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2008年2月

2008年2月26日 (火)

夢見る二川定食

夫婦はね、持ちつ持たれつなのさ。
嫁が大変なことはだんなが補い、だんなが大変なときは嫁ががんばる。
世の中にはそれをひとりでこなしている人もいる。
信じがたいがんばり力である。

727426227_159 昨日の夕食は”二川定食”でした。
二川の肉屋さんで買ってきた手作りフライ各種と、手作りサラダ。それに大量のキャベツの千切り。
少しおまけもいただいたよ^^
ビールがうまいよ。
焼酎のロックにもよく合うよ。
つまりはフライ定食。
円頓寺のはね海老のフライランチも悪くないけど、二川のフライも悪くないよ。
いつものように二川やまつりの話しに終始してしまったけれど、話しを聞くたびに、町の歴史の一端を知ることになる。だから楽しい二川通いなのだ。

727426227_245 二川に「笹屋」という豆腐屋さんがある。
店の前から見ると、いつもミセにおばあさんがちょこんと座っている。
折り紙か工芸品みたいなものがミセには並べられていて、豆腐屋には見えず、てっきり「笹屋 とうふ・あげ」の看板はダミーだと思っていたのだ。けれど、実はれっきとした豆腐屋さんなのね。
「豆腐をちょうだい!」と叫べば豆腐がちゃんと出てくるらしいの。
けっこううまいらしいけれども、売れきれるのも店が閉まるのも早い上に、日曜は休み...
幻の豆腐ですかっ!(笑)

思ったより二川は生きた町だということですね。

2008年2月24日 (日)

新世界

金・土・日、すごくさみしかったのだ。
嫁はバレーボールに、キンボールに夜遅くまでがんばっている。
自分は19時までには帰宅するが、知らない土地で知らない人たちと仕事をする。
幸い 仕事にはすぐなじめたけれど、元々人見知りで不器用なぼくは、心のどこかにひっかかりを抱えてしまう。それを毎日溶かしてくれているのが嫁なのです。
その嫁がいない夜は自分を守ることすらできないようなダメな人間になってしまう。自分を取り戻すためにCDを聞いたり、友人の声が聞きたくなったり。つまり元の生活の一端を取り戻して自分の存在を確認しているのだろうと思っています。

「また遅いのかよ〜」とつい嫁にメールした。
ごめんね、と返事は来るが、どうにもやりきれないさみしい思い。
けれど、こちらに来てたくさん知人ができました。
まだ友人と呼ぶにはおこがましい。
嫁の交友関係にも飛び込んで行くし、こちらの交友関係に嫁を引き込んだり。二川にも知人ができて、「現実逃避スペシャル」は構成されつつある(笑)

そういう人たちの笑顔や話しによって、へそまがりで幼稚なぼくの独立心は救われていると思っています。

初めての日曜の朝

724731623_75 就職して一週間、どうにか新生活も軌道に乗ってきた感じ。
まだ津島線内だけども、そろそろ須ヶ口が近づいてきてるかなといった例えは、津島線沿線以外の人にはわかりにくい例えだろうか(笑)

部屋の中は寒い。
寝間着のスウェットのまま、上から綿入りのでんちを羽織って机に向かっています。
「さむいからぁ〜」と家人は布団にもぐったままだけれど、ぼくには冷えた空気の緊張感がたまらない。足も冷たくつま先などは凍ったように感覚がないけれど、それでもこの冷たさがいいのだ。

仕事の内容はおおよそ知っていた。
けれども生活環境変化はやはり負担になる。
一週間慣れない環境でやっと迎えた日曜日。
Billy JoelのThe Strangerを聞きながらさめかけたお茶を飲み、冷えた足をさすっている日曜日の朝....

