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2006年11月

2006年11月28日 (火)

小宮悦子ちゃん

夕方のニュースやってますなぁ。
テレ朝のニュースなど気にも止めてなかったけれど、先日たまたま見た夕張市のレポートで、彼女、絶句し涙しておりました。
市県民税が大きく増税され、逆に公共サービスを低下させることで、なんとか夕張市の経済を立て直そうというレポートにて。
コメンテーターの大谷某が「こういうときこそ国が援助すべきではないか」と発言したのを受けて、「これで愛国心を持てるのでしょうか」とやった。
テレ朝にしてはクリーンヒットだな、とこちらまでうるっと来てしまった。

昨日のニュース。
銚子電鉄でした。
いきなり「せんべいが好評なら鉄道をやめてせんべい屋をやればどうか」
引き続きレポートを見終わったコメンテーターの発言。
「発想を転換させて、海水浴客などを呼び寄せる策を講じるべきではないか」と来た。
あまりにレベルの違うこの取り上げ方よ。

1.銚子電鉄が、今まで手をこまねいてきたとでも思っているのか、コメンテーターよ。
2.海水浴客を自家用車から奪う有効な手だてを知っているなら銚子電鉄に教えてやってくれ、お願いしますよ。銚子電鉄は力不足で海水浴客が呼び寄せられなかったのだからね。

「発想の転換」が聞いて呆れたよ。
海水浴客がクルマを捨てて鉄道なんかに乗るかよ。
せんべいは窮余の策で、それしかなすすべがなかったことを示していることすら、このおまぬけアホンダラコメンテーターは知らないらしい。またこういう低レベルの「自称・評論家」にコメントを出させるテレ朝よ。

引き続きローカル鉄道を取り上げてくれる評論家とテレ朝に対し好意的に見るようにしたいが、鉄道人を小馬鹿にしたようなコメンテーターの発言は取り下げていただきたいものだ。
その上で、「このコメンテーターは鉄道知識が皆無であるが、順番なので局のシナリオ通りしゃべった」と無理矢理解釈してやらないこともない。
当然小宮悦子は一言もなかったことは、一応彼女の名誉のためにも触れておく。

この国の人は自分の知識よりも「自称・評論家」を信用するのだ。
みなさん、人の意見は自分で一旦咀嚼してくださいね。
評論家なんて、寄生虫に過ぎません。

2006年11月27日 (月)

TMSF2006

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今年のTMSF2006のキーワードです。
心に残ったのがこのふたり。
ラルフ、バカっ速!
路面はウェット。他のクルマはタイヤを滑らせながら控えめな速度で脱出していくのに、ラルフは腰回りがふらつくこともなくスムーズに脱出していく。F1にはトラクションコントロールがあって、滑りにくい構造にはなっているけれども、ラルフはえぇぇぇぇっ!

ライン取りもきちんとやってた。
他のマシンは路面の中央を走ってきたり顔見せ的な感じがしただけに、きちんとインを押さえながら曲がって行くラルフには感動した。
「ラルフは本気じゃないか?!」と同行者が驚いてました。
ちょっとラルフが好きになりました。

278575981_200 ピットウォークではなんと星野一義を見た!
たぶん一線のドライバーもたくさんいたけれど天にゃんにとってもっとも有名なのは星野一義なのだ。
「日本で一番速い男」
キャッチフレーズが30年頭の中でこびりついて、いまさらはがれなくなってるw
白いダウンコートを来てピットで笑う星野。
みんな若い現役ドライバー ばかりみているけれど、天にゃんの目には、体から光がさしているように見えた。
虎ちゃんより、右京よりもすてきじゃ!

バイクからもノリックが出てたぞい。
0→600勝負では、"大人げない"ラルフに負けたけれど、ヘアピン通過時には愛想よく観客に手を振ってくれました。
このマシン、ピットでは間近に見られたのだ!
かっちょええ!!!

今年もTMSFは楽しかった!
と日記に書いたぞ!(笑

2006年11月23日 (木)

美濃路をゆく (7) 今も残る街道の裏側

275626667_137 また歩く。
きょろきょろしているとたま〜に赤いモノがちらちらする道路左側。
狭い美濃路に面して高層マンションが建ち、その最下層はぽっかりと口を開けてクルマを飲み込んでいる。その向こうには赤い電車があった。
あぁ名鉄の新川工場だ!
名古屋本線に乗って北上すると、新川橋の駅を越えたとたんに広がる電車の車庫でもあります。
東海豪雨の際には完全に水没し、車両もいくらかが廃車になったと聞いています。
車庫の南側は新川の堤防道路があり、上がれば車庫全体が見渡せるなぁとわくわくしながらもお楽しみはあとに残して、右側のいかにも狭い路地の探索開始。

せまい、とにかく狭い。
クルマなんぞとんでもない、自転車でさえ人によっては引いて進むかもしれない。人がどうにかすれ違える幅しかない。この狭い道路を介してぎっしりと家が建て込んでいる。東京の佃あたりでもこれほどびっしり家が建て込んではいないでしょう。玄関に面しては、すべての 住宅について庭がない。ひとつひとつの区画が小さいために正面に玄関を据え、庭が必要な人は裏に設けたんじゃないでしょうか。時折新しい建物もあるけれ ど、それはおそらくこの土地を放棄した人の土地を購入し、拡張が可能になったからこそではないかと思われます。そういう家は正面に庭があり、見た目は一般 住宅のおもむきです。
土地が狭く、家自体も決して大きくはないわりに立派な玄関を持っていることは、この地域がかつて裕福であったことを示すものだと思います。最近の住宅ではドアサッシそのものにはこだわるけれど、玄関全体の設計についてはあまりこだわりを感じられないのです。
外観からは小さい住宅にも関わらず、内部に物置の様な中二階が設けられているような構造も見え、ちょっと興味深い。また、朽ちかけている家が少なくないのにここを離れずに住み続けようとする人たち。それも愛国心の一つなのでしょうね。
狭い路地が入り組んでいて、よそ者は確実に迷子になる。
特にめぼしい建物もないので、一通り歩いて美濃路に戻ることにしました。

政治家はやはりバカ?

