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2007年3月

2007年3月31日 (土)

明日わたしは旅にでます〜♪

♪いつかあなたと行くはずだった 春未だ浅い木曽路へ〜

明日早朝、中津川を拠点とて、2〜3日の予定(にさんにちの予定)で木曽路(中山道)を歩いてきます。
先の計画はぽしゃりました。
ルーズな人間は何事も縛らなければダメなようです。
既にホテルも2泊分確保しました。
キャンセル料が発生すると思われるので、まず間違いなく行くでしょう(笑)

4/1 中津川→(中央線)→南木曽→(バス)→妻籠
     妻籠宿→中津川

4/2  中津川→(中央線)→須原
   須原宿→三留野(南木曽)

4/3  須原→福島
       福島→(中央線)→中津川

約55km。
昔の人なら一日半の行程やな(;^_^A アセアセ・・・
中央線は本数が少なくて、行程を考えるのが大変。

ちなみに歩く向きが様々なのは、太陽光線の都合です。
いつもなるべく順光でいたいから。

一生懸命歩くぞーっヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

ウルトラマンメビウス 最終回

うぅ....
冗談のつもりが、まさしくその通りになってしまった。
結局新兵器とウルトラ兄弟のご登場でしたか。
一人で収拾できないように事件を勝手に大きくしても、人の助けを借りて解決するなら、わざわざ長尺にするような話しでもなかったようです。
仲間内の結束という点では主張が強く感じられ、子供へのア・ピールは強いかもしれない。
でもメビウスは映画もこの程度のできだったからなぁw
たくさんのウルトラマンが出てくると言うお祭り騒ぎは映画だけじゃない。

生物兵器でもないエンペラー星人などガメラの敵じゃないな(笑

ホームページの再構築

今回はHTMLの新規格4.01に従ったデザインにしようと、本まで買い込んでStyleSheetを使ってます。
本文内での装飾(本文以外の部分)までわざわざheadタグ内に書くんだけど、各ページの基本デザインに共通部分が少ない場合、StyleSheetは要領的には無駄に感じます。個別に指定した方がずっとわかりやすくて合理的に思えます。
4.01に対しては、それほど厳密にやるつもりじゃなくても、WEB自体のデザインを地味にする分、そういったところにこだわりたい気分があります。

使いようによっては大変便利だけれど、StyleSheetを使わない方が良いと思われる部分に、どの程度適用していくかが課題となりそうです。
ちなみに順序としては、リンク→旅日記の予定です。

2007年3月30日 (金)

津島・天王川公園の桜

Img_3772今年は結局、例年並になったのでしょうか、桜。
今日地元をチェックしてきましたが、木によっては7分咲き、大半は先はじめといったところでした。
天王川公園は既に場所取りのシートがいくつか広げられていましたし、露店もたくさん並んでました。もっとも平日とあっては店も手持ち無沙汰でした。

それにしても桜は難しい被写体です。
ソメイヨシノの「ほんのり桃色」がなんとも表現しにくいのです。
こちらも思うように光があたってくれるわけではないし、春風も強い。55-200のF4.5-6.5なんていう暗いレンズではなかなかうまく撮れず、補助光を使ってみましたよ。
発光量を調整することで、うまく撮れそうですが、根気が必要ですね。それと突っ立っている体力(笑)

天王川公園といえば、今や藤が全国的に有名ですが、こちらはまだまだ。今日は業者さんが手入れしていたようです。
桜よりもむしろ藤が楽しみだなー。
昨年は見頃を逃しましたし、今年こそ!の思いが強いじょ^^

コンフリクト天茶

何かしたい −何をしようか。
どこかへ行きたい! −どこへ行こうか。

したいこといっぱい。
行きたいところいっぱい。
いくつもが頭に浮かんではぶつかりあって、結論が出ない。

結論が出ないまま時間は過ぎてゆく。

2007年3月28日 (水)

堀川浄化

Img_3465名古屋の堀川... 文字通り汚名を轟かせています。 浄化しようと言う声は古くからあるのですが、様々な障害があって実現しませんでした。

堀川は名古屋城築城の資材運搬用として、また商業振興策(運河)として築かれました。 他にもいくつか理由はあると考えられますがはしょります。皮肉なことに名古屋の繁栄に従って汚濁が進み、江戸時代には大幸川から水を引いて来たり、庄内川の水を「御用水」と称し引っ張って来たりしましたが、どれも決定打にはならず、現代に至ってます。 ところが 数日前の新聞に、木曽川からの導水路によって猿投橋付近の黒川(堀川上流域)に水を導く計画が突如として報じられ驚きました。 この導水路こそが、今では地下に埋められてしまった大幸川そのものなのです。
現代では「大幸幹線」と呼ばれている水路のようですが、ぼくが子供の頃はまだ地上に露出していた部分がかなりありました。

名古屋の上水道の大半を担っている鍋屋上野浄水場へ木曽川からの水が来ています。これと、至近距離にある大幸幹線(旧大幸川)を結ぼうと言う計画なのでしょう。予算は5000万程度だから、大幸川を暗渠化した際に両者をつないであったか、もしくは地下鉄工事の時に付帯工事として発注し、安くあげたかのいずれかだと推察します。

本来、名古屋市は上水道以外の水利権を木曽川に対して持っていないそうなのですが、愛知県他のご好意(笑)によって実現したとか。 ありがたいご配慮ですな。 今や堀川沿線は観光地化している部分があり、また市民の憩いの場となっている個所も多々あります。また堀川に架かる橋もそれぞれが個性的で、楽しいデザインです。 堀川がきれいになって屋形船が浮かんだり、公共交通機関が走ったら楽しいだろうなぁと妄想する今日この頃です。

2007年3月26日 (月)

