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2007年7月10日 (火)

木曽路北端の旅 奈良井→塩尻 (2)

492943944_124 492943944_62 奈良井川を渡って国道19号と合流。
しばらく歩いて再び旧道に入ると、平沢の町がある。
ここは漆器で栄えた町で、木曽路では珍しかった工業都市のひとつである。
津島神社や道祖神、大木が西の端に固めてあり、町の入り口であることを示している。
町中はゆるやかなカーブを描いた中山道の両側ぎっしりに漆器店があり、どうやら繁栄は今でも続いているようだ。
町は意外と長く続き、果てたと思われるところで道は右には行って突然険しくなり、諏訪神社の前を通って役場の脇に出る。
諏訪神社には柱がたっていた。末社といえど、柱は立てるらしい。
はたにあった自然石を生かした灯籠もまた楽し。

しばらく歩けばふたたび国道19号と合流する。
合流地点には道の駅やセブンイレブンがあるが、早朝のこととて道の駅は開店前。セブンイレブンで非常食を買い込み、同時に景気付けのビールと豚串を1本...
朝のビールはうまいっ!

奈良井川を渡り、19号を左へと見送る。
長瀬は小さな集落だけれど、溝には水がほとばしっており生活用水に供されているような水場はいくつかある。水量は豊富で顔を洗ってみる。
たとえ飲料不可だとしても、冷たい水で一息つく。

492943944_188 国道に合流して中央線のガードをくぐり、押込一里塚跡に到着。
ここは3分岐。真ん中をゆくのが本来の中山道だそうで、あえてそれをゆく。家々の間を縫うように進んでいくと、「ここは中仙道」の道標が見えて、往年の中仙道の原型を見た思いがする。
中山道はこのまま坂を登っていって、再び19号に戻り、枡形から贄川宿に入っていったらしい。今日は時間的に余裕があるからそれを行こうとする が、道幅はあまりに狭いし、草はぼーぼー。大きな看板が行く手をふさぎ、国道から相当高いところまで上がっていくので、無理せずに一里塚まで戻って、中山 道が通っていたと思われる山の下に設置されている道を行くことにした。
中山道はどうやら尾根を通っていたようだ。
この中山道には津島神社がある。
かまぼこ型の石と社が並んで祀られているが、石に関しての説明は一切ない。ちょっと興味深いところではあるが、それを聞ける人も付近にはいない。

その迂回路をまっすぐ行くとそのまま贄川宿に入ってゆく。
おそらくこの道は明治以降に建設された道を、近世になってさらに拡幅したものと思われる。途中使われなくなった中央線のトンネルが口を開けていた。今は静かなこの地にもかつては列車の轟音が響いてのだ。

新しい住宅地を抜けて贄川宿に入る。
宿場入り口とおぼしきあたりにはやはり庚申塔と道祖神がある。

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