参議院にて。
阿倍公僕は質問に答えて言う。
「学校の行事を通じて国旗や国歌を敬う気持ちを育てることは極めて重要である」
きみらはやはりバカだね。きみらの大好きな愛国心というのは旗と呼ばれるヌノキレをありがたがることかよ。

そういう形骸的な「愛国心」が60年前に国を崩壊の危機に追い込んだことを知らんのか。

形ばかりの「愛国心」がなんのためになるのか、説明しろよ。
大半の国民が愛国心のナンタルカを知らないのをいいことに、詐欺まがいの主張を繰り返す総理大臣てのは、軽薄な国民の象徴か。

「戦争はいけないことだ」と戦争映画に涙する人、「危機はいまそこにある」と胆に命ずべし。

美濃路をゆく (6) 町の小物たち

須ケ口駅へ入る2本目の道には信号があり、その信号を越えると右側に今川塚の説明板がありますが、肝心の今川塚がないし、場所への案内もない(^▽^;) ネットで調べると、今川塚の碑らしきものはあるらしいけれど、結局のところ「今川「塚」の代用であって、「塚」でなくなっていることを重視したのかもしれ ないと考えてみたりする。この場所が今川義元の首を晒し織田家の勝利を示した場所であることにおいては、代用である「碑」と案内看板は同列なのかもしれな いということですね。碑というものはそれだけが独自の重みを持つ(物理的にもw)ものであるからついつい勘違いしてしまうけれど、きっとそういう判断なん だろうな。
もっとも現在では街道然とした住宅地であるから、「今川義元の首」によって、日本史上の大事件でもある桶狭間の戦いを持ちこむことで、町の懐は深くなります。特に故きを温ねるものにとっては。

272050933_238 目と鼻の先には、あたりの雰囲気をすべて変えてしまうほどインパクトのある建物があります。一見洋風建築っぽいけど、傷んでいる個所からのぞくコ ンクリートブロックはこの建物の新しさの証明だし、落ちかけている壁の化粧タイルわきからは土壁がのぞく。つまりこの建物は木造建築物らしい。補修や改 修、改造を繰り返して使っているようですが、そろそろ限界でしょうか。右隣の建物とつながってるから、内部は倉庫などで使用されている可能性もあることは あるけれど、外部の部材はかなり傷んでます。
しかしながら今時じゃないデザインの建物があると、その建物を中心とした雰囲気がに自動的に形成されますね。この建物を左へ折れると、新建材の 建物が踏切までずらりと並んでいるのに、この建物は美濃路と新建材を断ち切るという効果を持っている。この建物がなくなるとおそらく雰囲気はぐいっと現代 的になってしまうような気がするんですよね。
 「美濃路」を観光資産として育てるならば、なんとかこの建物を使ってほしい。角の部分だけでも開け放ち、観光パンフレットや自販機などを置いて簡易な休憩所にするのもいいかもしれない。土地のお年寄りが数人集まって世間話をするような空間でもいい。
建物は使ってなんぼです。

献血失敗!試験の合格ワーイ♪ゝ(▽`*ゝ)(ノ*´▽)ノワーイ♪

寝ぼけた耳に聞こえて来た。
「○●保健センターで献血をしています」
クルマで5分くらいのところ、駆け付けましたわ。
ところが受付は休憩中。
3時までしかやらんのになんで昼に休むかなぁ。
実質5時間しか受けないんだから、準備が済んだ時点で食事しろって。
献血者は何も代償を求めないのに、それを受け止めるべき人たちは「単なる労働者」なのかぁ。
5時間くらい続けて受け付けることがそれほど困難なのでしょうか。
結局帰ってきました。
1時間以上も待てんよ。

地元・笠松競馬の安藤光彰騎手が難関・JRAの科挙に合格したそうだ。°゚°。。ヾ( ~▽~)ツ ワーイ♪
競馬そのものはあまりみないので、よくは知らなかったけれど、先のマイルチャンピオンシップでダイワメジャーに乗って優勝した安藤勝己騎手の実兄です。兄弟でJRAに行くとは大変優秀だ。しかも47歳にしての合格!
いわゆる中年の星やね。
先には柴山雄一がJRA科挙に合格して、今や八面六臂の大活躍。
地元としてはやっぱりうれしいのね。
うれしい反面そうした人が中央に流れて行くのがさみしい気もする。

今日も彼は笠松で走っている。

御在所撮影考

275234762_52_5御在所でもみじをねらってみました。
が、やはり美しく撮るのは大変に難しい。
まず被写体とカメラとの距離。
御在所は山間で深い谷間にもみじがはえてるから、おいそれと近づくことができないのでした。200mmレンズだと、メインの被写体までの距離はせ いぜい数メートル。その距離にぴったり合う距離が撮れないのです。くやしいから遠くにあるもみじを撮ってみるけれど、それは携帯で景色を撮影する様なも の。記念写真に類するものですね。

川縁を眺め倒してみつけたもみじの木。
よくよく焦点をあわせると、もみじの葉がきれいじゃない。
一部欠けていたり紅葉しないまま枯れていたり。
また木としての色にもムラがあり、いわゆる「こうよう」のイメー
ジがない。

275234762_121_1

結論:もみじをきれいに撮るならば、紅葉情報はまめにチェックすべし!
写真とはかくも難しいもの也。
たかが写真、されど写真。

2006年11月22日 (水)

銚子電鉄

銚子電鉄をご存知だろうか。
いや、「鉄」でもない人が知るはずがない。
房総の先っちょにあるほんの数kmの短い路線を持つだけの会社なのだから。
その会社、鉄道会社なのに、なんの脈絡かせんべいに手を出しています。

その名は「ぬれせん」。

関東では意外と有名らしい。
それを買った。
ちょいとわけありな「ぬれせん」。

同社のサイトによれば、前社長の悪行によって会社はいわれのない負担を強いられ、車両検査すら受けられない状況だと言う。なんとかしたい!ということで、ぬれせんが登場。
せんべいで果たして全検が受けられるのかどうかはわからないけれど、老いさらばえたとはいえこれでも鉄道ファンの一人だし、以前からぬれせんには 興味があったから、”だまされた”と思って買って見ようと思った次第。
だまされたなんて失礼な、それ以上に期待はしておったぞ(笑

注文から約一週間、今日やっと着いた。
早速食った。
う...うめえぇ!
やわらかいから、歯のないお年寄りでも難儀せず食べられるし(うちのおふくろのことじゃ)、なによりたっぷりとしみ込んだしょうゆがたまらない!
噂になるだけはある!
箱にはメッセージが同封されていた。
ホームページに記事を載せてからの反響に対する感謝の言葉だったのだが、最後を見ると署名がしてあった。
社員の方3名の署名であった。
読み返すと宛名も直筆であった。
メッセージによれば、注文は日に100件を越すと言う。
その一通一通に手書きの署名を付けているのか。
そう思ったら胸が熱くなった。
昔は機械化されてなくて、こういったものはすべて手書きだったが、今や機械の方が便利で文句も言わずきちんと仕事をこなす。
でも血が通ってないよね。
「商売なんだ」って思ってしまう。
鉄道会社でも、似た様なことはあって、サポーターはいくら払って云々...というが、なんか血が通ってる気がしない。間の人が事情を知らない者に は見えて来ないのだ。だからこういった「援助」というものにもあんまり参加しない。つまるところ、「寄付してください」だもんね。

