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2007年6月17日 (日)

よくない日だったのかな...

茶所は中山道に面した駅。
駅の入り口に「中山道」と彫られた石碑がありました。

にしへにしへ。
旧加納村役場前でおじさんと目が合いました。
「中山道歩きですか。」
「このあたりは戦災で焼けてしまってみんなダメになっちゃった」と。
でもここへ来る道中は不規則で、旧街道の名残をとどめてましたよ、というとおじさん少し顔がほころぶ。
かいわいは単なる都市だけれども、やはりどこかが違うのね。
名古屋にしてもそうだけれど、戦災ですべてを失ってももとの道路形状だけが残るのは土地所有権の問題などがあるからだろうか。
うねったり、幅員が変化したり、都市計画上は相当な制約になると思われるのに。
しかし岐阜市内の中山道は総じて道路幅が広い。
これは繁栄の跡を示しているのだろう。
そして秋葉神社の異常なほどの多さよ。
主なものだけでも4〜5箇所は確認した。
加納宿はそこまで火災に苦労したのかもしれない。

さらにてくてく。
やはり都市に残る旧街道にいろいろなものを求めるべきではないのかも。もう何も残ってない。
鏡島大橋へ向かう道との交点で松屋を見つけて、早めの昼食と為す。
知っている道と、未知の道との接点。
旧街道を歩く場合、それは過去と現代の接点とほぼ同じ心象的風景でもある。
「あぁ、鏡島大橋やんか」おもわずつぶやく。

相変わらずな道をさらに西へ。堤防を上がって河渡橋を渡る。
この河の西端あたりから河渡宿となるが、今では面影は皆無である。
堤防沿いの道を下へおりたところで、中山道を見失う。
中山道はおそらく、河渡橋よりも南で長良川を渡ったのだろう。400m南下しなければならないことに気づかず道に迷う。
河渡宿がない。
風情もくそもなく、さっぱりわからない。

道路の形状と地図を合わせながら進むが、違う方向に進んでいるよ、と天にゃんの本能がささやく。

かれこれ1時間以上は無駄にしたであろう。
基本に戻るつもりで、「200m先河渡宿」の看板まで戻ろうとしたところ、携帯がないことに気づいた。
心当たりはひとつしかないが、まったくみつかる気配はないので、さっさとDoCoMoに連絡して止める。
歩く気力も失い、とぼとぼと河渡橋を東へと歩む天にゃん。
これはきっと岐阜市をぼろくそに言っている報いなのだろうが、原因は言われる原因は岐阜市にあることを天にゃんは忘れていない(笑)
帰りにはDoCoMoショップによってFOMAカードを再発行してもらい、ついでに安い携帯をひとつ購入しておいた。

ふぅ...ロクでもない一日だった。
寝過ごしたこと自体「家におれ」ということだったのね、神様。

しかしながら、とりあえず加納ー赤坂という中途半端な距離を縮めておいた価値はあるし、河渡橋まではJR岐阜駅から直通バスが頻繁に走っていることは知ったから、次回の中山道歩きには役に立ちます。と日記に書いておこう...

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