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2007年6月

2007年6月30日 (土)

しょうがない

さぁ、この発言。
どう言い訳するのか楽しみですね。
例えマスゴミが発言の一部を切り取ったとしてもこれは到底許されない発言です。
一国民が言ってもかちんとくるこの発言を、日本国民の中で最も言ってはいけない人が言ってしまった。

無実の非戦闘員をあれだけ殺されてアメリカ人を恨んでいない日本国民にも愛想が尽きかけているけれど、こんなバカがいるなんて、それ以上に驚いた。

日本国籍を剥奪した上で、国会議事堂の前に首だけ出して地中にうめるべきですな。傍らには大きなのこぎりをひとつ置いて。

この発言だけは許せんぞ、久間。
党も主張も関係ない。
人間の価値が問われている。

2007年6月29日 (金)

雨だからいろいろやったよ

午前中ゴロゴロ過ごしてしまった。
昼からは精力的に動く。
あぁ、いつものパターンだ。

カリーナのリアスピーカーを取り付けなくては。
完成したバッフルボードにスピーカーを取り付けるためのパーツを買い出しに。
平板ギボシ4セット、タップビス数本、それにスピーカーとバッフルボード、またバッフルボードとドアの隙間を埋めるためのクッションスポンジ。
買えるついでに市役所へ行って天王まつりの資料をもらう。しかし観光客向けのパンフレットでは意味がないので津島神社へ行ってみると、お守り売り場(なんちゅうんだろ、アソコ)の脇に祭り次第の詳細を記した機関誌みたいなものがあったのでいただく。
「ご自由にどうぞ」お持ちくださいとポスターもあった。

トヨタディーラーへ行ってプロケア10をお願いする。
作業待ちの間に新型アリオンに試乗する。
これはまた別の機会に。
営業も冷やかしと知ってか、パンフレットもくれんかった。
いや、別にいらんけど(爆)

作業終了後、自宅に帰ってスピーカーの取り付けをはじめる。
時折小雨が降ったりやんだりしていたが、あと10分というところで大雨になり、車内に待避。
作業そのものは段取り通りに進み、1時間ちょっとで終了。

ところがその後携帯を落とした。
いつもは水のない溝のなかに!
半分くらい水没したけれど、携帯はそのまま動いてた。ぬれているうちに通電するとショートして不動になるとかいうことなので、あわてて電源を切りバッテリーを抜く。
幸い水濡れマークは濡れてないw
まぁ無事動くでしょうが、乾燥させないと不安だ。

2007年6月28日 (木)

ASIA on WOWOW

タイトルは英語的にあってるかどうかはともかく、一部見た。
あまりにしょぼくて笑った。
ライブってこの程度にしか録れないものなんですね。
アルバム買う気なくなりましたよ...
ライブを思い出してCD聞いていた方がましじゃな^^;;;

2007年6月27日 (水)

アジの塩焼き

食べる前にはいつも緊張する。
「まずかったら1匹食うのは辛いな」
「食べきらなかったらあじは成仏できんだろうな」
それはそれはたいへんなプレッシャーである。
味を確認するまでは、晩酌のビールの味なんてわからない。

やぁ、うれしかった。
一口めははっきりわからなかった身の香り、甘み。

あっは〜ん(*´ -`)(´- `*)ウットリ

これぞあじの味や!
クリーミィに身の柔らかさはメレンゲなんて比じゃない。
しつこくない脂の味も加減がよくてふんわり〜
なんてうまいあじなんだろう。

上の下

今宵のあじの評。

「これは3匹で1000円くらいか?」とお手伝いさんに問うた。
「あほっ!そんな高いもん買うか!」
ひょー!
こんなにうまいのにそんなに安いの?
安井昌二さんもびっくりだね!

あじさまにかんしゃかんしゃ。
とってもおいしかったです。

2007年6月25日 (月)

社会保険庁のボーナス返納?(猛毒注意)

長官、それは官僚イジメですか?!
確かに国民から見れば社会保険庁の職員に責任がある。
だからといって、社会保険庁の職員すべてが責任を負わなければならない問題ではあるまい。

社会保険庁の職員だって労働者だ。生活がかかってる。
大半のきちんと働いている職員までが、ボーナスを返上せよというのは、一国民としての職員に対して言うべき言葉じゃないでしょ。
だれに責任があるかはっきり調査した上で追求し、責任を負うべき人を特定してから「ボーナスを返上しなさい」というべきだろうて。

まあこの与党の長官も、人気取りなんだろうね。
社会保険庁が国民やマスゴミから敵視されている今こそ、「官僚を打ち倒す時!」
ついでに国民の溜飲を下げて与党の人気も取り戻したい腹なんだろうな。
そして村瀬長官が返上した賞与は党が補填する。
コケになるのは社会保険庁の一般職員だね。

見てみ、明日のTBSは「あったりまえじゃないですか!返上しなさい!」というよ。
公務員に「おまえらは税金で食ってるくせに!」と筋道の通らないバカなことを言うやつらはこれを支持するんだな(嘲笑)
公務員は税金で食ってるんじゃないですよ。
労働の対価として給料賃金として受け取っているんですよ。
アナタバカデスネ(笑)

かといって社会保険庁職員。
一端その組織に入ったからには、先輩どものケツをふく責任がある。
しっかりと働いてくれたまえ。

2007年6月24日 (日)