銚子電鉄ってえらいと思う。
きっと数十人しかいない社員が愛社精神を持って会社を守ろうとしている。署名の奥にそんな姿が見える。
素人からみれば「せんべいで検査がうけられるのか?」と思うしかないが、例え受けられなくても、なにかをせずにはいられない社員がいる。本当に雲をつかむような話だけれど、枕木の署名だとかわけのわからんものよりもずっとわかりやすく、現実的じゃないか。

「せんべいを買ってください。売り上げで車両の検査を受けます」

鉄道ファンの心を利用した「金くれ」ではなく、これは立派な商売です。
卑屈になるところがない。

2006年11月20日 (月)

疲れた理由

昨日は早めに上がったので洗車してみた。
あめが降ると言う前日に洗車することがプロのこだわり(笑)
水道水はほったらかしにすると塩素が固着してボディにあとが残るが、雨水にはそれはない。つまりそこまでして洗いたくなるほど汚れているっつーことやんか^^;

ついでにオイルも変えた。
今まではBPの100%化学合成を使ってたけれど、元々高回転を常用するわけでもなく、もっとランクの低いオイルでもよかったのね。今回はスタン ドのオイルをそのまま使った。化学合成か鉱物油かすらわからない(爆)とにかく従来のオイルから2ランクは落ちるだろうこと間違いない。しかし半年以上 たっている高級オイルよりはましってこった。交換後、明らかにエンジンは軽くなったよ。
スタンドで交換してもらうメリットが他にもある。
廃油の処理もそうだけど、エアーツールが自由に使えること。
フロアジャッキも使えるからタイヤローテーションのためにいちいちテンパーを持出さなくてもよい。水分を飛ばすためにエアーが使える。これらはとっても便利なのだ。
今日はフラッシングがサービスでした(爆)

フラッシング+オイルフィルター+オイル交換で従来のBP MOVEとほぼ同じ値段だから、オイルの安さがわかろうというものだヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

2006年11月18日 (土)

完熟米かな

最後の稲がやっと数日前刈り取られました。
普通の田んぼは一月以上も前に刈り取られていたのにです。

「ありゃ作ったやつが食うだな」と話していたのですが、米もはざで干すよりも、枯れるまで放置する方がうまいんでしょうかね。
そろそろ霜が降りるよ。

かと思ったら今日近くの田んぼで、まだ刈られていない田んぼを発見。
やい、農家!
ずるいぞ!^^

2006年11月17日 (金)

美濃路をゆく (5) 屋根神様とローカルバス

橋を過ぎるとすぐ津島線の踏切ですが、その手前に「こだわりのシュークリーム」と書いた看板が目にはいりました
家人にシュークリームが好きな者があるので、「こりゃいい」とばかり飛びつこうとしたところ、間口をよくみると、「こだわりのたまご」とある。こ だわりのたまご→新鮮→傷みやすいという連想で見送ってしまった。帰宅は夜になる可能性があったからでもあるし、家からさほど遠くもなく、いつでも買いに 来られるという安心感でそれ以上に深く考えなかっただけなのだが、まともに考えれば、どう考えてもこの発想はおかしい(● ̄▽ ̄●;)ゞぽりぽり
「むしろ逆じゃないか」と気付いたときには既に新川橋を渡ろうとした時でした( ̄○ ̄)ア( ̄о ̄)ホ!

踏切だから、電車を1本見る。
もう名古屋本線との合流地点が近く、電車は極度に速度を落とすし、その向こうには名古屋本線の送電設備も見えている。踏切を渡ればすぐに須ケ口駅への道があるが、美濃路をゆく者は当然素通りする。

民家は続くが、さきほどに比べると少し道幅が広くなりました。
これなら大型バスでもすれ違えるくらい。つまり昔から繁華な地域だったんでしょうな。

Img_8228 さて、ここで本日第一号の屋根神様と遭遇です。
ひさしの上ではなくてひさしの下にブラケットを設け、それに鎮座しています。小型故かちょっと愛らしい。しめ縄がはられているのはあまり見たことがないけど、名古屋市内とは多少風習が違うのか?
交通量が少ないことをいいことに、いろいろ工夫して青空を背景にしようとがんばってみたが、逆行の壁は高かった。結果曇り空を背景にくらーい感じの写真が撮れんかった。神様時代が東を向いているんだから、せめて午前中行くべきですね。再訪再訪^^

Asiga そうそう、清須市にはあしがるバスというものがあるそうです。
踏切と屋根神様の間でバス停を見つけたのだけれども、このキャラクターが妙にかわいいのでつい写真を撮ってしまいました。
あしがるってぇのは、街道沿いとは関係ないようだけど、織田信長から来る発想なのでしょうね。
バス自体は1乗車100円だけれども、本数が少な過ぎて、これを目的にしない限り、よそ者が利用することはむずかしそうです。しかも注意書きを見 ると「乗車時に降車場所を乗務員に伝えて」ほしいとある。深夜のバスでお客が自分ひとりの時は、運転士に降車バス停を教えたくなることはあるが、わざわざ 注意書きにしてあるのは珍しいと思う。でもこういうのが、今やローカリティとして自分では喜ばしいと思ってるのさ(笑)

2006年11月15日 (水)

F1と野球

フェラーリにマルク・ジェネというテストドライバーがいる。
彼はフェラーリ生え抜きとも言うべきドライバーだけれども、彼がレギュラーに昇格することはおそらくないだろう。チームだって彼を一流ドライバーに育てようなどとは思っていない。
ドライバーは育てるものではなくて自分で成長するものであり、トップチームにとって、良いドライバーは金で買うものでもある。ミハエル・シューマッハ、キミ・ライコネン、どちらも「金で買われて来た」もしくは、「フェラーリの名前で釣った」。
F1のファンはそれを悪とはしないし、非難もしない。
プロスポーツとはそういうものだからだ。
金をかけて強くなる。
もうけるために金をかける。
それを絶対に認めないプロスポーツがある。
いや、それを認めようとしないファンがいるスポーツがある。
それが「プロ野球」という一種異常な存在。

