでるような、そんな感じかな。
それで食べて行こうとは思っていないらしい。
そんな彼、いつかは得意なイタリアンの店を出してみるのもいいなあとか、ライブハウスをやってみたいとか言ってたんで、おれも二川に住んで楽しく暮らしたいなんて夢を語り合ってた。
共通してるのは人との出会い。
夢を持つ人と話をすると、必ず得る物がある。
そう感じてるのはヾ(@⌒▽⌒@)ノだけじゃないだなと、少し気を強くする。
最近旅人のための宿を始めた人がいる。
「旧東海道の宿場には泊まるところがない」と嘆いている貴兄に。
嘆くなら自分で始めよう(笑)と気づかせてくれたのは彼。

さあ、おれには何ができるのだろう。
今の自分にはちょいと手が届かないところに夢がある。
年齢的にはかなり遅れたようだけど、いっしょに手を伸ばしてくれる妻がいる。きっとできる。二人なら。

何かヒントをくれる知人たちが夢に形を与えてくれる。
一期一会って大事って激しく賛同します、近ちゃん。

2009年6月 9日 (火)

筒井・出来町天王まつり 2009

今年も行きました、夏の一大イベントです。
仕事どころではないのだ。
当然休んでも見に行く、それが人生。

今年こそは出来町の力持ちを見るんだと勢い込んで行きましたが、どうもうちら二人と出来町の山車の巡行タイプが違うらしい。ずっとがまんしてついていたけれど笑顔のない妻。
「なんかおもしろくないね」というとこっくり。
昨年力持ちを呼んでくれた店は、不景気だからと今年は呼ばなかったらしい。
さみしいなあ。
懸賞くらい出すからやってよ!といえば愛妻もそうだ!とニッコリ。
力持ちがないならいっしょにいても仕方ないと、またまた筒井町の山車に浮気。
ダメだなぁ、こらえ性がない^ ^
浮気したくなるほど毎度毎度筒井町の山車は楽しいのだ。
常に大きな声に山車がのっかりながら進んでゆく、その様がたまらなく楽しい。実際は汗くせえ男たちの集まりなのに、なぜか彼らのそばに寄りたがる。写真を撮るなら山車の前方にいるべきなのに、どうしても楫方の横に寄り添ってしまうのさ。
あのかけ声の中に自分を埋没させて、時には「よいしょっ」と内緒で声をかけたりしているのさ。
同じ筒井町内でも湯取神子車のファン。
元気のいい楫方が好き。

けれどえらいものを見てしまった日曜日の夜。
提灯をたくさんぶらさげた2台の山車が筒井町の通りのほぼ中央で出合う。ここで互いにからくりを披露し合ったあと東西に別れ去るのだが、今年の神皇車
はすごいことをやった。からくりのあとのどんてんで山車の向きを変えたそのまま西へ15mも移動したろうか。5m移動した頃から観客と楫方は一体になった。「がんばれー!」と叫んでいるのは妻だけではなかった。
感動で言葉もなかった。「こいつらすげぇよ!」と叫ぶしかなかった。
このどんてんのあとには少々のことでは驚かず、拍手する気も起こらないほど。すばらしかった、神皇車!
このあと湯取神子車も負けじと2回転のスーパーどんてんをやったけれど、神皇車の前では無力に感じた。一回転目のスピードはそれは素晴らしかったけれど、2周目は「なんとか2回転」に見えてしまったからなぁ。

1192005048_131 それを見た後帰ろうとしたら、神皇車は再び筒井町の西の果てでスーパーどんてんをやった。こいつら、いったい何者だ!すごすぎる!あのどんてん移動のあとにさらに2回転のスーパーどんてんとは。もう神だ、君らは!と妻とふたり鳥肌をたてながら感動の涙(?)を流し、歓喜の声を上げるのでした。

日曜日は午後遅くから出没。
何を見るでもなくぼさーっとしてた感じ。
昨日の反省をふまえ、「今日は絶対東之切(新出来町)についていく」としたものの、午前中花屋に長居したせいか足がパンパン。
大松通りで迫力あるすれ違いを見て得心、疲れた足をひきずって在所に帰りました。

今年は新型インフルエンザがどうのこうの言われてるけれども、この祭りに参加してる者にはインフルエンザなんか太刀打ちできまいて。
何しろ天王まつりは疫病除けの牛頭天王のおまつりであるからして、病気を得ることはないのだ。ましてはやり病などにはかからない!