東海道関宿(完)おまけ

そば屋の隣席にいたお客さんの話しを聞いて、どうしても土山宿を見たくなり、1号線を西へと向かってしまいました。
まだ見ない旧街道を車でゆくのは反則だけど、同じ町を2度歩いても違うものを感じとれたのだから、車で行っても違う印象を感じられる自信ができたからでもあります。

関〜土山は歩けば4時間。
車なら15分!
1号線は高速道路並の規格で、すぐに土山。
でもその前に坂下も旧道で通っちゃった(;^_^A アセアセ・・・

聞いたところによると、昔の子供は関から歩いて坂下だか土山までお祭りを見に行ったんだと。子供たちが連れ立って東海道(旧1号線だろうが)を行くと2時間で行けたと。
近頃の子供なら自転車か、親がクルマで送って行くんだろうね。
太平洋戦争が終わっても、地方ではまだ古い人間中心の文化が生きていたんだなと思った。ナマの声を聞けるってのはうれしいなぁヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪

1号線と旧東海道の西の合流地点からゆっくりと旧東海道を東進する。東の合流地点には道の駅があるので、資料あさりのためによってみた。
パンフレットの代わりに地元の人が書かれた「愛とロマンの土山宿」という本と、近江中山道の二冊を買う。
それにやめときゃいいのにフナ寿司まで。

そそ、かにがさか飴(蟹ヶ坂飴)なるものを買いました。
水飴を練ってつぶしただけの素朴な飴です。
水飴の味がするw
その昔、田村神社近辺に3mもある大きな蟹が付近の人に禍を与えていたのを坊主が説得したら蟹は涙を流して反省したと。なぜかバラバラになった蟹は飴になったらしい。また、溶け出した蟹の体液をなめたら甘かったので、固めて飴にしたという話しもある。
いい加減な話しやなぁと思いつつも地方の伝説は楽しいね。きっと飴の由来なんて全然関係ないと思うんだけど、結びつけて神社に箔を付け、飴を売る。
先に草津で買ったタニシ飴にしても、ニッキの味がして当時はモダンだったろうと思う。
昔から伝わる菓子を食うことで当時の人たちの気分に浸るのも楽しみのひとつ。
食べ物の選択肢が異常に多いわれわれれにとって、数少ない味わいというものは、時代を感じさせてもくれます。
ちなみに向かいにある田村神社は森が深い。
東北人の敵(笑)、坂上田村麻呂を祀った神社だそうです。
ここになぜ田村麻呂が?
これにも伝説があるのですが、内緒にしとく(笑)

このあとはまた帰り道、ひとけのまったくなくなった関宿に戻って、夕陽に沈む関を見ていました。

2007年3月25日 (日)

東海道関宿(2)

384294591_79 384294591_135 ナガオ”薬局”と言っても内部は薬局ではなく、いわば私設資料館と呼ぶべきものでしょう。築200年の民家に入れる機会など大半の人にはあり得ない。
店先の展示物もさることながら、なによりぼくが興奮したのは、階段箪笥を上がったことです。
階段箪笥とは、文字の如く。
「珍しい」と言われながら、けっこうどこでもあるんですね。
でもそこを上らせてくれるのは、天にゃんが知る限りここだけ。
階段を上がるとき、緊張して階段を見つめてしまいました。
現役である証拠に階段の角がすり減っていました。
「すり減っちゃあいかんから」という理由で、他は保存されているのでしょうが、それなら複製品を使うことも考えるべきじゃないでしょうか。
これからの時代だって十分に使用に耐えうる合理的な道具なんだから。

384294591_214 店舗は二階。
東海道は眼下に見えます。
ハーブティをいただいて(本業だよw)家屋保存の話しなどをしたあと、店内を撮影させていただいてお店をあとにしました。
木造民家炊事場は黒い。
すすけているから黒い。
すすけるいると虫除けになる。
適度なススは木材にいい風合いを与えるらしく、千利休はいろりに使用された木材を好んで入手し、茶さじに作り替えたと聞く。
そんな黒さを感じて二階の部材を見る。
裸電球に黒光りする部材が美しい。
そして光も優しく。相互効果というのだろう。
気分まで落ち着いて来る。

東海道関宿(1)

384277106_245 384277106_222

384277106_228_2

関は昨年の3/26に続き二度目!
偶然とはいえ、一日違いとは!

今回の目的はナガオ薬局さんと町並み散策。
昨年の今頃はキスデジをぶら下げて家人を同行しての訪問でした。
同じ町を二度訪れて「違う見方ができるかどうか」。
つまり自分を試す気持ちがありました。
ふたつの目的を引っさげて東名阪を西へ。

今回はまだ歩いたことのない関宿の西側からたどりました。
てくてくてくてく...人がいないぞ(笑
でも町は以前歩いた本町に負けないくらい魅力的。
町をじっとみる。
折からの曇天で街道は薄暗い。
ひさしの下も陰ってる。
でも...そのひさしの出がとっても個性的であることに気付きました。ある角度から撮ると、絵的にもおもしろく、また旧街道の写真としても様になるんじゃないかと、いろいろ撮ってみた。
頭の中ではずいぶんとおもしろい写真が撮れました。
カメラはどう見たか....(ΦωΦ)ふふふ・・・・
この後もこの撮り方にはずいぶんこだわりました。
東へ向かうと、4軒並びでひさしの高さがひろえてある民家もありました。計算された美しさでしょうねぇ。木造建築だとそれもおもしろさのひとつになってしまいます。もっとも「時間」という特別なエッセンスがたっぷりとかけられていますが(*゚▽゚)ノ

地蔵寺から本町に入ると人多し。
ガタゴトと建物の角がランダムに飛び出る楽し風景。
完成された幾何学さではなく、人間の都合が作り上げたモノです。
なんか優しく感じるのはたぶん気のせい。
そんな中にナガオ薬局はありました。
ショーケースには古い品々が並んでおり足を止めずにいられないといった感じ。老若男女がまんべんなく見て行く。