どこぞのチームが他のチームの選手を金で引き抜くと、すぐに批判が起こる。

「そういうことはやめろ」

金本意なチームでも強ければいいという人はファンになるだろうし、そうでない者はそうでないチームを応援すればいい。
勝手に応援してろっていう問題で、非難されるべき筋合いのものでないということは、プロ野球のファンというのはいつまでたっても理解できないようだ。
しかもそういう方針の違いを売りにしていながら、「うちはマネーゲームはしない」といいつつライバルチームへの加入を阻むためにさらなる大金を積んでいる。
つまりは、すべての球団が同じ。
何を売りにしているかということだけなのに、特定のチームを批判するのは、スポーツの応援者として異常であるとしか思えない。
つまり、
「人のことはいいからてめーのスキなチーム応援しろよ」ってこった。

来年フェラーリで走るキミ・ライコネンに対してプロ野球ファンはやはり言うのだろう、
「フェラーリはまた大金を積んでキミをさらっていった。いい加減にそういうことはやめろ」とねヤレヤレ ┐(○`ε´○)┌ マイッタネ

2006年11月14日 (火)

美濃路をゆく(4) 頑なな一里塚橋

268553320_30 さらに行くと、初めて信号がある。
普段なら青信号なら駆け寄って渡るが、街道歩きは違う。
余裕があるので、信号の2〜3くらい待つのも平気。
青信号でも渡らないできょろきょろしている男ってのは、通報対象かもしれない。

こんなところで警察のごやっかいになるのも本意ではないので、3回目の青信号で渡ります。
「素人にはPLフィルターは早いんだよな」
口のなかでぼそぼそと....
あ、そのおばさん、通報した方がよかったかもしれません!

「西枇のパン」と大書した菓子屋さんを過ぎると、橋のらんかんがありました。うん、欄干だけ。橋の実体はあるのかないのかよくわからない。というのも川がないから。
川がなくなっても橋だけが形骸化して残るってのは決して珍しいことではありません。港区役所のあたりでは運河を失った橋だけが生き残っている例を知っています。
ここの橋はおそらく用水路の上に架けられた橋なのでしょう。
コンクリート製のらんかんには名前が入っています。
「いちりづかはし」
それが彼の名前。
一里塚を失った今も「一里塚」を名乗っている。
一里塚をなくして数十年、いずれこの橋も「無用の長物」という形容の元に撤去され、ここにかつて一里塚があったということさえ忘れ去られていくのだろう。
「もののあはれ」とはこういうことを言うのでしょうか、本居宣長様....
川は、地形のみを残しています。
水があった形跡すら留めないけれども、橋と川の利害関係だけを留めている。それがなお一層世のはかなさを感じさせるのです。

ゆるいカーブ。
傍らには「橋を一人きりにはすまい」と今にも朽ち果てそうな木造民家が一軒、新建材の家に囲まれていました。
この空間はとても居心地がいいのです。
風が強い日なのにここだけが日だまりで、ぽかぽかとあたたか。

藤沢周平+朝日新聞社=...

本屋へ。
GoldenPOPS、30集目です。
隔週だから、すでに一年以上買い続けてるんだなあ。
未だに飽きがきません。
買って後悔しないシリーズでうれしいわんこそば。
しかし最近ではCDDBからデータが降りて来ず、自分がデータを送信するという始末。みんなもう飽きたのかなぁ...

今日は新しいトラップ発見。
「藤沢周平の世界」だと。
もぅ勘弁してよ。
見た瞬間にぴーんときたよ、これは朝日新聞の仕業だと。
「ビジュアル・街道がゆく」が完結したばかりですから。
藤沢周平が来るとは思わなかったなぁ。

藤沢周平の作品を取り上げて、余人の感想や時代背景、時代考証まで取り組むという異色のシリーズです。
つまりは藤沢作品を読むためのガイドブックですな。
第一号は「蝉しぐれ」。
天にゃんが「藤沢の最大傑作」とする「清左衛門残日録」でないのは残念だけれど、昨今の知名度を思うにつけ仕方ない。

全30巻です。
これは欲しい。
欲しい、欲しい。

この手の本は、作品を読んでから目を通します。
自分の感想と比較して楽しみ、さらに読む。
複数の感想を知りながら、自分の目で読む。
ひとつの作品が2度おいしいのです。

朝日新聞社は最も嫌いなメディアの一つだけれど、まるでかゆいところに手が届く様な作品を企画するのが非常に上手だなーと思う。
前作「ビジュアル・街道がゆく」でも、天にゃんとは多少視点が違っていたけれど、見たいところをイメージングするのにとても参考となりました。貧乏人は全国回れるわけじゃないから、本当にうれしいんですよ。

2006年11月13日 (月)

名古屋めし?

夕べね、ドテ煮を作ったんだってさ。
大根と脂分の多い肉をミソで炊いたものなんだけど、世間一般で言うドテとはちぃと味が違う。
うちのは甘いのだ。
甘いミソで炊くの。
だから一層コクが出る。
夕べはわし、飯食って帰宅したから晩飯食わなんだ。
夜遅くにヒートパックのカレーをかきこんだ。
けげんな顔をする家人。

今朝それが弁当に入ってた。
基本的に煮物が好きでないので「わーこんなもんいれやがって」と口のなかでつぶやきながらも食った。
うまかった^^
「こんなうまいなら弁当に入れるな!」
いずれにしろ家人に対する非難の声になるのだった^^

今夕、残っていたドテは独り占めした。
既述したことを家人に話したら作った時の自慢話が出て来た(笑)
さらに味がしみていてうまかった。
礒五郎氏の七味を振りかけるとさらに味が引き立った。
たぶん、名古屋在住以外の人に食わせたら泣いて喜ぶ味だと思う。
ふふ、食いたきゃ嫁に来い!“ヘ( ̄ー ̄ )オイデオイデ

美濃路をゆく(3) 駄文:PLフィルター

267725299_243 美濃路に戻ります。

商店は限りなく少ない(人によっては「ない」と断言するだろう)。
いわゆる生活必需品の店はほとんどなくて、あるのは仏具店と線香屋さん。2軒並んでいるけど商っているものの性質から考えたらひとつ屋根の下でいいんじゃないかい?
2軒ともいかにも街道沿いらしい商家で、つい青空とのコントラストに見入ってしまう。
今日はとってもいい天気。
昨日の雨と、今日の強風が上空の汚れを洗い流したかのようにすかっと抜ける青空なのだ。
人通りも少ないことだし、こういうわかりやすいところでPLフィルターの練習をしてみようと思い立った。PLフィルターは偏光フィルター。反射を調整できるフィルターです。
でも、普通に撮っても空、青過ぎなんですけど(笑)