午後からはまた飽きもせず二川へ行く予定。
本陣資料館の新企画展・東海道五十七次と、嫁はまだ見ていない企画展・ひなまつりが目当てです。
今夜のおかずはフライ定食だよ。
二川定食とか、山崎定食とか命名しようかしらん目がハート

玄関に行く。
マイミクINAZOが嫁に贈ってくれたチューリップがまだ元気に咲いてるよ。
そのまま外に出てみた。
空気を吸ってみた。
冷たい空気が体の中に入ってきた。

青い空だぁ!
けれど心なしか茶色ががって見えるのは気のせいかい?

2008年2月22日 (金)

マイナーな本

買う人がいるから出すのか、売っているのか買うのか。
昨日買った本のタイトル、「官庁建築家 愛知県営繕課の人々/瀬口哲夫著」だよ(笑)
郷土史のコーナーに置いてあったよ、3冊も!
洋風建築とか特定の時代を感じさせる建物を見るのが好きな人は決して少なくないとは思うが、さすがに「営繕課の人々」となると、引くだろうネ。

鈴木禎次のような「戦前の名古屋の町並みを想像した人」の形容される人は、ちょっとした建物好きなら知っていると思うけれど、営繕課だよ。タイトルを見たら、市政の歴史書と間違われそうだよ。

けれど、街作りなんて意識が市民になかった時代、現実に街を設計していったのはそういう人たちなんだと、実感させられる本です。
その中で鈴木禎次とか武田五一といった著名な建築家が生まれ力を発揮した。

この作者、鈴木禎次についても本を書いているそうだ。
けれどその本は並んでいなかった。
常識的に考えたら、「鈴木禎次」に代わって「営繕課」が棚に並べられたと考えるのが妥当であろう。
それでも愛知県営繕課の人々よりは売れそうだが(爆

2008年2月21日 (木)

西へ帰ろう

昨日、今日。
磐田の現場で、塩ビシートを貼る。
未加硫ゴムシートの防水は経験があるが、塩ビはない。
多少張り方に違いはあるが、「水は低きにむかう」という基本を思えば、工法以外大した違いはない。と防水施工技能士1級・技能士は思う(爆)

親方は50半ば。
彼は息子を連れて現場作業に従事してる。
そこに天にゃんが加わっている。
息子は言われたことはちゃんとやるけれど、言われなければ傍で立って見ている。そりゃそうだ、何をすればいいかわからないんだから。
仕事中はほとんどしゃべらない。
現場までの往復で、少ししゃべるくらい。
その彼が、今日磐田から豊橋まで運転を任された。
途中エンスト3回。
会社に着いたとき、気をつけをしながら笑顔で「すみませんでした」だって(笑
思ってたより茶目っ気のある子やなあと思った。
ユーモアがあるというかね。
親といっしょにいれば精神的な余裕はあるけれど、こういうのってセンスの有無だよね。

「お疲れ様でした」と返したのは言うまでもない。だって現場仕事を終えてから1時間以上もクルマの運転をすることが、体力的・精神的にどれだけ大変かは経験で知ってるもん。

2008年2月19日 (火)

イワタ

朝、出社すると、「今日はイワタの現場をお願いします」と言われました。
「いやぁ、この会社は近場ばかりでいいなぁ」と思ったら、ドライバーはぼやいた。
「イワタは遠いらぁ」という....そこで気付いた。
「愛知県豊橋市岩田」ではなく、「静岡県磐田市」であることを...

現場は磐田の高地。
東海ラジオはクリアに入るが、磐田まで来て東海ラジオを聞かなくてもいいのに。SBSでは鉄っちゃん(鉄崎幹人)がしゃべっとるじゃないかよぅ。

帰路。
「あいつらより早く帰ったろ」と茶目っ気たっぷりなドライバー。
渋滞する一号バイパスを避け、磐田の市街地に入っていく。
なぜか途中から旧東海道に入って、ドンドン南へゆく。
「あいつらはたいてい海辺の道走ってくで」といいながら自らも南へ走る(笑
それじゃ抜けんよ(笑

とうとう国道150号に出た。
わしらにとっては観光の道(爆)
西へ走ると一号バイパスに出会う。
「やっと浜松だん」

まさか磐田て働くなんて思ってもみなかったなぁ。
あぁ、見附学校へ行きたい...

