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2007年5月25日 (金)

奈良井 (2)

444734963_5 宿場に戻る。
奈良井の建物は木曽路らしく二階部分が突出しているがその量が少なく、しかも先端にはカーブしたひさしがついている。それを金具でつり補強してあ る。そのひさしにも飾りがついているところをみると、実用性がそれほどあるわけでもない中途半端なうだつのようなものかもしれない。
平日とあって宿場内は静かで、聞こえるのはおばさんのでっかい声と、酔っぱらいの声(天にゃんは含まれずw)。
みやげもの店も半分ほどは店を閉めている。
いくつか目を引く建物を撮影しながら西へと歩く。
なにしろ1kmあるから歩き甲斐はある。
いつもだと、もう終わりじゃないかとびくつきながら歩く宿場だが、今日は長い。
まずは枡形。
枡形といっても街道の家並びに四角い石垣が築かれているだけだが、これがなぜ枡形?

444734963_231 途中にある水場の水も遠慮なく飲ませていただいた。
冷たい!
うちにもこんな水道が欲しい!

山を背景に緩やかに続く宿場はいかにも美しい。
日差しは強くても、時折冷たい風が流れてきて快適である。

444734963_12 上問屋史料館を見る。
問屋とは荷物を継ぎ立てる運送業者のようなものであるが、公認業者なのでその地位が高く、宿場役人を担当していることが多い。
つまり中山道を送られる荷物は、宿場宿場に常置されている馬と馬子によって、東ならば贄川、西なら薮原まで送られ、またそれぞれの問屋によってさ らに隣の宿場に送られるといったシステムだが、のちに「中馬」というものが発生する。これは送り先まで直接ひとつの業者が運んでしまうシステム。中山道の 問屋はこの中馬にずいぶん泣かされたらしい。逆に中馬が発展したのは距離面で有利な街道で、中山道沿いの問屋は中馬の制限を何度か幕府に求めていたよう だ。
時代は繰り返す。
国鉄貨物もかつては車扱と呼ばれる継ぎ立てのようなシステムを中心としていたが、スピードが求められるとフレートライナーのような直行貨物が中心となり、車扱いはついに駆逐されてしまう。
それらのいいところをすべて吸収して効率的に運んでいるのが宅配業者である。いやぁ、よくぞここまで成熟したなっていう気がするのだ。

そんな話はともかく、宿場のシステムを知ってから見る問屋は興味深いものだ。
1日にどれほどの荷物を継ぎ立てていたものだろう。店先は旅籠の店先と同じ程度のスペースしかない。
運送店としての機能を中心として見たが、どうもただの商家に見える。
そこで係のおっさんに荷物の置き場を聞いてみると二階だという。
二階は6畳間が4つほどあるが畳が敷かれているし、床がある部屋もある。
そんなとこに荷物を入れるのかい?
ちょいと信じがたいけれど、奧も同じような部屋ばかりだからおっさんの言うとおりなのかしら。
階段は箱階段も含めて3箇所あり、それはそれで機能的には作られてはいるが...
箱階段を使って二階に上がり、街道を見た。
この風景が一番街道を感じさせる。

街道に戻って鍵形に至る。
鍵形は枡形とは違うただのなだらかなクランクで、かなり安上がりな防衛システムだろう(笑)
しかも角地にきちん建物がたっていなので視野が通ってしまっている!
しかし天にゃんは行く。
とりあえず西の端まで行って、先のことは考えよう。

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