店の様子をうかがったあとに東の追分まで行き、さらに地蔵寺前まで戻って食事をとり、ナガオ薬局さんのお客になりました。
え、客か?(笑

2007年3月24日 (土)

ちょっと付き合い候へ

明日の予定。
午前5時くらいまで起きられたら車で近江八幡へ走る。
その時間なら武佐から草津まで歩けるはず。
おふくろと共用だが折りたたみの杖も買ったぞ!
もう若くはない(爆)
ひろっち@喜多さんには悪いが、これで柏原−草津間踏破ぢゃ。
どうもまた4月になると時間がとれそうな予感。
昨年は関東放浪に費やしたが、今年は近辺の中山道を歩くかも。
つまり大井から西へ。
大湫、細久手から岐阜を目指して。

今宵は早寝が吉なのに、あかん....ASIAを大音量で聞いている。
こんなことではまた寝過ごすぞ
やっぱりかっこええんだな(゚・゚* ホレボレ
ドライブするドラムと旋律を奏でるキーボードにギター。
いままでと違う聞き方をしていることに気付く。
このバンドの柱がどこにあるかが、おぼろげに見えるが、やはりSteve Howe様と、Carl Palmerのドラムがそうでないとは言い切れない。
どれもが強烈な存在感で、ASIAというひとつのバンドの中で戦っている。
ASIAって実は「共和国」ではなく、「合衆国」なのかもしれない。

プログレッシブロックについても考えてる。
音楽とは「音を楽しむ」他に理屈で楽しむことができる(笑)
King Crimson、YES、EL&P。
天にゃんにはYESがあっているようだ。
海洋学云々も、難解は難解なりに個人が勝手楽しめばいいと思えばさして問題ない(爆)
BGMにしてみなさいな、心地いいからヽ(´〜`; ォィォィ
RunaboutのSteve Howeは心底しびれるがや。
単体でもいいから来日して。
Steveが見たい!

さぁ、早く寝ろ!>おれ

2007年3月23日 (金)

Evolution&Progress

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月刊カメラマン、毎月買ってます。
今月号はいつもより楽しい記事が多かったな。
そんな中でほくそえんでしまったこと、ひとつ。

阿部秀之氏の「気に入ったならとことん撮る」。
「いろいろ撮ってみろ」っていう話しなんだけど、そのプロセスが天にゃんとまったくいっしょ!
詳しいことをいちいち説明してられないからはしょるけど、単に縦横を変えるだけでなく、身を引け、押し出せ!と彼は教えている。

まんまだよ!

いつも天にゃんはそうやって建物を撮っている。
気に入った建物で、かつ撮りやすい環境なら、1時間でも平気で座ってる。
京都の午後、京都国立博物館の噴水前に腰掛けて特別展示館(国指定重要文化財)をながめていようものなら、いつまでも飽きない。飽きないというより、自分の稚拙な写真では撮りきれない「現実の建物」を自分の記憶の中に焼き付けようとしているんだと思う。
「美人は3日で飽きる」というが、そんなことはないぞよ。
美しさは単一ではない。様々な美しさを見ないうちから、「飽きた」なんてアホウの世迷い事だぜよ。

氏の言うところの「気に入ったならとことん撮る」。
いつの間にか身につけていたんだなぁ。
もっとも「考え方」が身に付いているだけのことで、技術力や、構成力などは到底比較にならないんだろうなぁ。
加納典明が、「ハメ撮りだ」なんていって世間の耳目を集めたが、そういうは気迫、気持ちは大切だなって思う。
とにかく「好きになる」。
これが大切。

2007年3月21日 (水)

中山道短距離勝負っ! 〜御幸橋から武佐宿

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今日は突発的な休みになり、中山道・近江路編を歩いてきました。
前回、中途半端な位置で終わったこともきちんとフォローしました。
距離はあまり歩いていません。
やはり一日10km程度が楽しめる適度な距離だと再認識。
守山宿なんて目標がでかすぎだ!(笑

そんなわけで、愛知川に架かる御幸橋から武佐宿の京側に位置する近江鉄道・武佐駅まで約10kmの旅をしてきました。
大井・上宿に続き、また道を間違えたぁ!
あれで30分はロスした。
どうも緊張感に欠けているなぁと思いつつも来た道を戻りましたけど。Y路だから最短を移動すればいいんだけどそれでも自己満足できないから(笑)
そもそも目印になる店先で笑える様なできごとに出合ったからだ。
関係者に気の毒だから触れないけれど、笑ってるうちに目印を見落としてしまったのです。

380285726_3昨年の今頃、桜の歴博で始めて「村の結界」というものの存在を具体的な形でみたのですが、それが今でも現実のものとして祀られているのを、老蘇の集落にみました!
集落の入り口には大木があり、藁で作られたわっかのようなものが
かけられている。あれは魔除けです。神社で言う鳥居のようなもので、「禍なすものここから入るべからず」ということです。
ナマで見たのははじめてです。古い日本人の風俗の一端を見たようで大感激! 逆光にも関わらず10分ほども眺めまわしてました。

藁ごときになんの力があろうか。
そこに人間の思いが宿るとき、藁は矛になり盾になる。

これを祀る人々の姿を見てみたい。
これを祀る人になりたい。

江戸側のそれは、木にかけられていたけれど、京側はポールに引っ掛けられていました。大木は払われてしまったのかな。

武佐は静かな宿場町。
道は武佐駅までほぼ一直線。
1989年に武佐小学校の生徒たちが作った案内板が楽しいです。
ちゃんと彫ってあるから、20年近くたった今でも用を為しています。
この子供たち、もう30歳になるんだねぇ。
どんな大人になってるんだろうo(^-^)o ワクワクッ

