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2008年7月22日 (火)

吉田宿の平田篤胤

旧東海道沿いの家のバルコニー改修工事。
バルコニーが東向きの上、南北が壁のために暑い!
午後からは少しは楽になるでしょう。
裏の湊神明社で昼飯。やはり日陰は涼しいのねん。

877643711_193_2 さて、この神明社には見物がひとつ。平田篤胤の額です。
平田篤胤といえば平田国学。
平田国学がなんぼのもんじゃい!という人は、中津川の中山道歴史資料館に行ってみるよろし。彼が幕末に影響の大きさをうかがい知ることができます。
幕末の中津川宿は、平田国学の影響を受け、世の中を変えようという人々と、それを利用しようとする尾張藩の意志が混在、結果的に桂小五郎と毛利敬親を結びつける役割も果たしています。
中津川の動きは木曽路一体にも影響を及ぼし、その動向は小説「夜明け前」にも著されているところ。

その平田篤胤の額が豊橋にあったとは!
さすが宿場町、情報網はやはり大したものだなぁ。
文化の先進地区としての吉田宿を再認識した思いがしました。

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