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2007年1月

2007年1月30日 (火)

28歳のつボイノリオは捨てられない

昔エアチェックしまくったカセットテープ。
全然処分してなくって、2〜300本はあります。
なかには30年前の「のりのりだぁ歌謡曲」(注)や、「星空ワイド今夜もシャララ」のテープがあったりします。

今やレンタル店で時には100円でCDが借りられる時代。
この際テープなど始末しようと聞き直してみたらあら、大半が変質してるわん。間延びしたり、音が出なかったり、テープそのものが物理的に劣化してたり。
んなわけで、よほど貴重なものをのぞいて処分することにしました。
20年前、天にゃんを洋楽の世界に引きずり込んだテープたちと別れるとなるとさみしいような気もしますが、聞けない様なものを取っておいても仕方ないし...

さすがに「のりのりだぁ歌謡曲」のテープは捨てるに忍びなく、なんとか一時的にしろ再生してCD-Rなどに保存したいと思ってますが、どこに相談したもんですかねぇ。


番組内でキャンディーズの「やさしい悪魔」が新曲として紹介されているのを記憶している。

2007年1月29日 (月)

柳沢厚生大臣と伊吹文部科学大臣

今朝、柳沢氏のコメントシーンを見ました。
「女性は産む機械」ですと。
うん、確かに言った。
しかし「人間を産む機械として」というのは女性の身体機能の特殊能力を例えただけであり、女性の人間を産むためだけの道具なんて一言も言ってないし、その発言が女性としての人格を否定したとも思えない。
ましてや、女性が「子どもを産む機械として...」ならば、「男はタネを仕込む機械...」である。柳沢氏は人間であり、かつ男である。その男が自らを「機械だ」と卑下するか。

こういう揚げ足取りはバカなメディアが好んで行なうところでもある。
政治家はこういったバカな記者どもを相手にしていかなければならないのだから大変だと思う。ましてやこの事に関して、柳沢氏は陳謝したらしい。
「少しは想像力を働かせて、真意を探ってみろ」と恫喝してみてはどうか。
自民も柳沢氏も好きではないけれど、その真意を思うとき、メディアが政治家の足を引っ張っているとしか思えないし、メディアは明らかに程度が低い少なくともこれを記事にした責任者を「バカ」と言わざるを得ないと思う。

さて文部科学省。
先に「夕張に救いの手を」と日記に書きました。
昨日だったかおとといだったか、当該大臣がテレビで夕張の炭坑博物館の維持に関して、援助する方策を探るとインタビューに答えとりましたなぁ。
「やっとか!」って感じですが、少し安心しました。
ほったらかしではないことを。
ましてや炭坑労働者や炭坑については、国のエネルギー政策の歴史を語るものであり、語り継いでいく必要のある事柄です。そういう博物館が国内にひとつもないといういかがなものだろうか、という話ですな。
伊吹君、がんばっています。
引き続き病院や学校など、最低限の福祉補償は血税を投入して援助してほしいものです。
後から返してもらえばいいのだから。

2007年1月28日 (日)

横井山とスイセン

Img_0786_1横井山。
古くは月の名所として著名な観光地でした。
そして山田清一少年が、溺れる子どもを救い、自らは水中に没したこと。その碑があります。
「清一君を永久に忘れないため・・・」の文字がむなしい。


スイセンは70坪程度の花壇にいっせいに咲いていました。
何種類か植えられているようで、まだ花芽の上がってない株もあって、今後に期待です。
Nar_2

現在満開状態なのは、普通のスイセンと、黄色いスイセン。
どちらもほのかに香ります。
ナルシストの語源らしい咲き方は面白いですなぁ。
群落を見ていると「わたしも撮ってよ」と語りかけてくるような気さえします。
Img_0832

花とカメラの間は20cmほどの空間があるだけなのに、相変わらずその空間が埋められない。いつもレンズと被写体の間に"何か"が ある。
なんだろう。
透明感の撮り方を教えてください........(;__)/| ずぅぅぅぅん

新しい仮面ライダー

なんだこりゃ^^
まぁ疑問だらけですけど、クウガの初回ほどじゃないな(爆)
よくもまあ次から次へといろんなアイデアが出てくるもんです。
さすが山手三郎(やまてさぶろうじゃないからなw)ですな。
なのにいつも新しくて、漏るべきところがあり、ある側面からは楽しめる作りになっている。
不思議だ。

ま、今回。
一言で言ってしまえば、

仮面ライダーアモン

やな(笑)

なかなかおもしろそうですな。
これは秋山莉奈のおしりに期待だ!(爆)

2007年1月27日 (土)

日曜の過ごし方

1.膝が痛いから家でゆっくりする。
2.横井山のスイセンが満開だってよ!行くしかないがや!
3.明治村のCM見てまったがや!50mm単焦点活躍しそうだがね!
4.滋賀は雪なんか?津島は晴れやで!
5.仕事...ですか?

今夜も30Dを抱いて寝よう。

2007年1月26日 (金)

松山

先にお話しした愛媛の人。
「土佐は堅物、讃岐はせからしい、愛媛は温厚」
その話をしたら、「そうかもぉ」と。
愛媛は暖かで、豊かなところ。
自然人も温厚になる。

「松山っていいところみたいですよねー」と向けたら、
「うんうん、ほんといいとこですよー」と、住んでいる人が自分の土地をほめる。
いいなあ。
そんな松山に行きたい。
伊予の国。

...
去年取り寄せた宇和島のパンフレット。
係の方の手書きで「お気をつけていらしてくださいね」の文字。
伊予国のお国柄なのかもしれないなぁ (´▽`)はぁぁ・・♪

2007年1月25日 (木)

交通事故に対するつぐないとはなんだろう

数年前、飲酒運転の乗用車がタクシーに突っ込み、死者が出た事故に対し、先に懲役6年の判決が出ました。
なんでも危険運転なんちゃらかんちゃらという法律を適用するかどうかが焦点となったようです。
その判決を不服として、検察が今日上告しました。

しかし求刑20年て...?!
検察は何を考えてるのかわかりませんが。
死刑が容認されている社会で、懲役20年という判決がたとえ出たとして、それが飲酒&信号無視への抑止効果があるとでも思っているのかしらん。

風見しんごの稽古風景を今朝みました。
すさまじいやつれようでした。
クマができたなんてもんじゃなくて、目が落窪んでいると言っていいほどひどかった。
でも彼は自らの悲しみを訴える事で事故をなくしたいと思った。
加害者に対する恨み言のひとつも自分は聞いてません。
それほど悲しみが深く、考えが至らないのかもしれません。
また、自分もクルマに乗るからかもしれない。
理由ははっきりわからないけれど、事故の遺族は懲役100年だろうが死刑になろうが、悲しみは癒えないんじゃないだろうか。その悲しみを少しでも 癒してあげられるのが、加害者の為すべきことであって、交通刑務所で20年も暮らせば事故の記憶など薄れてしまい、出所した時は加被害者ともに、「あーそ うですか」なんてことにならないとも限らない。