雨の醒ヶ井宿 (3) 六方焼

475954420_251 もう少し東へ歩いてみる。
雨はどんどんひどくなる。
地蔵川の水面は雨にたたかれて、池は神秘的に煙ってきた。
あたりの石垣にたくさん固着しているユキノシタも花を閉じたままで雨に打たれていた。

さしもの居醒の清水も、大雨の影響か水が濁っており、とても口にする気にはなりませんでした。端で飼われているイトヨくんたちの水槽も濁りがち。
さすがにいたたまれず、寺の縁でデイパックにカバーを掛けました。

475954420_17 475954420_115 しかしこれ以上東へ行く必要もなく撤収。
途中の路地をのぞき込むと菓子屋があったので少しのぞいてみた。
店の名前が「泡子堂」。
これは西行の故事にちなんだものであることは間違いなし。(読みは「あわこどう」らしい)
そこで六方焼きという菓子を買う。
6面焼いてあるから六方焼きとはそのまんまか!^^
「今日は雨だからいかんねぇ」といいつつ菓子を袋へ。
それにしてもこの雨は、親の敵か。
こんなに激しく降ることはあるまい。
途中の雨量計には23mm/hとあった...

加ト吉とアメリカ産牛肉

加ト吉の下請けがやっていたことは「ウソ」。
今のところ健康被害に直結する事態には至っていないから企業倫理が非難されているのだろう。
マスゴミは早速飛びついているが、親会社まで引っ張り出してやり玉に挙げなければならんようなことか、コレ。

某国の牛肉は消費者の命を脅かす可能性があるのに、堂々とスーパーで売られているじゃないか。「安全な牛肉です」といいながら、危険部位が何度も発見されている。
特別危険でもない加ト吉より、狂牛病の危険性が高いものを追求するのが、「報道の自由」を自称する人たちのすべきことじゃないのかと思ってしまうけれどね。

まぁ消費者も消費者だ。
きっと吉野家の牛丼は食うが、加ト吉の商品は買わない!なんていうわけのわからんヤツも多数いるんだろうなぁ。

まぁ相変わらずうんざりやね。
マスゴミ、いらんわ。

ライアーゲーム最終回

えーーーー....
このエンディングはなんだ....
ライアーゲームの理由がこれ...?
ゲームそのもののトリックは相当おもしろかったから、わくわくしながら見てたけど、オチがあまりに悲しいね。
謎めいたゲームの主催者が姿を現した時点で、おもしろみが大きく減退したな。
やはり最後まで顔は出しちゃあいかんだろうし、特別出す必要も感じなかった。

お子様向けのきれいきれいドラマだよね。
それとも大人向けのメルヘン?
「世の中捨てたものじゃありません」てか^^;
「傷ついたお父さんたちに」か?
母親を追い詰めた男になんの負債を負わせず助けることが優しさか?その頂点に立っていた男はベッドで余生を送るのか?
それがカンザキナオの優しさですか?

この落ちに至るまでのストーリーにも、大人らしいひねりがないことは、漫画の限界なのか、作者の限界なのか。

いかにも「いいことしてるでしょ、あたし」という演出のキラキラ目が腹立たしい。人の努力をなんだと思っとる!
そんなことではイカンザキ!

エリ役の吉瀬美智子が最高です。
彼女をずっと映していてくれればドラマいらんよ。
その程度のドラマだ(笑)
ほっそりしたスタイル、色っぽい歩き方、アルカイックスマイルのような口元。
あぁすべてが最高ですわん!
要チェックですな!

松田翔太もよかったなー。
それほど芝居がうまいわけじゃないけれど、それを逆手に取ったね。
この路線で行くなら彼の映画を見たいわな。
結局最後まで一度も笑顔を見せなかったけれど、「いいんじゃないか、そのままで」はよかったよ。横顔とともにしびれたよ。
つぶさないよう、大切に育てて欲しい役者だなあ。

2007年6月22日 (金)

雨の醒ヶ井宿 (2) 醒ヶ井宿問屋場

小さな醒ヶ井大橋をこえ、地蔵川を見つめながら歩いていくと、いつもと同じようにやはり水場に花が生けられていました。
旬はやはりあじさいでしょうか。
雨に濡れるあじさいは艶っぽいよね。
あじさい+カタツムリ+雨=日本の梅雨ですもん。
でも雨が激しすぎたか、かたつむりは休業中。

バイカモも白い小さな花を咲かせてました。
「バイカモは美しい水でしか生きられない」というけれど、淡々の国はそうではない。ここの水には魔法がかけられている。
農業用水にすらスクリューバリスネリアが水にたゆとうているのを街道歩きの時に見たもの。

474385759_135 問屋場に着いた。
ほぼ完全な形で残っている問屋って全国にどのくらいあるのだろう。現存する問屋というのは決して少なくはないけれど、その大半は現役の建物であ り、人が住んでいて内部を見学できないし、人が住んでいる以上内部は時代に応じて大きく改変されているに違いない。そういう意味合いで、ここの問屋は大変 に貴重である。

474385759_99 474385759_45 部材はほぼ往時のママ。
古い木を見るとなぜかさわりたくなる。手でなでてやりたくなる。
中央の梁のみが新しい木材で補強されている。
が、この木材の丈夫さよ。
じめじめとしたこの国の風土のなかで、百数十年腐らずに立ち続けている。虫がかじった跡だけが、柱を劣化させているかのよう。
この国では木は永遠なのだろうか?

ちょうど問屋前の地蔵川にばいかもの花がいっぱい咲いてます。
雨ニモマケズ、写真を撮った!
向かいにはベンガラ塗りの家屋があり、なかなか絵になる。
う〜ん、マンダム(?)

