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2007年4月23日 (月)

風林火山(16)運命の出会い

ストーリーが中原に出てはや数週、配役らのケツがやっと座ってきたと感じるのは、一週おき程度にしか見ていない天にゃんの不徳の致すところか(笑) みんなどこか違う。 言い換えるなら東海道で京へ向かうため、やっとご近所の道から東海道へ出たような雰囲気なのでR。 武田家というのは歴史の中心ではない。 織田信長が足利義昭を第十五代室町将軍に据えるまでは、群雄割拠で、無力と言われながらも京が政治的中心だった。 その政治的背景に等身大の武田家が登場したのである。 すべての登場人物のスケールを縮小しなければならないのは当然のことである。 そのスケール感がすっかり板についているというべきだろうか。 重々しかった市川晴信は軽快な感じになってきた。 重い芝居とスケール感を組み合わせると、この晴信はちょうどいい感じのキャラクターサイズとなる。 いままでのドラマは助走であったかとおもわせるものであるな。 つまり全体としてドラマが落ち着いてよくなったと思う。 そん中でも相変わらず主人公は走ってるね(笑) 彼も武田家家臣としての「スケール」が整い、本来しなければならない芝居に入っている。 いやぁ、内野聖陽よくやってますな。 よくやってるといえば、柴本なにがしという諏訪氏女(劇中では由布)だ。素人芝居も甚だしい登場しか今までなく、ちょっとカチンと来てた。 しかし今日の芝居を見たか! 内野とのツーショットであったから仕方なく彼と比較してしまうことは彼女にとって気の毒であろうがそれは仕方ない、許せ。 芝居は稚拙であるけれどもその迫力たるや、新人どころか女とも思えぬほどであった。 なにより目に力がある。それも哀れみを乞うのではなく強い意志を持つ目だった。戦場で人を殺していた者の目をしていたが、それに勝るとも劣らず(それはほめすぎw)。 オーディションで合格したと聞いたが、これはただ者ではないな。素人の芝居は芝居の表現力よりも迫力である。 内野との迫力の芝居、内野もたじたじだったぞ。 しかしだ、諏訪氏女の最大の見せ場が最初に来てどうする。 あとは平坦なへたくそな芝居を見せられるだけなのか(笑) まぁいい、この感動に免じて見逃してやるわい。

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