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2007年8月

2007年8月31日 (金)

橿原・今井町にぃ

3日連続で雨。
かび臭い家を飛び出して、奈良まで走ってきました。
目標は今井町。

今井町に関しては大した知識もないので、とりあえず夢甍(ゆめいらか)という観光案内所へ行って情報を仕入れました。
ここには無料駐車場もあるし、パンフレット、見学方法なども案内していただけるのでのぞくのが正しい見学の仕方であると思われます。
しかもこの夢甍の建物自体がすでに歴史的建造物で、築100年を越えている。奈良らしく、寺社と町家が融合したようなよくわからない建物です。奈良ホテルと並べるとしっくり来るような建物です、といえば雰囲気はわかっていただけるかな。
(写真載せろっていう話だよねw)

547325779_176 3時間ほどくるくると歩きました。
なにしろ今井町内には重要文化財が9箇所もある。
前出、夢甍での説明によると、「戸口が開いていれば内部を見学できます」そうで。
なんともフレキシブルでおもしろいシステム。
実際には高木家住宅と音谷住宅しか見られなかったけれども、いろんな話が聞けて楽しかったです。
保存に関する話とか、家の変遷等、ちゃんと質問に答えてくれる。
おもしろいのは、外部の人ではなく、実際にずっと住んでこられた人が、管理・説明をしてくれることです。
重要文化財だからという理由ではないだろうけど、室内にはほとんど建物の説明がないんですよ。住人の方から直接話を聞くことができるんです。こんなの聞いたことない。
そりゃあ住んでいる人だからその家のいいところ悪いところよく知っているだろうし、愛着もあるだろう。けれど、知らない人を招いて説明するという のは、なかなかできることじゃないですよ。普通の人なんだから。それを実現してしまうという今井町の気風というか雰囲気というか。なんだこれはっ!って 思ってしまう。
しかも、この地区がよそと違うのは、まったく金目当てでないこと。つまり、観光地じゃないんです。管轄でいえば、観光協会ではなく、教育委員会 がやってるんじゃないか、という感じ。町を歴史の一部として残し、教育施設として保存してゆく感じなのですな。そしてほとんど金にならないことをやってい る保存現場の関係者と、実際に自宅の一部を公開されている十人の方々。

547325779_104 なんだこれはっ!

世間では愛国心がなくなっただのどうのこうの言いますが、地域によってはまだまだこういう形で息づいているんだなあと感心します。本来、人間とは 「愛着」を通じて町を愛していくものだとおもってはいるのですが、都会性合理主義で生きてきたものには現実の物として信じられない「愛」なのでしょう。
損得のない、町並み保存。

547325779_27 中山道・奈良井や、東海道・関のように、電線を地中に埋めてしまった例を挙げ、「これは観光地化である」とのたまったヤツがいました。それは理解不足なんだろうと、現実に話してみると思うデス。
音谷家住宅には、ミセに明治期のタンスが置いてあります。
建物は江戸中期、17世紀中頃。
「時代は違うんですけどね」とおっしゃっていたが、その気持ちはよくわかるのです。「観光地」じゃないんですよね、今井町は。
この人たちは観光地としてこの町を育てたいわけじゃなくて、今井町を理解して欲しいのです。町を理解するには、過去も含めて人々の生活を見るのが最も良い方法です。
明治期のタンスも、今井町のひとつの過去なんですよね。
それらをひっくるめて今井町であると、きっと住人の人々は考えているのだろう。だから築350年の家の、外部から見えるところにたかだか100年前のタンスを置くのです。
そういうことを理解できない人が、「電線がないから観光地」などと底の浅いことを言うのだろうと、音谷さんの話を聞いていて思いました。

なかなか居心地のいい空間、今井町。
でもね、いくら色気がなくても、数件の飲食店は欲しいです。
まともに腰を入れて回れば、おそらく丸一日かかります。それでも納得できるほどの写真は撮れないだろうと思われるボリュームですからね。それにはまず腹が減っていては戦ができぬのですよ。
儲ける気はなくとも、それはどうにかお願いしたいところではあります。