刑を長くすれば済むっていう話じゃないと思うんです。
交通事故を減らす様な啓蒙活動に参加させるとか、反省を促すような処罰と言うものは望めないのかしらん。
そうすれば、被害者家族もいつかは、加害者の事を許せる心持ちになるのではないか思うんです。
「忘れる」のではなく「許してもらう」ような努力を促す法整備。
交通事故は他の犯罪とは違います。
酒を飲もうが信号無視しようが、事故を起こしたくて起こすわけじゃないのだから。

2007年1月24日 (水)

大きな会社は違うなー

某自動車ディーラーの方と話す機会がありました。
名古屋で研修を行なうために、全国から招集するのだとか。
その方法がすごい!
飛行機でひょいっと名古屋まで。
沖縄でも、北海道でも、飛行機でひょいっと。
具体的に言えば、朝会社に出て、「今から研修いってきま〜す」と飛行機に乗って名古屋へ。
その日は午後から研修があり、懇親会。
翌日は朝飛行機で帰って午後から仕事...だとか。

こんなことがこの日本で行なわれていたなんてすごい驚きでした。
まるで飛行機を通勤電車と間違えている!
クルマでぽつぽつと走ってる時代じゃないんだな。
ましてや徒歩で中山道を歩くなんてアホやな!(笑)

じゃ、おやすみなさい。
アホの日記でした
あーせやけどびっくりたしたわ。

2007年1月23日 (火)

Day Tripperの限界に挑戦?!

中山道は大半主要道路、あるいは鉄道が沿ってます。
鉄道なら東京から東北〜高崎〜信越線。
下諏訪から中央線〜名鉄線〜高山線(名鉄)〜東海道〜近江鉄道〜東海道。
例外(?)が二カ所。
大井宿(恵那市)〜御嵩宿間と、芦田宿から下諏訪への道。
芦田宿以東はなんだかんだ言っても佐久平からバスで30分ほどのところなのでまだしも、芦田、和田両宿は上田駅からバスで一時間とある。
とほほーーーーーっ!
こりゃあ大変。
上田そのものが名古屋からは甚だ交通の便悪く、クルマでなければ無駄な時間が発生する事疑いなし。かといって、佐久平も便利とは言いがたく、信濃路は難問山積であります。ひょっとしたら交通費を2万もかけて一宿分しか歩けないと言った事例も出てきそうです。
んでも知らない土地をてめーの足で歩きながら見て、好きなものや気の付いたものを写真に収められるのは至福のようです。

♪春になれば信濃にぃ〜

とみたゆう子

326019894_212

思い出したよ、やっと!
たぶんね、知らん人ばっかりやろなあ。
だって名古屋ローカルで活躍しとった人だもん。
はやりことばで言ったら名古屋インディーズか?(笑)

ちょうど八神純子が売れてしばらくして出て来た人やね。
若くてかわいらしい声の女の子だったがや。
FM愛知で「マインドスケッチ」(注:研音のサウンドスケッチと君、間違うこと勿れ)という一時間枠の番組をやってました。いや、30分か(;^_^A アセアセ・・・
声がかわいくてね。ちょっと舌ったらず。
下川みくによりもおとなしい感じでしたかな(ますますケムにまく)
アルバムを買いました。
「DEUX」という。
キャンディポップな仕上がりだけども、女の子の心の愛らしさがよく出てたなぁ。今ならさしづめAIKOか。
A LONG VACATIONが売れていた頃の話で、雰囲気がそれらに準じてました。
何かのメディアに、「八神純子とは比較にならないルックス」と評価されていたのが、記憶に濃いのです。
「なんと失礼な言い方か」と、笑いましたけど。
だってどっちも好きやったから。

数年...といっても今からさかのぼればもう15年以上も前のことになるでしょうが、風の便りに「結婚した」なんてことも聞きました。途中失恋を テーマにしたようなアルバムも発表され、うちのどこかにテープかあるいはLPが潜んでいるかもしれないけれど、ファンが彼女に望んだものは、女心の愛らし さであって、胸中の辛さとか、恨み心ではなかった。そのアルバムを聞いたことで、むしろとみたゆう子を断ち切ったと言えるかもしれない。

でも女性っていつまでたっても「女の子」の部分をもっているんじゃないだろうか。自分では「こどもみたいなこと」と思っていても、それが女であることの証明...みたいな。
男でも女でもそれは同じ。

で、彼女は今なにをしているのかな。
引退したのかな。
家族水入らずでシアワセに暮らしているんだろうか。

2007年1月22日 (月)

宮崎県知事になる

メディアはいろいろと分析してるようだけど、県民というよりも、選挙民全体が腐った政党政治を否定し始めてるっていうことじゃないのかな。

大体選挙と言ったって、選択はほぼ3つしかない。
a.自民・公明の野合
b.利益によって分裂下に過ぎない民主
c.それに共産党。

aとbはなんら変わらない。
やつらの都合によってふたつの派閥になっているだけのことで、別に主義主張が変わる訳じゃない。
自民の税法上の問題が発覚すれば、同じように民主もやっている。
「二大政党制の到来だ」とメディアはあおり立てるが、大体保守の二大政党でうまくいってるのはアメリカくらいやろうに。民主主義の本拠地では多くが保守と革新の二大政党であるから、政策の振幅が大きい。「何かが変わるかもしれない」と積極的に期待が持てるというものだ。

茶番選挙はうんざりだってのが選挙民の本音だろうね。
自民だろうが民主だろうがなにも変わらない。どっちも政党政治の走狗でしかないってことを知ってるのが、「行ったってしかたない」とする人たちじゃないかとも思う。

よく例に引くけれど、ぼくは小村寿太郎がわりと好きです。
日露の現状をよく踏まえて命を賭けてポーツマス条約を結んだ。
われわれがよく知っている、「日本は戦争を続ける余力がなかった」ことを国民は知らなかった。だから小村は徹底的に国民にあざけられ、日比谷では電車の焼き討ちまでが起きている。
その小村。
「政党など百害あって一利無し。徒党に過ぎぬ」と言ったとか。
彼が恐れていたのは、現在の日本の"民主主義"ではないか。
政治家の理念が生かされない政治。
最大公約数的な政治になることを、彼は危惧したんじゃないか。
そうしたことを選挙民はいいたいんじゃないだろうか。
「知名度が云々」とか、それは受け皿としての要件でしかなく、政治そのものの問題ではない。
宮崎県には、むじな以外の候補者が現れたということなのだ。
むじなどもNO!

日曜日の日記

325120358_68 土曜の夜に早寝早起き。
日曜は意味のない午前中を過ごしてしまいました。
昼からは単焦点50mmレンズの、室内での使い方を考えるべく、なぜかわざわざ桑名の諸戸清六邸へ行ってきましたよ。もう4回目。
とにかく貴重なコンドル作品を見られるのがうれしくって。
館内ではロビーでなにかのイベントが開催されました。
小さなコンサートみたいな感じ。
洋館の雰囲気によく合う曲で、ちっと得した気分。
諸戸さんも賓客を迎えて、こんなことしてたのかなぁ。

325120358_194 日没までは若干の時間があったんで、石取会館を見に行って、さらに残り時間でまた旧東海道をしばしたどってしまった。
この石取会館は、石取祭りの山車が展示してあります。
実は大正14年築の旧四日市銀行桑名支店だったりします。
角の丸い洋風建築って好きだなー。
なんだか愛らしくって。

325120358_135 七里の渡し公園から矢田の立場の手前まで約2km、旧街道らしく一般観光客が見向きもしないような遺跡がいっぱいありました。
記憶に残ったのが鍋屋町の天武天皇社で、「天武天皇御舊跡」と記したのが、かの有名な松平定敬氏なのでした。歴史の中で大きな役割を果たした同氏の筆跡を見つけただけでも歩いた甲斐がありましたわ!

