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2007年7月21日 (土)

木曽路北端の旅 奈良井→塩尻 (6)

そば屋を出て再開。
ビールが心地よく体を酔わせている。
昔の街道では、酒がおいてある茶屋もあったそうで、昼間から飲むのが普通であったらしい。
「昼間の酒」がタブー視されるようになったのは、一体いつの時代からだろう、と酒好きは目を三角にしてみたりする(笑

セブンイレブンで国道としばしの別れ。
左へと入って農村地帯をゆく。
左は一面の水田で、その向こうには山を背景にした奈良井川がある。
険しい木曽路をあとにした感慨がわいてくる。
平地が広がる姿は木曽路をイメージするものではない。

道は右に左にと緩く弧を描きながら次の洗馬へと続く。
中央線のガード下では枡形だったような急カーブになる。
さらに急な坂になる。
ここでちょっと右に寄り道。
言成地蔵だそうで、その名前がおもしろい。
これも坂を登った上にあり、なかなか風情あるお堂。
賽銭を入れて空拝む。
「足が良くなりますように」
近頃願いごとはこればっか。
たまにゃ嫁さん欲しいと言わないかんのに(笑
そして洗馬宿に到着。

高札場があったり、昭和初期っぽい建物があったりなかなかいいぞ!
本陣、脇本陣などの標柱も整備されていて、力を入れてるさまが伺える。

504262603_151 洗馬宿の入り口には枡形があって、かなり急な坂が入り口にあったり、宿場全体も坂の途中にあるような宿場だったらしいが、和宮降嫁、中央線開通な どの折々に、道路の拡幅、勾配の緩和工事などを施工して現状のようになったそうだ。このネタは沿道にある文房具屋さんでいただいた地元の有志によって編集 されたパンフレットによって知った。

504262603_130 洗馬宿出口は現在二股になっているが、明治以前は西善光寺街道側へ200mほど行ったところを右へ折れるのが中山道だったそうだ。
現在の追分は昭和の大火以降の中山道だそうな。もちろん知ったからには、正しい中山道を歩くべきである。
いにしえの常夜灯から右へ曲がり、追分から来た道と合流する。
どっちへ行こうが大差はないのだ^^;
これもパンフレットのおかげ。

504262603_228 邂逅の清水という井戸がある。
源義仲が今井某と出会った場所だという伝説がある。
義仲の馬の足をこの清水で洗うと馬が回復したというのだが、それが洗馬の地名の由来のひとつだとも。
民家が上にあるし、コップも置いてないからおそらく飲用不可ということなのだろうけど、少しだけ手にとってなめてみた。
んーやっぱりいい水だぁ!
そしてあせもだらけでかゆい腕を突っ込んでみる...
うぅぅぅ冷たすぎて、10秒といれていられない!
頭からかぶったり、体を拭いたりして、天にゃんも甦った^^

この洗馬に地元の人が昔から使っていた裏通りが
中山道と平行して通っている。
国道に対する地道のような存在ですな。

中山道に戻る。

昭和の新道と旧道の合流点に幽斎肘懸けの松がある。
勾配を上って行くとまた国道がやってきたぞ...

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