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2009年1月

2009年1月30日 (金)

岡崎商業高校 vs サークルK

1067021772_188 一昨日の夜サークルKで買った今日の朝食。
なんだかよくわからんけど、岡崎商業とサークルKがジョイントしたそうだ。
はちみつ入りクロワッサンは、コメダのシロノワール似のパン。
シロノワールがあんまり好きではないヾ(@⌒▽⌒@)ノにはただのクロワッサンの方がよかったな。

おかざきカレーは温めたらうまいんじゃないか。
けどみそカレーほどのミスマッチ感はなかったよ。
なかに入ってる餅が甘いのも...ねえ。
朝から鼻の頭に汗をかいたよ。

結論。
おっさん好みではないヾ(@⌒▽⌒@)ノ

2009年1月28日 (水)

豊根村・花祭りに思ふ

2年前から中断されていた豊根村の花祭りが今年復活するという新聞記事を見た。
折しも夕べYouTubeでこんな動画を見まくったばかり。
いくつかサイトも探ってみると、こんなサイトもある。

設楽ダムの建設について地元が合意したようだ。
村民の大半が納得できるような内容らしいけれども、苦渋に満ちた発言もある。
「国の誠意には納得したけれども、ふるさとを失うのはさみしい」と。
普通なら「そうだろうなぁ」と納得するところだけれども、天の邪鬼はそうは考えない。
特に最近の自分が何を求めているかを思うとき、「ふるさとがなくなる」なんてことは贅沢に過ぎない。なくなるってことはふるさとがあるんだから。先祖この方数百年住んだ集落があったんだから。
ヾ(@⌒▽⌒@)ノにはふるさとなんてないよ。
もしふるさとがあるとすれば、武田鉄矢が歌ったように、「おかあさん、あなた自信です」というしかない。いくつかの土地に住んで根を下ろすことができなかったものにはふるさとなんてないのよ。
ふるさとっていうのは心の基盤。
植物が根を下ろさなければ生きていけないのと同様、人間も基盤がなければ生きてはいけない。「死んでるように生きる」ことはできるけれど。

今の自分は何者?
そろそろ先が見えてこなければならない年になって、そこに気づくとは遅すぎた。
それでも先を見なければ。
で、なにが必要なんだ?
やっばりまずはふるさと。
根を下ろせる場所、心の置き場。
まずはそんなものから作られなければ何もできん。
そう考えて気づいた。
住む場所は別に二川じゃなくてもいいこと。
親切で優しい人はどこにでもいると思う。
豊根で百姓という人生でもいっこうに構わない。
豊根村民になりきって生涯百姓でもいい。
大金持ちにならなくてもいい。
食っていける程度の収入があれば、自分が根を下ろす土地のために力を尽くしたい。
けどもう遅い。
二川に決めたんだから。
「夢をそろえて何気なく暮らしてゆく」んだから。
ダメで元々、細々としたケモノミチのような本通りを行くしかない。

けれどあちこちで未練が残る。
設楽町のおっさん、贅沢過ぎだよ。

上で紹介した「豊根村民がこしゃったマニアック情報」の管理人さんは地元の人らしく、「花祭りは観光資源じゃありません!」と息巻いているけれども果たしてそうかな?
観光というのは金儲けじゃないよ。
自分たちの土地を知ってもらうことが観光の本来の趣旨で、金儲けは二次的なもの。
豊根村民は自分たちの村の文化を他の地区の人たちに知って欲しくないのか?
何百年も続けて来たことを自慢したいんじゃないのか?
金儲けのための観光化とだとしても、村民は村民でできることがあるんじゃないかと思うんだけれどね。
そういうことができる地盤すら持たない人間ってのは何とも哀れなもんだね。
あ〜あ。

2009年1月26日 (月)

植えた

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ユウコクランLiparis bituberculata var.formosana(写真右)とガンゼキランPhajus flavusを植えました。送られてきて10日ほど、ずっと濡れた新聞紙に根を包んだままでした...(A;´・ω・)アセアセ