2007年3月20日 (火)

100年ぶりに庄内川に帰った水

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久しぶりにかえって来たよ〜、名古屋へ。
100年ぶりくらいかなあ。
でもずいぶんと風景変わったね。
噴水なんかできてたり、色んなお花が咲いててきれいだわん。

379331888_119前に名古屋に来た時は三階橋ってところから川筋が二本出てた。
1本は黒川って言って、お城からは堀川になって名古屋の繁華街の真ん中を通って海に出られたから、みんなエリートコースだよって言ってた。
夜も昼も明るいんだよ。
お酒もたまには飲めるんだ(*゚▽゚)ノ
でもあたしが流れたのはその横にある御用水っていう汚いどぶ川だった。聞くところによれば、昔名古屋城の水堀を浄化するために、庄内川からあたし たちを分けたんだって。けれど、隣りの黒川さんができてからは用がなくなっちゃった。それでどぶ川になっちゃったっていうんだけど、今はそのどぶ川も埋め られちゃったね。
「汚いからなんとかしろ」って近くの人にずいぶん言われたんだって。

どぶ川...
御用水じいちゃんはね、いい人だったよ。
のんびりした人でね、あたしが流れた時は、
「両横に植わってる松はきれいじゃろー。たまにしか来ないんだからゆっくり風景見ながら流れて行きなー」って言ってくれた。
「そのかわり魚はいないけどな」って笑ってた。
流れがないからあたしたちはどうしても淀んで生き物が住みにくい水になっちゃうんだよね。

ほんとうの川って人間が作るもんじゃないから、ずーーーっとある。人が見えないところでも川は息づいてるよ。大都市では地下に埋まってて真っ暗なこともあるしね。でも埋めることができないほど川ってエライんだって思う。

今じいちゃんは路面電車の敷石の下でゆっくり眠ってる。
だけど死んだわけじゃないんだ。
春になると黒川沿いの桜でにぎわう声を聞きながら、昔を思い出して笑ってるんだよ
今年もそろそろそんな季節。
もう少しあとでくれば御用水じいちゃんの笑い声が聞けたのに、気象庁の開花予想を当てにし過ぎだかなァ(⌒-⌒)ニコニコ...

2007年3月18日 (日)

風林火山 (11) 信虎追放

天にゃんには、芝居の善し悪しを見る力はありません。
けれど、感じることはできる。
感じるとは心の門戸を開くこと。
あけすけにすると見える物がある。
....
「酒の力によるのか?」と聞くな、そこのマイミクどの(笑)

「歳を取る」「経験を重ねる」
年輩の役者さんはよく口にするが、あまり実感しない。
目が肥えていないものが見抜くには難しすぎるテーマなのだ。
仲代達矢のいう役者との出会いは、NHK時代劇「清左衛門残日録」であった。
隠居した官僚が自分の人生を振り返るといった内容だが、時が止まったような映像のなかにみせる苦悩や、後悔の念、自分が気付かなかった回りへの影 響に愕然とする姿が、年老いた所作と見事に一致していた。つまりは、三屋清左衛門の心を掴んでいたといえよう。もっと原作は読んでいないので、作者の意図 通りかどうかは疑問ではあるが。

今宵は信虎サンデー。
「甲斐なきかな」
今川館でにおわされる言葉。
「時は今...」かよ(笑)
信虎は甲斐国主の心づもり。

甲駿国境。
自分が家臣の心を失ったと知った時から、青木大膳に斬られるまでの彼の心の動き。
涙が出た。
自分の意志によるものでない心の変化が、あまりに痛々しい。
英雄が時経ずして隠居になってしまった。
「ある得るはずのない現実」に直面して戸惑う姿から、晴信を讃えなければなかった信虎の心の変化が、本来ならば段階をおいてやってくるべき事柄が瞬間に起こってしまった。
その瞬間を数分に引き延ばした仲代の芝居というものは、人間の力を超越したものに思えた。つまり、原作者と会話しながら役を作り上げるという作業が、仲代のなかでほぼ完全にできていたということである。
原作者が作った信虎と仲代の信虎が同じものであるかどうかはわからないが、仲代信虎は、仲代信虎を24時間演じることが可能であろうということである。
仲代の芝居はまことにすばらしい。
言葉を尽くしてほめたいが、この程度の賛辞しか文字にできないことを切歯扼腕する。

まぁ仲代が素晴らしいのは当然と言わなければならないかもしれない。それを迎え討つ内野もよかったぞ。
仲代信虎と適度に距離を置き、信虎を引き立てつつ主人公としての自分の姿を全うする。その力関係はとっても微妙なはずなのにうまく間が取れていた。
内野もいい、うん!(^^)

今回の大河でうれしいことのひとつに、今川義元の見直しがある。
今回の今川義元は大変に良い。
知多桶狭間で信長に殺されたことのみを捉えて凡将だの愚将だと言われるのがなんとも気の毒でありまた、腹立たしいのだ。
織田信長という千年に一度出るか出ないかという将に破れたのだから、そういう評価は当たらないだろう。信長という日本史の英雄のすごみを表現するのに、なんらかの媒体は必要かもしれないが、今川義元はその埒外ですらある。これは絶対に間違っている。
それを見直している今回の大河は誠に正解。
ただし、谷原章介が「短足で馬に乗れず」をどう表現するのかはわからないが(笑)

ウルトラマンメビウス 最終三部作

放送時間が中途半端なのでほとんどみなかったなー。
最終三部作ってことは終わりなんですね。

ストーリーはどこかで適当に探してちょ。
なんだかありきたりのストーリー。
いろんな特撮物のおいしいところばかりを持って来てつなぎ合わせ、子供向けにアレンジした感じ。
それよりにドキドキする作りでも、ストーリーの制作過程が透けて見えてしまうようで、見た後ではすっかりさめて何も残らないのが正直なところ。つまりは内容がなくペラッペラなんだな。