雨の醒ヶ井宿 (1) 旧醒ヶ井郵便局

醒ヶ井宿に行ってきましたよ。
街道歩きと資料館は時間的に両立が難しく、あとから拾い集めることになっています。
醒ヶ井の見所は地蔵川をを中心とする風情でしょう。
時期的にバイカモの花が見られるばずだけれど、天気が天気なのでほとんど期待しないままに資料館を訪ねてきました。

474238635_139 旧醒ヶ井郵便局、外見は擬洋風二階建て。
実は木造なのであります。
内部は板張りの土間となってました。
昔はよくあった内装だけれど、近年急速に姿を消してしまい、懐かしくもある。
ガラス窓には昔のママのガラスも何枚かありました。
二階に上がると和室が二間。道路側にはサンルームがあって和洋折衷もいいところ(笑)ちっとも「折衷」している感じはしないけれど、なんとなく過ごしやすそうな雰囲気です。
日本の民家は二階にベランダなどは設けませんが、室内を明るくするためには有効な手段だったかも。大胆だけれど合理的。

474238635_187 474238635_53 サンルームから外をのぞくと土壁作りの純日本家屋による酒屋さんが見えるし、旅籠だったという住宅も見えます。
旧郵便局の前は中山道ではないけれど、駅と中山道を結ぶという使命からか、時代を反映した道作りが感じられます。
醒ヶ井駅開業が明治33年の開業というから、その頃の道の意識というものが、道の姿に現れているのでしょう。
管理員のおじさんは「風情がなくなった」というけれど、失われた現在の姿でも、今の街作りにはない柔らかな町が見えます。
機能専一じゃないというのかなあ。
都市の道路は雨が降ってもなんの変化もないけれど、柔らかな道っていうのは、周りの環境によって与える印象を変える。
雨音を聞きながら、「いいなぁ」とつぶやいてみる。
おじさん苦笑い^^

2007年6月21日 (木)

堂本光一くんはフェラーリヲタ?

たまにネタが切れたときに掲載されるジャニーズによるF1の記事。
近藤真彦と堂本光一のふたりが交代で書いているみたいだ。
今朝の中日スポーツ、久しぶりに堂本君だった。
ルイスの活躍やマクラーレンの躍進についてだったけれど、堂本君の意見は、「フェラーリのいっそうの努力を」だった。
いや、がっかりした。
F1ファンの立場から公平な目でレースを見ていたのかと思っていただけにね。
堂本君はフェラーリ、トヨタ、ホンダだけにエールを送っていた。
「紙面の都合だろう」ということなかれ、今日は最終面をほぼ独占していたのだから、他のチームに触れられないはずはない。
それだけではなく、「マイケルとルイスの戦いが見たかった」などと、死んだ子の年まで数えてくれた。
マイケルはフェルナンドに引導を渡された形で引退したこと、わかってるかなー光一君は。
いつまでそうやって過去の栄光にぶら下がってるかな。
中日スポーツを読んでるF1ファンはフェラーリ、トヨタ、ホンダ、タクヲタとは限らない。

「ぼくはフェラーリ中心に書きます」と最初に宣言してくれ。
読まないから。

2007年6月20日 (水)

街道歩きの快感

ふぅ〜疲れたよ。
朝8時過ぎから歩いてんだから、もうそろそろ5時間になるよ。
コンビニの一軒くらいあったって罰あたらんだろっ
やっばり見かけた時が買う時。
これ、街道歩きの基本(爆)
コンビニは大切にしなきゃダメだよ。

でも今日は桑名から四日市。
途中で一号線と合流する区間もあるし、なんてったって近鉄富田は急行停車駅だ。「旧東海道の間の宿」とはいえ、食堂の一軒くらいはあるだろう。そこでビールを飲むの。
ぐびぐびーーーっぷはーーーーーーっ!!!と。

「汗が引くよねーーーーーーっ!」と店主に話しかけたい。
周りはサラリーマンだよ。
「ラーメンセット」食ってるよ。
その隣でリュックと重いカメラを背負ってきたあんちゃんがビールをあおっている。
でもここは富田じゃない(笑)

「餃子とビール」
そのひとことで視線を感じる(爆)
「車でしか来られないようなこの場所へ、こいつはどうやってきたのか」
そう人に考えさせることが、快感になっています。

「歩いて来たんか!!!!」

参ったか、おっさん!!!

\(@^o^)/ <キャッホー!!

2007年6月19日 (火)

岐阜のこと 〜中山道余話

茶所駅で岐阜行き普通列車から降りたのは天にゃんひとり。
改札からもっとも遠い車両に乗っていた天にゃんが、名鉄の自動改札システムを過ぎるまで列車はホームに止まってた。
場内信号は青なのに。
「また岐阜のガントレットで詰まってんだろ」とニヤリ。
中山道にたって踏切をみれば、ポケモン電車が岐阜へ向けて走る。


駅からすぐ道標が見える。
道しるべなのか、なにかの記念碑なのか、とってもわかりにくいものが多い中、「東海道」「江戸 木曽路」と書いてあると、正体がすぐに判明してアホにはとてもわかりやすい。
この道標は鏡岩濱之助さんが建てたものです。
ちゃんと側面に銘が入っていて、「天保十二年辛丑十一月 鏡岩濱之助内建之」とある。
鏡岩さんは相撲取りでありながら行いが悪く、それを反省するために種々の善行(?)を行ったとか。
多くの人がすぎた中山道に名を残した人、鏡岩さん。
どんな人だったのか、想像しながら石碑を見る。
人にかけた迷惑を、「人のために尽くす」という形で返した鏡岩さんは人間的だね。人間、金じゃないんだね。