2007年1月21日 (日)

待望!坂の上の雲

「坂の上の雲」の映像化、あきらめたと思ってたらまだまだ生きてようです。この作品化と関係あるのがどうか脚本家が自殺してしまうというトラブルに巻き込まれて、てっきりまたまた企画断念かと思っていたのに。

秋山真之 本木雅弘
秋山好古 阿部寛
正岡子規 香川照之
律 菅野美穂

公開されたのは、これだけのキャスト。
ちょっと阿部寛の線が細いですねぇ。
この中で一番骨太なのは秋山好古なので、ちょいと危惧してしまいますな。その他はイメージによく合ってます。
香川照之は、前半の主人公に近い存在です。
やっとおいしい役を得ましたな!
大河史上での超駄作「利家とまつ」では秀吉と言う役を得ながら、前田利家という二流の人物の引き立て役になってしまってました。
今回はほぼ主役だぜいィェィ♪(v〃∇〃)ハ(〃∇〃v)ィェィ♪
天才子規と人間子規を演じられる若手俳優はそうそうおらん。
宿阿に冒されながらも、俳句の発展に情熱を傾けるその姿に、明治の人間の生き様を見たいものです。o(^-^)o ワクワクッ

こき下ろされることになる乃木大将と伊地知少将を誰が演じるかということが気になりますし、なによりもアジア諸国との関係の描き方をどこまで原作に忠実に表現できるかにポイントが置かれそうで心配です。一党独裁国家からちゃちゃがはいらないように願いたいものです。
乃木に関しては「無能な軍人」とまで言い切っているだけに、扱いには苦労するでしょうが、司馬はそれをフォローするために、「殉死」という作品で彼を深く掘り下げています。
そういったことをドラマのみで表現できるかな。

ところで、制作費の比較対象として大河ドラマの1本あたりの制作費が6000万だと知れました。6000万ということは、年間48〜50話だから、約30億か!
映画のことを思えば相当お安いですなぁ(-。−;)

2007年1月20日 (土)

富山県警

怠慢捜査官どもを2年9ヶ月収監しなさい。人権無視の検察も同罪じゃ。

TBSは相変わらず不二家がトップニュースか。
けっ

愛知川宿のひみつ

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先日の中山道歩きの途中、愛知川宿内で写真のような建物を見つけました。
このような鉄筋コンクリートの洋風建築は昭和の初期に流行した銀行建築だと思われるのですが、どこをどう調べてもこの建物についての記述がありませぬ。
現在、旧愛知川宿内にある銀行はびわこ銀行と滋賀銀行のふたつ、そのどちらかの旧店舗と考えるのがごく普通ではあるけれど、どちらの名前で検索しても出て来ない。中山道を歩いている人にとって、こういう建物は興味の対象外のようで、大半はまったく触れていない。
同じ金融機関でも古い郵便局は木造洋風建築であって、例え外観が石造り風であっても内部は木造であるものです。
小さな建物でありながら威風堂々とした貫禄は銀行独特なのですねぇ。それだけにだれも名前すら知らないこういう建物をふいに見つけると声を上げたくなるほどうれしいのですが。

しかたなしに現地の商工会に質問してみましたわ。
答えていただけるかどうかはわかりませんが、一番手っ取り早いかと。ここで判明しなければ、愛荘町の町史編纂課に問い合わせるしかない...

それにしても、ここのファサードは独特の形状ですなぁ。
柱の装飾、エントランスを支えてる飾り。かなり派手です。

この建物、現役なのがとてもうれしい。
背後ににたっているお宅の一部として、普通に使われています。
背面にある「勝手口」は開け放たれて、「生きている建物」であることがわかりました。建物は使っていると傷みにくいといいます。使うということは言い換えれば「保存している」に準じている。表側さえ見られれば町の顔としての使命は果たす訳でもありますな。
津島の旧名古屋銀行津島支店は使われていないために傷み放題になってしまっていることを思うとき、「当分この建物は安泰やな」と安心するのでした。
ただエントランスの笠木だけは撤去してほしいなぁ。せっかくの石造りの美しさを邪魔してるし、さびついてて汚らしいよ。

2007年1月19日 (金)

ウソと欺瞞の中で生きる

1.「世の中には生きたくても生きられない人もいるんだから自殺なんかしちゃいけない」

そんな言葉、死にたい人にはなんの力も持たないってことが、死にたいと思った事のないシアワセいっぱいの人にはわからんのだろうね。

2.「君を必要としている人が世の中には必ずいる。死んじゃいけない」

へぇ〜どこに?
証拠は?
根拠のないウソで騙すのはやめたまへ。

3.「君が死んだら悲しむ人がいるのがわからないのか」

じゃあぼくは「そのひと」のために生き続けるのですか?

幸か不幸か、勇気すらないままに生きているけれど、いいことなのか悪い事なのかわからない。
自分より若くして死ななければならない子どもがいるなら、命をわけてあげたいね。
そういう修行もアリですか、神様(苦笑)

あぁ上野駅

初めて上野駅に行ったのは昭和55年頃。
薄暗いプラットホームに着く特急、急行が常に何本か留まっていて頻繁に発着してました。
特急・急行の隙間を盗むように普通列車が運転されてた。
各駅停車なんぞ、おまけ。そんな時代。

どこかに故郷の香りをのせて♪

そんな上野駅を歌で表現した井沢八郎氏が亡くなった。あの歌は「心の駅」じゃない者にも上野駅の匂いを伝えた。それは「ふるさと」のかおりかもしれない。
新幹線開業前の東海道線を知らない世代のファンは上野にそれを見、胸を高鳴らせた。
あぁ上野駅。
井沢八郎の歌はぼくの中では永遠です。

2007年1月18日 (木)

予定は未定の日曜日

あれ、日曜は仕事じゃなかったの?
もっとも雨らしいから仕事は無理かもしれないけどさ。
「今あわててやる現場じゃないらしい」などと、あんたいまさら。
そんなわけでどうなるかわかんない日曜日。
遅れを取り戻すか、休むか。
だから雨だってよ<日曜

中山道を歩いてますが、すべてほったらかしにして歩いてます。
いくつかの博物館、資料館等全然見てない。
醒ケ井にふたつ、五個荘に多数。
それらを拾わなくちゃね。

五個荘駅で見つけたパンフレット。
「彦根城築城400年」だそうな。
3/21から大々的にイベントをやるらしい。
こりゃ楽しみだ!
井伊の殿様のすべてとか、「井伊の赤備え」、佐和山の"一夜城"再現&ライトアップなど、国宝天守を持つ町らしい歴史を基調としたイベントが多くておもしろそうです。