コらっ!
そこでこそこそと「ビールが飲みたいだけやろ」とつぶやくのはやめたまえ、きみっ!
失礼やろっ!(笑)

こりゃあまた行きたい。
少なくとも重文の建物にはすべて入って、管理されている人と話したい。きっと今井町に自体についても、建物の歴史についても住む人にしかわからないおもしろい話っていうのがあるはずだから。
見る方も、建物を見てうんちくを語ったり、ちゃんと質問できるほどの知識を蓄えなければなるまい....と思った。

2007年8月29日 (水)

アーリオオーリオのつくりかた

1.にんにくを刻む。
2.鷹の爪も輪切りにする。
3.オリーブオイルでこれらを炒めてオイルを作る。
4.にんにくがきつね色になったら火を止める。
5.パスタをゆでる。どうも1.4mmくらいがいいようだ。*
6.ゆで汁パスタ100gにつき8g程度塩をいれる。
7.ゆでるゆでる。
8.アルデンテの少し手前、デルモンテくらいにゆでる(?)
9.オイルを温めて、水切りしたパスタをいれあえる。
10.ゆで汁を少しいれる。*
11.食う。

2007年8月28日 (火)

砂漠に水が流れてきた。
久しぶりの水だ。
しかしそれが水であるとは限らない。
事実、過去には何度か水らしきものが流れてきた。
その都度確認するが、水であったことは一度もなかった。
いつの間にかそれらしきものを見てもあきらめる者ばかりになってしまった。

今度はほんとうの水なんだろうか。
勇気を出して見に行くものはいないのか。

2007年8月27日 (月)

どまつり 9th

今年は満を持して円頓寺会場入り。
事前から寿司屋で待機(笑)

円頓寺東会場で、約2時間パレードが通り過ぎるのを見ました。
いくつか楽しい振り付けもあったし、相変わらずの若者のパワーはすごかった!その力にあてられた見物人もその迫力に飲み込まれていく。

なにが優れていて、何が劣っているかなんて全然関係ない。
見ていてすべての踊りが楽しい。
力いっばい踊ってる若者や子供。
パワーに劣る年配の踊り手さんはていねいに踊っている。
それぞれの特徴を生かして踊っている。
見ている方は拍子を取り、足を踏みならして拍手する。
会場はそれで一体になり、踊り手さんも楽しい気分で去っていく。
そのすがすがしさに胸がいっぱいになって、ついうるうるしてしまう。

今年も200mmで踊り手さんの表情ばかり撮ってみました。
顔ばかりなので、ここに載せられないのが辛い。
今年は応募してみようかな、写真コンテストに。
技術じゃない、勢いだよね。
踊り手さんの目の前に飛び出て顔のアップを撮るようなカメラマンにはなりたくないなあと、毎度のように思うのでした。

2007年8月24日 (金)

生の記録

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この子ちなちゃん。
♀のクマゼミ。
もう飛ぶ体力はなかった。

セミだけどね...

おれは知ってるよ。
ちなちゃんが地上に存在したことを。

2007年8月23日 (木)

コスモス街道

539396096_204

あさは大雨、昼はお天気、夕方は曇り。
雪が降ればほぼ完璧だったのに残念!
15時頃から涼しい北風が吹き出してずいぶんと楽でした。
あぁ、先の日曜もこんなんだったら吉田宿まで歩けたのにとまだぶつぶつ言ってる天茶選手です。
仕事しながら鼻歌がでましたよ。
そんくらい過ごしやすかったのね。
それでも気象的には「平年より一度低い」んだそうで。
37℃ってやっぱり異常なんや!
で、その鼻歌ですけど、なぜか狩人なの。
あずさ2号とコスモス街道。


バスを降りれば カラ松林
日よけの降りた 白いレストラン
秋の避暑地で出会う人はみな 
なぜか目を 目を伏せて
なぜか目を伏せ歩きます。

コスモスの花は今でも咲いていますか
あの日の二人をまだあなたは覚えてますか
愛されなくても最後まで 望みを捨てずにいたかった
右は越後へゆく北の道
左は木曽までゆく中山道
つづいてる〜 コスモスの道が♪

               by竜 真知子

中山道の資料を見た。
からまつ林っていうのが、軽井沢と沓掛の間にあった。
そこから西へ歩いた次の追分宿には、北へ向かう北国街道が分岐する「わかされ」があったそうな。
まさしく「右は越後へ、左は木曽まで」だぁ!