267725299_42 何枚か撮りましたよ、えぇ。時間にして10分くらい。
「偏光」というものがなんなのかはわかりました。
わかったところでPLフィルターをかばんにしまい込みました。
めんどうくさいんだもん!
師匠が楽しげに写真を撮ってる様を思うと、PLフィルターごときでごちゃごちゃ考えるのは少し違うかな、と思ったのも確かにあるけれど、ここは正直に「根負けでし」と言っておこう。
キミの勝ちだよ、PLくん。ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ

フィルターを外してからは気ままにぱちぱちですね。
どこぞの河原で発見されたという道標やら、街道風景やら、青空の魅力に任せるがままでした。美しい青空にあわせた風景ならなんでも美しい。

2006年11月12日 (日)

美濃路をゆく(2) 山田慶左衛門の祠

266989177_95 丸の内駅に着きました。
昔はここから清洲線が出ていましたけど、今や農村に埋もれた小さな駅。電車がいなくなるとたまにクルマが通るだけ。
この駅名の由来はなんだろう?
清洲城は五条川の西側を中心に展開し、主郭部分は信長の出陣像があるあたりだったはずだから、この「丸の内」はおそらく清洲城とは直接関係ないはず。
しかしながら地名となると出丸でも「丸の内」だから、清洲の出城があったとも考えられないことはないけれど、なんだか気分がよくない考え方だよね。

駅から西へ向かうと突き当たりが美濃路です。
北上して来た美濃路はここで左へ直角に折れます。
ちょうどその部分から美濃路に入ります。

ただまっすぐの道です。
太陽に向かって歩きます。街並はほぼ変わってないし、古い民家もそこここにけっこう残っているため、いかにも「街道」っていう感じがしますね。
少ない商店なのに、仏具屋さんみたいな店があると、「古い町なんだな」と思ってしまいますな。

266989177_11 ちょいと歩くと右手の路地に看板が見えます。
「おはん 長右エ門 参道」
おはん?
人の名前らしいけど、参道ってことは神社かお寺の入り口だよな。
連名で書かれているのも面白いし、女性の名前が先に書かれているのも、いにしえのことにしては珍しい。興味本位で従って進むと、築100年を越えていそうな民家があり、路地っぽい風景が展開する。けれどその向こうにはセンターラインのある立派なアスファルト道路があり、一気にしらけた。向こうに神社や怪しき祠が見えなければ引き返しただろう。
266989177_19 突き当たりには五条川の土手らしき高みがあるが、その前に祠がある。近づいてみるとそれが「おはん 長右エ門の碑」だったのです。
由緒書きによれば、この村出身の山田慶左衛門が疝気を病んだとき箱根にある「おはん 長右衛門」の祠に祈ったところ効があったとか。それに感謝して、ここにも祠を建てたんだそうです。
きちんと花が生けられていて、今でも大切にされていることが伺えます。
で、疝気ってどんな病気よ。
睾丸が腫れるって書いてあったけど....
棒の方はよく腫れるけどねぇ....
あっ!また下ネタに....
いかんいかん...... ( 〃..)ノ ハンセイ

功名が辻 (45) 三成死すとも

中村橋之助、あっぱれである!
三成に与えられた少ない機会で、可能な限りの力を注いで三成を演じ抜いた。見事というしかない!
「太閤殿下に拝謁...」のこざっぱりした顔こそ、石田三成が行き着いた信義の表情と心得るべし。

大坂へと向かう三成を表現するのに著名なエピソードを無機的につないだのは仕方ないにしても、つなぎが茶々では不愉快極まりない。
三成亡きあと、家康は茶々を利用して豊臣家を破壊していく一方で、強権を持って東軍に与した豊家大名を崩していく。
その重要なキャラクターである茶々に対して、家康があからさまな怒りを見せるはずがなく、むしろ、心の中でほくそ笑んでいたのではないとか思われ る。近江文治派と尾張武断派の対立は豊臣を内部から割るのだが、その核として茶々ということである。強烈なキャラクターとして、ああいう芝居が必要なんだ ろうかねぇ。あまりに醜い茶々ではある。

相変わらず影の薄い主人公たちではあるが、関ヶ原の戦いを通して、一豊は一回り人間が大きくなったと言うか、悟りの境地に至ってしまったという か、なんとも言いようのない人になってしまったね。あれが歴史的事実であれば、ここは隠居すべきだろうね。一豊が土佐一国に封じられて浮かれていたからこ そ、隠居などということは考えもしなかっただろう。言い換えれば浮かれていたことが、一豊の控えめな性格を表していたと言えるかもしれない。つまり感情の 起伏が小さいために、それを押さえきることができるんじゃないか。一豊はそういう男だった。
演じる上川は所作が年振りた感じがするねぇ。
「右府さまから働いているのは...」と家康に話しかけられたときにはまだまだ若造の顔だったのにね。いっぺんに年食っちゃったわ。上川は意識してやっているのだろう、大したもんだ。

六平太がいう。
「家康は一豊を試している」と。
天にゃんはむしろ、もっとネガティブに捉えています。
天正年間に秀吉が佐々成政を肥後に封じたことで、彼を間接的に抹殺したが、それと同じことを一豊にも与えた。このことによって土佐は「切り取り次 第」であり、「家康は悋気ではない」ことの証明になるからだ。しかも一豊が治世に失敗して混乱を招く様なことになれば即座に召し上げれば良い。それこそ一石二鳥!
しかし佐々は敗者、一豊は勝者、立場が違う。その分、失敗に対する許容範囲も佐々の案件よりは大きかったと思われる。一豊は長宗我部の遺 臣に対して、散々なことをするが、それも許容範囲であったと考えている。

美濃路をゆく(1) 前振り

日曜は突然晩秋(冬?)らしい気候になってしまったけれども、予定通りに美濃路を歩いてきました。
美濃路っていうのは、東海道・宮宿から分岐して、垂井へ向かう道だそうです。途中、一宮市萩原も通りますが、ここは以前「大人の遠足」と称して歩いた区間を含みます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=48221282&owner_id=518924

今回選定したルートは、名鉄名古屋本線が平行していて、大変に便利な区間です。途中いつでも中止できる自由さ。
つまり、名古屋本線の丸の内駅から名古屋市内へ向かって歩きます。
「行けるところまで」なのですが、名古屋市内に入るとすべての交通機関が名古屋駅に向いてしまい、逆不便になってしまうので、最終地点はとりあえず東枇杷島と決めました。
どちらも普通列車しか止まらない駅。。。

まずは前日の宿泊地、一宮からクルマで新清洲駅へ。
新清洲から普通列車を捕まえるとこからはじめます。
新清洲で普通列車を捕まえるところからはじめます<(_ _)>

今朝は寒くって驚いたよ!