あ、足は今回平気でした。
改めてガイドブックを見たら、柏原−高宮は約20kmありました。しかも道中はアップダウンがしっかりある。今回の高宮ー愛知川は12km程度しかない上に道は平坦だから、比ぶるべくもなく足への負担は軽かったのでした。
江戸時代、男が一日に歩く距離は約10里、女はその半分が標準とされたようです。疲労度を考えると、現代人...というか天にゃんの足は江戸時代の女性と同程度の脚力しかないってことかな。

中山道と沿っているのは、東海道線から、近江鉄道本線へ、さらにまた東海道へと戻ります。
次回は五個荘駅からスタートです。
愛知川ー武佐は2里半。
五個荘からは2里かな。
とすると、次回は近江鉄道ではなく、東海道線・近江八幡から東海道線で帰る事になるかもしれない。歩き始めたばかりの者にとって、これはひとつの区切りです。
そんな区切りを迎えて準備しなければならないのは、未踏の土地について。つまり、信濃路以東です。
クルマと公共交通機関をうまく使わなければいけない。
ある時はバスになるかもしれないし、不便な小海線も利用しなけりゃいかんかもしれん。
ま、天にゃんの場合は鉄道・バスに乗るのも楽しみだし、ドライブも目的のひとつ、おまけにカメラっと。
大変だよなぁ、信濃路...

それにしても今年は雪が少ないですなぁ。
歩く前に人のレポートなどをいくつか読んでから歩いてますが、この時期は大体雪があるらしい。今年はまったくないもんね。
だからこそ、スタート地点までのアクセスが大変に楽なのです。
名古屋から鉄道に乗っていたら大変にタイムロスになってしまう。
もっとも雪が例年通りじゃないのは近江路のみで、木曽路はすっかり雪のようですが。

地元のアクセント

例えば、名古屋。
地元では「や」にアクセントを置きます。
「おかざき」は平易に読みますが、関東のニュース読みは「お」にアクセントを置くことが多いようです。地元にしてみれは甚だ不快ですが、こんなものを覚えていたら際限がないのでしかたありません。(でも覚える努力はしてほしい)

さて、彦根を歩くと近江鉄道にしょっちゅうお世話になります。
先には高宮から米原、昨日は五箇荘から高宮まで乗りました。
彦根に高宮、あなたならどこにアクセントを置きますか?
近江鉄道の案内放送は、「彦根」の場合は、「こ」に、「高宮」は「た」にアクセントを置くのです。
ぼくらよそ者は、彦根ならば平易に、高宮なら「か」にアクセントを置くでしょう。思いもしないアクセントなので、よほど気をつけていないと、降り過ごしてしまいそうなのです。

でもねぇ、こうした地元でしか聞けないアクセントを耳にできるのも、自分が観光客ではなく、地元の生活文化にかすったからだと感じるのですね。

...まさか近江鉄道の案内放送のアクセントがおかしいってことはないでしょうね  =*^-^*=にこっ♪

2007年1月16日 (火)

ISO3200+17-70mm F2.8-4.5

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ISO3200ってすごい! 水槽のような薄暗い環境でも1/125のシャッタースピードで魚の動きを止められる!
ノイズはすごいけれど、がまんできないほどじゃない。
以前よりレンズが明るくなったことも関係しているけれど、そこは望遠側が70mmあり、離れて撮影できるために魚の警戒心を緩和できるってことも大きく影響してるかも。

とりあえず見本写真はカメラのスペックを試すために撮影したもの。
3枚とも実物の6〜7倍の大きさに写っています。

2007年1月15日 (月)

EOS 30D来る!

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買っちゃった!
二代目一眼レフです。
EPSON CP500→OLYMPUS3040Zoom→Canon EOS KISS DNに続く通算4代目のカメラでもあります。

でかいよ!
キスデジは筐体が小さく、カメラを持つと爪が本体にあたることもしばしば。
でもさすが30Dは手にぴったりと吸い着くようになじむ。
男の手のサイズに作られているみたい。
わたしの手は小さいんだけどね。

重さというのは諸刃の剣。
重さにはステイタスを感じるけど、この重いカメラを提げて中山道を歩くのは、体力の消耗を促進する様な気がする。キスデジに比べるとそんな印象を受けるほど重い。
実質は、
KISS DNが675g(純正18-55mm込み)
30Dは1155g(SIGMA 17-70mm込み)ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ
重っ!

もうひとつは同時購入のレンズ。
17-70mmのマクロ。
従来の18-55よりも明るく、しかもズーム域が広い。
うはうはやん!
しかし72パイとは驚いた!
カメラサイズにふさわしいサイズですわ。

2007年1月14日 (日)

ある日曜日

なんと日曜日なのに早朝5時に起きてしまう。
深夜付けっぱなしのラジオからは氷川きよしの声。
その後、「今日は行かないんだよ」と言い聞かせて無理に寝るものの、また6時過ぎに覚醒。こんどは水谷ミミの声。
仕方なしにのっそりと起き上がる。

朝早くから本屋へ行って「中山道を歩く」ためのガイドブックを買い、返す足でCanon30DとSigma17-70mmズームレンズを発注する。
「メーカー在庫を確認してからご連絡」するそうだ。
早くて一週間とは、今時ルーズな流通ルートやな^^
キタ○ラは在庫を持っていないのか。
それとも各店舗が仕入れともに独立採算なのか。
昼めしはついでに買い付けたコンビニ弁当。
ホットドックでビールをあおる。

その後家人にキスデジを下取りに出す旨話したら、弟のカメラが壊れているという話。
「下取り値くれれば譲るぞ」とケチな天にゃん(笑
キスデジNの中古は今や5万弱で売られている。
下取り値は推して知るべし。


前後してASIAのチケットが到着。
予想だと、ずーーーーーーっと左の席のようだ。
しかしナゴヤドームの様な即席会場ではないので、まともに見える席ではあろうと期待する。
それにしてもキング・クリムゾンの曲をやるって?
おれ名前しか知らんよ^^:

2007年1月11日 (木)

きたむらさんにお願い

・ファインダーがしょぼい。
・一眼レフなのにシャッター音が電子音。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。
・軽過ぎて手ぶれしやすい。
・小さ過ぎてホールド感がよくなく、結果的に安定しない。

以上4点がキスデジの不満点。
画素数が問題ではありませぬ。

そこでキ○ムラさんにお願いがある。
EOS 30DとSIGMAの17-70mmをセットで15万にしてくれないか。
んでキスデジ18-55込みで下取りに出すから、5万以上引いてちょ。

どーだ。
できんか!
無理だわな...(;^_^A アセアセ・・・

回りにキヤノン派がいないので、天にゃんはあくまでキヤノンでいくことにした。
ふんだふんだふんだっダッフンダ!

2007年1月10日 (水)

長州の心を失った長州人

すっとこどっこい安倍。
おまえの言う愛国心なんてブタに食わせとけ。
見ろ、ブタのクソのなかから右手が出て来たよ。
ぶーぶーぶた。

そしたらブタを食え。
すっとこどっこいなお前さんにもブタの心がわかるだろうよ。
ぶーぶーぶた。

2007年1月 9日 (火)

ガソリンスタンドでヽ(*'0'*)ツ ワァオォ!

