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2009年4月

2009年4月30日 (木)

GWの予定

予定は未定w

3日
 午前4時頃自宅を出発して、在所に向かう。
 理由は麻生と自民党に聞け。
 津島市内のスタンプラリーに参加するよ。
 「津島の達人」バッヂをつけてね。
 嫁はいくつかイベントに行きたいと言ってるけれど、今頃空きがあるかどうか。
 昼はたぶん本町の魚しまか、末広寿司にいると思われる。
 暇なやつは来い、モロコ寿司くらいおごってやる。

4日
 一宮でバーベキューやってる。
 暇なヤツは来い、野菜は食い放題だ。

 先頃愛知県第四位の人口になったらしいが、なんの、恐るるに足らず。
 尾西市と木曽川町を合併したんだからな、そのくらいの人がいても当然。
 豊橋を抜いたからとイイ気になるなよ。
 豊橋はまったく合併せずに38万人を越えているのだ。
 悔しかったら新幹線を止めてみろ。
 ふん。

5日。
 ゴールデンウィークの本命。
 津島の山車が出る。
 尾張最高・最強の娯楽である。

 上之町と七切の山車が出るらしいのですが、どこの山車が出るのか具体的にご存じの方はご教授くださいまし。

6日
 予定は未定って言ったろ。

2009年4月28日 (火)

豊橋市民球場・中日対ヤクルト戦

プロ野球公式戦が開催されたようです。
豊橋球場はうちから歩いて10分弱の至近距離。
これがあるときは、遠くの友人が仕事ついでに我が家を訪ねてくれます。
おいらはしあわせ、また楽しからずやヾ(@⌒▽⌒@)ノ

豊橋球場へ路面電車で来る人へ。
運動公園電停がどのような状況かは知らないけれど、帰りは井原まで歩くのがよろしい。
赤岩口から来た電車には客がほとんどないので、座れる可能性が高いよ。

2009年4月27日 (月)

河村たかし名古屋市長へ

あんたを知ったのは、もうずっとだいぷ前の話だが。
、ヾ(@⌒▽⌒@)ノがまだ愛知一区に住んどった頃だわ。
わし当時は社会党の支持団体である国労組合員だったがね。
あんたは社会党の候補だったけど、自転車行脚が嫌いだったがね。
ほんだってわざとらしいじゃん。
ある日自転車に乗ってうちの近所まで来たんだわさ。
後ろ姿は見たけどやっぱりしらじらしかった^ ^;
ほんでもいつの間にかあんたは衆議院議員になっとったんやね。

あんたは名古屋市長になってまった。
国会議員の地位を捨ててまって。
名古屋の総理大臣だがや!
えらなってまったなあ、河村さん。

「名古屋が大好きだでよ」あんたは言ってりゃあす。
でもそれはほんとかしらん?とおら思うだよ。
おれ見てまったもん、あんたが筒井町の山車の後ろを羽織袴姿でぶらぶらーと着いてくのを。
ホントのこと、言ってみやあ。
あんた、名古屋じゃなくて、筒井町が好きなんでしょ。
天王まつりが大好きなんでしょ。
あかんて、まつり好きにはわかってまうで。ウソ言ってもあかんて^ ^
そうしてみると、なんか腐れ縁て気がせんでもないなぁ。
その腐れ縁をわずかなつながりとして頼みたいことがあるんだけど聞いてもらえんかな。
筒井町天王まつりで楫方がやる力持ちをおれにもやらせてほしいんだわ。
タダでとはいわん、町外の者がやるんだで、協賛金くらいは払うがね。
ほんだでやれんかな。
名古屋市長としてでなく、東区の町衆として頼むがね。

えっとぉえっとぉ〜っ!

2009年4月26日 (日)

あぁ、老眼...