はなごころの高価な”山野草の土”を使って、ちょっと山野草っぽい鉢に植えてみた。
新芽は少し動いているけど、外に出したら止まるだろな。
花咲くんかな。
来年のお楽しみかな。

2009年1月25日 (日)

二川の変化

今日は車で大野宿散策ヘ行くつもりだったのに、タイヤのエア抜けが判明、二川本陣資料館の双六特別展最終日だけをみることになってしまった。
すごろくを見ているうちになんだかどんどん眠たくなって眠たくなって......zzz

Th_img_6486 日中の二川は久しぶり^^;
ちょっと見ないうちに少し変化していたよ。
東町にある案内所に初めて寄って、おばちゃんと50年ほど前のパネルについて話したり、最近の町並み保存についての情報を仕入れたり。普段とは違う方面からの情報は新鮮でした。いろんな人と付き合わな
いかんということですね。
家々の玄関に切り花が挿してありましたよ。
プランターは時折見かけるけど、切り花は初めてだな。
それが大半の玄関にあるから逆に不審に思ったら、一輪挿しには「まちづくり会」の文字があった。そうか、まちづくりの会が具体的に動き始めたんだな。
生の花と造花が半々くらいだけど、それは住んでいる人の気持ちなんだね。
気持ちが強いほど生の花にあり、「強制だから」と感じた家は造花になるってことか。
けれど、生であれ造花であれ、また程度の差こそあれ、訪れた人の気持ちを和ませることには変わりがない。
「人を迎える」気持ちっていうのは、自分の町を知ってもらおうということ。
自分の町を知って欲しいということは、「この町が好きだ」っていう意思表示でもある。
一歩踏み出したようです。

2009年1月24日 (土)

超変身!

なぜだろう、クウガが見たくて。
1〜2話を見た。
やっぱりおもしろいな。
近頃の仮面ライダーじゃない。
どんだけ仮面ライダーが出てくるんだっつーの。
クウガのテーマに♪英雄はただ一人でいい♪ってあるのも、アギト以降続く複数ライダーを暗示してるのか。
オタギリジョー、さわやかだね。
主婦殺しの一条さん、すてき〜。
ウミヘビねーさんの水着姿、最高っ!

命を大切にすることが意外に濃く書かれてて驚いた。
怪人のエピソードやゲゲルなど、そして謎解き、うまい配分で作られてるなぁ。
さすがはおれの同級生だ(すぐこういうことを言うけど、全然関係ない)

昔よほどぼーーーっと見てたんだな。
ウミヘビねーさんはレギュラーになってほしかった。
それだけが心残り。

2009年1月23日 (金)

テレビと改修工事の関係

今日は壁の注入。
浮きまくった壁の補修ね。
作業を終わってガンを掃除してたら、美人が来たヾ(@⌒▽⌒@)ノ
内心、「おれにほれたか」...(爆)
ンなこたぁない。
「あの〜すみません、3時半頃からテレビが映らないんですけど...」って。
いやあ、それにしても美人が多い社宅だな。
うちの嫁もそこそこの美人だと思ってるけど、勝るとも劣らない美人。
苦情なんぞなんのその、美人に見とれてた。

工事してると、必ずひとりやふたり「テレビの映りが悪くなった」と言いに来るヤツがいるね。工事をすれば必ずアンテナをいじるとでも思っとるのだろうか。
名古屋の市営住宅でも必ずいたな。
今時大半のテレビアンテナは専用のアンテナ台に固定されているから、触ったところで動かない。だからたいていは「アンテナなんてさわってないからなぁ」でちょん。もしくは無視。
住民の苦情を聞くのは営業の仕事。
職人の仕事ではない。
文句あるなら役所に言え^^;

それにしてもみんなテレビが大切なんだねぇ。
命より大切にしてるんじゃないか(爆)

2009年1月21日 (水)