燃料いれた。
久しぶりだわぁの30L(^○^)
週末に東濃へいくのかもしれないから。

その時の話。
スタンドのにーちゃんは新しいバイトくん。
「ハイオク30ねv(=∩_∩=) ブイブイ!!」

奥では店長がオデッセイを移動中。
ふと見ると左のブレーキランプが切れている。
「てんちょ、左のブレーキランプ切れとるよ!」
「あっほんと?!」
店長、それをお客に伝える。
「えっ?!ほんと?なんでわかったん?」
おまえなーヽ(´〜`; ォィォィ

帰路、左のミラーを見ると、フューエルリッドが開いていた。
「にいちゃん、締め忘れとるじゃん!」
店では給油口が黒っぽく見えてたので、締められていると思ってた。開いてるのは、リッドだけだと。
でも違った。キャップがしてなかった(;^_^A アセアセ・・・
兄ちゃん、「すいませんでした!」と平謝り。
「はいはい」といつもにこやかな天にゃん。
リッドが開いたまま走ってるのは、スタンドボーイのせいだけではないぞっと___φ(゚ー゚*)フムフム___φ(。_。*)カキカキ
ま、あわてないあわてない。
ひとやすみひとやすみヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪

2007年1月 8日 (月)

ふくまる旅館

西田敏行はクソ忙しいのに人情ドラマなんかに出てるんだねぇ。
今年は大河がないから、スケジュールに余裕あり?

昨今、テレビドラマといえば、「惚れた腫れた」か、人殺しばかり。
多少目先が変わってても人殺しには違いない。
どんなドラマがあろうが、笑いの要素があろうが人殺しはある。
もういい加減うざいんですよ。
人を殺さないとドラマ作れませんか。
喜劇はどこへ行ったんですかねぇ。
喜劇駅前旅館、男はつらいよ、車掌シリーズ。
何の屈託もなく笑える娯楽作品って作れないんですかねぇ。

TBSのふくまる旅館、ストーリーはありがちだけど、ほのぼのと安心してみていられて心地いいねぇ。
西田敏行は芝居してるのか地なのかわかんねー。
タイガー&ドラゴンで勉強したと思われる落語をちぃっとばかり披露して、サービスもありだし。
TBSの月曜8時は人情タイムだね。
12時間前の穴を埋めようとするが如く(笑)
西田敏行、渡辺いっけい、木乃花が出る喜劇と聞けば見たくなるのもまたこれ人情かもしれないよねぇ。

月曜8時はこれで決まりだな。

2007年1月 7日 (日)

風林火山 (1) 隻眼の男

うむ、始まったのぅ、勘助殿。
正直に言って、内野聖陽はうまいけれど、自信過剰な印象を前から持ってます。だから文四郎も見なかった。
自信たっぷりなのか、力強い芸風なのかはわからないけれど、見ていて気分が良くないのだ。
けど今年は彼から逃れられない。
とっくり付き合うしかない。

今回、幼少期がないので、いきなり全開の芝居です。
内野ワールド全開。
心地よい部分はあるし、安心できる力だけど力みすぎの印象がどうしてもぬぐえない。このドラマだけ見れば、「うれしくて力が入ってんだな」と勘違いされてしまうぞ。
とにかくアクが強い役者だよね。
他の役者の個性すら食ってしまいそう。
これからこの力を制御していくかが、個人的には彼の主題だと思う。
例えを変える。
布施明は声量で歌い上げるタイプの歌手で、そういう歌を歌わせたらおそらく右に出る者はいないが、ぼそぼそと語るタイプの歌手ではない。それと同じタイプなのが内野だと感じるの。
今始まったばかりで、苦言を呈するのは遠慮しておこう。

ほかに気付いたこと、3つ。

1.中井貴一版武田信玄で、鬼美濃こと原美濃守虎胤を演じたのは、宍戸錠ではなかったか。今回鬼美濃を演じているのは、息子の宍戸開である。二代で同じ役を演じるとはおもしろい趣向ぞ!
意図的なキャストとしか思えず、開にとっては見せ所といえよう。ウルトラマンマックスの隊長役では楽しげに演じていたが、大河ではそうはいかない。今日のところはなかなか骨がある芝居で好感を持ったぞ。これがまず大変な楽しみ。

2.板垣信形(信方)役の千葉真一だ。
「武田信玄」では菅原文太が演じたこの役、今のところ菅原に軍配上がる。板垣は信虎よりも晴信の家臣といった印象が強い。「じい」と呼ばれる立場でもある。千葉真一のような活発なイメージとはちょっと違うんだなあ。単に好き嫌いかもしれないけれど。
千葉真一は忍者のイメージが濃すぎるんだよね。

3.武田信虎
仲代達矢はすばらしい。
文句のつけようがない信虎像である。
平幹二郎は線が細くて、いかにも癇癖持ちの暴君というイメージが強すぎた。仲代はそのあたり、ただの暴君に立て直している。暴君といっても信虎は 混乱し続けた甲斐国を一代で統一した名将でもある。暴君ぶりで、名将ぶりをすべて打ち消してしまってはならないのだ。脚本との関係もあるだろうが、このあ たりの表現はさすがだ。

中山道を歩く 柏原→高宮宿(完)

311942035_236 311942035_20 とことこ歩いている道がまた開けます。
傍らに豆腐屋さんがあり、そこからクルマが出てきた。
「中山道 高宮宿 手作り豆腐の中村豆腐店」
の看板が、高宮宿への到着を教えてくれました。
さらに左側には高宮宿の大きな道標があります。
ついに来た!
近江鉄道の踏切から線路を遥か見るとかなり向こうに駅がある。
あれが高宮駅か。
さらに街道をゆくけれども、駅への案内はなし。
「えいっ」と思い切って左へおれていくと駅につきあたったぁ!!

311942035_13 電車の時間を確認してベンチにへたり込む。
足がしびれるように痛い。
既に痛みは左足だけでなく、右足まで蝕み、痛みを感じずに歩くことができない状態でした。

米原行きの電車に乗ると十数分で、米原。
懐かしいにおいのする近江鉄道米原駅からJR米原駅へ歩いて移動。・゚゚・(>_おわり

中山道を歩く 柏原→高宮宿(5)

311937035_241 鳥居本宿を出ると一時的に田園風景となり、小町塚があったり、八幡神社があったり。
八幡神社は、中山道から山に入ったところにあるらしいけれども、新幹線が分断しています。
中山道側には常夜灯があるだけで、
「???」
よく見れば新幹線盛り土に口が空けてあったー^^
その向こうには八幡神社の階段が見えたけれど、そこへ歩く意欲なし。
新幹線の下をくぐるあたりが分水嶺のようで、ここから下りになります。風情は変わりませんが小川が深くなって、落ちると危険!
交通量は変わらないために一層気を使います。
311937035_129 醤油屋さんがあったり、五百羅漢入り口の石碑があったり、それはもうそそられますが、寄る気力がありません。
とにかくクルマがうっとうしい。
彦根インターの下をくぐって、常夜灯を過ぎれば、そこは新興団地となり、中山道の風情は一掃されます。交通量は一層多くなりますが、道幅もそれに対応しており、少しは歩くのが楽かな。