不自然な点があるぞ、おねーちゃん。
軽井沢駅からからまつ林は500mもないように思われる。
なのに軽井沢からわざわざバスに乗ったのか。
思い出に浸るかのような描写がなされているのに、バスに乗ってからまつ林に行ったのは不自然。
ここは歩いて彼との思い出にひたるべきじゃろう。
そのくせ彼女はここから数km離れている追分宿の分去れまで歩いて、「右は〜」とやったのか。

でも狩人のこの2曲、今でも好きな曲だなぁ。
季節のいい時の街道歩きでは必ず口から出てる。
叙情詩だよねぇ。

2007年8月21日 (火)

怒濤の週末 極楽編

537310552_69 「急げ!」
急いだけれど、風呂をあとにしたのは5時20分。
タクシーで電停に急ぐ。
一番喜んだのは、
戻り車に客を乗せた運ちゃんだろう。

537310552_38 電車は定刻に出発。
でも出発する頃にはすっかりとできあがっていた今年のビール電車。
年々盛り上がるまでの時間が短くなってゆく。

札木の左折れあたりではもう訳がわからないほど盛り上がっていた。
今年は後続の電車に煽られることもなく、無事運動公園に着いた。
電停では写真を撮る人、撮られる人。
ビール片手の人、仕事帰りの人が入り乱れている。
まぁこれはいつもの風景。

ビール電車3年目にしてはじめてカラオケが稼働したような気がする!盛り上がりが察していただけるだろう(笑)
電車自体は何事もなかったかのように、無事豊橋駅に戻った。

二次会はいつものように丸栄の屋上ビアガーデンである。
ここはメイドさんがいる。
でも「いらっしゃいませ、ご主人様」と言われた気がする。

参加者の中で「あの服が着た〜い!」と店長に掛け合って断られたことも内緒にしておこう(笑)
いや、おれじゃないっ!(爆)

さらに三次会。
帰宅時間を気にする名古屋からの客だが、新幹線の最終の時間を聞くと妙にうれしそうな顔になって尻を落ち着けているのはなぜだ?

そのうちに焦りだして、駅へ急いだ。
豊橋駅に着いたのは23時24分。最終の名古屋行きひかりは23時26分発なのに!
自販機で切符を買っている場合じゃないぞ!と怒鳴っている横でおちついた二人組(苦笑)
新幹線ホームに降りたときは23時27分頃だった。
でも電車は来ない。
遅れてたらしい...
その余裕で、名鉄電車の最終を調べたら...最終新幹線列車では家に帰れんことがわかった^^;;;
しかたなしに前日と同じホテルを再び予約。
「このお時間からのご予約はキャンセルできませんが、よろしいですか」と言われた。
ハイハイ....

ビール電車は楽しいのぅ...
また来年も参戦だ!

にっぽんど真ん中まつり

こんどの週末はどまつりやんか!
高畑ではどまつりの幟に加えてかぶきものまつりの幟もあった!
なんだこれは!

ことしも円頓寺で見るつもり。疲れちゃって、元気をもらうなんてことはないけど、人間の生命エネルギーを感じることができる。円頓寺はタイトな会場だから最高なの!
今年もじべたに座り込むのだ!

2007年8月20日 (月)

怒濤の週末  地獄編

土曜から酒浸り。
日曜の街道歩き&ビール電車に備えて名古屋泊まり。
北海道帰りの友人をホテルで迎撃する。

いつも書いているように”今日こそはゆっくり読書”でも...と思ったが、いつものようにいつもの店でビールを飲んでしまう。
そして”いつもの人たち”と連れだって今池で飯を食う。
暑い一日を過ごした後のビールは体の芯まで溶かしてしまうものだ。その疲労は、ホテルで睡魔に化けて出る。

