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2007年6月 3日 (日)

西枇杷島まつり

朝から電車に乗って西枇へ。
西枇と呼び習わしているが、いつの間にか清洲、新川町と合併していたらしい。
新川橋駅で降りて屋根神様のおまつり状態を確認しながら会場入りしたかったけれども、普通列車は30分に1本しかなく、準急で二ツ杁駅から入る。
9時前、すでに山車はからくりを奉納してました。
松原神社では子供たちが巫女さんにお祓い受けてます。
現代っ子らしからぬ神妙な表情。
神社も普段の静かさが信じられないほどのにぎわいでした。

454246442_223 454246442_10 山車は全部で5台。
これが美濃路を西へ向かいます。
合併記念として新川橋東まで行くはずなのですが、とてものこと着けそうに思えない。なぜかといえば、旧西枇杷島町内の美濃路は、両側に露店がぎっしりと出店し、それらの隙間を縫って山車は進まなければならないからです。
また露店を避けていく様が、山車運行の醍醐味としているようにも見受けられました。
露店も時として屋根部分を立て、通り道を広げてやる場面も。
そんな様子がどこかほのぼの。
「山車巡行の邪魔だ!」とだれも言い出さないおおらかさというか。
この現状を知っているなら「新川橋まで来て」とは言えないように思える。

454246442_44 結局、新川橋まですべてがたどり着けず、町内最東地区の橋詰車は新川の町に少し踏み入れただけで戻っていきました。
市長の挨拶があるとかなんとかいう情報もあったのですが、山車にとっては氏神にあいさつすることが大切だったようです。
ただ新川の町でも山車が見えてから自宅前の掃除を始める人もいるくらい期待されていたみたい。
別々の歴史を歩んだ町がひとつになるには、時間が必要でしょうな。

山車の人たちが昼の休憩に入ったので、天にゃんも休憩^^
手近な屋台でビールと串カツ。
それで終わりかと思いきや、さらにケバブとビール。
またまた酒浸り...
出来町や筒井へ行くことも面倒になって、結局居座ってしまいました。
一足先に帰って行った橋詰車を山車蔵まで追っかけていって、予定終了。

美濃路は歩くのがやっとという人出です。
山車はまばらにしか通らないのに常に人があふれているこの姿は、問屋資料館にある往年の西枇杷島の写真のようでした。

でもやっぱりいい町だなぁ、西枇。
ケバブ食いながら、木造三階建てをながめる風情というのは、町の姿の一部でしかない。一部が一部にとどまらず、たくさんの一部が寄り添って西枇杷島を形作っている。
天にゃんにとっては屋根神様、木造三階建て、美濃路それにビールがあればもう十分なんですが。
3部やね(笑)


うちに帰ってから車のリアスピーカーの段取りをしてみた。
ちょっと小細工が必要そうだけれど、問題は小さい。
このくらいの工夫の余地がないと車いじりもおもしろくないやね。

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