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2008年5月28日 (水)

筒井町湯取車 名古屋東照宮御社参曳行

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筒井町の湯取神子車が建造されて350年。
これが桑名町から筒井町に譲られて98年。
里帰りしましたよ、山車が。

朝は雨。
祈るような気持ちで山車が出る決定を待ちました。
9時半出発の決定が出た1時間後、突然雨がやんだ!
ウソみたい!

下町風情の筒井町から栄をかすめて東照宮へ。
途中20数階建てのマンションの前を通り、片側五車線の道路を警察の保護によって赤信号を厭わずに進む。

350年も昔の山車と名古屋高速高架橋の取り合わせは、ドン・キホーテと風車。ドン・キホーテは風車と戦ったけれども、山車は時の流れを感じていないかのように、氏子に身をゆだねていました。
時の流れ、人と町の変化。
時に関するあらゆる変化を受け入れて、さらに同化していく。
同化というよりは、手ですべてをすくい上げてしまうようなおおらかさ。
350年の時はどこにいったのだろうヾ(@⌒▽⌒@)ノ
人間が様々過ごしてきた350年を山車はなぜ越えられるのか。
それはモノとしての本質を持っているからじゃないか。
その本質とは、山車という物体が持っているわけではなく、象徴としての山車。筒井町に住む人たちの思いが結集しているもの。
その思いは関係者から山車へ、山車からは楫方を介して観客に伝えられる。
横で写真を撮りながら付いて歩いている人たちも、その「想い」を受けて、自分たちも山車の関係者になった気分になる。
山車の周りが山車を象徴として、筒井町の一部になる。

曲場は山車の前を8人の楫方が担ぎ上げて向きを変える技です。
津島でいうところの車切に似ているけれど、こちらはくるくる回したりはせず、角度を変える程度。が、山車の大きさが違う。こちらは3t近い重さがあるのに、その前方をたった8人で持ち上げるのだからたいへん。
その時には8人が息を合わせて、「いくぞ、あげろっ」のかけ声で力をひとつにしてもちあげる。あれは感動しますぜ、旦那。
相当に重いようで、全員の顔が苦痛にゆがむのだ。
でもあれこそが山車の華。町内の華。

かっこいいぞ!
お・と・こ・ま・えっ!ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

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コメント

天茶が参したの?

ねじぃ、ひさしぶりやん!
何がきっかけになって、コメントを書くかわからんプログラムやな、きみはヾ(@⌒▽⌒@)ノ

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