10数分歩く。
右に折れ、左に曲がる。枡形が十字路になっているが、あえて枡形を意識して通る。


旧加納町役場(岐阜市役所加納支所)の前でジョロを持ったおじさんがこっちを見てるよ。
役場は名古屋工業大学初代学長・武田五一の設計による。
洗い出しの壁は黒ずんでしまい、溌剌とした建物のイメージは失われてしまっているが、派手さのない洋風建築にむしろ時間を与えていて、悪くない。悪いと言えば、「立ち入り禁止」のトラ柵だ。

街道歩きで目があった人には、必ずあいさつしようと心がけている天にゃん。
ファインダーをのぞいている彼に、地元のおじさんから先に声がかかる。
「戦災ですべてをなくしたからあんまり楽しくないんです」と。
「そんなことないですよ。道標とか、加納城大手跡とか風情ありますよ」
「加納城といえば、発掘してますよ」
などと、歴史話でもりあがる。
20数kmを歩きたい天にゃんは実は話から逃れたい。
その反面、地元の話を聞きたい気持ちと、半々。
苦しむ天にゃんに「長良川を越えるとね、なかなかいいですから」とアドバイスするおじさん。
おじさん、ここまで詳しいのは、旧街道好きと見た。

加納町役場を、白亜の殿堂に戻してあげたい。
職人の手が生み出した洗い出し、電動ハンマーで作り出した洗い出し、型で作り出した洗い出しを見比べてみたい。
これを登録文化財に申請したのは岐阜市ではなく、おじさんのような地元の人じゃないんだろうか、とおもった。
とりあえず登録されたからには、壊すことはないだろう。
ちょっと安心。(昭和12年築)


1時間ほど歩くと、昭和初期っぽい建物に出会う。
建物の角には、おばさんが人待ち顔。
直方体に三角屋根が乗った機能的な建物で、まるで小型兵舎みたい。しかしながらてっぺんの瓦には「〒」が輝く。
これは間違いなく郵便局の建物だろう。
今では民家になっているようだけれど、その形は町の雰囲気にとけ込んでいる。町がなんとなくこの旧局舎に遠慮しているようにも見えた。
写真を撮っていたらおばさんは顔を伏せた。


すぐ近くに神明社があった。
八幡さんまでチェックする街道歩きはなかなかいないよ(笑)
内容物はともかく、社号標に注意!
「正二位 基弘書」とある。
正二位といえばお稲荷さんより格下(爆)だけれど、関白・摂政にもなれる、事実上天皇以外の最高の身分である。
「正二位は私しかいない」というこの大した銘ですね。

検索してみた。
たぶんこの人だろう。
========================

二条基弘
    生没年:1859-1928
    父:従一位関白 九条尚忠
    義父:関白内覧摂政 二条斉敬
        1884- 公爵
        貴族院議員
        宮中顧問官
        春日神社宮司
        正二位勲二等
    妻:前田洽子(父:加賀金沢藩十三代藩主 前田斉泰)
        -1900 徳基
        1883-1927 厚基
        1886-1936 邦基
        敬子(夫:鍋島直高)
    女:
        澄子(夫:小津茂郎)
        承子(夫:平光寿)
        元基
        建基
        恭基
        敏基
        1908-1942 随心院住職 勝元
        正基
        成基
        倫基

========================

別のサイトでは「書をよくした」とあるから、当時も引っ張りだこだったのかもしれないが、岐阜(鏡島村???)の片田舎のさして大きくもない氏神の社号標に彼の名が記されていることが、なんとも不審である。
この地になにかゆかりのあった人なのだろうか。
ちょいと気になりつつもそのままにしてしまっているが、社号標の日付までは見てないから、照合のしようがない。
また岐阜の町へいかなければならないか。

また、隣にあった国旗掲揚台には陸軍大将松井岩根の書が。
この人は好かれていたのか、書で有名なのか、こういうものにまったく造形のない天にゃんですら数回目にしている名前である。
今や陸軍大臣としてよりも、「書家」の印象の方が強い(笑)
それなのに、名古屋市内のある神社では、彼の身分がモルタルで埋められているのを見たことがある。
嘆かわしいぞ。

中山道は、果たしていつ頃まで「中山道」として機能していたのだろう。
こうした有名人の名を恥ずかしげもなく掲げられるほど、当時はこの土地に政治力や経済力、勢いがあったという証明になるのだと思うが、昭和中期生まれの天にゃんには、知るべくもない。
加納町役場のおじさんは、そうした「江戸時代の名残り」を見たのだろうか。

写真は河渡橋東詰から見た中山道と岐阜城。
江戸時代の旅人も、間違いなく中山道と稲葉山は見た。

2007年6月18日 (月)

ソニエリになった

実を言えばSH902iSは液晶面がきれいな以外、大して魅力のない機種でした。
SH901から2年使っているシャープの携帯だけれど、いつまでたっても入力しにくいIM。

新しい機種はSO903i。
新しくなってしまったわな。
F903とSO903が安かったのね。
「1GBの内臓メモリ」が目を奪ったSO903i。

でもMacからでは曲の転送がうまくいかない。
iTunesでMP3に変換したファイルを指定通りに保存しても「認識できないファイルです」と出る。
いずれにしろIpodは買うから、どうでもいいけれど、ある機能を使えないというのは大変に不愉快だ。
さっきからいろいろやってみたけれど、もう根気が尽きた。
野となれ山となれ、ソニーめっ^^

2007年6月17日 (日)

よくない日だったのかな...

