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2007年4月

2007年4月29日 (日)

津島は藤まつりだよっ 3

寿司屋を出てトの割地区へ。
糀屋のノンアルコール甘酒が大変うまくて、一瓶買い求める。
酒の香りがなくてまろやか〜。

五平餅も買って、休憩所で一休み。
さっき休憩したばかりなのに、また休憩ね^^
足が痛くて半分引きずってたし、医者がついてたら「帰れよ」って言われそう。
トの割会の人に屋根神様の所在について一カ所だけ教えてもらう。
津島市内で今でも屋根に上がってるのは、二カ所しかないのかなあ。

その後、彷徨うように天王川公園へと向かう。
津島は路地が多いところ、変化のおもしろさや、都市計画化されていない古い土地の使い方などが、とても魅力的。
現代の人の使い勝手ではなく、車が一般的でなかった時代の道だから、サイズも人間サイズ。
秋葉神社の脇からどこが空き地でどこからが道路だか判然としないところを歩く。
あっ、この間天王川公園でもろこ寿司売ってた店がここにあるよ!w

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藤よりもむしろ露店を眺めて歩く。
腹はいっぺーだから食欲はないけれど、やはり眺めてると楽しいものです。
広場の一端で蓄音機をならしてるおっさんがいます。
この人、この間は本部の前でビクターみたいな蓄音機をならしとったわ!
聞くと、蓄音機をネタにして楽しんでいるらしい。
懐かしい歌と、蓄音機に惹かれたお客と話すのが楽しいからと。
結局5時前までここで粘ってました。
藤山一郎、松山恵子、美空ひばり、藤島桓夫。
懐かしい歌が78回転の蓄音機から流れ出る。
足を止めるのはやはり60代半ばから後半が多い。
その中ですっかりなじんでいる天にゃんは年齢不詳だ(爆)
子供は「ひばりの花笠道中」で踊っている。
ゼンマイを巻く。

418478625_176 おじさんは一日おきに来ているそうな。
雨の日は来ないっていうから、次は来年かな。
とりあえず休みの間はのぞきに行ってみるかな。
といっても明後日からは雨が続く...

ひとつだけ大きな収穫がありましただ。
円空の千体仏が見られました。
今や一年365日のうちのほんの数日しか見られない千体仏。
28、29日だけのご開帳だったようです。
「資料館できちんと保存してほしい」と思っているのは、どうもわたしだけではなさそう。
撮影不可ってのがね、なんともさみしいけれど仕方がないねぇ...。

津島は藤まつりだよっ 2

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やっぱり茶わん蒸しは寿司屋だよなっ!
うめ〜!

天ぷら定食で粘るおばさんよりのんべえを優遇してくれ(笑)

津島は藤まつりだよっ

418022643_60_1 激怒モードもさめやらぬ今朝。街中でスタンプラリーに参加、見事記念品もゲットぉ!
休憩がてらもろこ寿司&ビールで休憩。
ぷはーっ!

いつも話題にしてる旧名古屋銀行津島支店のまえでは弁当やらごへい餅やってるけど、一番大切なものがないぞ(笑)

雲一つない晴天、藤でも撮りに行くか!

2007年4月23日 (月)

風林火山(16)運命の出会い

ストーリーが中原に出てはや数週、配役らのケツがやっと座ってきたと感じるのは、一週おき程度にしか見ていない天にゃんの不徳の致すところか(笑) みんなどこか違う。 言い換えるなら東海道で京へ向かうため、やっとご近所の道から東海道へ出たような雰囲気なのでR。 武田家というのは歴史の中心ではない。 織田信長が足利義昭を第十五代室町将軍に据えるまでは、群雄割拠で、無力と言われながらも京が政治的中心だった。 その政治的背景に等身大の武田家が登場したのである。 すべての登場人物のスケールを縮小しなければならないのは当然のことである。 そのスケール感がすっかり板についているというべきだろうか。 重々しかった市川晴信は軽快な感じになってきた。 重い芝居とスケール感を組み合わせると、この晴信はちょうどいい感じのキャラクターサイズとなる。 いままでのドラマは助走であったかとおもわせるものであるな。 つまり全体としてドラマが落ち着いてよくなったと思う。 そん中でも相変わらず主人公は走ってるね(笑) 彼も武田家家臣としての「スケール」が整い、本来しなければならない芝居に入っている。 いやぁ、内野聖陽よくやってますな。 よくやってるといえば、柴本なにがしという諏訪氏女(劇中では由布)だ。素人芝居も甚だしい登場しか今までなく、ちょっとカチンと来てた。 しかし今日の芝居を見たか! 内野とのツーショットであったから仕方なく彼と比較してしまうことは彼女にとって気の毒であろうがそれは仕方ない、許せ。 芝居は稚拙であるけれどもその迫力たるや、新人どころか女とも思えぬほどであった。 なにより目に力がある。それも哀れみを乞うのではなく強い意志を持つ目だった。戦場で人を殺していた者の目をしていたが、それに勝るとも劣らず(それはほめすぎw)。 オーディションで合格したと聞いたが、これはただ者ではないな。素人の芝居は芝居の表現力よりも迫力である。 内野との迫力の芝居、内野もたじたじだったぞ。 しかしだ、諏訪氏女の最大の見せ場が最初に来てどうする。 あとは平坦なへたくそな芝居を見せられるだけなのか(笑) まぁいい、この感動に免じて見逃してやるわい。

2007年4月 5日 (木)

郵便ファンはおたくへの道?

