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2007年3月26日 (月)

東海道関宿(完)おまけ

そば屋の隣席にいたお客さんの話しを聞いて、どうしても土山宿を見たくなり、1号線を西へと向かってしまいました。
まだ見ない旧街道を車でゆくのは反則だけど、同じ町を2度歩いても違うものを感じとれたのだから、車で行っても違う印象を感じられる自信ができたからでもあります。

関〜土山は歩けば4時間。
車なら15分!
1号線は高速道路並の規格で、すぐに土山。
でもその前に坂下も旧道で通っちゃった(;^_^A アセアセ・・・

聞いたところによると、昔の子供は関から歩いて坂下だか土山までお祭りを見に行ったんだと。子供たちが連れ立って東海道(旧1号線だろうが)を行くと2時間で行けたと。
近頃の子供なら自転車か、親がクルマで送って行くんだろうね。
太平洋戦争が終わっても、地方ではまだ古い人間中心の文化が生きていたんだなと思った。ナマの声を聞けるってのはうれしいなぁヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪

1号線と旧東海道の西の合流地点からゆっくりと旧東海道を東進する。東の合流地点には道の駅があるので、資料あさりのためによってみた。
パンフレットの代わりに地元の人が書かれた「愛とロマンの土山宿」という本と、近江中山道の二冊を買う。
それにやめときゃいいのにフナ寿司まで。

そそ、かにがさか飴(蟹ヶ坂飴)なるものを買いました。
水飴を練ってつぶしただけの素朴な飴です。
水飴の味がするw
その昔、田村神社近辺に3mもある大きな蟹が付近の人に禍を与えていたのを坊主が説得したら蟹は涙を流して反省したと。なぜかバラバラになった蟹は飴になったらしい。また、溶け出した蟹の体液をなめたら甘かったので、固めて飴にしたという話しもある。
いい加減な話しやなぁと思いつつも地方の伝説は楽しいね。きっと飴の由来なんて全然関係ないと思うんだけど、結びつけて神社に箔を付け、飴を売る。
先に草津で買ったタニシ飴にしても、ニッキの味がして当時はモダンだったろうと思う。
昔から伝わる菓子を食うことで当時の人たちの気分に浸るのも楽しみのひとつ。
食べ物の選択肢が異常に多いわれわれれにとって、数少ない味わいというものは、時代を感じさせてもくれます。
ちなみに向かいにある田村神社は森が深い。
東北人の敵(笑)、坂上田村麻呂を祀った神社だそうです。
ここになぜ田村麻呂が?
これにも伝説があるのですが、内緒にしとく(笑)

このあとはまた帰り道、ひとけのまったくなくなった関宿に戻って、夕陽に沈む関を見ていました。

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