茶所は中山道に面した駅。
駅の入り口に「中山道」と彫られた石碑がありました。

にしへにしへ。
旧加納村役場前でおじさんと目が合いました。
「中山道歩きですか。」
「このあたりは戦災で焼けてしまってみんなダメになっちゃった」と。
でもここへ来る道中は不規則で、旧街道の名残をとどめてましたよ、というとおじさん少し顔がほころぶ。
かいわいは単なる都市だけれども、やはりどこかが違うのね。
名古屋にしてもそうだけれど、戦災ですべてを失ってももとの道路形状だけが残るのは土地所有権の問題などがあるからだろうか。
うねったり、幅員が変化したり、都市計画上は相当な制約になると思われるのに。
しかし岐阜市内の中山道は総じて道路幅が広い。
これは繁栄の跡を示しているのだろう。
そして秋葉神社の異常なほどの多さよ。
主なものだけでも4〜5箇所は確認した。
加納宿はそこまで火災に苦労したのかもしれない。

さらにてくてく。
やはり都市に残る旧街道にいろいろなものを求めるべきではないのかも。もう何も残ってない。
鏡島大橋へ向かう道との交点で松屋を見つけて、早めの昼食と為す。
知っている道と、未知の道との接点。
旧街道を歩く場合、それは過去と現代の接点とほぼ同じ心象的風景でもある。
「あぁ、鏡島大橋やんか」おもわずつぶやく。

相変わらずな道をさらに西へ。堤防を上がって河渡橋を渡る。
この河の西端あたりから河渡宿となるが、今では面影は皆無である。
堤防沿いの道を下へおりたところで、中山道を見失う。
中山道はおそらく、河渡橋よりも南で長良川を渡ったのだろう。400m南下しなければならないことに気づかず道に迷う。
河渡宿がない。
風情もくそもなく、さっぱりわからない。

道路の形状と地図を合わせながら進むが、違う方向に進んでいるよ、と天にゃんの本能がささやく。

かれこれ1時間以上は無駄にしたであろう。
基本に戻るつもりで、「200m先河渡宿」の看板まで戻ろうとしたところ、携帯がないことに気づいた。
心当たりはひとつしかないが、まったくみつかる気配はないので、さっさとDoCoMoに連絡して止める。
歩く気力も失い、とぼとぼと河渡橋を東へと歩む天にゃん。
これはきっと岐阜市をぼろくそに言っている報いなのだろうが、原因は言われる原因は岐阜市にあることを天にゃんは忘れていない(笑)
帰りにはDoCoMoショップによってFOMAカードを再発行してもらい、ついでに安い携帯をひとつ購入しておいた。

ふぅ...ロクでもない一日だった。
寝過ごしたこと自体「家におれ」ということだったのね、神様。

しかしながら、とりあえず加納ー赤坂という中途半端な距離を縮めておいた価値はあるし、河渡橋まではJR岐阜駅から直通バスが頻繁に走っていることは知ったから、次回の中山道歩きには役に立ちます。と日記に書いておこう...

2007年6月16日 (土)

夏用デイパック買いました

暑いよね〜
今から暑いってだれてたら、夏は街道歩きできまへんがな。
少しでも涼しいように、また荷物が負担にならんようなまともなデイパックを買いました。
店で見て通販で買えとアドバイスを受けたけれど、通販も定価に近いので、一番安いところを探してさっさと買ってしまいました。
買ったのはコレ↓
http://www.naturum.co.jp/item/item.asp?item=221996

容量の見当が不明なので適当に28Lにしてみたら、想像よりでかい。旅慣れしているものはそれほど荷物を持たないので、このバッグなら一週間分くらい入りそう。けれども少ない荷物でもそれなりの対応がされているからかっこわるくないよ。
そして背中のメッシュも当然付いてて、暑さで汗まみれにならないようになってます。これが一番大切な条件だったかな。
ペットボトルも側面のネットに放り込めるし、傘や杖みたいなものもひっかけられる。
予想外に優れものでした。
これを背負っていざ木曽路へ!

ちなみに色は赤系、青系、黒系のそれぞれツートーン。
赤はこれからの季節そばにいる人も暑苦しいだろうから外した。
木曽路は熊が出る可能性がゼロではないし、山中だからスズメバチに遭遇しないとも限らないので、彼らを刺激する黒は外した結果、青系になりました。
ちょっと前の競泳水着みたいな素材で萌々ですぅ〜

2007年6月15日 (金)

東京へ

甥の修学旅行が東京でした。
家に帰ると、テーブルの上にミッキーマウスの六角の紙箱があった。
だれが中国行ったん!!!!ヾ(ーー ) オイオイ

中三か、時間がたつのは早いもの。
こいつは以前名東区に住んでいた頃にはよくうちに遊びに来た。
これはメダカだぞ、と教えると「メラカ?メラカ?」と、米良良一が売れることを予測していたような子供だった。
ある夜はぐずったまま地下鉄藤が丘駅まで抱いて歩いたこともあったっけ。
駅で電車を見ているうちに小便こきやがって。
それでも鉄道の社員というのはいつも子供にはやさしい。
手を振ると深夜にもかかわらず、笑顔で手を振り返してくれたものだ。

この間話したときは「良太、東京行ったことがない」とウソをつくので、「おまえはガキの頃サンリオピューロランドへ行っただろ!」とか、「水槽引き取りに新宿へ行ったがや!」と悪態をつき、元気を奪っておいた(笑)

その「ガキ」が中学3年だと。
もうわしらが死ぬ日も近いな(笑)

2007年6月14日 (木)

ツィーターとバッフルボード

ぐうたらしてました。
雨が降っているのか降っているのかわからない部屋で、14時半頃まで寝たり起きたり。
昼頃からはまとまって寝ていたような気がします。
こういうことやってるからまた夜寝られんのだ...