今朝は寒くって驚いたよ!
土曜は一宮泊まり。
深夜まで飲んでホテルで寝た。
空調がいらない今の時期だけど、ホテルの部屋ですら少し肌寒かった。暑がりだから、それくらいがちょうど良く、裸のまま布団をかぶって寝てしまったようだ。

シャーーっとカーテンを開ければ燦々と入る朝の光。
またこりゃ暑そうだなと苦笑い。

ところが外に出ると冷たい風がぴいぷう。
「ををっ!おれが知らない間に何が起きたんだぁ!?」
とりあえず車に乗り込んで移動したものの、その後の美濃路歩きも肌寒いまま歩きました。時折時雨れたりしてパラパラと雨も落ちて来る天気。
それも一時的なことで、無事帰宅しました。
大雨にならなくてよかったよ...

2006年11月11日 (土)

ちょっとだけ円頓寺

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時間つぶしに少しだけ歩いてみた。
今日はカメラ師匠とふたり。

コロッケが売り切れで、そのかわりに円頓寺本町商店街で100円のお好みと焼きそば食う。
「こりゃ富士スピードウエイなら800円やぞ!」
思わず叫ぶ(笑)
その近くではおじさんが通りに机と椅子を持出して歳末の飾り付けを製作中。
シッポと足が動くというなかなか愛らしいぬいぐるみなのだが、宙に吊るすと、シッポがうまく稼働しないらしい。
廃物利用であそこまで作れるとはすごいっすよ、おじさん!

円頓寺商店街に戻って商店を観察。
師匠、めざとく店舗内の右書きの看板を見つけた。
「古いですねー、いつ頃から?」
店のなかで手持ち無沙汰にしていたおばちゃん、笑顔になる。
「これねー、看板は終戦後だねぇ」
店はもっと古いらしい(;^_^A アセアセ・・・

アーケードがかかっていてよくわからないけれど、円頓寺商店街界隈の建物は古いものが多い。昭和前半の、人があふれ返っていた時期の建物かもしれない。デザインの一部として外部にも露出している柱の装飾や、窓の配置や形状にもそんなに古さが伺える。
ああいった古い建物がきちんと残っているのは、アーケードが酸性雨からコンクリートやモルタルを守ってくれたお陰かもしれないと思ったりした。

靴屋さんの看板には今や珍しくなったプラスチック製の靴べらが下げられていた。古臭い墨書きのような看板と原色バリバリの靴べらが新旧の対比として不思議な味わいを醸し出していた。

商店街からファインダー越しに五条橋を見ていたマイミク氏が声を上げた。
「これって小京都やね」
ん?言ってることがよくわからない(^▽^;
「ほれほれ、ファインダー見てみ。人が歩いてるところはまるで小京都の雰囲気だよ」
ファインダーをのぞいた時にはすでに人はいなくなっていたが、ぼくも商店街から見た五条橋と京町通りの風情が好き。
昔の面影を残すらんかんと太鼓状の橋、名古屋台地の西端でもある坂の向こうに見える土壁の家。
ここにしかないんだよね、この風景。
派手じゃないけれど、昭和初期の日本らしさが見える。

そして11/10。
ポゥ第3号が出ました。
当然いただいてきた。
うふふっ(*゚v゚*)

2006年11月 9日 (木)

ピーター・フランクル

クローズアップ現代、見ました。
普段見ないや、今夜番組。
固い番組なのか、柔らかいのか。

テーマは「観光立国ニッポン」だげな。
そういやぁ近頃中国人がやたら目につくなぁ。
東大寺など、むしろ意味不明の言葉を話す人たちの方が熱心に見学したりして、天にゃんは嘆いています。
もっとも仏教は中国経由で伝わったものであるし、お寺の建物というのは、中国に仏教が伝来した時分(漢?)の役所の建物を基本にしているということもあり、日中共に古き故国を思うよすがになるのかもしれない。もっともあたしらは中国の国旗を燃やしたりしませんがね(笑)

さて、番組は日本の「観光地」の外国人に対する対応を紹介しました。上は旅行会社、下は商店街まで。
東京のとある商店街では地域をあげて外国人を歓待しているという。商店街のおっさん曰く、
「心のふれあい」だと。
うんうん、そうだ。
心が大事。
でも観光客のことなんてよくわからん。
日本を知りたい人が来ているのか、日本人のおねーちゃんを買いに来ているのかわかったもんじゃない。該当する商売している人にとってはどちらも○なんでしょうから、否は申しますまい。
それよりもむちゃくちゃうれしかったのは、コメンテーターとして呼ばれていた「大道芸人」でもあり、「数学者」でもある、ピーター・フランクル氏のトークでした。
司会の国谷嬢に話を向けられると、すごい勢いでひとりしゃべりはじめた。「日本文化」「彼らは日本を知りたくてやってきた」など、主観とも思える言葉を入れ込みながら、ひとりまくしたてる。脇目も振らない彼らの姿に感動したわけでござりまする。

この人は、自分の言葉でしゃべっている。
日本文化に対する愛情がひしひしと伝わって来て、涙が出そうになった。

何のつながりもないだろう、この国をなぜ愛するのか。
こんな腐った人間の多い国のどこがいいのか。

同時に恥ずかしくもあった。
自分の気持ちは彼とどこまで渡り合えるのか。
ふん、負けるもんか。
おれだって日本人だい。

ピーターのシャグリングを見てみたいものだと思った。

アメリカ人の鈍さ

あんだけ「信頼できる」って言っておきながら、また条件違反かよ、アメリカ産牛肉。
呆れるっつーか、お前らバカだろとしか言うべき言葉がみつからない。
これでも吉野家は「アメリカ産牛肉は安全です」と言い切るのか。
楽しみだねぇ(毒)
どうしようもない国だね、やっぱり。
イラクよりも先に消えてほしいんだけどどうにかなりませんか、神よ(笑)

そしてそんな愚かな国をフォローする愚かな政府。
いろんな物の言い方があるもんだ。
国民の生命よりも他国の利益を守る政府。
そんな国の国民が愛国心を持てますかね、安倍くん。
君らの頭の中身を見てみたいよ。

2006年11月 8日 (水)

たかが写真じゃねぇか!