期限切れの郵便通帳を更新するため郵便局に行ってきました。 最後の取引から10年経過すると、引き出しのみになって、本来は通知が来るそうですが、あたしは通帳を作った時のまま2度に渡る引っ越しの後も住所変更がしてなかったので、以前の住所に通知が行ったのでしょう。 さらにそれから10年経過すると、金に対する権利が失効するそうで二度目の通知がきます。放っておくと2ヶ月後に失効。 今日の手続きをすべて書くと、 1.通帳の印鑑変更(どのハンコだかわからへん) 2.住所変更 3.引き出しと口座廃止 4.新規口座開設。 5.全額入金 金融機関はやることが遅いので覚悟して行ったけれど、30分とかからず終わりました。 めでたく新しい口座ができました。 通帳サイズは変わってないけど、向きが変わったのね。 「入金不可」を教えてくれた郵便局で、古い通帳を出して使えるか聞いたら、若い窓口氏は年輩の局員に指示を仰ぎにいきました。 機械に通して「使えるようですね」と苦笑い。 サイズは変わっていないけれど向きが変わったんですね。 けれど以前は欄外にあった取り扱い局印欄が廃止されている。 これは由々しき事態ですぞ! なんのためにわざわざ新しい通帳を作ったと思っとんねん! もっとも申告すればちゃんと当該個所に押してもらえるからなんの問題もないんですけどね。 で新通帳を作ってくれた局員さんに「最初に押してもらえればあとの人もずっと押し続けてくれるんで」と早速頼みました(苦笑)。 もともと郵便局マニアだったのでしょうか。 窓口にかかげてあったふるさと切手を購入しました。 集め始めたのが小学校3年の時だから、もう33年間も続いています。 いや、続いてない。集めてない期間の方が明らかに長い。 たまに集めてはやめ、たまに集めたものを見ては再開するってことが33年続いているのです。 子供の頃は親が買ってくれてました。 一回の発行につき4枚でしたかねぇ。 「将来少しでも財産になれば」と。 ブームが去り、今や原価すら割りますが、年々再開するたびに「また印刷技術が上がったんじゃねえか!」と驚く次第。 そして買ってしまうんですね。 またしばらく買い集めそうな予感がします...

2007年4月 3日 (火)

青年は上松をめざす♪

392957938_172 今朝は早起きしました。
8時半野尻駅発。いっしょうけんめい適当に歩いて午後2時までに倉本駅に着ければ上松へ、間に合わなければ引き返して、南木曽の二つの資料館を見学します。

写真は大桑。
いかにも木曽谷です。

2007年4月 2日 (月)

4/2の日記

4月2日曇り。
今日は中山道の踏破最東端の南木曽から始めました。
南木曽は昨年の4/16以来。
昨年はナギソミツバツツジに感動してたみたいです。

SL広場へ行くと中山道の地図が掲げてあります。
そこに「中山道が不通になったときの道を整備しました!」と書いてあります。
「古道の雰囲気」という呪文が山道へと誘います。
「4時間半」とか。
中山道の三留野−野尻間は大半が国道になってしまっているので、いっそう思い切りがよかったのです。

三留野宿を過ぎて、枝垂れ梅と杉の大木から分岐します。
いきなり昨日にも劣らない急坂!
えっちらおっちら。

道は圃場のなかにあります。
見た目は舗装されたあぜ道以外のなにものでもありません。
人の家の軒先のような場所も通過することから、関連する家々の人たちに了解は得ているとはいうものの、「この人ら、なんでこんな田舎道歩いとんのん?」と思われることであろう。
そのうちに本格的な山道へと入ります。
石畳が見える。トイレがある。
「○ソでもして覚悟を決めろ」ということなのだろうと思いました(爆)

392331574_160 392331574_212 そういう道が何度も続く。
軒先も通る。
軒先なのに自然にカタクリがある。
バイモユリなんて道ばたに生えているのを初めて見た!
そんないくつもの感動が、歩くしんどさをクリアにしていきます。
しかし10cm程度の高さの株に花が3つついているのをよく見つけたよなあ。
すごい集中力!