465664776_112 午後からはツィーターの取り付けと、スピーカーブラケットの製作。
先日譲ってもらったツィーターは壊れているみたいで音が出ず、さらに代わりのものをもらったのですよ。(どんだけ持っとんねんw)
今日はめでたく音が出ました(笑)
ツィーターとフロントスピーカーは最新製品、それにちと型落ちとはいえツィーターが加わると、音位が一気に上昇して、ハンドル付近に音の中心が来る。
止まったまま大音声で鳴らすと、低音域と高音域はそれなりに出るものの、中音域は奧に籠もったまま出てこない。EQで調整してもいい中音域は出ず、「こんなもんだな」と半ばあきらめ。しかし運転中に聞き分けする必要もないので、これで十分以上の満足度なのです。
それに音の分離がほとんどなされていない点も笑えます。
音はまとまって出てくる印象で、それぞれの音域の音がそれぞれのスピーカーから出てこない分、しょうもない音です。

あまりに音がよくなったことに気をよくして、リアスピーカーも取り付けたくなりました。はっきりいって今付いている純正スピーカーはゴミ以下で す。元々この程度の音なのか、古くなった結果なのかはわかりませんが、あまりにひどい音。これはない方がよほどマシというほどです。(いくらなんでも劣化 したんだと思います)

465664776_210 そのままでは付かないので、ブラケットを作らなければいけない。
専門用語で言う「バッブルボード」というやつですが、ホームセンターで同じ材質の板を買ってきてとりあえず型どりだけしました。
あとはまた後日ということで。
それにしてもこんなもので数千円取るなんて暴利やな(笑)
材料代...248円ですが何か?(爆)
この板、MDFというそうで、平たく言えばおがくずを高圧で固めたものらしい。見た目水分に弱そうなので、これに浸透式の防水材を塗ることにしました。一般に手にはいるかどうかは知らんけど、こいつを濡ればまず水を受け付けることはないかと。
表面に防水ペイントを施すだけのメーカー品より高級ですw

雨に煙る木曽路

あめだあめだ。
8時現在、けっこうな音を立てて降っとりますが、そろそろ意識も覚醒してきて、「何をして過ごすか」あわててる最中。

新しいオーディオをがんがん鳴らしてみたいし、高速で1時間ほどの範囲へ出動したい。

二川宿本陣資料館
一度行ったなあ。
草津宿を見た後ではあまり見たい気がしないけれど、資料館と合わせれば負けないだけのボリュームはある。
でも...東海道なのか?(笑)
「旧街道」となるとどうしても中山道〜木曽路に目が向いてしまう。
中山道広重美術館....いいかもなあ。

しかし木曽路というと、やはり中津川以東やなぁ。
正確には木曽路は馬籠からだけれど。
中津川宿から妻籠の風情は都市部と木曽路が混在し、大好きなコースでもある。
部分的に相当なアップダウンがあるけれど、それを通り抜けて馬籠地区に入れば、新茶屋〜荒町〜石屋坂〜馬籠峠の風景がある。
新茶屋から石屋坂へのルートはアスファルト舗装によって著しく印象を悪くしているが、道祖神や、石碑等に救われている。
なにより「夜明け前」読者にとっては、「新茶屋まで迎えに出た」
「石屋坂付近には...」という記述が思い出されて、なぜだか子供の頃見た景色が蘇ってくるような錯覚を強く感じる。
馬籠の魅力は、新茶屋から歩かなければわからないのだ。

真夏の視力検査

あてにならん視力検査で、左1.2、右0.9の結果が出ました。

にじんじゃって、どっちが欠けてるかわからない。
みんな円なんだもん(笑)
汗が目に入ったり、空気が乾燥した車を1時間も運転してきた人と、快適な建物のなかにいる人と同じ検査方法ってのは明らかにおかしいと思うよ。
汗が目に入ったら、痛くて目は開けていられない。
そういうことも知らんかね。
そしてその影響...

それにしても目に厳しい季節です。
夕方になると、遠くの文字が確認できなくなります。

2007年6月10日 (日)

カーオーディオ換えました

今の車、8年落ちで乗り始めてはや6年になります。
「10年乗ってやる」と気張ってたけれど、もう半分過ぎたよ(笑)
あと4年で10年になる。
その時点で18年落ち^^
20年越えそうやね。

いろいろといじりまくって、乗り始めた頃の面影はまったくない。
カーオーディオも最初はオークションで。
「せめてCDプレーヤーは欲しい」というのがその理由で、7000円くらいで購入。
グライコ付きでしたがまったく動かず、針飛びもひどくなって、こんどは知人のオーディオを譲り受けました。こんどはCDチェンジャー付き。
AMステレオがこだわりだったけれども、衰退傾向にあると聞いてあっさりあきらめ、今回のプレーヤーを購入しました。

