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2007年7月10日 (火)

木曽路北端の旅 奈良井→塩尻 (3) 贄川宿

493140315_247 軽い勾配を過ぎて、"旧枡形"であった地点を過ぎ、右手には国重要文化財・深澤家住宅が、左手には水場と道祖神などがある。
谷から上ってきたと思われる道がつきあたっている場所でもあり、宿場の中心部であったような雰囲気だ。
深澤家住宅主屋は嘉永七年の建築。
行商を行っていた家だそうだが、当主はなぜか関東に住むという。
家の前にはクルマが止められていたので、誰かが住んでいるものとも思われるが、そのために内部が公開されていないのかどうかはわからない。

493140315_85 水場で顔を洗う。タオルで顔を拭いていると、坂の下からおばちゃんがいそいそと近づいて、おもむろに入れ歯を取り出してブラシで洗いだした^^
おばちゃんは一番下の水で洗っていたが、入れ歯を洗うくらいなら飲めたのかもしれない。
そのは傍にはまたも津島神社。
津島神社人気は八幡様にも匹敵する。

672696_3545362633 493140315_85_2 広々とした宿場内を歩くと時折木曾らしい赤い屋根の建物がある。建物そのものは木造であるが、立派な建物で、学校などにも準じている。とはいうものの、それほど古い建物には見えないし、家族が住むような建物でもなく、用途不明である。
ちなみにJR贄川駅は歩いて10分ほどの距離、明治42年の開業だそうだから、建物の方が新しそう。
道は右へカーブし、国道19号と交差する。

その手前、分岐部に屋根に重石を乗せた平屋根の建物が見える。
「あぁ贄川関所だな」
中山道そのものは、左カーブではなく、まっすぐ進む。
この関所で入手したブックレットに載っている古写真には、古き中山道の姿、つまり「険しい山道状態」の中山道が見えており、その傍らに、この贄川関所が復元されている。今その道は拡幅され、アスファルトで舗装され旧情は失っている。

写真を撮るだけのつもりで近づいたものの、やはり近づけば中は入りたい。さっさと見て出てくればいいとの考えで中に入る。
内部は大きく4室に分かれており、検断所が並んでいる。
旅人は建物の外から検査を受けたのだろうが、その戸口が閉められているのでイメージがわかない。
係員のおねーさんは「なんでも質問してくださいね」というが、通りすがりには質問する知識がない。
窓口に並んでいたブックレット、「楢川の民話」と「贄川関所」の二冊を求め、関所を出た。
出たところで、関所と中山道を関係を知りたくなって、立ち戻った。
このおねーさんは大変な物知りである。たいていのことはすらすらと応えられるところはただ者じゃない。最初は単なる掃除のおばさんかなと思ってしまった^^;
関所の営業時間、だれも歩かなくなって、田んぼや林になってしまった谷沿いの旧中山道の話、関所があった本来の位置、贄川関所の具体的な使命や、福島関所との関係、最後には木材の質の違いまで解説してしまう知識の豊富さに脱帽。
結局見学している時間よりも、おねーーさんに話を聞いている時間が圧倒的に長かったらしく、1時間近くいた^^

中山道はこの復元された関所の脇を贄川駅へとすすみ、駅裏手から奈良井川への谷のふちへ降りて北上し、再び19号と交差して山側へと上るのだが、前述の通り、その区間は自然に帰しているそうなので、やむなく国道へと出る。
贄川関所から国道との間には中央線が堀割って通っているが、その10m程度のトンネルは煉瓦造りで大変に古いものだ。
おそらく開業当時のものと思われる。
しかしJRとしてはあれは隧道に分類されるのだろうか。

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