「坂の上の雲」の撮影が犬山の明治村でクランクインしたそうだ。
のぼサンが香川照之は二重丸。もっくんの秋山真之は○。秋山好古の阿部寛は×....のイメージであるが、どんな作品になるかは大変に楽しみではあります。
司馬遼太郎の世界観をどう映像化するのか。はたまた脚本家の理解度は?
それを見た大陸や半島の人々のひねくれた解釈やコメントが楽しみだぁ(笑)

2008年2月17日 (日)

落ち穂拾い 旧新居宿

土曜は深夜まで二川の某保存会にいて、帰宅後倒れ込むようにして寝てしまいました。
篠笛ってきれいな音色だねぇ。それが太鼓にのると、体を動かしたくなるような”音楽”になる。
自分も少しは練習させていただきました。
「初めてで音が出ればすごいですよ」と言われたけど、初めてではなかった^^;
まずは音を出すこと、それが一番。

日は二川へ行くまでに新居町へ行ってたのです。
「落ち穂拾い」というのは、街道を歩いたあとに残った資料館を見て回ること。
新居は関所と紀伊国屋だけと思ってたけど、甘かった。

Th_img_9051 新居の関は東は浜名湖に面していて、陸路はなし。
つまり東から船で入って西へ東海道が開けているといった仕組み。
その風景が復元されていることがうれしい。
あくまでも模型だから、浜名湖から上陸する目線で関所が見られる。
青空と、傍らに立つ槇と、古めかしい関所のコントラストがすばらしい。
二川に負けないほどのボリュームはあるが、新居そのものの展示が少なかった気がする。

Th_img_9057 昼食をとって紀伊国屋へ。
特に特徴もない旅籠だし、ぼくは関の玉屋の方が好き。玉屋や二川の清明屋にはミセがあっていかにも旅籠だけれど、紀州徳川家の御用を勤めていた関 係か、紀伊国屋にはそれがない。新居にはなかった脇本陣の代わりを務めていたから、そこそこの威厳は保つ必要があったのかもしれない。

紀伊国屋の掲示に「置屋・無料公開」の文字があった。
ボランティアの方がたまたまやってきたので、その人についていった。
路地を入ったところに、置屋はあった。
右から「小松楼」と書かれている。電話は新居50番(笑)

Th_img_9082 Th_img_9096 置屋っていうのは、芸者を置いておく店だと思っていたが、ここでは多少ニュアンスが違うようで、お客をあげていたらしい。ガラスには松、階段には違い棚の ような飾り、手すりは中央部だけ面を落としてあったりする。室内であるにも関わらず、艶々したベンガラ塗り。二階の踊り場は広く、芸者さんの踊りの練習の 場になっていたとか。しかし建物は既に朽ち始めて久しいようだ。
Th_img_9090 中にはいると、芸者さんの写真や、新居の古写真がたくさん飾られている。
小松楼のまえで腕組みをしている”おかあさん”らしき人の後ろに並ぶ3人の芸者。なんとも印象的な写真です。

ここは町の運営ではなく、あくまでもボランティア組織で公開・運営しているそうです。これを新居で保存して行きたいという人の気持ち、これからも残して欲しいという気持ちを込めて、野口英世の肖像画を一枚寄付しました。
ぼくを最後にして閉館しようとしていたのにそれから40分あまりに話し込んでしまいました。
関所、紀伊国屋と整備したんなら、この置屋も文化として保存すべき...というか保存してこそ、新居町の文化財に対する考え方が見えてくると思うんですよ。文化財は観光資源ではないけれど、観光資源にも転用することで、町の発展の一助になるんだから。

問い合わせは新居関所資料館まで。
053-594-3615

2008年2月15日 (金)

二川のカレーパンとお囃子

就職先も決まり一安心。
午後からまた二川。
「また二川へ行って来たん?」
うちに帰ったら一足先に帰宅していたボーズに言われたよ。

でも今日は保存会の練習予定の再確認でしたの。
そのついでに二川東町と、本陣資料館へ寄った次第。
本陣資料館は、やっと制覇できたかな。
現在は本陣建物内で特別展「おひなまつり」を開催中。
おりしもいつもの肉屋さんのテレビでは展示品である土雛の盗難が伝えられていた。ありゃま!