ごめんなさい、朝から酔っぱらっています。
もうクルマに乗れません。
お嫁様、どうかよろしく。

引き出しを開けていた嫁。
「これが欲しかったで買った」、出てきたのは老眼鏡。
鼻に当たる部分の部品が欲しかったらしい。
老眼鏡とはなんとタイムリーな。
仕事中も狭い場所で作業する時なぞ手元がぼけて困っていたのだ。
「老眼だな」
回りからもようそう言われたけど、視力の良さと顔の良さ以外何も取り柄もないヾ(@⌒▽⌒@)ノ故、肯定できなかったのだ。

その”ローガンキョー”をかけてみた。
げ。
新聞の字がよく見える。
新聞を離す必要がない、とってもクリア。
”ローガンキョー”を外してみる。
ぼける(T^T)
いっしょうけんめい焦点を合わせようとすると同時に新聞を前後する。
それだけでも若干の体力を消耗している気がする初老の男性ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

ローガンなのか...
俗に目がよい人ほど老眼になりやすいという。
あぁ、若くない。
老眼鏡を買うか、かぁちゃん...

2009年4月24日 (金)

東海道を歩く 興津→新蒲原駅(下)蒲原

672696_90439265 時間もないので、築150年の志田邸に飛び込む。
おばちゃんがふたりいて、笑顔で迎えてくれました。
典型的な商家の造り。
奥ミセにはいろりが切ってあって日本家屋の良さ全開。
「こんな家に住みたいなぁ」っ思わず口走る。
蒲原では町おこし団体があり、研修を兼ねて他の宿場を見に行ったりもするという。なんともうらやましい話。
そういうことをしてもいいよ、という人がたくさんいるっていうのもうらやましい。
築150年の家を、「公開してあげて」と言ってくれる人もある。
なんともうらやましい。
志田邸で蒲原の良さを吹き込まれて、次なるは旧五十嵐歯科医院。4時を回っているのでダメ元で聞けば、少しくらいの時間ならと中に入れてもらいました。

1147527259_207 1147527259_129 発想の転換。
ここは二階が医院で、1階は家族の生活の場だったそうです。
患者は玄関から右手の階段を上がって二階に行くのだとか。
金持ちなのに別の建物にしなかったのは、そういう発想がなかったからなんでしょうか。現在の常識から考えると不思議です。
1147527259_214 二階に上がって奥を見ると、患者の宿舎もあるし、中庭もある。
形式は町家なのに。建物は擬洋風ってのも建築変化の過渡期を見るようでむなかなか興味深い。
時間があればもう少しゆっくり回ったり写真撮ったりしたんだけれどね。
志田邸でゆっくりしすぎたな。
そういうことで謝意を表して、五十嵐医院、蒲原をあとにすることとしました。

こんなに欲張った街道歩きは初めてかなぁ。
食べるもの、見るものすべてを回らずとも充実感いっぱいでした。
吉原まで行けなかったのも仕方ないかな

2009年4月21日 (火)

東海道を歩く 興津→新蒲原駅(中)由比

1144260977_152 倉沢続きで由比に到着。
県道がからむあたりで、どれを歩くべきか少し迷う。
由比宿自体は由比の駅よりもまだ東なのですが、それでもこの繁華な町は観光客があふれてる。
西木戸の場所もわからないままにいつしか由比宿に入っていたらしい。
昼に由比、予定通りだな。

(( ̄( ̄一*( ̄一* ̄)一* ̄) ̄))キラン...フフ

目的のひとつ、サクラエビタイムがやってきたぁ!
ところがどの店も大変な混みようで、店の前に人があふれてる。
ある程度時間的拘束のある街道歩きが寄るのは難しい...
あきらめ半分で東進していたら、駿河湾が見えるレストランっていう看板があった。東海道広重美術館のレストランで食うかと保険をかけた時のことでした。6組くらいは先客があったけれど、店内が広いからすぐだろうとヾ(@⌒▽⌒@)ノにしては珍しく、待つ気になったのでした。
それでも10分以上は待ったな。
席に座ってメニューを見るまでもなく、「ナマふたつ!」それに「ナマサクラエビ!」
あっという間にカラになるビール。止まらないビール。
ビール止めのため、また肴としてサクラエビのカキアゲそばセットを頼む。
そばを食いながら、カキアゲをかじりビールを飲む。
「もうひとつナマサクラエビ頼もうか」言い出したのは嫁ヾ(@⌒▽⌒@)ノ
(大瀧詠一風ねw)
1時間あまりもゆっくりして、胃薬を飲んで店を出ました。
最近街道歩きで昼飯食うと、後々胃が痛むの。
いつも忘れる胃薬を忘れなかったのは、サクラエビへの執着心だったと言えるかも知れないね。(佐野元春風w)
店での会話。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノ「もういっぱいビール」
嫁「まだ飲むの?歩けんくなるよ!いいの?!」
ヾ(@⌒▽⌒@)ノ「もういいじゃん、おれもう今日ここで終わりでいいよ。由比から電車に乗って帰ろ。このサクラエビの前では街道歩きなんてどうでもいいや!」
嫁「ぷぷっそうだよね。もうちょっと飲もうか」
なんともだらしない夫婦ではある(爆)
でも一応蒲原までは行くことでまとまりました。
最終地点はJR新蒲原駅。