春日神社があり、きれいな板に説明書きがあります。
宇多天皇がどうのこうのとあるけれど理解できない時代のことなので、眺めるだけ。

311937035_242 目安にして来た大堀橋に着きました。向かいには中山道沿い初のコンビニ、セブンイレブン彦根大掘町店!
もっともその向かいの公園で残っていたおにぎりを食って休憩しただけですですけどね。
この裏にある石清水神社は小高い丘の上にに鎮座しているそうです。向かいにはここの湧水を利用した茶店があったそうですから、石清水という名前はそこから発したのでしょう。
京の石清水といえば、尾張義直公の母の実家でもありますが、それとは無関係なのでしょうか。
北側にはこれまた石仏さんがいっぱい。
みな前掛け付き。
手を合わせておこう(-人-)

中山道を歩く 柏原→高宮宿(3)

311910861_96 311910861_55 さても足が痛い。
坂の途中にあるJHの施設でちょっと休憩。
弁当食って横になって足を休ませるけれど、1時間程度の休息では変わりません。しかたなしに出発。 もっと歩きたいと思うのが不思議なくらい痛い。

坂をくだったところで、名神沿いの道と「摩針峠」への道に分かれます。ここで後方からやってきた中山道ハイカーのおじさんと道について話したら、「朝8時半頃に関ヶ原を出て来た」とのこと。
うみゅ!
関ヶ原と言えば、柏原よりふたつ東の宿場だよ!
あたしゃ柏原を7時20分に出て来ているのだ。ということは、2宿分約8km+1時間ほど、おじさんに追い上げられたのだ!
「あなた、カメラ撮られているから」と慰められてしまった^^
写真を撮ることでそんなに違うかな〜と思いながら道標の写真を撮っていたら、おじさんの姿はとうに視界から消えていました。
すでに数百メートルは行ったらしい。

311910861_244 本格的な峠道ですが、東から来れば上りよりくだりが長いのです。
いかにも街道らしい建物が廃屋になっています。
そして、峠にたつ。こんどは下り。アスファルト道ですが、脇に手すりのついた山道があります。どうやらこちらが中山道らしい。気付いたのは坂をい い加減下ってからでしたが、いかんせんこの足では山道は降りられないのであきらめました。このときには痛くて足を引きずっている状態。ささいや勾配でも痛 くて足にキャンバーをかけて歩いてました。
坂の途中からFUJITEC研究所のエレベーター試験塔が見える。
踏切の音が聞こえる。
国道8号線に合流したのもつかの間、モニュメントとともに再び中山道へと突入です。

中山道を歩く 柏原→高宮宿(2)

311900155_248_2 久禮一里塚をたって、番場の宿を進みます。
番場宿は東と西に大別しなければならないほどの集落らしくて、沿道の案内板にもわざわざ「東番場」とあります。街道沿いは民家が途切れることはなく、鉄道が開通するまでの繁栄の跡を感じることができます。
番場に入ってしばらくすると左足に異変が現れてきました。
くるぶしの下が痛い様な痛くないような。
時にはかゆみのようなものに変わったりする。
痛くて歩けないほどではないからそのまま歩いていくと、「番場宿」と大書した石板と出合いここで一服。
311900155_95 番場宿の脇本陣跡で、米原駅へ向かう道と交差し、明治22年に開業した米原駅へのアクセス道路として作られたのでしょうか。
さぞ人でにぎわったことでしょうなぁ。

西番場に入ると左側に蓮華寺の大きな入り口が現れました。
足も痛いことだし、しばらく休憩するつもりでその中へと進んで行くと、民家の玄関先には祠に入った石仏さまがあります。1軒2軒ではなくて、1/3くらいの民家にはそれがあるのです。

歩き始めてずっと気になっていたのだけれど、民家のなかに置かれている祠はだれのものなのでしょ?大概は外に向けてあったり、玄関先に置かれていたりするのですが、あくまでも他人の家の敷地内で、前まで行って手を合わせることは気が引けるのです。
家と街道の中間点に置かれているという点で、美濃路界隈で見られる屋根神様と酷似しているような気がするのです。どういういきさつでああいう祀られ方をしているのか知りたい。
ひとつひとつきちんと手入れされていて前掛けは欠かしていないし、お化粧されている家もあれば、白木の祠だったり。自分の住む家よりも祠の方が立派な家すらあるのです。
正月らしく、ちゃんと鏡餅のお供えもされていて、なんとなく住む人たちの優しさを感じます。
お供えってのは一般に仏様に上げるものだけれど、現実には食い詰めた乞食のような人たちの救いの食糧となることもあります。つまり街道で食い詰めた旅人のための食糧と言う側面もあると個人的には考えています。だからこそこの地区の人の優しさや穏やかさを感じるんですね。

蓮花寺は静かです。
太平記や今いずこって感じで、頭上を名神が走っています。
雪も降っていないのにしんしんと冷え込むのは、気温だけによるものでもないように感じます。奥には自殺した北條仲時他将士の墓があるそうですが、詳しく知らない者が見ても得るところは少ないのではしょります。
番場には明治天皇の休息所やら鎌刃城あとなど見所も少なくないですが、全部カット!なんとしても日のあるうちに鳥居本まではたどり着かなければ帰れませんから。

番場宿を過ぎると峠越えにかかります。左側には名神が着かず離れず沿っており、不愉快(;^_^A アセアセ・・・
部分的には名神の側道でもあるのです。それでも人家さえない田舎道に祠があることで官道であること誇っているようです。
この峠越え手前で、中山道歩きらしきアベックに出会いました。

中山道も雪にそまるか

松本が雪だぁ〜なんて喜んでいたら、関ヶ原もまっちろでし。
醒ケ井へ復習しにいこうとしていたんだけど、これでパー。
鉄道で行くのもいいかな。
でも長靴がない。
なんて思っていたら、津島も大粒の雪が吹雪いて、視界10m。
ううっさむいっ!

中山道を歩く 柏原→高宮宿(4)

311921426_64 311921426_209

311921426_104

ここでも松並木の育成がなされていました。
早く大きくなって旅人の目を楽しませておくれ。
10年で...この程度か。気の長い話だー。
足を引きずりながら、鳥居本宿に到着。
足をなんとかしないと先に進むのは困難だろうと、薬屋でバンテリンを購入。お寺の門前で座り込んで足に塗る。
この薬屋、江戸時代から今に胃腸薬を作り続けている由緒ある薬屋さん。名を有川製薬といい、薬は赤玉神教丸。
「うちの胃腸薬はいかがでしょう」と言われたけれど、バンテリンを買ったら残金200円になってたヽ(´〜`; ォィォィ
ここの薬を買う予定にしてたのに。
チラシをもらって店を出る。
チラシも貴重だ。

クルマがすれ違えないような狭い道をクルマとまみれて歩く。
沿道には合羽の看板などがいっぱいあって楽しいのに、写真を撮ることさえおぼつかない。
足が痛いこともあって、「もういいや!」と投げ出してしまう。
ふと傍らを見ると洋風の建物が見え、そちらに足を向ける。
近江鉄道・鳥居本駅でした。
瀟洒で愛らしく、思わず写真を撮りました。
ぱちっ

さてココからが苦行。足が痛い上に交通量の多さよ。
道路のすみによって歩くのはむちゃくちゃ辛い。
背後からクルマが来ているのがわかっていても、すぐに寄れないので立ち止まるしかない。
普段、自分が狭い道路でどんな運転をしているかが反省させられました。歩行者はこんな思いをしているのかなぁと。
天に吐いたつばが落ちて来たのかもしれないなど思いながら、歩きます。