Th_img_8912 Th_img_8940 東町は一里塚までが宿場町でした。
東の一里塚から東は松並木だったらしい。
今や松並木はすっかりなくなり、東海道線と新幹線が東海道の形状を変えていると思う。
変わらないのは自然の造形物のみ。
江戸時代から奇勝とされた立岩は今も健在で、いにしえの風情をわずかながら伝えている。筋違橋は今でも街道をねじ曲げており「筋違橋」の名にふさ わしいが、過去の筋違橋が現在と同じ場所に同じ向きに設けていたとは限らない。橋の下には古い橋桁が残っているが、それは江戸時代のものではなさそうだ し。

帰りにはいつもの肉屋さんで、二川やまつりの話しをする。
帰りには手作りカレーパンを買った。
ふかふかしこしこ。ボリュームがあってうまかった!

バレンタインデイ・キッス

手作りケーキでしたヾ(@⌒▽⌒@)ノ
手作りケーキといってもスポンジケーキではなく、ホットケーキを積み重ねた上からホイップチョコクリームを塗った自作。
息子は上っ面のクリームばかりなめているが、うまいのはホットケーキの方。
シコシコと適度な歯ごたえと控えめな甘さが好み揺れるハート
このホットケーキは小麦粉に何を混ぜたの?
ホットケーキミックスだよあせあせ

バレンタインそのもののチョコはおこしのようなチョコレート。
クリスピーでもない不思議なチョコ。
鹿男あをによしを見ながらひとつふたつつまんでみた。
万博で購入したダージリンを飲みながら。

”バレンタイン=鹿男あをによし=玉木宏”な印象が定着しそうなバレンタインの夜でした。

2008年2月13日 (水)

防水施工技能士1級

わし、資格持ってるのを忘れとった。
実技があまりに簡単な試験だったから、価値のない資格だろうと高をくくってたら、防水屋のホームページには軒並み「防水施工技能士」の文字が。
そんなに価値のある資格なのか、あれは!
「おまえ、資格があるがや」とおふくろが昨日の電話の中で言ってた。
しかも10年以上の経験が必要な1級。
道具と材料さえあれば防水下地から仕上げの保護塗料までひとりでできます。

就職活動失敗なの?
やり直しなの?
求職が出てないので、こちらから電話をかけて売り込んでみたら、求人していない会社も話しはできるらしい。
おそるべし、国家試験!

2008年2月12日 (火)

著しい体重変化

ここ数日、体重の変化が激しい。
12時間で2kg程度違ったりすることも珍しくない。
移住してからの最大変化幅は5kg。
精神的な不安定さを表してるのかなあ。

今日も就職活動です。
たぶん今日は決められるでしょう。

豊橋 安久美神戸神社・鬼まつり

「毎年土・日なのに今年はなぜ日・月なんだ!」と嫁を嘆かせた豊橋の鬼まつり、今年も開催。日曜はある意味前夜祭で、月曜が本番のようです。

712241791_32 昼過ぎに着いたら境内はすでにすごい人、ひと、ヒト...
一番の呼び物は、天狗が赤鬼を退治するからかいと呼ばれる行事なんだけれども、それが広い境内のどこで行われるのかわからず、しかたなしに人がいない所で待機。
境内の中央にひもろぎのような空間が形成されており、天狗と鬼という神の一種にふさわしい場所が用意されていた。とりあえず「神たち」はそこで戦うのであろう。竹で囲まれた神域は神々しい雰囲気を醸し出している。