メビウスとしての未来君を差し出せという宇宙人のを 拒否しよう」と呼びかける隊長と、それに応じる”世界中の日本人”。
「地球の防衛をウルトラマンだけに任せていいのか」というキリヤマ隊長の言葉を引用する。つまり、「日本の防衛をアメリカだけに任せておいていいのか」という話しなんだろうね。
いつの間にかウルトラマンまでが右傾化している。
いや右傾化ではなく、宇宙の真実なんですけど。

それはともかく、「メビウスを引き渡さない」選択を易々と受け入れるってのはドラマに深みがなく全然面白くない。
ガメラは人類にトコトン裏切られるから悲しいのに。
やはりそういうあり得ないようなご都合主義が、ウルトラマンなんだろうなあ。
わざわざ「三部作」と銘打って放送するほどの話しじゃない。
映画もそうだったが、作り手が表向きにこだわればこだわるほど、子供向けと大人でも見られる範囲が乖離してきて、ウルトラマンの限界がみえちゃう。
その限界を決して越えられないからこそ、ゴジラシリーズやガメラとの住み分けができ、長続きしているのかもしれない。

で、今回はだれが助けに来るの?(;^_^A アセアセ・・・

2007年3月17日 (土)

モクレン 3

375947855_14_1モクレン三部作の最後はシモクレンです。
「紫色のモクレンもあるのよ」とゆりんさん。
ある朝、現場への道すがらふと見れば紫のモクレンがあるじゃないか!
ルーズに過ごした日曜午後、撮りに行ってきました。
なんで気付かんかなぁ。
この横にある建物は新築時、うちが屋根防水をてがけたというのに。

100枚ほど撮ったけれど、後から見ると100%満足するっていうものはやっぱりありませんでした。
「もう少し左隅に花が寄っている写真はないのか」と探すうちに写真が尽きている...。
一番マシに思えるのがこの写真。
マシに思えるっつーか、天にゃんが一番好きなのがこれ。
ガクみたいな緑色の物体にもそこそこピントが行ってるし、花先の空間が広い。もっと広いといいのになぁとか思いつつ、ここで終わってる。
言い訳するならこの日は突風で、カメラをしっかり支えるのが精一杯。木は揺れ放題に揺れている。そんな中で撮った一枚だから最上と言えるのかも(わっ)

2007年3月15日 (木)

ビールの飲み方

先月の終わり、大高での酒蔵公開のあと名駅西で飲んだことは、記述の通り。
その時の居酒屋で。
焼酎でもない、日本酒でもない、ビールでもないという心持ちになりました。
そん時”師匠”が頼んだのが黒ビール。
口の中にまったりとコクのあるうまみと、炭の香ばしさが広がります。
不思議とウイスキー的な飲み方ができた。
ちびりちびりとなめるように飲みながらノドを潤す。
イギリス人がバーで上面発酵のビールをなめる、そんな話しを思い出していました。

今夜、自動車ディーラーで部品を発注した帰り道、突然あのときのビールの味を思い出し、コンビニでヱビスの黒ビールを買っちゃったよぉ。
ふだんヱビスを飲んでるから、白黒はっきりシマショ!ミタイナ
ハーフハーフで飲んでも、白でも黒でもヱビスはうまいね!
今日のつまみはサンドイッチで、とても英国風な晩酌でした(笑)

2007年3月14日 (水)

困ったカメラグッズ

デジタル一眼レフは市民権を得て来たけれども、コンデジに比べると高価であることはあまり変わりがありません。
観光地で肩から一眼が下がっていると「ををっ」と思ってしまうのですな。
まずはメーカーを確認する。
キヤノンであれば機種を。
それがキスデジだとちょっと優越感(〃⌒∇⌒)ゞえへへっ♪
その分重い思いをしているのだからゆるちて(爆)

そういう高級カメラだから傷が付いたりしちゃ大変でしょ!
だからキスデジにはセミハードケースを与えまして。
革の内側にちょっとしたクッションがはいってて、軽く当たったくらいでは大丈夫ミタイナ。
ただ軽装で動いているときはケースがすごく邪魔になりました。
セミハードだから小さくたためない。
カメラを使っている時には道ばたに捨てたいほどです。
中山道歩きの時は最初から裸で持ち歩くようになり、ケースはまったく使わなくなっていました。
30Dになってからも変わらず、持っているときは常に肩から下げています。
強風が女の子を襲ったとき(ヽ(´〜`; ォィォィ)、おもしろい看板を見つけたときなど、ちょいとしたスナップを撮るためにはいちいちケースなんぞに戻していられないし、リュックにすら戻すのもめんどうくさいもの。
カメラの師匠でもあるマイミクさんがいつも肩からかけていることの影響もあるけれど、自分の撮りたい物に対して素直に素早く対応できるのは、いつでも撮れる体勢にあるからだと思うようにもなりました。

でも世の中にはカメラバッグというものが氾濫しているし、現実にカメラをケースに入れている人もみかけます。
カメラバッグ、レンズなんかも収納できて便利だけど持ち歩くのは、

じゃま!