1144260977_93_2 重い腹とは逆に軽快になった足。
すごく軽くて、胸のあたりまでひざがあがっているように感じています。
すぐに正雪紺屋があります。
慶安事件(由井正雪の乱ともいう)の首謀者の生家だそうです。
こういうのって「だそうです」とか「言われています」って続くのに、ここは言い切り方型が多い。本当だったのかしらん?
建物としては価値はあるんだけども、掃除も手入れも行き届いているとは言えず、あまりいい印象を持ちませんでした。紺屋としては機能していないただのみやげものなんだもん。期待を持ちすぎたかな。
正雪の生家で客相手の商売をしているとなれば、それだけでも存在する理由は十分です。かつ、店のおばちゃんは、愛想がよくて好感度は大きい。
その向かいにある東海道広重美術館の休憩所で小休憩してすぐに出発。
新蒲原まで行くのだ!
資料館関連は特別展の内容次第で再訪することも多々あるので、パスすることはそれほど苦になりません。
1144260977_187_2 そこからすぐに東枡形があります。
今でも先が見通せないくらいに、原形をとどめています。
言われなくても枡形だとすぐわかる。
こんなのも町の魅力のひとつですなあ。

由比を離れて、旧一号と合流し、蒲原向けて歩きます。
由比ー蒲原は1里あまりしかなく、足が軽い人なら1時間足らずの距離です。

672696_182389251 蒲原入り口にはポケットパークがあって見逃すことがありません。
進入禁止の道は、伝馬制が整った江戸初期の東海道であるけれど、今日途中道がが途切れていて消滅しています。
かなりそそるなあ。
まだ町おこしのネタが転がってる(笑)

東海道を歩く 興津→新蒲原駅(上)さった峠と間の宿倉沢

1144247069_91 今日は興津から東へ向けて歩きました。
由比、蒲原。
この地区は楽しむ場所が多くて、予定を立てるのがたいへんなんですよ。
倉沢までは一生懸命歩いた。
さった峠なんぞ日坂から菊川にかけての段だら坂に比べりゃなんのそのと、嫁とふたり全力徒歩。
先行者をゴボウ抜き!
ミハエル・シューマッハの気分を味わいました。
さった峠はやはりすばらしい眺望でした。
1144247069_188 1144247069_15 東から来た人は振り返らないと富士が見えないけれど、西から来たわれわれは幸いである。なぜなら常に富士山をながめながら峠を登っていけたから。
まぁ、この絶景を見たければ、てめぇの足で坂を登るしかないのさ。
ふっ、おれらは勝者だ(笑)
前のめりにならないと上れないような坂をのぼる人、くだる人。
背中にしょいこを背負ったおばあちゃんが信じられないようなスムーズな足取りでのぼってくる。顔は間違いなくおばあさん、それもかなりの高齢に見えたのだけれど...