ヤフオクで

種子島の方から、ユウコクランを買いました。
「大株1株600円」ということだったんですが、実際に送られてきてびっくり。
4株はあります。
開封した段階で2株に見え、持ち上げて3株になり、よく見たらもう一株分かれていた。
これらをまとめて一つに植えることも可能ではあるけれど、おもしろくないよね。そこでおやじに譲ることにしたんですけど、「ランはいらん」という。ランだけにい”ラン”のか、と思ったけどそうじゃないらしい(笑)
「いらんなら」ということで一株持って行くことになりました。
長いことやってる勘なのか、おやじが栽培するとたいした大した世話にせえへんくせに、カトレアさえ花を付けるんだなあ。
カクチョウランの横に並べて栽培しておくれ。

さて、オークションの話。
この出品者、ガンセキランをおまけに付けてくれました。
おまけと言っても葉っぱには斑が入ってきれい〜。
こんなにサービスしてもらっていいんだろうかと思いながらも、ありがたくちょうだいしておきました。
商品価格が600円。
振り込み手数料が500円(くらい)。
送料が850円(くらい)。
手数料の方が高いなあと覚悟はしていたものの、これなら十分もとはとれたなって感じ。

どちらもそれほど難しい種類ではなさそう。
花が楽しみだわヾ(@⌒▽⌒@)ノ

2009年1月20日 (火)

ハリボテの城,名古屋城

名古屋は故郷でもあり、悪口を言いたくはないけどさぁ。
やっばり名古屋人て頭悪いかもしれない。

名古屋城本丸御殿の起工式があったそうな。
総工費が約150億円。
市民を加えた市の負担がおよそ1/3の50億円ときたもんだ、こりゃ。
国の負担が50億ときたもんだ、こりゃ!
本丸御殿の価値がわかっとるのか。
150億という金の価値がわかっとるか、田舎もんども。
城って言うのは堀、土塁、建物等いろんなものが組み合わさってひとつの構成物となっておる。
回りのものがろくすっぽ復元されてないのに、本丸御殿だけを復元しようというのは、箱物を作ればいいと言う考えに他ならず、単なる観光施設に過ぎんということがわからんか、ドアホ!

小規模ながら類似施設としては二条城二の丸御殿、戦国の雰囲気を残す彦根城本丸御殿等、別に名古屋城の本丸御殿を復元しなければならない理由なんてない!
ほんとうに名古屋城のすごさを再現したいと思うなら、まず一之門前にあった馬出しを復元しろ。
歴史的に価値のあるものなら尾張藩政庁と藩主家族の住まいとして機能した二の丸御殿こそ名古屋城の個性として先に復元されるべきだろ!
http://www.hommaru-palace.city.nagoya.jp/
↑の人たちはみんな金のことしか頭にない人たちと言わざるを得ないね。
ふんっ!
つまりは本物志向で復元されている天守に対抗しようっていう意図であり、国の金を使って観光施設を作ろうって考えているとしか思えないほど必然性のない復元なのだよ、チミ。
名古屋城に行くような客は名古屋にしか金を落としていかない。
そんな事業は名古屋だけでやってくれっていうのさ。
地方交付税をもらわなくてやっていける自治体は国税を頼むなって!
そんなくだらない事業に使う金があれば、奥三河にばらまけよ。
みな四苦八苦してるのに。
設楽は力を合わせてやんとかやっていこうと努力してるのに。
名古屋城のために使う50億を郡部にまけ。
加茂郡の苦境に手を貸した豊田にもくれてやれ。
あ〜腹立たしい!!!!!

2009年1月19日 (月)

いつもとは違う街道歩き 府中→興津

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写真左から、草薙駅付近、久能寺追分、江尻宿西木戸跡付近。

今年初めての東海道は、府中から興津。

今回は嫁の友人3人を同行して、総勢5人の大所帯。
駿府城脇にある弥次喜多像で記念写真を撮り出発!