旅装としては他にバックが必ず必要なわけでしょ。
それは背中に背負うとしても、カメラバッグ持ってちゃ片手がふさがっちゃう!
コンデジじゃあるまいし、

どうやって撮るのさ

そんな疑問があるんだなあ。
むろん車ならいいんですけど、逆に車での移動はシャッターチャンスを捉えるには不向きだし。

そんなわけで、天にゃんはどこにいってもでかい。
たぶん回りの人は、「こいつじゃまだな」と思っているに違いない。
身長は168cmで、胸囲1m近いもん。
ただでさえむさ苦しいそいつは、中身はほとんどカラとはいえ背中にリュックを背負い、肩にはでっかいカメラ。それを守るように腕でブロックしてんだから....
でもカメラバッグ持たせたらもっと邪魔だぜよ(笑)

2007年3月13日 (火)

SanDisk EXTREME 1GB

最近ね、乱撮りするから、1Gのメディアでは足りなくなって来た。
今のところあるかないかわからないが、あるものとして盆休みに中山道の秘境区間を歩く計画を立てています。
つまり岩村田ー下諏訪。
おそらく生涯二度と訪れることのない場所だから、まぶたの裏より写真という形で記憶に留めたい。

1GBの場合、最高画質で250枚〜300枚。
京都へ1泊で行くとこれを撮りきってしまう。
今回の中山道行の場合、3泊4日(正味2泊3日)だから、3Gは必要だろうと踏んでいる。これでおおよそ1000枚弱。これで不足する分は、現地調達(そんな店絶対ねーよ!)か、さらに画質を落とすことで対処するしかない。

いままではHAGIWARA SYS-COMの1GBコンパクトフラッシュを使っていたが、こんどはSan Diskのものを買うつもり。オークションでも1GのEXTREME3が5000円前後で出てるし、Amazonですら7000円後半で買える。San Diskは「近頃ニセモノが多い」らしく、そういう話しを聞くとオークションの安さがむちゃくちゃ気になって来る。しかも出品者は評価が(1)なのに、や たらとSan Diskのコンパクトフラッシュを出品してる。
どう考えても、

ぁゃしぃ

7000円程度のものを偽造したってもうけは知れてるだろうに。
ケチな了簡だなぁ、偽造屋。 

2007年3月11日 (日)

風林火山 (10) 晴信謀反

まぁサブタイは的確でよろしい。
晴信が準主役であるのに、現時点では主流派ではないということをはっきりと示している。

今回で10回。
おそらく半分程度しか見てないと思う。
あんまりおもしろくないね。
悪いのは武田晴信の人物像と、あまりにエネルギッシュな勘助にある。
もっともこのあたりは原作にある話しかどうかははっきり記憶にないので、だれに責任があるかは疑問ですが。

天にゃん的には晴信を糾弾したい。

あの晴信はダメだ。まったくダメ。脚本家、でてこーい!って叫びたくなるほどダメやね。武田晴信を現代的な英雄だと思ってる。聡明で、明るくおおらかで優しい。晴信ってそんなやつじゃないって。
むしろまったく正反対の人柄だったからこそ人望をもつことができたし、信頼を売ることもできたと思う。
陰気で、人に何か言われると気にするタイプ。
思い悩んだあげくに行動を起こす様な。
思い悩む辛さを知るからこそ人には気を使う。

学研の歴史群像でだれかが書いていた、「晴信は文学青年である」には大いに賛同したいと思う。
6畳のトイレで長い時間思慮にふけるような男である。
その人の気分になって考えたら、あんなお殿様みたいな高笑いするばすないだろって。

そもそも芝居が「王道」過ぎる。
まるで中村錦之助演じる織田信長のようだ。
絵に描いた様な英雄ぶり。
中村の場合は当主でもあったし、エンターテイメントだったからそれでもいい。が、大河でエンターテイメントばかりに走っていていいってことにはなるまい。人柄と時代背景などに於いて例え歴史認識の違いがあるとしても、とりあえずその世界観の中では一致しなければならない。
それができてないんだよねぇ。
つまりすでに武田家中にふたつの玉があって相克してしまっているってこと。
暴君ぶりを発揮する当主の信虎と、どう見ても聡明な晴信。

ドラマがもうダメダメなんだよね。
それを救ってるのは主役の勘助だから困っちゃう(笑)
足下救われてやんの。
あの不快な晴信をなんとかしない限り、このドラマは楽しくならないね。

もぅあんまり興味ねぇや。
どれをとっても中井貴一の武田信玄に及ばない。
お粗末です。

あ、春

先週からこっち、花粉症だか風邪だかよくわからない症状に悩まされていました。
鼻水とたんとくしゃみの連続。
鼻水は水っぽいのが花粉症だそうだげな。でもとろっと粘りのある黄色い鼻水なんだなぁ。そして雨の日でも容赦ない。
夜になればぐったりと。
風邪の様なきもするんですが、医者へ行く気も起らない。

370272865_51_1しかし季節ははるですね。庭の花もさざんかから椿へ。
椿はまさしく「春の木」。

これから大嫌いな夏に向かってどんどん暖かくなると思うと、まるで死地に赴く反戦兵士のような暗澹たる気持ちになるのですが、春の花々たちだけがそれから人を救ってくれています。
今日は花屋へでも行って花ときゃぴきゃぴ話して来ようかなーなんて思ってますが、外はすさまじい風のようですな...


タイトルは相米慎二監督の作品、「あ、春」からいただきました。
行方不明だった自称・父親がふいに帰って来て家族中が混乱するドラマ。「お前なんか知らない」と反発していた息子やその家族と次第に打ち解けて行く姿に人間の愛情を感じることができる良き作品でありました。

どれがプログレ?

わからんぞ。
例えばYESの90125とFRAGILE、そして初期ASIA。
Hatfield&The North。
Hatfieldはプログレファンに支持されているようだから、おそらくプログレだと思われる。ただし彼らの作品、「The Rotters' Club」の中でも、比較的POPなShare Itという曲もあって、いまひとつ「プログレらしさ」というものがわからない。

YESは前期、モロにプログレだと思うんだけど、再結成後に発表した90125はプログレとは思えない。シンセサイザーを多用するという「概念」 こそあるものの、ありゃどらちかといえば産業ロックだ。ポップで耳障りがよく、キャッチーで聞きやすい。さらに歌詞は覚えやすくリズミカル。そこにはオ タッキーなプログレらしさはほとんどない。アルバム然り。
でも「ASIAはプログレバンド」という声が厳然とあるらしい。
となるとプログレの定義がなんであるかわからん...