1144254841_92 1144254841_110 峠を下りきると間の宿倉沢。
では山岡鉄太郎を匿った望嶽亭も見学して、おばちゃんといろいろ話したよ。昔の倉沢の話とかいろいろね。
山岡といえば、おやじの田舎のお寺にある彼の揮毫の話をしたかったな。
おばちゃんの亡くなっただんなさんが画家(というよりイラストレーターに近いイメージ)で、その作品が望嶽邸ところ狭しと並べられている。
これが個性的でとってもいい感じなんだなー。
広重の絵を利用して書き足すよりも、自分の目で見た絵を残して欲しかったようにも思う。
そういう絵もあって、てぬぐいになっていたからそれを購入。
味がある絵だよヾ(@⌒▽⌒@)ノ

672696_1718984207 1144254841_164 建物は脇本陣といいながら、なんだか増築増築した感じだったぞ。
たぶん建築基準法は通らんな。適用もされんだろうけど。
さった峠を回避する道を造るときに屋敷地の一部を削り取られたそうで、おそらく往年の外観を残してはいないんだろうなぁ。
海が山に迫ったこの狭い地域で、古い街道が国道一号線に食われることもなく済んだのは、地震で浜が隆起したおかげ。
奇跡に感謝しておこう。
けれど、浜が隆起したために、そこに鉄道が敷かれ、国道一号線が通り、さらには高速道路ができて視界はめちゃめちゃ、騒音の嵐。
望嶽邸の黒漆塗りの窓から鉄道も道路もない海を見た。潮騒を聞こうとした。
でもやっぱりクルマの音はなくならなかった。
あ、山岡さん、おれは薩長じゃないよ。そのピストルをおろしてちょーよ。

2009年4月19日 (日)

由比到着

1142350037_6

由比に到着。
ナマサクラエビとビールで休憩中。
予定は吉原だけど、サクラエビのうまさにくじけました(笑)

2009年4月17日 (金)

部活はカメラ部

わがやの高校生、どうやらカメラ部に入るらしい。
応援委員とかいう理解不能な委員会に配置されたそうで、「なるべく体の負担を減らすように」という先生の配慮に応じ、文化部を選んだそうだ。
カメラ部っていうくらいだから、カメラは必需品だろうね、やっぱし。
本人曰く「カメラならなんでもいい」そうだが、やはりデジタルの方が現実的だよね。
会社の同僚に話したら、「カメラ部なら自分たちで現像するのでは」という。
そうだ、自分たちで現像するからには、その経費は学校持ちだ!
そもそも写真部と言えよっ!ヾ(@⌒▽⌒@)ノ
現像させるっていうのは写真への技術的な造詣も深まるし、おもしろいよね。
だけど「白黒から始めます」っていう顧問の意見には賛成できないな。
カラーで生きてきた世代には白黒は難しすぎる。
色を白と黒の濃淡だけで表現するのは初心者では無理だ。

閑話休題。
カメラをどうしようかっていう話。
まずは一眼を勧めたよ。
「おまえはおれのEOS 30Dを使え。おれはEOS 5Dを新しく買ってもらうから」
ボーズは初めての一眼、ヾ(@⌒▽⌒@)ノは欲しかった5Dが手にはいるというとってもナイスな提案だと思ったのに、一人らち外な嫁が「ダメっ」。
仲間に入れんからねたみやがったな!
嫌がらせだろっ!
最初から一眼はもったいないという考え方もあるけれど、ヾ(@⌒▽⌒@)ノは一眼を買うことで写真に目覚めたのだから、子供の可能性を考えるとき、あながち「もったいない」ということはないと思うのだよ。
まあ今のところ嫁のPowerShot A1000 ISを持たせるのが普通最有力かな。彼女は滅多に使ってないし、これまた”モッタイナイ”。

公認・津島の達人

合格証書が送られてきました。
証書につし丸のバッヂ、あいさつ状にアンケート用紙、それにガイドボランティアへのオススメ。
栄えある第一回合格者ですからね、大切にしとかないかん。

津島の町を盛り上げようという気概こそがガイドボランティアの資格だと思うから、合格者に案内を出すのはわかるけど、まぁテキストなしで合格した立場から「君たち、まだ勉強の余地があるよ」と言っておこう(笑)
より一層励んでくれたまえ。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノもがんばるからね。
そして秋にはNPOの店で朝ビールを飲もうじゃないか!