彦根道との追分を越えると、鳥居本宿もおしまい。
右側にはかつては生活用水であったろう小川が流れています。
小野町あたりの中山道はほぼ昔のままの風情が残されているのではないでしょうか。
街道に面してトイレが設置されているけれども、各家が設置しているようなのです。街道沿いに置いてあるのは、旅人のための配慮かと。さすがに現代 では家族用のトイレが家のなかにあるでしょうが、小川にある階段や、ここでも各家におかれている祠とともに、街道の風情をぷんぷんと感じさせてくれます。
鳥居本宿、大好き。

2007年1月 6日 (土)

松本の雪

Livecamera_1 気温が高いせいか、北陸の方は雨だそうで。
雪が降るメカニズムはなかなか複雑です。
松本は長野地区のなかでは雪が少ない方だと聞きました。
それでも年に何度かは降雪・積雪するとも。
今日がその"一日"なんですね。

Img_0250_1

http://www.city.matsumoto.nagano.jp/live/livecamera.html
松本は真っ白です。
松本城も神秘的に白く染まってます。
開智学校はどんなんなってんだろ。
積もりにくい個所に雪がないので、20cm程度の積雪なのかな。
あー雪が見たい。

この状況下で名鉄の高速バスはちゃんと運転されてるようだ。
しかしチェーンを装着して走るバスってすごいからなあ...

左は1/6 15時頃のライブカメラの画像。
右は昨年4月にほぼ同位置から撮影した画像。

紅白歌合戦

これを見たい!と心から思っている人はどんだけいるのか。
どこから見ても時代錯誤的な単調でつまらない番組だし、歌がせ嗜好品として分化すると、それを一堂に集めて歌を聞こうという試みさえがもう愚かだと思われてしまう。それほどに音楽は細分化された。

毎年のように視聴率が下がった上がったと大騒ぎしているか、だれも相手にしていないということをだれか言えよ。
そもそもそれを騒ぎのタネにしているのはNHK自身ではなく、NHK意外のバカメディアだろうに。
時代遅れの産物がどうなろうが一般国民は知ったこっちゃない。
早くなくなってもっと上質なドラマでも見せてもらった方がよほどうれしい。NHKには民放とは違って、まともなドラマを作る力があるのだから、紅白なんぞやめてしまえばいいのだ。
するとバカメディアは言うよ。
「視聴率で破れる」
NHK自身も単に意地で作ってる様な気もしますね。
それとも業界の要請なのか。

「衣装」という名のセットなんか見たくもない。
裸のスーツが出たくらいで騒ぐな。

歌番組なんかやってるからプロレスまがいのよくわからないケンカショーなんぞが伸してくるのさ。
ひょっとしたらNHKで最低の番組が紅白なのかもしれないね。
見る価値ゼロ。

2007年1月 5日 (金)

さぬきうどんばかり食ったえりちゃん

よくわからんのだけれども、ノブナガというテレビ番組があって、その中に「ごはんリレー」っちゅうのがある。
詳細はこれ見れ↓
http://blog.hicbc.com/blog/nobunaga/

この小泉えりちゃんが愛らしい。愛くるしい。
彼女の肌の細かい起伏が見えるほどのアップが必ず数度あって、その度に胸がきゅんと鳴るほどにかわいい。
わー!どうしようもないほどかわいい。
とって食べちゃいたい。
もっともごはんリレーは番組の一部らしい。
どんな番組だかは知らんが、えりちゃんかわいい。
とてつもなくかわいい。
これが吉本所属の芸人とは。
はぁ〜

バンテリンモシャポヌグヨ(-。−;)

夕べの足の痛みがまだ残っています。
ほぼ完ぺきに。
鉄人の指示を受け、途中の薬局でバンテリンを購入し、帰宅後にたっぷり塗ったものの、足は底に向かってたっぷりと腫れ、普段は地に接触しない部分まで、床の冷たさを拾います(・・;
痛みはくるぶしの下から足の底に鈍く広がってます。
歩いた距離は大したことがないのに、なぜこれほどの疲れ(後遺症)が残るのかな。
歩いたのはわずか20kmほど。
天にゃんはどうしても「運動不足」を認めたくないので、他に意見を求めた。
「一定しない歩き方だから、疲れがひどい」っつーのが気になった。
そう、歩くの遅い。
写真を撮るためにしゅっちゅう立ち止まるし、いい絵を求めて何度も歩きながら後を振り返ったりする。こういうのって数倍の疲れを呼ぶのかなぁ。
でもそのお陰で楽しすぎる中山道の旅なの。
足が痛くても楽しくてしかたない。
番場宿のはずれでかなり痛かったのに、鳥居本を過ぎて高宮まで行ってしまうほど、それは楽しい。

もうひとつは「歩き方が悪いんじゃないか」ということ。
足に負担をかける歩き方をしてないか。
これは自分ではわからないけれど。

旧中山道を歩く 柏原→高宮(1)

310141730_10 昨日は早朝から旧中山道を歩きました。
柏原宿から西へ。
今日はコンビニ弁当持ち。
7時20分、柏原宿場資料館前を出発。
雪はまったくなく風も皆無だけれど、山のなかとあって空気はぴりりと冷たい。
目的のひとつ旧柏原銀行を見て、ひのき育成中の柏原一里塚跡を過ぎると松並木。
松並木を過ぎると小さな集落があり、西のはずれに小川の関跡の石碑がある。説明文付きだけれど、字はすっかり消えて解明不能。
アスファルト道はまっすぐ続くけれど、思わず右の非舗装路に入っていく。それが中山道ではないにしろ、古い雰囲気を味わうのが目的だから、これをゆくに限る。
途中朽ち果てた放置車両があったり、わき水が道を濡らしたりしているが、なんとか大回りで回避。その後もわき水はずっとしもへ向かって流れ続け る。そのうちに小石がゴロゴロと道全面に現れる。これは石畳ではないのか?原型は認められないものの、石は厚く敷かれているように見受けられる。おそらく これが旧中山道だろうと思いながらほくそ笑む。
アスファルト道路と合流し、梓河内の集落を通過。
至る所に石仏を納めた祠がある。
古い集落でありながらも、ケーブルテレビ・インターネット回線完備のアパートがあったり、新旧混合。

310141730_224_2 310141730_253_3 この先国道21号をまたいで醒ケ井宿に入る。入り口には鶯ヶ端(うぐすがはた?)という景勝地があったらしいが今は昔。 枡形跡を通過して醒井宿場内へ。
地蔵川は噂通りに美しく、地内に残る郵便局や集会所風の建物も色を添えている。
領地の境をはっきりさせるために設けたと伝わる六軒茶屋を過ぎて、国道21号に合流。乳を飲んで往生したおじいさんの碑なんかもあって、道中は飽きないけれど、交通量が多過ぎて落ち着いて歩けない。
樋口交差点で国道と交差し、米原ジャンクション下を通過し、番場の宿に到着。
ここでしばしの休息。
大して腹も減っていないけれど、おにぎりを2つほおばる。
ベンチがあるのはありがたいが、道路に面しているのは一考ありたし。

2007年1月 4日 (木)

予定の行動 〜中山道

309441829_117

早くも醒ヶ井に到着。山間でもないのに柏原から二時間もかかった。
天にゃん歩くの遅すぎ!