従来の物とは10年近くの時差があると思う^^
まさに浦島状態。
音質調整は3系統(Loudness、イコライザー、BASS&TREBLE)もあるし、それぞれが段階調節までできてしまう。
そして従来品では散々悩まされた音飛びが皆無。
iPodが接続できる!
そして売りがイルミネーション。
際限なく色を生成することができるという優れもの。
これで15000円というのだから、驚いてしまう。
音が出るだけでも十分というくらいのものなので、ユーザーの裾野の広さに感謝するしかない。
また、それでも全面パネルが手動だからなどとわがままを言う人があるからさらに驚きだ。

461518824_207

さて、色調に詳しい方、ちょっと質問です。
写真、どれがオーディオかはわかると思いますが、オレンジ部分をそのままにした場合、その左に見えている円部分は何色に設定すると映えるのでしょうか。
オレンジといえば黒しか思い浮かばない哀れな天にゃんに、どうか愛の手を。

お歯守りさん 〜中日新聞尾張版6/10記事

中日新聞尾張版に「尾張なんやのコレ?」っていうコーナーがあります。一宮局が担当しているようで、尾張地区のさまざまなものをとりあげているんですが、今日はお歯守さん。
旅の途中で亡くなった僧侶が歯を治すって伝説の祠の話。

祠って古い集落ならたいていひとつやふたつはコロコロしてるもんですが、都市化していく途中でどんどんと忘れられていき、ついには朽ちて果ててしまうという例は決して珍しくない。

「歯が痛ければ歯医者に行け」
現代人なら当然そう思うが、お歯守りさんのご近所さん方はそうは思わない。
この地で亡くなった僧侶の思いを今に伝えようと、祠を新築(?)して、この先も守っていこうとしている。「お歯守りさん」は縁起を越えて、土着したのだろう。
逆説的なつながりだけれど、「土着」と「ふるさと」という言葉と 似た性質を持っているように感じる。
「ぼくにふるさとはない」と武田鉄矢は歌ったが、それは「土着できなかった人」なのだ。
今の世の中、土着できなかったり、拒否したり、はたまた存在すら知らない人までいる。

土着した人たちには土着する気持ちがわかる。
植物が地に根を伸ばしすことで養分を吸収し成長していく。
動物は特定の地に居続けることなく移動して養分を吸収していくが、心だけその居場所を決めなければ、生き物として生きていけないんじゃないかと思ったりした。


小さな祠を通して地区の結束にスポットライトを当てた記者に敬意を表したい。
http://www.chunichi.co.jp/annai/f_voice/yunoki.html

2007年6月 9日 (土)

アーリオオーリオ

今日の昼に作ってみたよ。
作るたびにいくつかのサイトをあさったり、前回の反省を反映させてみたりするけれど、なかなかうまい具合にはいきませんわ。

今日はたっぷりと塩を入れてみた。
ゆでるときに塩味を付けておけっていうレシピに従ったまで。
500gに60gの塩は多いだろう!とぶちぶち言いながらも、説明通りに。

ちょうどいい具合でした。
あとからゆで汁で調節してほどよい塩加減。
おかけで300gは食ったな。
うまいまずいはともかく、初めてペペロンチーノだと呼べる物ができた...ようだ(笑)

そうそう、オリーブオイルがなくなったぞ、島の衆!^0^

2007年6月 6日 (水)

G

「2013年頃には...」
いや、別に新作じゃなくていいのです。
劇場で、大きなスクリーンでたまにはやりましょうよ。
ほれ、TOHOシネマの津島なんて、土曜日がらがらじゃないですか。
恋愛映画ばっかりうんざりなんですよ。
日本映画は好調だというけれど、実際は売れ筋映画だけをつくってるだけじゃないの?
別に他人が恋しようが屁しようが、モーニング娘。を脱退しようが、ぼくにはどうでもいいことなんです。


ほら、昔はときたまやってたでしょ、「ゴジラ復活祭」。
昔から「復活祭」が許されるのはビートルズとゴジラだけでしたからね(笑)

あの豪快なシネスコ作品を劇場で見たいなぁ。
でもそれはベッドにおねーちゃんを3人侍らすよりも難しいこと。

2007年6月 5日 (火)

いけ、こい、ふな

名鉄のまちかど物語。
先月は津島でした。
電車で訪れて町を散策してください、町から少しだけサービスっていうささやかな企画ですが、いいんだな、なかなか。
津島ではお茶とだんごのサービスしたらしい。
今月の池鯉鮒の巻も、いくつか小さな企画がある。

サービスは小さいけれど、店も小さいからそのサービスは相対的に決して小さいとは言えまい。
考えてもみよ。
自分の店の売り上げを減らしてまで町に人を呼びたいという心がけでもあるのだ。そういった気持ちに応えたいと思うのは人の常ではないか?(なにをいってやがる)

まぁ一般の人はそんなことは感じないだろうけれど、旧街道を歩いている関係上、そちらに足が向くのは必至である。

少なくとも今月中には鳴海〜池鯉鮒を歩いてみようと思っています。
「名鉄まちかど物語を利用して来た」ということをネタに店の人と話が出来たらそれはまた思い出のひとつになると思うし、それは天にゃんの街道歩きの記憶の一つになるはずなのだ。

タイトルから誘われる人がいたらおもしろいな(爆)

今宵は熱田まつりだげな

今朝、熱田神宮沿いの伏見通りに屋台がパラパラと設置されていました。
なんだろな、平日なのに。
昼頃ラジオで、「今日は熱田まつりです。花火が云々...」
熱田まつり、名古屋市民歴35年の天にゃんも初めて知ったまつりだ!
何をするんだろう?
熱田神宮の例祭?
うーむ、伊勢神宮に匹敵する熱田神宮が、平日にやってていいのか。
率直に言ってしまえば円頓寺の屋根神の例祭の方が気になるわ(笑)