来年は80点以上とってやるぞ。

2009年4月15日 (水)

上田城と牛川

長野県に上田という町があります。
この町にはその昔、真田昌幸率いる真田衆が、徳川の大軍に勝ち戦をした上田城があります。 当時は千曲川がカーブする崖の上にあり、この地形を生かして城を築いたんですが、今では大変高い崖になってしまい、当時の面影はあまりありません。
上田交通に乗って対岸から見るとその形状がよくわかるんです。
今日豊橋市内でも似たような風景を見てちょっと上田を思い出しました。
場所は牛川。ちょうど創造大学のあたりで豊川が東にカーブするんですが、カーブ外側がちょっとした段丘になってて、その上に中学校がある。
驚きましたな、上田にそっくり!
つまりは中学校が建つあたり、いにしえ豊川の自然堤防だったように見えるんです。 同じような地形ってけっこうあるもんだなぁ。 びっくりだよ。

2009年4月14日 (火)

大学生

豊橋には大学が3つあります。
そのうちの一つの話。
おそらく豊橋の大学に限った話じゃないと思いますが^^;

学内にはいるための注意。
「女子学生と目を合わせない、やたらと声をかけない」
まぁよく言われる話です。
慣れっこで、今更別になんとも思いません。

屋上で作業していると、下から嬌声が聞こえてくる。
いわゆる”黄色い声”というやつです。
「これが大学生なのかね...」とつぶやく作業員。
「そうか!女子学生と目を合わせちゃいけないっての、襲われるからだ!ほら、サルの檻で目を合わせると向かってくるじゃん、あれだよ!」
まさしく、学内はサルの檻と同レベルのうるささだった。
しかも女子学生は髪の毛を金色に染め、肩まで垂らしていたり、アイシャドーベタベタにして、キャバクラのねーちゃんにしか見えん。
おまえらは学校へ何しに来てるの?と。

嘆かわしや、大学生...

2009年4月12日 (日)

豊橋発、三河大野から名古屋

この土日連休でした。
いいでしょおぉ(笑)
突如思いつき、飯田線で三河大野へ行くことにしました。
友人M.N氏に声をかけてみると二つ返事。
ラッキーだわぁと思いつつ。

豊橋駅飯田線ホームで待ち合わせ。
電車はなかなかの混みようで、平岡へ行くというおばちゃんと同席でした。
豊橋を出て数分後「まもなく本長篠です」というアナウンスには驚いたぞ。
おばちゃんも大爆笑。
本長篠が10分そこそことは特急伊那路より速いじゃないか(爆

1136345266_117 三河大野は谷間の駅。昔は駅舎旅館があったというだけあって、駅前は広い。そこからまっすぐ画廊鳳来館(旧大野銀行本店)に向かってまっしぐら。
鳳来館の建物のあるT字路が秋葉街道の宿場・大野宿の中心付近です。そこから1時間ほどぷらぷらと散策して、旧大野銀行本店の人になる。
旧大野銀行は地元有志の方々の尽力で、今はギャラリー&カフェ鳳来館になっています。
詳細はこちら

朝から何も食べていない午後4時、空きっ腹にビールとパンランチを詰め込みました。
意外なボリュームで、とりあえず命はつなぎとめた(笑
二階では五月人形展が開催されてました。
手が出るような値段じゃなかったので、箸置きを買いました。
入場料代わりです。

帰りは豊川で名鉄に乗り換えて名古屋へ。
別の友人と食事をする話になっているのだ。
金山で合流して矢場町の味千へ。
久しぶりに食ったがまあまあの味だね。
味千といえば青菜炒め。うまかったぁ!
食っているうちに帰るのがおっくうになってきた。
「お泊まりお泊まりうれしいな♪」と囃せば嫁もその気になってにやけ出した。
結局名古屋駅前でお泊まりだわさ。
チェックイン後に駅前のビールバーでギネスを飲んだ。
腹一杯なのにするする〜っとい入ってゆくスムーズさがたまらない。

日曜朝、仮面ライダーディケイドを見たあとはホテルの1階ロビーで朝食。
梅昆布だのタケノコの煮物なんぞがあるもんで、思わずビールに手を出してしまったじゃないか。
くそっ、東横をもうけさせてしまったぞ。
軽くほろ酔い気分でホテルを出て、バスターミナルへ向かう。
このあと矢場町のランの館に行くの。
大須観音へ行きたいという親子連れが運転手にどこで降りたらいいか尋ねている。運転手は一生懸命調べている様子だけれども、言葉からして関西系の人らしくわからんらしい。「ランの館が一番近いと思います」という一応の結論は出たようだけれど、大須に行くなら矢場町で降りるのが正しい。
このおばちゃんたちがたまたま自分らの前の席に座ってたので、矢場町の手前で大須観音への道を教えてあげた。(「知ってるなら教えてあげりん」と嫁が言うもんで^^;)
「ありがとうございました。」とおばちゃん親子は頭を下げて降りていきました。