宿場の雰囲気をつゆほども感じさせない静岡市中心部を抜けると、少しずつ静かな町並みに。静鉄春日町駅付近の和菓子屋で芋ようかんを買い食い。新幹線ガードをくぐれば、やっと旧街道の面影が感じられるようになりましたが、それもつかの間。柚木で一号線に合流すれば元通り。

静岡護国神社で静鉄線に沿った旧道に入れば、大きなガンダムの絵が見えて、嫁が走り寄り写真を撮ってました。なんや、バンダイか。
再び一号線に戻ったところで早めの昼飯をスシローで食う。
ビールなぞ飲んでしばしの休息。
みなせっかちだそうで、ケツをいすに縛り付ける薬として、ビールはかなり有効でした。
45分ほど休憩して出発。
しばらく行くと、線路群にぶつかって、旧道が消えてしまった!
セコい歩行者用トンネルくらいあるだろうと、甘くみたのがよくなかったか!
少し東へ行けば予測通りのトンネルがあり、線路群の向こうに抜けられはしたけど、このトンネルをクルマが通っていたには驚いた!
ここからは丘陵地帯の中程を歩く感じで、植木屋がたくさんありました。
一号線に戻ったところで、コンビニ休憩。
チーズケーキソフトをみな食っているぞ。この寒いのに。
というか、ネルのシャツ一枚で歩いているからおれは寒いのか(笑)
有度交差点で、一号線から別れて、再び旧道に入る。
狭い狭い。

ジャスコを過ぎると、旧街道の風情を感じられのは意外だったなぁ。
地名も狐ヶ崎。おそらく狐が出るようなさみしいところの意でしょうな。
けれどここには割烹料理が取って付けたようにあります。久能寺への追分でもあり立地条件や付近の雰囲気から見て、茶屋の流れかとも見えます。
東海道線と静鉄を振りきりで一気に越えると、目的のひとつ追分ようかんへと至ります。ここで30分以上の大休止。ようかんを買ったり、いすでくつろいだりしてそれぞれが休んでました。行程を考えてもちょうどいい休憩ポイント。嫁とふたりなら、ようかんを買ってさっさと出発してしまったでしょうがね^^
ようかんと、栗粒ようかん、それにロールケーキをも買って出発。
カラだったヾ(@⌒▽⌒@)ノのリュックは荷物でパンパンになったよ...

現在の市中心街から通りがずれた旧東海道は、人っ子一人いない宿場跡。
今までいろんな宿場を通ったけれど、あまりにさみしい風景。
家はずっと続いているけれど、店もロクにない。
住宅地になってしまったといえばそういうものかと思えるけれど、かつての繁栄を思うとき、どうしてもさみしく感じてしまうね。けれど住民にとっては市街地から至近かつ静かな場所はそうそうないのかもしれんなあ。
宿場を抜けて一号と交流すれば、あとはひたすらこの道をゆくのみ。
途中で一部経路を間違えたようだけれど、細かいことは気にしない^^

静蒲バイパスをくぐれば、いよいよ興津。
空は完全に灰色の雲で覆われ、時折細かい雨がはらはらと落ちる中、安堵の空気が起こってきた。
一号線とはいえ片道一車線の普通の舗装道路なのに一般道路とはやっぱり雰囲気が違うなぁ。
東海道時代もたぶんそれほど道幅は変わりなかっただろうけれど、それよりもまばらにある古い民家の向きが、古くさく感じさせるんだろう。そういった古い家屋は家自体が街道を向いているからね。
そして興津宿。
あたりは薄暗くなり、駅を目指す足も知らず知らず速くなる。けれども新規の同行者は足を痛めたようで、あとから遅れてそろりそろり。
小学校6年生の娘っ子は先頭集団に着いてきているのにね。

時間も迫っているけれど、やはり宮様まんぢうは外せまい。
あげまんじゅうと宮様まんじゅうをかじりながら歩く。
さらに鯛焼き。
食べながら歩く。
これも知人のオススメで、買い食いしながら歩く歩く。
そしてやっと興津駅に到着。
鯛焼きを買っている間に我々をオーバーテイクしていた後続部隊の二人が、万歳しているのが見える(笑)
興津から待ち時間もロクにないまま浜松行きの電車に乗る。