水分補給

今年の冬は例年に比べて水分が足りない気がしてます。
正月になって不規則な食事と食事内容が内蔵に悪影響を与えてる様な気がして、今日からは水分の大量摂取と定期的食事に努めてまいます(笑)

アルコールの入った水分は適当に摂取してるんですけどねー(笑)

今宵はオレンジジュース100%を500cc、緑茶がカップ2杯。
もっともっと飲むと腹がすっきりしそうな気がします。
でもまたゴロゴロいってんなヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

2007年1月 3日 (水)

正月3日

人間てどんだけ寝られるだろう。
2日はうたたねしながら夜を明かし午前7時前起き。
11時頃に目覚めて蛍光灯を処理、おにへー見て日記を書いたあと午後8時過ぎまで寝てた!

気が変わらなければ明日は中山道柏原宿から鳥居本宿まで歩くつもりで、今夜は早めに寝ないかんなーと思ってます。
フジの光秀が予想以上にひどい本で、見なくてよかったと安心しておりますな(笑)

おにへーはいう

新年早々キッチンの蛍光灯が壊れた!
ホームセンターに走って取り付けたよ。
蛍光灯が切れたのではなく、蛍光灯本体が壊れたのです。

修理して餅を食ってると、どこかで聞いたメロディーがじいさまの部屋から聞こえてくる。
うぅ、おにへーだ!
中村吉右衛門の顔が浮かぶ。
熱帯魚の水換えをしようともくろんでいたのに、つい見入ってしまいました。ベテラン俳優の芝居はすごいんだもん。おにへーはそれをうけとめる役。
こうした地に足が着いたドラマをたくさんみたいけれど、実際はほれたはれた、モデル出身のきれいところが素人丸出しの芝居ばかりなんだなあ。

見たのは、スペシャルとして再編集されたダイジェスト版。
これは地上波でも見た記憶がありました。
山田五十鈴、芦田紳介、米倉斉加年、上げればきりがない。
なぜこうアップに耐える顔をするのか。
山田五十鈴のドラマはリアルタイムで見た。
今回、感動で涙が出るほどでした。
三味線を弾きながら自ら歌う女。
「芸は身を助ける」
ちょいと乳がでかいだけでテレビに出られるようなヤツとは次元が違うその世界。
山田五十鈴のような素晴らしい役者はこれで終わりなのか。
日本映画は興行収入で輸入映画を上回ったとするが、プロの役者のみなさんはそれでいいのか。

鬼平は言う。
「人間はいいことをしながら悪いことをする」
これは池波正太郎の言葉としてサライで目にした記憶がある。
性善説とか性悪説とかそういう話じゃないと天にゃんも思う。

正月。
やっと「本物」を見せていただきました。
能村庸一さん、フジテレビ、ありがとう。

2007年1月 2日 (火)

明智光秀 〜神に愛されなかった男

あす、フジ系列で放送される時代劇なのであります。
明智光秀とは言わずとしれた従五位下惟任日向守光秀のことであり、天正10年6月2日未明、京・本能寺にて従二位右大臣織田信長を殺した人物として、400年以上たった今でも歴史に名を残しています。
それをテーマにする。
そもそも「逆臣」として有名な男をドラマにするということは、光秀の長所にスポットをあて、従来の評価を見直してほしいというところから企画は始まると思うのです。
が、このサブタイは何か。

「神に愛されなかった」とは。
美濃守護土岐氏の一族であるという噂は昔からあるけれど、ほとんど裏付けはなされていない、そういう男をちまたから拾い上げて、人がましいものに とりたてたのは織田信長です。それを忘れてはいけない。信長がいなければ、朝倉の食客として越前の土になったか、京で三好一党や松永の連中に殺されたかも しれないのです。
「神」をタイトルに掲げるのであれば、あえて「神」を否定しないということなのでしょう。それならば、「二番目に神に愛された男」というべきでしょ。
明智に非凡な将才があったことは疑いのない事実なれど、発揮する場面がなくては腐ったキュウリ以下。

「神に愛されなかった男」
これほど歴史認識のないサブタイをつけるようなドラマは見るに値しません。
明智の能力を表現する場面を与えた神、明智が信長を討てる最高の環境を整えた神。
明智は神に遣わされたといえこそすれ、「愛されなかった」なんて話にもなりませんな。

アホみたいなドラマを作るなら剣客商売か、おにへーをお願いしますよ、能村さま。

2007年1月 1日 (月)

はつもうで

はつもうでって漢字では初詣と書きます。
言うまでもなく、寺社仏閣に初めてお参りすることですが、厳密に言うならば、一年に一度しかお参りしない人は「初詣」でもあって、「詣で締め」で もあるわけです。型式化した現在では特に気にすることではない話ですが、クリスマスですら商業化に成功した日本人なのにこちらをほとんど商業化しないの は、多少なりと恐れがあるからかなと思ってみたりしています。
まぁそういうゆるんだ宗教価値も長い歴史の中ではありなのです。
話題にしたいのはどんな意図であれ「寺社に行ってお参りする」という意識が存在することです。
例えばぼくなど街道を歩いているとき、道祖神や石仏などがあれば手を合わせ、布施を受け入れる場所があれば5円なり10円なりを投入し写真を撮っています。ほとんど「モデル代」みたいなもんですが、手を合わせる時は一応心の中で何事かを話しかけます。
それは「詣でた」ことになるのかな。
お参りしたことになるのかな。
としたら一年間にかなりの数参ったことになるんだけどなぁ。
滝口寺の「仏様は見ている」からすれば、お参りのひとつの形だと自分では認識していますけど、本来の宗教の形式とは全然異色なんだよなぁ。宗教というのは自己満足なものだという自分なりの価値観があるので、そこら辺の意識を自分で確定したいっていう気持ちなんです。
個人的意見を求めます(笑)

307360943_233

写真は岡崎の市街地のど真ん中にあった観音堂のなかのお地蔵さま。
きちんと化粧されていました。
地元の人の気持ちに胸が熱くなります。

豊富な抱負

307008696_251_1 そも、抱負とはなにか。
辞書には「望み・希望・志」と同じ様な言葉な言葉であらわされている。
でも抱負の意味ってなに?
「抱」も「負」も同じ様な意味じゃんか。
抱負というのは、持つことが重要だということなのかな。
抱負を持つというのは言葉してむっちゃくちゃおかしいじゃん。
「腹痛が痛い」というのは無駄な文章の代表格だけれど、これとて「痛み」の重複でしたがな。
「抱負を持つ」というのは3重複じゃないか!

「腹が痛い」から腹痛という単語が生まれる。
「強いて行なう」から強行という単語が生まれる。
望みを持つから「抱負を持つ」という。

これを書いている途中で、単語のなりたちには何種類かあるというのを思い出した。
日本語とは不思議な言語だ。


さて、今年の抱負。
○ 休肝日を作る
飲み過ぎかな。

○ 使い過ぎによってCanon 350Dに引導を渡す
ペンタプリズム搭載のファインダーがどうしても欲しい。
またそのために、あちらこちら歩き回ろう。

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします<(_ _)>

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