1136348789_101 1136348789_236 ランの館、ランマニアの集いの場所かよ。
聞いたこともない種類のランが並んでて、根がヲタクなヾ(@⌒▽⌒@)ノはうれしくなってしまったよ。
コンデジのマクロ機能では捉えられないほど小さな花もあった。
胡蝶蘭の大株なんかにもびっくり。こんなに大きくなるもんなんだ!
庭に出るとシャクナゲがいたるところにいっぱい!見事に花を咲かせてました。
その一角にテントが張ってあり、中には商品価値の落ちた洋ランが並んでます。カトレアなら200円くらいからあるし。
うちらは荷物になるとわかっていながら、巨大な胡蝶蘭を買ってしまいました。
胡蝶蘭とデンファレだけは難しいからやめておこうと昔から誓っていたのに、とうとうやってしまった...。
でもランの館に行ってバンダのすばらしさにも開眼したし、パフィオペディルムもやってみたくなってしまった。たぶん置き場所がなくなるまで止まらないんだろうなと思う。なにしろ開花の喜びを分かち合ってくれる人がいるから。

それを抱えて再びバスに乗ると、行きと同じバスだった。
むろん運転士さんも同じ。
一周して戻ってきたのね。

帰路、1000系パノラマスーパーの1C1Dを占拠してビールとサンドイッチで小旅行です。
東岡崎から空いた1A1Bには小さな女の子を連れたおとうさんが着席。
「ンごい!」「うっさい!」「でんちゃきたよ!」「でんちゃさいなら〜っ」
こうして名鉄の人気は維持されてゆくのであった(笑
やかましくてごめんなさい、そういいながらふたりはうちらより先に降りていきました。

豊橋駅にはうどん屋と並んでラーメン屋がある。
時間帯によって、販売しているものが違っているという店です。今日は幸いラーメン屋の時間だったので入ってみた。でっかい胡蝶蘭を抱えてですね
^ ^;
置く場所がなかったので、しかたなくカウンターの上に置きました。
あ、開店祝いみたいだ ^_^
「見事な胡蝶蘭ですねぇ」
ラーメンをつくり終えたおばちゃんが言います。
「これ、高いんじゃないですか?」
「わたしも好きで時々買うんですけど、なかなかうまくいかなくて枯れちゃうんですよぅ」
負けずに「胡蝶蘭は難しいみたいですよね、だから今まで手を出さなかったんですが」と言うと、一時ラン話で盛り上がった。
ランの好きな人はそこらにたくさんいるんだな。
そして胡蝶蘭を買ったことで、ラーメン屋のおばちゃんとささやかな話もできたヾ(@⌒▽⌒@)ノ

改札前に本が落ちてた。
「ちんちん電車の走る町」のタイトルが目に入った。
あたりをぐるりと見回すと、乳母車をひいたおねーちゃん(おかあさん)が、急ぎ戻って拾っていった。
その風景を見てちょっと胸が熱くなったな。
豊橋の人は豊橋市民という括りの中で日々生活をしている。
でも名古屋の人は名古屋という町の中で生活していても、名古屋という括りの中にはいない。
つまり括りとしては大きすぎて、一人では捉えきれない。名古屋市民ではあっても、結局は身の丈サイズの町の中にいる。
名古屋に住んでいた頃には大都市に住んでるっていうことしか感じてなかった。自分が住んでいたところに「町」はなかった。だからこそ名古屋という括りを使っていたのだろうが、同じ名古屋市内でも古出来町とか筒井町あたりは違う。名古屋という括りはをさして重要視してないのだ。彼らには筒井町というくくりがある。220万人も暮らしている名古屋という単位は経済面ではともかく、精神面においては必要じゃないように感じる。
豊橋はどうなんだろう。
38万人都市というのは、やはり自分の手には負えない気がする。
ひとつの町内で暮らすのがせいぜいじゃないんだろうか。分を弁えるっていうのは大切なことなんだな。それが自分を生かす道でもあるんだな。
なんてことをこの二日間の旅行で考えた。
でも豊橋は住みやすい町だと思うよ。

JR高島屋の中にあるBEAU BEL BELLEっていう店のチーズケーキをもらった。口の中でとろけてしまううまさ!
こんど在所に帰るとき、義妹に持っていってやろう!