またYESとASIAの関係というのも微妙で、ASIAの成功に刺激されて製作されたのが90125のような気がする。内容的にもドラマチックな音楽性に於いて、アルバムASIAと90125は共通する。

有り体に感想を言うなら、
「腕のいい職人が、受けのいい商品を作った」
っつーところでどうでしょう^^
にが〜いコーヒーでも砂糖とクリームを入れることで、愛好する人が増えた。でもコーヒーの本当の愛好者(この言い方にも語弊があるけれど)はそれは邪道だと言う。プログレにも同じことが起っているんですねぇ。

それでもプログレの定義はいまひとつつかみきれない。
おそらく天にゃんは純粋なプログレファンにはならないと思うけど、YESのFRAGILEははっきり言って好きだ。それは音楽のジャンルを超越したところでしか聞けない人だからでしょうなぁ。
無知なるかな、天にゃん(笑)

2007年3月 9日 (金)

江ノ島にも名古屋港にも!

368455051_183スズメさんが乗った柵。
これ江ノ電・江ノ島駅でも見たよ!
江ノ島のスズメさんは服を着せてもらってたねえ。

既製品なのか、この柵。

2007年3月 5日 (月)

www1600super.comは3/27まで

わし、うっかりしとりました。
独自ドメイン、www.1600super.comの更新手続きを忘れておったのです。
更新のための支払期限が2/27まで。
ドメインの使用期限が3/27まで。
記事はいろいろと準備していますが、校正・構成する暇がなく、テキストファイルのまま放置してある現状です。

おそらく今ではトップページよりも、ブログから来られる方がほとんどでありましょうから、それほど問題はないと思われますが、WEBサイトという形は残したいので、しかるべきスペースに移動する予定です。

宇宙一のシアワセもの

364518619_178モクレンの花はみんな太陽を向いてる。
だれもこっちも見てくれないの?
本当はだれが自分を育ててているか、実は知っているの?
世の中の花と言う花はすべて太陽を見てる。
太陽から見たらきっと壮観だろうねぇ^^

モクレン、沈丁花。
春だねぇヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪
364518619_59

Cool Down 〜ASIA公演から一夜明けて

夕べのASIAはほんとうにすばらしかった。
他の人の記事を読むと完ぺきとは言えないらしいが、全体の仕上がりとしてあれ以上を求めることは無理であり、出演者に対してあまりにも酷だと思う。

John Wettonはノリノリ。
声のハリは1983年以上だと思われた。
そのバカでかい声をきちんと拾い上げてくれたマイク、ありがとう。
未だ身体ともに成長している賜物かな( ̄▽ ̄;A

Steve Howeは向かって右のスピーカーに半分隠れてた^^
君は古葉監督か?
若かりし頃はビジュアル系だったが、今や頭はずいぶんと涼しげで夏過ごしやすそうになってた。あまり派手なパフォーマンスもしないけれど、ギターは確実にドラムと絡んでる。高価なオリーブオイルのようだ。的確でうまい。
実際のところは、Kieth Richardsの方がうまいかもしれないけれど、音響できちんと聞こえてくるから、「オボロゲなギターパート」になってなかったんだね。
時折照れながら見せるおちょけた仕草がかわいらしい(⌒-⌒)ニコニコ...

プログレッシブロックといいながら、ASIAの基本は実はCarl Permarのドラムじゃないんだろうか。
彼はアクティブで、激しいドラミングを3曲ぶっ続けだ!
人ごとながら、倒れるんじゃないかと心配になってしまった。
そして彼もまたドラムソロの大サービス!
ドラムセットの美しさ、曲芸まがいのドラムプレイ。
彼はちょっとしたエンターテイナー。
どちらかというと、ASIAは職人の集まりっていう印象なのにね。

Geoffrey Downesって地味やぁ。
三糸君に似てるんだよ(笑)
今のASIAは彼のみが在籍しとるんやね。
プログレとしての骨格は彼が作ってるの?
ドラムとギターだけでは、ロックになってしまうのを彼が息を吹き込むことでプログレ化するような。
そうした作業を地道にしていたように見えた。
そんな彼にもソロタイムがあって、楽しめたよ。
それぞれが名のあるプレイヤーだけに、こういう幅の広さが芸になる。

Img_2389観客と、演奏者が一体となったパワーはひとりひとりの体で受け止めると体温が上がりすぎ、血圧があがる。

火照りすぎたからだを冷やすために、隣接の鶴舞公園内を歩いた。
園内の温度計によれば17℃もある。
少しずつ冷やすには適温でした。
ライトアップされているだろうと、噴水塔と、奏楽堂に近寄ってみたら、案の定だ!
Img_2377_1「やっぱり三脚が欲しいな」とつぶやきながら撮ってたけれど、けっこう見れるじゃん。
EOS KISS NのISO1600はからっきしダメだけど、30DのISO1600は使えるわヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

2007年3月 4日 (日)

ASIA in NAGOYA

すごいよ、エイジア、あんたたちは本物だよ。
26年もファンを待たせたあげて真のファンだけをより抜き、愛知勤労会館のような小さな入れ物に押し込んで本物の演奏を聞かせる。
待ちくたびれたファンどもはここを先途とばかり、叫び、踊り、歌う!
シングルでない曲すら合唱が起こっている。
Heat Of The MomentにいたってはJohn Wettonの声が掻き消されいた。