今年のイベントがまたひとつクリアされてしまった。
また来年が楽しみじゃのうっ!

2009年6月 6日 (土)

まつりだぁ〜っ!

今日は名古屋市東区・出来町と筒井町の天王まつりです。
待ちきれなくて、朝5時前から目覚めました。
そう、遠足が楽しみな幼稚園児と変わりません^ ^;;

で朝早くからナニをしてるかっつーと、どの山車を追っかけようかなあってこと。筒井町もいれれば5台もるんだから、困ったもんだ!ユーツベやニコドウで動画を見ているんだけど考えがまとまらないまま血が騒ぐだけ(笑)
今のところは西之切の鹿子神車が有力ですが、まだまだわかんない。

毎年思うんだけど、この日にまつりを行うことは仕方ないのかもしれないけれど、なんとか日程をずらすことはできんのですかね、有松と西枇杷島と出来町・筒井!
出来町帰り、名鉄特急の車窓から旧東海道に引き出された有松の山車を見るたびとっても切なくなるんですが。

えっとぉえっとぉ〜〜っ!

2009年6月 3日 (水)

咲くか、ホソバシャクナゲ!

在所からもらってきたホソバシャクナゲ。
Rhododendron makinoiという学名を持ちます。
makinoiというのは、著名な植物学者、牧野富太郎氏にちなむものだと思われます。
東三河から遠江西部に生息すると聞いて、購入を検討していたとき、在所でもらってきたのですな。
4鉢もあるんだと^ ^;
うちに来た一鉢、白い突起物を頂点に見せています。
「ホソバシャクナゲにつぼみみたいなんがついたぞ」とおやじに電話した。
「そりゃなあ、新芽だ。シャクナゲは今頃つぼみをつけん」と言いはなった。
いやあ、それは知っとるんだがのん、ひょっとしたら、ヾ(@⌒▽⌒@)ノがつぼみに気づかんかっただけかと一縷の望みを抱いたんだけどねー。

しゃくなげの葉は革質で、裏には毛が生えてるの。
大人なんだよ(笑)
その毛が展開する前の新芽では外に見えているってことなんだろう。

豊橋はホソバシャクナゲ自生地。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノが住んでいる地区も多米の山岳部に近い。
まだ希望を捨てちゃいないよ。

今日の晩ごは〜ん♪

ピーマンの肉包み。
愛妻の手作りです
そして限定醸造のエビス。
ビールの芸術品と呼ぶにふさわしい味わいでした。
これと勝負できるのは、クーパーズのギネスしかない。

魚町のサンヨネで買ってきたかつおぶしをご飯に載せて、西駒屋のしょうゆをかけて食った。
ネコマンマヾ(@⌒▽⌒@)ノ
ネコマンマをすると「しょうゆを飲むと胃に悪い」なんてよく言われたなぁ。
けど未だにやめられない、っつーか気にしてない^ ^
まぁヾ(@⌒▽⌒@)ノに言わせりゃ、卵ご飯の方がよほどからだに悪い気がするにゃ(爆)
味噌汁も西駒屋の赤味噌に笹屋の豆腐なんだなァ。

笹屋四郎右衛門は江戸時代のはじめから旅籠をやっている由緒ある屋号。
家業は豆腐屋に、土地は肉屋さんに変わったけれど、今でも400年続いているのさ。
味噌汁には小ネギも添えてみた。
うまいっ(^ ^)v

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