2009年4月10日 (金)

入学式

ボーズの入学式に出席した。
年を取ったなぁと思うことしきり。
校長の話、生活指導の先生が言うこと、来賓の話す内容、すべてが普段から自分が子供に望んでいることばかり。
名前を呼ばれたら起立して礼をしなさいと言われているにもかかわらず礼をしない子、蚊の鳴くような小さな声で返事する子、きちんと立っていられないのか、首がまだ座ってないのか、たかだか15分程度なのに気をつけが継続できない子。ひどいのになるとあちらこちらきょろきょろしているのもいる。
これが高校生の現実なのか。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノもまったく自覚のないおバカだったからこんなもんだったかもしれないけれど、あまりにひどいな。
それでもクラスに数人は「はいっ!」と元気に立ち上がりキリッと礼をする者もある。数人ね...^^;;
ああいうのはいずれ頭角を現すんだろうな。
そんな中でもうちのボーズはかなりまともな方で、最初のうちこそおどおどしていたものの、慣れてきたのかだんだん動きの切れが良くなり、さっと立ち上がるようになってた。頭もしゃんとまっすぐ伸びてたのもうちのボーズくらいだったような気もするぞ。
なんかちょっとホッとした。

大半の親はちゃんとしているが、子供並みに程度の低い親もいた。
来賓や校長、PTA会長が話している間ごそごそ動いたり、よそ見したり。
彼らは子供だけじゃなく、親にも話しかけているってことを理解してないんだな。
この親にしてこの子。
子供の程度が知れるわな。

自分の生活環境がからりと変わるときは、自分も変われるチャンスであることを彼に教えてやりたい。
自分が変わらなければ回りも変わらないことを教えてやりたい。
がんばれ、新高校生!

2009年4月 9日 (木)

津島観光交流センター・オープニングセレモニー

1133619234_56 5日の日曜日に観光交流センターのオープニングセレモニーを見てきました。
その前週の土曜に行われた瀬口哲夫氏の話を聞きたかったな。
観光交流センター前の道路は遊歩道になり当日の日中はクルマ通行禁止でした。
まぁ禁止するほど人があふれていたわけではないれけれどね^0^

早めに着いたので、天王川公園の桜を見に行ってました。
焼きそば、串焼き、焼きトウモロコシでプチ花見。
ビールはコンビニでね^^;

ほろ酔いで、本町の交流センターへ。
昭和4年建築。坂野鋭男の設計です。
旧名古屋銀行津島支店→東海銀行津島支店→津島信用金庫→いちい信用金庫の変転があったそうです。

昭和初期の銀行建築というのは天井が高いのね。
で、ちゃんと内部に回廊も付いてます。
地味ながら装飾も施されている。
内部を見ると、津島の繁栄が事実であったことを感じられます。
これの内部に入れるってことは、町の深みにもつながる。
町の財産ですねぇ。

ここで雅楽を聴いて舞を見、チャリティオークション、そして水谷ミミちゃんの講談を聞いてました。

天王まつりでもスサノオくんが御旅所から津島神社へ戻るとき、雅楽が奏でられます。あたりを払うような荘厳な雰囲気がこの銀行建築の中に満ちてました。ここだけが、平安京のような錯覚。
あ、楽人さんが桓武天皇に見えた!(ウソ

チャリティオークション。
買う予定はなかったのに、最前列に座ったため商品がよく見えたんでしょうね。七宝焼きの美術皿を買ってしまいました。
なかなかかわいらしい図柄。
美術七宝とは何をさしてそういうのか。
使っちゃうよヾ(@⌒▽⌒@)ノ
使いたいから買ったんだもん。