深夜、電話がかかってきた気がした。
北海道帰りがホテルに着いたようだ。
一応ロビーまで顔を出すが、たまらず部屋に戻って寝る。
翌日はお千代保稲荷か街道歩きかという話題が出ていたようだったが、もうどうでもいい(笑)
翌朝はホテルのおにぎりを食った。
早起き組のみが豊橋へ向けて美合から歩くことになった。
まったく行き当たりばったりだ!(笑)

536453678_215 美合近辺の東海道は具合が良い。
朝からかなり暑く、少し歩いたただけで体中汗だらけになるが、現存する松並木が東海道の雰囲気も色濃く残している。
途中藤川宿入り口の炉端焼きで昼飯を食う。
炉端焼きの昼間営業というあたりがミソだな(笑)

藤川宿内では沿道に住む人たちに声をかけられる。
「暑いのに大変やねぇ、ほれ、これ持っていきゃあ」と、とり立てのスイカを差し出されるが、とても持っては行けないので、気持ちだけいただいておく。
沿道の犬に話しかければ、家からおばちゃんが出てくる。
「ご苦労様です。どちらからですか?」
だんだんと街道歩きも市民権を得てきたようだ。
街道歩きの風情がハード・ソフトとももに充実し始めている。

途中何度か休憩するが、もう天にゃんはダメだ、体力の限界。
暑さにはとことん弱い。
喜多さんは「アスリートはこのくらい平気」と涼しい顔で歩いている。
それもかなりの速さで^^

3時頃、やっとの思いで赤坂宿に着く。
お祭りをやっているようで、交通規制があったり爆竹や花火の音がするが、わしはそれでどころではない。
真新しい休憩所でごろんと横になって、今後の身の処し方を考える。

あきらめた。
ここから電車で豊橋に入ろう。
うん、まだ風呂に入って汗を流さんと、気持ちが悪くていかん。
ただし乗り継ぎ具合が悪くて、豊橋駅に着いたのはすでに4時50分くらいだった...
喜多さんのバイク仲間も合流して銭湯でさっぱりしたことだ。

2007年8月17日 (金)

伊予からの客人

533159230_221 おみやげをいただきました。
客人曰く、
「ぼくの好きな饅頭なんです」

食う前にしおりを読んだ。
天野祐吉氏が書いておられるその文章がとても気に入った。

「たっぷりと時間が詰まっている」

それほど難しくもない表現だけれど、この表現を生むための背景が必要であると思う。
つまり、菓子そのものに興味がない人や、「たっぷりした時間」、まんじゅうの歴史いずれかにロマンを感じなければ、この文章は書けなかったと思うのだ。
街道歩きの途中で見つけた和菓子屋に寄って、歴史のある菓子食べるとき、菓子そのものの味よりも、長い間に関わった人たちが見える。

卯之町の、古い道の一角にある130年余続く和菓子屋。
「時間がたっぷり」あるその空間を自分も感じてみたくなった。
あ、その前に菓子食わなくちゃね(笑)

お返しは関の戸。
関以外ではかんたんに手に入らないのに、東海道と同じだけの歴史を持つ。
なんだかこの近辺でとっても自信があるおみやげです。
昨今こればっか^^

2007年8月15日 (水)

8/15の日記

朝、車で関の西駐車場まで行って車を置き、関西口バス停から坂下宿までバスに乗る。
坂下宿から関まで歩いたあとはいつものように関の戸を買い込んで、ついでに志ら玉も買う。
ナガヲ薬局さんに寄って一服し、高速で帰る。

坂下宿は何も残ってない。
通った人がそろって口にすることである。
しかしながら馬子唄会館には明治初期の小竹脇本陣の古写真をみることができる。
小竹のはす向かいに3つ並んでいた本陣の姿はさぞかし壮観であったろう。

それに太い街道。
廃れてから拡幅するはずはないし、現国道一号との接続部分は著しく狭いので、旧国道とも思えない。つまり、江戸時代の坂下の東海道はこれだけの幅を必要としたのだ。
途中からは雲が取れて一面の青空となるが、不思議と名古屋ほどの暑さがない。どこかさわやかな印象を受けるのは、美しい風景が残るからだろうか。といいつつも、汗は止まるところを知らず、シャツの先端からしずくとなって落ちるほどの汗をかいた。