712241791_170_2 712241791_67_5 神様たちの戦いを見られない見物客たちは仕方なしにらち外で見る。
戦いに敗れて逃げ出した赤鬼の投げる飴と粉を待っている。
ぴょんぴょんはねる天狗さん。
手をひらひらと力強い赤鬼。

突然歓声があがって、赤鬼付近に白い空間ができた!
赤鬼が負けた瞬間!
赤鬼は天狗のそばから逃げ出して、鳥居付近で休憩する(笑)
一服の後鬼付きと呼ばれる人たちに支えられながら、氏子の家を襲う。赤鬼がいなくなった神社内では天狗や氏子の神楽が奉納される。
ぴょんぴょん跳ねる天狗はとってもりりしく、おもわず見とれてしまう。
その後もかぐらなどが奉納され、神社の外で活動している赤鬼を除けば、神社の行事はすべて終了。

672696_812499168 「この後は愛知県立豊丘高校(ゆたかがおかこうこう)の生徒さんによる太鼓演奏が行われます。」
付近は寒いし、いっしょに来た息子は赤鬼と運命を共にしてしまっているし、
帰ろうかどうしようかと考えているうちに寒い中えんえんと待っていた生徒さんの熱い気持ちを思って、とりあえず聞いてみることにした。
これがすごい!
一曲目は太鼓演奏としては一般的な曲らしいが、あたしゃ知らない。
篠笛も入って、楽しい曲。
すごいのは二曲目だな。
からかいをテーマにして、顧問の先生が書き起こした曲だとか。
生徒演じる「からかいも」ある演奏で、本物のからかいがほとんど見られなかった天ちゃんは大喜び!
実は今日のまつりで、一番よかったのは、この太鼓ではないかと思う。
生徒の真剣な、またある時は楽しい表情で、戦いの時は厳しい顔で太鼓を叩く。
バチをなぎなたに換えたりして、ビジュアル面でもとっても楽しい。
10分の演奏だったけれど、寒さを忘れ、汗ばむほどの熱演でした。
いやぁ、最後までいてよかった。
これを聞けなかった人は損したと思う。
たなんでもやってみたい 天ちゃんだけど、太鼓もやってみたくなった。
あの生徒たちがとてもうらやましく思えました。
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からかいを見られなかった不満も、豊丘高校の太鼓で解消し、路面電車に乗って帰路に着く。
東田では安全地帯がないので、「安全地帯に人がいるときは一時停止しなければならない」という道路交通法が適用される。ここでもういっちょ、びっくりした。クルマはすぐ目前の信号が青であるにもかかわらず、ちゃんと停車して歩行者を通している。
法律に従ってはいるから、豊橋市民にとってはごく普通のことらしいが、岐阜の惨状を知っている自分にとって、これを信じられない事態である。
目をむくほど驚いたことだ。

2008年2月 5日 (火)

豊橋で暮らすために

転入届を提出、無事豊橋市民となりました。
ついでに婚姻届用紙もいただいてきた。
「本籍地以外の人は戸籍謄本が必要」だなんて知らんかった。
引っ越しが間近に控えているため、免許証の住所変更もままならず。
住所地を証明する書類もなく、銀行口座も開設できんかった。
転出届を出す前に銀行へ行きゃあよかった。
かんたんそうに見えてごちゃごちゃ時間のかかる手続きばかりだねぇ。

今日、会社面接に行ってきた。
昨日の電話に、「明日の午後1時に面接」。
面接に行ったら行ったで、「12日に適性検査をする日程の連絡をします」
12日に適性検査を受けるわけじゃないんだよね^^;
その適性検査に合格してやっと働けるのかと思いきや、「本社で10日ほど訓練を受けていただきます。その間の費用はこちらで負担しますが、賃金はなし」。
で、一体いつから働けるのよ。
鉄道関連の会社だし、一旦なれればある程度マイペースも許される職種だけど、とてもそんな悠長なことは言っていられないぞ。
一月近く遊んでろってことかいな。

2008年2月 3日 (日)

雨の降る夜は...