静岡に着いたのはもう午後6時前。
前回と同じような時間じゃないか!
スケベ根性を出して石部屋(せきべや)へ行こうとしたのが裏目に出て、帰りは焼津インターから乗る羽目になってしまった。

やはり車の移動が楽だね。
新幹線ならともかく、ロングシートで2時間以上移動するのは歩くより体力がいりそうだ。
8時前無事到着。
家に帰り着き、風呂も後回しに大河を見る。

後日談。
同行者の3人は、街道歩きがお気に召したようす。
小6の娘っ子は、しんどかったけど楽しかったと姉に話していたと。
おかあさんも、これからは少しずつ歩いてみたいなと言ってたとか。
社交辞令部分を差し引いても、それほど悪くない感触でした。
仲間になるか?ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

2009年1月11日 (日)

おでんしゃ 2008の3

今シーズン3度目のおでんしゃでした。
木曜に突然空席情報がありほぼ即答で予約したけれど、あとから思えば土曜日の18:25って、ギリギリじゃん!ずっと近場の現場にいるから大丈夫だろうという甘い観測を以て予約したけれど、実は冷や汗ものだったな。
嫁と競輪場で待ち合わせたら、やってきたのは豊鉄のオリジナルカラーで話題になっている3203号。
「ねらいましたか?」とみんなに言われたっけヾ(@⌒▽⌒@)ノ
今回は初の一般便。
経験したことのない客層に、ちょっとばかり焦った。
でもこちらのテーブルはいつもの人たちばかりで、鉄話で盛り上がりましたな。
いつものように二次会へ行って解散、そしてわしらはラーメン^^
とっても新鮮な経験でした(笑)

2009年1月 7日 (水)

抱負っちゅうか予定

この間実家に帰ったときに見た、『歴史検定・津島の達人』。
昨今はやりのご当地検定です。
津島ごとき小さな町でもできるんだなと地元のやる気にかなり感動してます。
早速テキストを買い求めて勉強中。
馬場町の山車にゾッコンの嫁も受けるという。
よそのご当地検定と同じく津島もテキストの持ち込みOK!ということで、嫁は余裕カマシテいますが、ヾ(@⌒▽⌒@)ノはテキストなしでの受験なので、トイレで、布団の上で読んでます。だって同じテキスト2冊は必要ないもの。
地元人でもない嫁がテキストを持ち込むのは仕方ない。むしろ彼女を引き込んだヾ(@⌒▽⌒@)ノこそ元々津島市民でもあり、プライドにかけてもノーテキストで臨むべきだと思うのであります!ヾ(@⌒▽⌒@)ノ
このテキスト、時代を適当に区切り、中央と津島の歴史を交錯させながら説明してあるので、読み物としてもおもしろいですよ。
でも悲しいかな、津島市内の大きな本屋でしか買えない。
ついでに言うと、津島検定もわざわざ商工会議所まで出向いて申し込まなければいかんらしい。
とにかく、受ける。

もうひとつが漢字検定。
どのレベルに挑戦するかは未定だけれど(受験自体未定^^;)、とにかく受けてみる。レベルの細分化は、受験に親切ですね。
どちらの検定も受けてどうこうしなんて毛頭考えていないので、お気楽なもんです。あんまり頭を使わんとパァ〜になってしまうからね。

2009年1月 5日 (月)

正月日記

元旦
義姉の家でおせちと雑煮をいただきました。
おせちも手作りなんだけど、いつもうまいなあ。
「マメを炊くのは難しい」といつもおふくろが言っていたけれど、義姉の黒豆は歯ごたえがわずかに残る柔らかさ、甘さも控えめでとってもうまいの。
たつくりはベッタベタの佃煮ではなく、素材の味があったし、もう食べまくり^^;
今年の雑煮も最高でした。
実家の雑煮が惨めになるくらいうまい雑煮で、お客様に出す雑煮なんです。
ホントにうまかった。ごちそうさまでした。
その後は我が家で深夜までダベって、正月らしい一日を過ごしたのでした。