帰宅後、車関連の知人と喫茶店で会う。
はるばる愛媛からやってきた彼は、小豆島の人とよく似た日本語を使う人だった。

2007年8月14日 (火)

亀山にて

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昨日はぬかった。飲みに行こうと誘っておいて、財布に金を入れ忘れたよ。
暑さでノーミソが溶けかかってるから仕方ないかもね。

家でアーリオオーリオ食って再び出撃。
アボラスとバニラが同時に出現したときの科学特捜隊みたいにせわしない。
東名阪・四日市付近の渋滞が解消したのを確認して出発。
行き先は亀山。
先に亀山駅で充実した観光案内図をもらったので、どうしても行きたくなったこと、翌日は東海道を歩けること、さらにホテルがガラガラであったから即決。

3時頃から亀山市内を散策。
最近復元したという二の丸北の帯曲輪と多聞櫓がメインですが、東海道を歩くことも忘れていない。 500mほど歩いただけですけど、亀山宿の大きさっていうものが認識できました。
いやぁ、長いわ。

そして今ホテル。
今宵はアルコール抜きで東海道中膝栗毛を読もうとしていたのに、なぜか隣が地ビールレストランだがや。
どうにもダメだ。
今日いただいてきた案内図とまぶたの裏に焼き付けてきた亀山市内の風景を肴にしよう。

戦争と殺人の境界

戦争は外交の一手段です。
外交なのだから規則がある。
非戦闘員は殺さないことはそのひとつです。

思うのだけれど、広島・長崎の被害は戦争の一部か?
都市空襲は戦争の一部か?
ユダヤ人の虐殺は戦争か。

これらを戦争に結びつけて戦争否定するのは大いに結構なことだと思うけれど、それら自体は戦争行為ではないと認識すべきしじゃないんだろうか、と思う。
つまり、核は核として考えるべきだし、その被害の甚大さに、「戦争」自体から独自の問題として認識されつつある。
ユダヤ人の虐殺にしても、あれは戦争とは関係ないタダの人殺し。

じゃ空襲は?
人殺しじゃないんでしょうかね。
うちの母親が焼夷弾から逃げなければならなかった理由はだれにも説明できないの?

きっとこれからも戦争は続く。
人間が人間である限り戦争はなくならない。
「正義」を騙るものがいるかぎり、戦争はなくならない。

2007年8月13日 (月)

NHK風林火山のヘンなところ

なんだかとーってもミョーな番組になってきました。
歌舞伎まくりのカメちゃん、男か女かよくわからんGackt。
そのほかの出演者はごく普通の芝居をしているから、このふたりが変に浮いてるのです。ここに主人公である勘助が絡んでくるから、問題はいっそう複雑に。
つまり、このドラマ、キャラクターとして3本立てなんだ。

1.勘助
2.グループ晴信(カメちゃん)、景虎(Gackt)
3.その他

このドラマは一体何が書きたいのか、よくわからんくなってきた。
しょせん勘助自体実在性が疑われている人物だから、割と自由がきくのが長所ではある。
勘助のキャラ立てのために、わざわざ原作にない勘助の生い立ちまで作り上げたことは興味深かったし、けっこう見応えがあった。
でもだんだんとタッキー義経化してきているような。
つまり演技力はロクにないが、美しさとイメージが秀でているからという理由でキャスティングするということがですね。
Gacktは確かに美しく、常に神がかりを口にしていた景虎らしい雰囲気は見せているが、芝居はヘタやな。なかなか無難にこなしてはいるが、突如現れた緒方拳の前では、ゴジラとネズミくらいの存在感の違いがあった。
あーーーん、Gacktぉぉ!
まぁそれは仕方ない。
イメージで勝負してくれ。

カメちゃん、すごくよくなってきた。びっくりだわ。
こちらがあの芝居になれてきたせいもあるが、戦国大名らしい荒っぽさと、繊細な心が同居しているように感じられるようになってきた。
こりゃあ永禄4年が楽しみになってきたぞ!

