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2007年3月18日 (日)

風林火山 (11) 信虎追放

天にゃんには、芝居の善し悪しを見る力はありません。
けれど、感じることはできる。
感じるとは心の門戸を開くこと。
あけすけにすると見える物がある。
....
「酒の力によるのか?」と聞くな、そこのマイミクどの(笑)

「歳を取る」「経験を重ねる」
年輩の役者さんはよく口にするが、あまり実感しない。
目が肥えていないものが見抜くには難しすぎるテーマなのだ。
仲代達矢のいう役者との出会いは、NHK時代劇「清左衛門残日録」であった。
隠居した官僚が自分の人生を振り返るといった内容だが、時が止まったような映像のなかにみせる苦悩や、後悔の念、自分が気付かなかった回りへの影 響に愕然とする姿が、年老いた所作と見事に一致していた。つまりは、三屋清左衛門の心を掴んでいたといえよう。もっと原作は読んでいないので、作者の意図 通りかどうかは疑問ではあるが。

今宵は信虎サンデー。
「甲斐なきかな」
今川館でにおわされる言葉。
「時は今...」かよ(笑)
信虎は甲斐国主の心づもり。

甲駿国境。
自分が家臣の心を失ったと知った時から、青木大膳に斬られるまでの彼の心の動き。
涙が出た。
自分の意志によるものでない心の変化が、あまりに痛々しい。
英雄が時経ずして隠居になってしまった。
「ある得るはずのない現実」に直面して戸惑う姿から、晴信を讃えなければなかった信虎の心の変化が、本来ならば段階をおいてやってくるべき事柄が瞬間に起こってしまった。
その瞬間を数分に引き延ばした仲代の芝居というものは、人間の力を超越したものに思えた。つまり、原作者と会話しながら役を作り上げるという作業が、仲代のなかでほぼ完全にできていたということである。
原作者が作った信虎と仲代の信虎が同じものであるかどうかはわからないが、仲代信虎は、仲代信虎を24時間演じることが可能であろうということである。
仲代の芝居はまことにすばらしい。
言葉を尽くしてほめたいが、この程度の賛辞しか文字にできないことを切歯扼腕する。

まぁ仲代が素晴らしいのは当然と言わなければならないかもしれない。それを迎え討つ内野もよかったぞ。
仲代信虎と適度に距離を置き、信虎を引き立てつつ主人公としての自分の姿を全うする。その力関係はとっても微妙なはずなのにうまく間が取れていた。
内野もいい、うん!(^^)

今回の大河でうれしいことのひとつに、今川義元の見直しがある。
今回の今川義元は大変に良い。
知多桶狭間で信長に殺されたことのみを捉えて凡将だの愚将だと言われるのがなんとも気の毒でありまた、腹立たしいのだ。
織田信長という千年に一度出るか出ないかという将に破れたのだから、そういう評価は当たらないだろう。信長という日本史の英雄のすごみを表現するのに、なんらかの媒体は必要かもしれないが、今川義元はその埒外ですらある。これは絶対に間違っている。
それを見直している今回の大河は誠に正解。
ただし、谷原章介が「短足で馬に乗れず」をどう表現するのかはわからないが(笑)

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