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関東は雪だそうな。

東三河は雨...

こんな菓子を食ってますです。

ドライストロペリーをチョコレートで包んだの。

甘さ控えめ。
うめっ
お茶がすすむなあ。
今夜もトイレが近そうだ^^

2/3

豆まき、太巻き...節分。
玄関から外に向かって「鬼は外」
玄関に立ち、床に敷いた新聞紙にマメを置く「福はうち」
角を生やした嫁さんにもマメを投げつける...「福はうち」(爆

南南東に向いて海鮮太巻きを食う。
3時間前に寿司を腹いっぱい食べたばかりなのに^^
ぱくぱくぱくっ
けれど、うまいっ!
訳もなく食ってしまった。

豆まきなんてきっと幼稚園以来。
豆まきの豆はナマの大豆だと思ってた^^
「年の数だけ食べるんだよ」といわれて、26まで数えた。
あとは.......
息子よ、おまえはたった14個でいいなぁ...

メジャーなタレントを見た in関

最後の土曜日、ほぼ半年ぶりの関へ。
(千葉の関宿でも、岐阜の関市でもありませんw)
テレビの撮影だぁ。
来るのは石原良純と夏川純と聞いて、朝早くから起き出したのでした。

いつものように東の駐車場にとめて散策開始。
「平成東海道五十三次」の絵面はいままでと違う目線と感覚を必要とするけれども、なかなかそういう目は持てなくていつもとおんなじような写真ばかり。

冬の8時半とあって、東海道は人っ子一人いない。
風がない代わりに、空気がめちゃくちゃ冷たくて、ポケットから手を出して10秒もすると、指先が凍えてくる。30秒たつと出していられない。
そんな空気が冷たい街道の朝。

ナガオ薬局さんにおじゃまして、しばし話し込んでいると、かれらがやってきた。写り込まないように、二階の特別室からのぞきみる。
夏川純、かわいい〜!小さい〜!足なんか竹ひごのように細い!
それにさらさらと長い髪...
気さくにはなしかける石原良純。
今までのバカっぽいイメージは吹き飛んだな。
カメラを向けたら、ぺこりと一例。
とっても礼儀正しい人でした。

写真は載せられないな。
きれいに写ってないもん。

2008年2月 2日 (土)

29年間でなくなったもの 〜鈍行列車の旅より

1979年に出版された種村直樹著「鈍行列車の旅」、そのまま捨ててしまうのはもったいないので、再度読んでいます。

この頃はまだマスゴミによる国鉄総攻撃前で、のんびりした列車の旅が著されています。
それでも、時々出てくるホテルの廃業は悲しいものがあります。
この本を読んだ時分は、まだホテルに泊まりに行くような経済力もありませんでしたから。

●SLホテル高原列車 野辺山駅前。
軽量客車10系寝台車とお座敷列車による列車ホテル。
平成元年廃業。
1978年当時すでに「くたびれている」との記述あり。

●エステル白馬
白馬駅舎2階、平成18年廃業。

29年もたつと隔世の感があります。
関の国民宿舎にあるブルートレインもそれほど長くはないんだろうなぁ。
なにしろあれ20系、10系客車と登場時期は変わらない...

2008年2月 1日 (金)

移住

備忘録代わりに記しておきます。
結婚記念日じゃないけどね。

701651754_144 明日からとりあえず体だけアチラへ行きます。
「4年後に戻ってくるかも知れんけど、さきのことはわからん」といってはあるけれども、ぼく自身はまったく戻る気はありません。平和ならば、みんなが健康であれば、生涯尾張国に戻ることはないでしょう。
いつかあの街に住むことを夢見て今夜は寝るとしよう。

あ、明日は朝一番で、旧東海道・関へ行くのだ。
ナマ天気予報を見るのだ。
今は桂小五郎だけどもね(爆)

あぁ、三河に移住しても、今まで通り、おつきあいよろしくお願いします。
三河の御仁は今まで以上によろしくしてくださいね!
だしまき食いたいし!

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