=======☆
今日は仕事でした。仕事を終えてから瑞陵高校前でモクレンを撮影して後会場入り。
ちゃんとビールを飲んでテンションをあげておく。

仕事をしながら妙にまぢになっている自分がいた。
「あの曲どもがナマで再現できるのか」と。
そもそもASIAの曲は音が厚い。
そして彼らは20年以上別々に活動していた。
おまけに四半世紀も前の曲を演奏する。
「あんな複雑な音の積み重ねはナマでは再現不可能だ」
そんな結論が出た。
でもその結果ASIAに幻滅してもしかたないとも思った。
それは彼らの責任だし。
=======☆

現実は違った。
カール・パーマーのすばらしいドラムプレイ。
ドラムにからむリードギターとボーカルはとてもブランクを感じさせない。微妙な間すらきちんととれており、自分の心配などあっという間に吹き飛んでしまった。 
愛知勤労会館は音楽演奏が前提に設計されているから、彼らの音のひとつひとつがきちんと聞こえ、かつどれもが寸分の無駄もなくからみあい、ASIAになっている。
その迫力には抗しがたく、鳥肌が立つ。
これが本物なんだ、と。

このコンサートはたくさん発見することがありました。
まずメンバーの名前が覚えられた。
ドラムスがカール・パーマー。
リードヴォーカル&ベースギターがジョン・ウェットン。
リードギターがスティーブ・ハウ。
キーボードがジェフリー・ダウンズ。

ASIAの音としての中核はドラムとリードギターのからみと見た。しドラムの上にギターが乗るとかいう印象ではなく、まじりあって、別のものに なっているように感じる。それがASIAの独特の個性でもある。そしてその個性がプログレファンでも「元クリムゾン」だのいう形容で表されるファンでもな い、新しいファンを作り出した。
だから今回のコンサートは、反応がそれぞれある。
クリムゾンの曲に盛り上がる層、ASIAオリジナルに盛り上がる層、そしてドラムにしびれきっている人たち(笑

それぞれがそれぞれの楽しみ方ができるすごいバンドだったんです。
ホントにすごいんだよ。
合間にはスティーブ・ハウの楽しい余興があったり、日本のファン向けと思われる曲があったり、はたまたドラム氏は曲芸すらやってみせる(爆)
そのひとつひとつがみんな本物。
ホント、すごいんだよ。
CDやレコードを大きく凌駕している生演奏ってどうよ!!!!!

そしてASIAの真価。
プログレをわかりやすくしたという功績。
YESのような難解な曲をドラマチックかつメロディアスにして短くするという方法ね。それがわかったとき、「ASIAを産業ロックといっしょにするな」という意味がわかった。

彼らは本当にすごいやつらです。
知らない曲ですら感動できる演奏をしてくれます。
あんなすごい音楽が、たった4人で作れるのか.....

2007年3月 2日 (金)

番五十四話電 局薬オガナ←

関の町並みを保存すること。
古い民家を使っていくこと。
それを実際に行なおうと考えている人たちのこと。

エアコンが普及した現在、一年を通して快適に過ごそうと思うならば外気を遮断し、空調を使えば良いのです。それをせずに古い民家を生かして行こうと言う人たちがいる。

ナガオ薬局の建物は築195年だそうな。
195年ですよ!
文化19年。
土方歳三の兄、為次郎が生まれた年。
のちの征東提督・有栖川宮熾仁親王が生まれた年。
それからずっと旧東海道の一角を占め続けて195年です。
何の因果だろう。

旧・関町がこの町並みを保存しようとしたきっかけも知りません。
でもここの町並み保存の意欲たるや、他の町の比じゃないです。
なにしろ電線を地下に埋めてまでしていにしえの風景をよみがえらせようとしたのですから。
「商売だろ」
むろんその意識を否定しません。金がなければ人は食って行けないのだからね。でもこの町には商売っ気が感じられない。
それは馬籠や妻籠のようなところと比べるとよくわかると思う。
馬籠・妻籠にはとにかく店が多い。
入れ物は古いけれど、町並みを利用して金を稼ごうという姿がある。つまり「観光地化」というやつですね。
妻籠は比較的古い建物がそのまま残りますが、馬籠に至ってはあまりにきれいで、「古さを演出している」ようにも感じられる。
別にそのどちらも「あり方」としては良いのです。
例え「演出」だろうが「観光地化」だろうが、訪れた人が楽しめる事が大切なんです。
でも関は違う。
ここは「町を保存する」ことがテーマなのです。
実際に町を歩いてみるといい。
めぼしい家には番号が振られており、個人のものでありながら個人のものではなくなっている。町並み保存地区ってのは、規制が多くて、いやがる人も 多いと思うのに、反対者をも巻き込んでの「町並み保存」。一体電線を埋めるのにどれだけのカネと努力が必要だったのか。それを考えるだけで、挫折してしま いそうな仕事だったはずです。

そしてナガオ薬局の弐代目長尾冨次郎氏はそんな一人らしい。
「喫茶店で閑古鳥が鳴いている」という相談がきっかけだったのだけれど、その関連記事を読むうちに古民家を大切にしたいという気持ちが様々な形で胸に迫って来る。
カフェでもうけたいのなら一階にカフェを設置すればいい。
関は喫茶店など休憩施設が不足気味で、お年寄りは難儀する。しかし彼はあえて二階にもうけ、店の雰囲気を大切にしてカフェとの同居に挑戦した様子。
もうけよりも店や街道の雰囲気を優先したことに感動してしまう。

「今時そんな酔狂な話しが」という笑う人が多いくらいだと思う。
けれど、人や町に愛着がわくとそう考えるのが自然の成り行きのようにも思う。もしくは、町の雰囲気が彼にそういう道を選択させた。
いずれにしろ、大したことだと思っています。
ここでべらべら書きなぐっているだけの自分にできることは、せいぜい店に行ってコーヒーを飲むことでしょう。

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