連休初日のよる

528866281_37 せっかくの連休なのに、ごろ寝してたあ!なんにもする気が起こらない天茶青年。

夕方になって、名古屋駅に繰り出しました。
最近お気に入りの店にいます。

朝からずっとエアコンがそこそこ効いた部屋にいたのに、やはりうまいビール!
今宵は名古屋泊まりか、ちゃんと帰れるか!

2007年8月12日 (日)

GODZILLA FINAL WARSより泉谷しげるのセリフ

いったいどこへ行きゃあいいんだよ、どこへよぅ...

明日から避暑にでかけたい天ちゃん。
どこへ行こうかなぁ。
もう明日のことも考えずに寝たい22時48分。

2007年8月 8日 (水)

人と硝化バクテリア

硝化バクテリア...
いわゆる好気性バクテリアと呼ばれるもので、水中には普通に存在するバクテリア。水中のアンモニアを分解して硝酸塩に変えてくれるやつ。
このバクテリアをうまく育てることが魚類飼育のポイントなのだが、このバクテリアは水中に漂っているだけではその能力を発揮しない。
何かに定着してアンモニアを吸収するようになる。

人間も同じだな、と。
「ふるさと」「夏の思い出」等々。
ふるさとっていいもんだな、と思ってみても、自分にはふるさとなどなかった(苦笑
まさか市新興住宅地の中に立つ市営住宅がふるさととは呼べまい。
今どきの人たちの大半にはいわゆるふるさとなんてない。
むしろ武田鉄矢の言う「母親こそがふるさと」じゃないかと思って見た。
ふるさととは場所や環境ではなく、こころのよりどころ。
言い換えてみれば答えは単純明快だった。
家族がふるさとなのかもしれない。

ふるさとのない人は浮遊バクテリアと同じなのさ。

残暑

523407961_210 おすっ!
毎日暑いですな。
全国レベルでいえば、まだ名古屋は気温が低め。
残暑お見舞もうしあげまする。

東の空は朝から入道雲もくもく。でもまだ水曜日。
今日は夕立あるかなあ。

2007年8月 7日 (火)

盆休みのご予定は?

日曜から休みのような気配。
ならば中山道を行くか。

長期休みに行くとなれば、和田峠をクリアしておくしかない。
なんとも交通の便が悪きところなので、1日目上諏訪〜和田、2日目和田〜岩村田と。前後するが、帰途上諏訪から塩尻を歩くというコース。
これで最難関和田峠は越えられる。

となると和田宿泊まりになるかなあ。
宿の予約が必要だけれど、なんだか同類ばかりが宿に泊まっていそうだなぁ(笑)

うーーーーん、どうしよう。

2007年8月 6日 (月)

KIRIN NIPPON PREMIUM

名古屋ではやたらと「名古屋に感謝。名古屋に乾杯」とやっている、キリンビール。
豊橋鉄道のビール電車には「豊橋に感謝。豊橋に乾杯」とヘッドマークを掲げているのをわたしは知っているぞ^^
そのキリンビールがプレミアムビールをやたらと宣伝しているので、のってみたよ。
プレミアムビール、やはり普通の値段のビールよりはレベルが高い。
それでまず合格!

以下、個人の好みかもしれないです。
味の全体像が雑。
まとまりがなくて、特徴のある味わいが四方八方に散っている。
いや、まとまりがないというのはよくない表現かもしれない。
というのは、その味のポイント...5つ感じたその味のポイントは、★のようにほぼ等間隔に並んで光ってた。
だからこれは設計通りに作られたビールだと感じました。
でもヱビスの完成されたうまみには到底及ばない。

が、そのヱビスとて、マイスターが注いだナマのギネスにはかなわない。

あぁ、ビールは奥が深い!