2日
嫁の親戚に挨拶回りと墓参り。
すぐ近所なのになかなか行く機会がないので、正月はあいさつを兼ねて墓参りにも行ってます。今年で二度目。
墓参りの帰りにみんなでトンカツを食って帰りました。
夜はサイゼリア始め。

3日
実家へ行く。
岡崎で渋滞があって、2時間もかかった。
午後から買い物に行く。
刺身三昧。
泊まり。

4日
朝遅くまで寝てました。
雑煮を食って、昼前から長島の花市場へ行ってきました。
睡蓮鉢にミヤマキリシマ、嫁はバラとムラサキシキブの盆栽を。
年寄りくさヾ(@⌒▽⌒@)ノ
花市場から戻った足で津島神社へ初詣。
ん、もう二川八幡で初詣はすませたけれど、これも初詣と呼べるのかな。
津島神社はけっこうな人手でにぎわってました。
普段の閑散ぶりが想像できない!
茅の輪をくぐってお詣り。
みんなが一年健康で暮らせますように(-人-)

夕方自宅に帰って、大河ドラマを見ながら晩飯を。
バケットをかじりながらビールを飲む。

そんな正月でした。
嫁はもう今日から仕事です。

天地人

オープニングのコンピュータグラフィックがなくなったこと。
元禄繚乱頃から始まったあの絵、嫌いだったよ。
実写によるイメージフィルムの方がずっといいのに。 けれど今回のオープニングフィルムすべて実写ではないんでしょう、おそらく。
兵が蟻のようにうごめく描写は、角川版「天と地と」とダブるよ。 さして大したことはあるまい(笑)
いいのは音楽だな。
さすがミチルちゃん、勇壮な曲を書かせたら右に出る者はいないなぁ、 ホント。
いつの間にかサントラの第一人者ですな。

注視してたのは景勝だけれど、意外に北村一輝はまり役かもしれない。 上杉景勝、残されている像を見るとでっぷりした感じの印象だけど、若い頃からそうだったわけではあるまい。かといって戦陣の先頭に立つタイプの武将という印象もない。当時からすでに「大名という名の貴族」っていうところがあるけど、北村くんはそれを表現しながらも、戦国武将である精悍さのようなものを秘めているイメージ。直江とは友情でつながれているっていう風なところもちらっと見えていて、演出の妙ということか。ま、これからどうなっていくかわからんけど。
ダメなのが、阿部寛だな。 こりゃ全然ダメだな。 なんじゃありゃ。
ミスキャストだな。 秋山好古のまんまじゃねーえかよう...
「坂の上の雲」と上杉謙信といっしょにするなよぅ...

2009年1月 1日 (木)

初詣 2008

あけましておめでとうございます。
昨年に引き続き今年もよろしくお願いします。
年賀状は結局出さず仕舞いになってしまいました。
住所を知らせる絶好の機会だったのに...

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23時頃から初詣に行ってきました。
もちろん二川八幡神社。
23時半に着いてみれば、まだ数人が境内でウロウロしているだけ。それではさみしいので、二川の東の果てまで歩いてきました。
本陣資料館と米屋さんが、本格的な門松を出していてびっくり。
さすがに古い町だなあ、一般の家庭で門松を出している家なんぞ初めてみました。写真に撮るほど感動した(苦笑) 元旦限定の特例で拝殿まで登り、本殿への扉の前で神様にお参りしました。
交通安全のお守りを買って、おみくじを引く。
「恋心は募るばかり...」
あ、間違えた^^;これは恋のおみくじだ。
あわてて一般のおみくじを引き直した。
吉だ、吉ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

1040124605_12 拝殿内で御神酒をいただいて、某保存会の人たちと少しばかりダベる。
境内ではコンニャクと大根のみそおでん、それに甘酒を振る舞っていました。
自宅に戻って年越しそばをすすり、寝てしまいました。

そう、夕べはさだまさしのNHK特番をやってましたね。
あれは今でも名古屋限定なのか。
正月休みはじめて自らの意志で見た唯一の番組となりました。

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