月刊カメラマンという雑誌を毎月買っておりますのさ。
それが今宵の晩酌の友。
テレビではまいどくだらねぇことやっとりますが、天にゃんの頭の中は記事を理解しようと、普段は10%しか動いていない脳をアルコールによる能力低下を含めて自分比90%をフルに活用して読んでました(バカです)

しょせんはカメラマン、文章が達者と言うわけではないのですが、いかに写真を撮るかというような心構えをおもしろおかしく書いとるわけですな。
パリ在住の某氏の記事、「ロバート・キャパの『ノルマンディ上陸』についての考察」ですわな(記事のタイトルは違います)。
「技術的にはピントはずれてるし、全体的に構図が優れているわけでもなく、ブレてもいる」らしい。それでもその写真に心引かれると、著者は語っている。

自分の写真師匠でもある某マイミク氏は「シャッターを押さなきゃ話にならない」という。また「自分が撮りたいと思った瞬間が大切で、技術など問題じゃない」という。
雑誌の記事を読んで師匠の言葉を思い出し、さらに、先の大須で自分が撮った写真に対する師匠の評を思い出した。
「これはこれでいい写真だよ」と。
その写真、すごいぶれてるけれども、被写体のひとりは大口あけてうれしそうな表情、相方もニコニコとそれをみているよう。

いっしょに歩いていて、「二人を撮りたい」と思い、いきなり振り返ってシャッター押したから、そりゃあ技術的にはボロボロ。
でも上述の言葉や記事に当てはめてみると、あながち悪くないような気がしてきたから不思議だ(笑)

2006年11月 7日 (火)

冬がきた!

いっしょに腰痛も来たーっ!

腰いたいぃ(T0T)

夕べの残り物(名古屋弁による)

機能の夕食はキムチ鍋だったんだがね。
鍋言っても、うちの「鍋」は鍋風煮込み。
鍋を炊きながら素材を放り込んで食うんじゃなくて、いっぺんにぜんぶ放り込んで煮るんだわ。
あんまりようけ作るもんで今日もその残りを食ったんだわね。
残り物に何を入れるかが問題になったんだがね。
ラーメン、餅、冷や飯。
すべてを少しずつっちゅうんが理想だけど、理想はやっぱり理想だて。
暖め直したら汁があれへんがやー!
しゃあないで冷や飯だけを入れて食った。
普通、鍋のあとの雑炊ったらめし入れて一煮立ちしたら火から上げるもんだけど、いつまでも煮込んでいるうちババさ。
「もうええって!」
「アジがしみーへんがね」
アホやな、汁の中に飯入れたらあっというまに水分なんか水尽くしてべとべとの雑炊になるがや。

いやぁ、うまいわ!こんなうまい雑炊、数年前ゴン太くんとこで食ったフグ雑炊以来だわ!
うまいうまいと茶碗に3杯も食ってまったがや。
おやじは二日同じおかずというのが気に入らんそうで、ラーメン食っとった。
こんなうまいもん食わへんなんて人生損したで。
いやぁ極楽極楽。食い過ぎて腹が苦しいわ!

2006年11月 6日 (月)

ウィルス?

近頃こんなウィルスがちょくちょくやってくるようになりましたよ。

W32.Stration.DL@mm

拡張子がexeだから、窓な人はご注意を。

プロバイダーのウィルスチェックは、長い間仕事してなかったからね。
今までの分、 働いてもらいましょうか。

昨日の買い物

ビックカメラへ行ったよ。
せっかく名古屋まで出て来たから、5Dでもみてやろうかと思って。
地元のキタムラにはそうい高級カメラは置いてないのだ(;^_^A アセアセ・・・

5Dはいいね。
とにかく手にしっくりくる。
わしら力持ちなので、少々の重さではめげません。むしろ重さが手ぶれを軽減してくれる。
でも30万前半ではとても手が出ません。
Nikonがフルサイズを出して競争を煽らない限り、こんな高価なカメラは買えません。あきらめました。

手頃感があるのは30D。
ミラーの反転音=シャッター音であるのは、プロ仕様(?)である証拠。本体はやはり大きく(キスデジに比べて)、手によくフィットする。ファイン ダーはペンタプリズムで、その見やすさに比すれば、キスデジのファインダーなど使い捨てカメラのファインダーにカバーがついている程度のもの。
30Dもいいが、そのクラスになれば当然Nikonも参入して来るね。D200がそれだ。少し高いけど、差額はこれから詰まってくるじゃろ。

上記2種に比べたらデジタル一眼とはいえキスデジはまるでおもちゃ。本体は小さく軽い。女性と初心者をターゲットにしたってことがよくわかるなあ。
きゃしゃにできているから、不満を感じればステップアップしなさいってことなんだね。そういう意味ではキスデジってキヤノンのカメララインナップをきちんと担っている、しかもカメラの世界にはめることができるかという大変な使命を背負っていることにもなる。

キスデジを買うときに店員は「ぼくはNikonなので...」と。
今回、「知人がNikonばかりなので」というと、「名古屋では圧倒的にキヤノンが強い」という話だった。人のことなんかどうでもいいんだけど、このままだと30Dか、もしくはその後継機(40D?)になりそうだなあ。

買ったのはサーキュラーPLフィルターと、液晶保護フィルム、アイカップにエクステンダー、それにレンズポーチ。
風景を撮る場合、偏光フィルターを使うのも一つの手だろう。
ソフトでいじることを良しとしない場合、フィルターで遊ぶのは当然なこと(開き直りw)。でもちょいとむずかしそう。

液晶保護フィルムなんぞ「いまさら」なわけだが、お約束として必要かな、みたいな。新品のときに貼ったけれど、撮影時液晶面に鼻があたって脂がた くさん着くためにすぐ剥がれてしまった。エクステンダーを撮りつけることでファインダーから顔を離すことが可能になったので、この保護フィルムは長く使え ると思う、多分。
レンズポーチはずっと欲しかった!
これで55-200mmをころころと鞄の中で転がしておかなくてよくなった。

2006年11月 5日 (日)

功名が辻(44)関ヶ原

飽きて来たかな。
おもしろくない。
いまさら関ヶ原の合戦の解説をするなよ。
しかも中途半端に対州が毛利勢の先鋒を押さえているみたいな基本を口先で説明したところで、素人衆には理解できまい。あれは現地の地図や、現地を 鳥瞰してこそ理解できるものだ。ちょっとした三宅アナの説明で興味を持つ様な人は、すでに原作はクリアしているし、関ヶ原については熟知していると思われ る。
「違い」を演出したつもりだろうが、あの程度ではお話になりませんな。
相変わらずの西軍の書き込み不足と、小早川の狼狽ぶり。
飽きたよ。
いい加減新しい表現を見つけたまえ。