2007年8月 5日 (日)

なんかひどい生活

朝から暑くて何もしたくない。
夜更かしのせいで、起きたときは9時。
夢とうつつを行き来しながら、目覚めたのが10時頃。
飯を食ってまた寝た。
起きたらもうすっかり夕方。
一体どういう一日なんだろう。
早く終われ、夏!
世の中、おまえなんか何の役にも立たんぞ。

520966007_104 こんな無為な一日ではいけないと、ワイパーの塗装を強行。
下処理済みなんで、カラー吹きだけ。
スプレー缶を残したくないので、無理矢理塗り重ねて使い切る。
その合間にフロントガラスをコンパウンドで磨き、コーティング処理してみる。

520966007_178 さらについでに、買ったままになっていたブレーキダストを溶かすというホイールクリーナーを試してみた。
ブレーキダストを溶かすって本当かなぁ。
うちのブレーキパッドはEndlessの町乗りスポーツパッドだからけっこうダストはきついけれど、きれいになった気がするな、ウン。
一月ぶりくらいにカメちゃんを見て、9時からはデラウェアをつまみながらF1中継を観戦。

ポールトゥウィンという一番おもしろくない結果には終わったけれど、キミの執拗な追走は、なかなか見応えあった。
それにしてもやるヤルノ、残念!

2007年8月 4日 (土)

水耕 DE 農耕

以前堀田についてはここの日記に書きました。
http://suki.tea-nifty.com/tobe/2006/02/2_50b1.html

要約すると、排水設備が整っていなかった自分の水郷地帯は地面を掘ると水が出て耕作ができないために、掘った土をかきあげて耕作地としたものが堀田。
ほぼ消滅しています。

ところが同じようにして作られた畑もあるのです。
こちらは島畑というらしい。
堀田と同じように、土をかきあげて畑にしているのです。
水田の真ん中になぜ畑を作るのか。
ぼくはてっきり堀田の名残であると考えていました。つまりほ場の近代化整備によって、ちゃんとした美田が可能になったけれど、元々畑として使っていた部分はそのままの形で残したり、田から畑に変えたりしたのだと考えたわけです。
今では一宮市くらいしか残っていないというのですが、そんなものうちの近所にはいっぱいあるよ(笑)
こんど作業してる人を見かけたら話を聞いてみたいなぁ。

水郷地帯に生まれなかった者は、水郷の特殊性に興味を持つ。
当たり前ですね(笑)
いまでも小鮒を捕まえては佃煮を作っているし、まだまだひっそりと文化は息づいていますな。

2007年8月 3日 (金)

7本足の羊

両性具有で7本足の羊だって。
まこりゃ妙な生き物だなぁ。
もっとも4本足で動き回ってる生き物の中で、ほぼ唯一完全に2本の足で歩く生物の発生の方が、生物学的にみれば、よほど気持ちの悪いものだと思うけど。
ただこの羊、内臓の一部が欠損していて、排便ができないそうな。

「生かす方が非人道的なのです」だって。
さすが持ち主だな、優しい心根だね。
羊がどう思ってるかなんて考えたことないんだろうな、西洋人だもんね。
所詮はただの思い上がりなのさ。
治療することと天秤にかけて、「殺す方がまし」という判断をするんだろうからね。
そんなやつに人道論を口にされたくないや。

あるカレー屋専門店で

店「ご注文、おきまりですか」
天「ビールもらおうかな」
店「はい、ご注文は以上で?」
天「はい」
店「しばらくお待ちください」

10 minute later...
店内に響く声
店「どうもありがとうございました〜」
天「すみません、レシートがないんですけど」
店「あ、カウンターの方ですね」
天「はい、ビールだけの」
店「350円いただきます」

カレー屋で飲むビールもやはりうまかった。
コンビニで220円のビール買って店先で立って飲むより、プラス130円で快適なビール環境が提供されたほうがいいっ!
時にはこういう客がいてもいいですよね、カレー屋さん^^

今日は休養日

朝から突風有之。
風が強いとアスファルトシートを広げたときに飛ばされてしまうので、貼れないのですわ。それにガスバーナーの火が風に押されて任意の箇所をあぶれない。
午後から大雨との予想もあり、今日は自宅待機です。

家にいるのももったいないなぁ。
8/19に備えて有松から東に向けて歩きたい気持ちが口からあふれそうですが、今日は家で起きたり寝たりしているつもりです。

ボケーっとね。
あ、車はワイパー外しちゃってるから、乗るなら付けなきゃいかんけど、それもめんどうくさいし^^;

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