途中で道にウ○コが散乱している場所がありました。
里に近い山。
イヌの散歩にしてはちと家から遠いなと思っていたら、物陰からサルが出た!(ノ゚㊖゚)ノびっくり!!
どうやら天にゃんよりもオクビョーなサルだったとみえ、あわてて逃げて行きました。
そういえば道中にはやたら「クマに注意」とか「ヘビ・マムシに注意」と張り紙がしてありましたな。
「クマに注意」ってどうしろっちゅうねん!

392331574_139 道はきれいに整備してあるものの、大変な山道で疲れました。
でも南木曽町は「古道の雰囲気」を大切にしてあるのだから、これでいいんですね。なにもウソを作ろうと言うんじゃなく、昔の人が歩いた道とはこう いう道なんだってことを知ってほしいんでしょうから。その証拠に途中南木曽町教育委員会の名前で、「私有地ですから、山菜などをとらないで」とありまし た。
私有地を解放してくれている人にも感謝しなきゃね。
その貴重さは、山の辺の道と双璧です。

そんな深山のなかに石仏の道しるべを見るとほっとします。
きっと昔の人もそんな思いだったんだろうな。
思わず手を合わせて、石仏さんに触れてみました。
そこから根の上峠はすぐ。

ここからは林道で野尻駅まで下りました。
緩やかなアスファルト舗装。
山中で拾った桜の枯れ枝を杖にらくちんに歩けました。

野尻では一時間20分待ちの普通列車中津川行き。
野尻宿内ではなぜかスズメよりツバメが多い。
ツバメの写真を撮ったよ!
200mm持っててよかった!!!

中山道・与川〜根の上高原経由

392011368_216 中山道・本街道からはずれ、脇街道とも言える与川経由の中山道を歩いてます。
「整備した」って南木曽町がいうんだもん。これは「旧中山道」と書いて、某フジテレビアナウンサーのように、「いちにちじゅうやまみち」と発音するのが正しいです。ときおり集落があるだけの静かな道。

今日はバイモユリみたいな花をみたし、カタクリなんて道の真ん中にも生えてる。まるで雑草のごとくに。
いま松原小休止跡。
和宮嫁下のとき、ふたりの姫さまがこちらを通られ休んだ場所とされています。

さあ130年前の心細かったであろうお姫様の気持ちに思いを馳せながら野尻まで下ろう。
したがって今日はおそらく野尻で終わり。

4/1の日記

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昨日の朝は寝坊したために、急遽中津川から歩くことになってしまいました。
中津川以東は思いのほか勾配が激しく、足だけでなく体力そのものが失われて行き、息が荒くなる始末。
登りきると一気に視界が広がったりして行きを飲む場面も勾配の数だけありました。

391862611_13 391862611_245また、いま花の季節。
カタクリ、桜、こぶし、しゃくなげ、ショウジョウバカマ...
気候的に蒸すことが少ないであろうこの地域では、日本シャクナゲすら路地栽培できるらしい。
うらやましい!
でもこの時期にシャクナゲ?
シャクナゲとツツジがよく区別できてないゾ(;^_^A アセアセ・・・

昨日は落合、馬籠、妻籠の各宿場を歩きました。
それぞれの変化が異常にたのしい。
いわゆる観光地・馬籠と言っても、それは馬籠という土地の一部区間でしかないのです。馬籠地区は「観光地・馬籠」の前後にもあって、本当の古い街道の建物はそちらの方に多く残っているのも皮肉かもしれません。
そして、人などほとんど見なかった中山道に、一点から突然人があふれ返る。
中山道関連のサイトには「どこから人がわいたんだ?!」との記述をみかけるけれども、まさしくそんな感じ。
本当に観光地なんだなぁ。
例え観光地化したところでも、多くの人がそういう懐かしい風景を求めているんだなあと感じます。

馬籠ではビールで五平餅の昼食。
昨日はとても暖かい一日で、Tシャツ一枚かちょうどよかった。
それでも汗をかきかき。
ビールが体にしみるぅ〜っ!(^_-)vブイブイッ
馬籠を過ぎ、大急ぎで街道を歩くも、やはり後続の人々にはどんどん抜かれてしまう。一石栃近辺の風情も大変良いが、このあたりから中山道は単なる「山道」になります。
石畳や、美濃・信濃国境標、いろんな見どころを経て妻籠に到着。
南木曽駅まで歩く予定が、運良くやってきた一日5往復のバスを拾って、10分程度で南木曽に着きましたわ。

南木曽付近をうろつき、臨時快速列車で中津川へ。
ホテルにチェックインして、中津川の知人と塩焼きそばを食う。
しおやきそばを店で食ったのは初めてだが、うまかった!
「ナマビールとやきそば」を省略して「やきそばのナマ」は店員のおねーちゃんに受けた(笑)

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