1133619234_173 ミミちゃんを見たのは5年ぶりくらいやなぁ、いと懐かし。
最近ではふっくらして、若い頃より健康的に見えました。
しかも還暦とはとても思えない肌の張り。
そしてなによりかわしらしさを失っていない。むしろ昔よりふっくらして表情が優しくなったんじゃないかな。
2mくらいのところにいたんだから間違いないよ(笑)

1133619234_157 交流センターの展示には不満が残ります。
天王まつりが中心で、秋まつりがほとんどないってことね。
秋まつりは町の衆のものだから仕方ないのかもしれないけれど、秋まつりの楽しさを伝えるのに、ナマの山車は外せないでしょう。
日曜の天気のいい日くらい、山車を曳きだして見せられんもんかなあ。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノは天王まつりより秋まつりの方が好きだもん。
大中切みたいにすでに曳き回されなくなった山車なら通年展示もむずかしくないんじゃないの。せっかくいい入れ物を作ったんだから、津島のおもしろいものいいものをいっぱい展示して欲しいよ。
がんばれ津島の衆。

2009年4月 6日 (月)

さくらからふじへ

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1130451314_199_3

10時の休憩時、トイレも兼ねて現場近くの公園に行くんですが、ここの桜がすばらしいのね。
鎮守さま程度の土地に桜の木が30本。
これが一斉に咲いてる!
弱い風に花びらがはらはら。
空は青く、絵に描いたような春の風景なのでありました。

桜の次のスターは藤。
この公園にも2ほんの藤がたくさんのつぼみをぶら下げて待機しています。
桜が咲いた!と春の到来を喜んでいる暇はないな。
今月末にはもう津島の藤まつりが始まるもんなぁ!

2009年4月 3日 (金)

豊橋・げん屋

広小路を東に歩き、精文館本店を過ぎてT字路を左に100mほど行ったところ。
まるで江戸の長屋みたい。
部分的に土壁が露出している演出はなかなかニクイ。
しっくい、塗ってあげようか(笑)

メニューを見た。た...たかい^^;;
三河湾産の刺身はどれも1000円前後。
うぅ...
いずれにしろここで腹一杯になろうとは思っていないので、適当に頼んでみる。
イカのお造りはうまい。
イカは何段階かの劣化をすると自分で思いこんでるが、このいかは劣化前のイカ。もっとも第一劣化寸前という感じがしないでもない。
コリコリしているのに固くない。
甘みがあってうまいなぁ。

同僚オススメのノドグロ。
アカムツというそうだ。
あまりに高いのでびびったけれど、「たまにしか来ないんだから」と頼む嫁。
女の方がケツが座ってんなぁ...
あぶらがしっかりのってる。
うまいけれど、個人的に実は好きではない。
魚のうまささえあればあぶらは欲しくない人なので。
でもうまいなぁ。

豊川産のしいたけ。
直径が10cm近くもありそう。
半分に焼かれてやってきた。
しいたけ、うまっ!
いしづきまで食った。
しいたけのうまみたっぷりだよ!
「これ、豊川のどこで採れたんだろう」とささやく声が、厨房の兄さんに聞こえたらしい。わざわざ奥まで聞きに行ってくれたよ。
「ハウスだそうです」
そうか、栽培物だったか。
でもしいたけが好きではない者がうまいというのだから、味は推して知るべしヾ(@⌒▽⌒@)ノ

支払いを済ませて店を出ると、厨房で焼き物をしていた兄ちゃんが後からやってきて、「ノドグロ、ぼくが焼かせていただいんですけど、いかがでしたか」と来た。
うまかったよぉ、と二人で絶賛したら、ありがとうございます、またぜひお越しくださいませ!とうれしそうな笑顔で見送ってくれました。

その翌日、千葉へゆく友人が豊橋に寄ってくれたので、いつものように広小路でんでんに行った。
解禁間もない由比のナマ桜エビを注文したんだけど、昨日の今日では、食べるのがつらいくらいの違いがあった。まぁ値段もそれくらいの違いがあるんだけどねヾ(@⌒▽⌒@)ノ

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