力技じゃないの?
「大都市名古屋」「熱田神宮」を背景にした態度のでかいまつり。
みたけりゃ来い!ってね。
実際のところは、そうじゃないかもしれないから、それ以上言及しないけれど、西枇やら津島のまつり見てると、古き良き時代が見えてくるね。
町が一体となって繁栄していた時代が見えてくる。
そうしたものを地元の人は今でもいろんな形で背負いながら生きている。
でも熱田まつりっていう巨大なくくりからはそういうものは感じられない。スーツ着た人たちが計算尽くで運営してるような感じてしまう。
名古屋まつりでも同じだけれど、実際参加しているのは名古屋市内の人たちだから、それはそれで地域性を生かしていると思う。

で、なんだろう、熱田まつり。
金儲け?
それでなくともいい気がしない。

2007年6月 3日 (日)

西枇杷島まつり

朝から電車に乗って西枇へ。
西枇と呼び習わしているが、いつの間にか清洲、新川町と合併していたらしい。
新川橋駅で降りて屋根神様のおまつり状態を確認しながら会場入りしたかったけれども、普通列車は30分に1本しかなく、準急で二ツ杁駅から入る。
9時前、すでに山車はからくりを奉納してました。
松原神社では子供たちが巫女さんにお祓い受けてます。
現代っ子らしからぬ神妙な表情。
神社も普段の静かさが信じられないほどのにぎわいでした。

454246442_223 454246442_10 山車は全部で5台。
これが美濃路を西へ向かいます。
合併記念として新川橋東まで行くはずなのですが、とてものこと着けそうに思えない。なぜかといえば、旧西枇杷島町内の美濃路は、両側に露店がぎっしりと出店し、それらの隙間を縫って山車は進まなければならないからです。
また露店を避けていく様が、山車運行の醍醐味としているようにも見受けられました。
露店も時として屋根部分を立て、通り道を広げてやる場面も。
そんな様子がどこかほのぼの。
「山車巡行の邪魔だ!」とだれも言い出さないおおらかさというか。
この現状を知っているなら「新川橋まで来て」とは言えないように思える。

454246442_44 結局、新川橋まですべてがたどり着けず、町内最東地区の橋詰車は新川の町に少し踏み入れただけで戻っていきました。
市長の挨拶があるとかなんとかいう情報もあったのですが、山車にとっては氏神にあいさつすることが大切だったようです。
ただ新川の町でも山車が見えてから自宅前の掃除を始める人もいるくらい期待されていたみたい。
別々の歴史を歩んだ町がひとつになるには、時間が必要でしょうな。

山車の人たちが昼の休憩に入ったので、天にゃんも休憩^^
手近な屋台でビールと串カツ。
それで終わりかと思いきや、さらにケバブとビール。
またまた酒浸り...
出来町や筒井へ行くことも面倒になって、結局居座ってしまいました。
一足先に帰って行った橋詰車を山車蔵まで追っかけていって、予定終了。

美濃路は歩くのがやっとという人出です。
山車はまばらにしか通らないのに常に人があふれているこの姿は、問屋資料館にある往年の西枇杷島の写真のようでした。

でもやっぱりいい町だなぁ、西枇。
ケバブ食いながら、木造三階建てをながめる風情というのは、町の姿の一部でしかない。一部が一部にとどまらず、たくさんの一部が寄り添って西枇杷島を形作っている。
天にゃんにとっては屋根神様、木造三階建て、美濃路それにビールがあればもう十分なんですが。
3部やね(笑)


うちに帰ってから車のリアスピーカーの段取りをしてみた。
ちょっと小細工が必要そうだけれど、問題は小さい。
このくらいの工夫の余地がないと車いじりもおもしろくないやね。

2007年6月 2日 (土)

奈良井 (5) 藪原宿へ

峠付近では、どうやら現行道路と交差しているようで、狭い道をダンプがゆっくりとゆく。
そんな部分はごくわずかで、峠道は左へと進む。
熊よけの鐘があります。
「熊も人間が怖いのです」
からんからんと2〜3度鳴らして再び山道へと入るが、どうも熊とダンプの共存が信じがたい。
「こっちにはダンプがついている!出られるものなら出てみろ!」といきがってみる。
目はあたりを注視。
熊、出るなよ...と(笑)
「おまえもおれもお互いに怖いんだから出るなよ」と。

山の中をどんどん下っていくと、ふたつめの熊の鐘。
これも鳴らしておく。からんからん。
ふたたび車用道路を横切る道にも3つめの鐘があるが、出口なので鳴らす必要はなかろう。

そのまままっすぐ降りていくと里に出た。
消防署が見える。
地図ではすぐ近くを国道19号が通っているようだけが、とても信用できない。
地図は、よく調べ直すべし(ぉぃ)
下り坂にまかせて自然に藪原宿に入っていきます。
お六櫛の店も健在。
大変静かではあるけれど、人の息づかいが感じられるまちです。

そのまま駅から列車に乗って奈良井に戻りました。
夕方の山中っていうのは日中とは違ってひんやりした空気が中山道を冷やしています。
ひんやりした観光客のいなくなった中山道は、地元の人たちのもの。
あちらこちらで立ち話しています。

自然がたっぷりとあって熊も住んでいる上、至る所にわき水がある鳥居峠はすばらしいハイキングコースでもあります。
熊さえ出なきゃね!

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