もう言いたくないが、徳川家康。
西田敏行の家康の心理状態読みには頭が下がる。セリフひとつ、表情ひとつに家康が乗り移っているかのようだ。あまりにその出来が素晴らしくて、幻想を見ている様な気さえしてくる。
家康の老獪さに翻弄されていることに気付かない一豊を幸せな男と見るか、愚かな男と見るかは視聴者個人の勝手なれど、もし家康が一豊に対して「好意を持っている」と感じたならば、あなたの目は節穴である(爆)
西田敏行とは、なんと素晴らしい役者か。
彼の目の前にひざまづいて「三河殿!」と手を取りたい心境である(爆)

関ヶ原の戦いを見るたび、いつも不快に思う。
近頃の天にゃんは歳を取って心が広くなったし、鷹揚になったが、未だ不快である。
きっと三成が正当に評価されていないからだと思う。
石田三成という男がいなければ、三河は天下のそしりを受けずに豊臣の天下を覆すことはできなかった。三成は義を重んじる人であって欲は二の次で あったから、その一途さが秀吉〜ひいては、豊臣家に対する忠義の大きさであったからだ。そういったことから思えば虎や市松はバカである。政治が行えない彼 らには、三成のいい分を覆すことができなかったのだ。だから彼らは三成を憎んだ。それを政権内部にいて熟知した三河は政権奪取に三成を利用しようとした。 三成もそれはよく知っていて、バカどもに襲われたとき、三河の屋敷に逃げたものだ。
要するに、石田三成という男は一途なのだ。
そういう者を愛するのは人間として当然だと言いたい。
だれしも生を全うするためには計算高くなるが、かれは決してそうではなかった。彼なりに命を賭して豊臣家のために尽くしたのだ。

世に完ぺきな人間などいない。
秀吉は老後暴君に成り下がったし、家康は実の子を手にかけると言う傷を背負っている。またそれによって「冷酷な男」といわれもした。
三成には人望がなかった。
実はこれこそが人間にとって最も得難いものであった。
三成はそれを知っていてもなおかつ命をかけて豊臣政権を守らなければならなかった。

そういうことを理解しないテレビ番組ばかりだから、見たくなくなるのだ。
彼岸にいる家康にもっとも愛すべき武将はだれか、と問えば彼は家臣の他に三成の名を挙げるであろう。おそらく酒井忠次よりも上位にあげるだろう。そういうことを感じ取りながら、家康の戦後処理や、三成の死に様を見てほしいのです。

三成はいい男です。

庄内鶴岡 ただちゃ餅

261167766_184 えっ
鶴岡産のただちゃ豆(大豆であろう)で作っただだちゃ餅だって。
近所のスーパーで「物産市」と称して東北の物産を売っていたなかの一品。

全然期待せず買ったが、うまいっ!
青臭い大豆(枝豆だ)の香りがいっぱいする。
青さも適度でうまいよ!
明日も買いに行こう!
でも作ったのは仙台の会社であった。

こまいをご存知か。
氷下魚と書いてこまいと読む。
かちかちの魚の干物であるが、金槌でたたいて実をほぐし、引き裂きながら食うとうーんたまらんっ!
店のオヤジは「飽きへんよ」と言っとったが、めずらしくその通りであった!
自分自身酒飲みのくせに、メジャーな以外は苦手だったりするので、「うまい」というオヤジの言葉に乗る気もあまりせなんだのだが、こりゃあ買ってよかったよ。
塩味は薄くて、ノドが乾くほどでなく。
魚の生臭さなど皆無。それでいて、口の中でやわらかくなると魚らしい身となる。
こんなにうまいとは!
20cmほどの個体を1匹食してしまった。
ちょっと効果だけど、たまにはいいかな^^

東北万歳!

2006年11月 3日 (金)

HappyBirthday,GODZILLA!

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52回目の誕生日、おめでとう!
君の復活を一日千秋の思いで待っています。

監督がティム・バートンとか、ヤン・デボンだったらうれしいな。

祈!復活!

まだ飛んでいるツマグロヒョウモン

ツマグロヒョウモンて、ちょうちょの名前です。
春から秋にかけて羽化するんだけど、幼虫を見ちゃった。
幼虫は7齢まであるっけか、サイズは最大で10cm近くなる。
黒い体に赤いラインがすーーっと入り、体中が突起のような毛に覆われてます。棘じゃないし、毒もない。それを知ればきれいな幼虫だなと気付くのですヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪

気温だって朝方は10度前半まで冷えるのに、熱帯蝶の幼虫蛹化しなくて冬を越せるのか、ちょいと心配になっちまった。
しかもやつは5cmもなくて、いかにもひ弱そう。
彼らはスミレの葉しか食べないくせに、タンポポの回りでうろうろ〜。
あたりを探してみたけど、スミレは見つからなかった。どこから来たんだろう。

明日もいたらうちに連れ帰ってスミレを食わせてやろう。
熱帯魚部屋なら通年14度以下になることはないからね。

成虫はまだまだペアリングしながら宙を舞っていた。
羽化したらそのまま冬眠するのかしら。

2006年11月 2日 (木)

彼女募集中です。"ジェンソン"バトン

すっかりわけのわからなくなった地雷バトン。
地雷自体不快なのでもう省く!
ここではわたしがルールだ!

●好きなタイプを外見で答えよう!
制服を着た人。
最近は女性警察官が大変かっこいいですね。
特生自衛隊のパイロットスーツ。
たまりません。

●年上が好き?
理想は年下ですが、まあいまさらごちゃごちゃ言ってもジョン・ノレンに腕押し、ヌカに釘ですがな。
心優しい人が一番ですきに。
全然質問に答えてないな(笑)

●財布はどんなのを使ってますか??
ぼっさいやつ

●携帯電話はどんなのを使ってますか?
SHARP SH902iSとSHARP SH901iS

●携帯ストラップは?
今はゴジラ。
もう少し涼しくなったら東横インでもらったネックストラップにします。赤くてけっこう気に入ったよ!

●手帳って持ってますか?
旅の手帳?(by読売)

●バッグはどんなのを使ってますか?
デイパックですね。
姪が作ってくれた名札がついてます。

●[バッグ]の主な中身は??
フェイスタオル、55-200mmレンズ、カメラソフトケース、文庫本。

●星に何を願う?
明日も星に願い事ができますように。

●クレヨンに生まれ変わったら、何色がいい?
赤か黒。

●好きなスポーツは?
F1

●好きな日
土曜日の夜。
みんな、走るぜぃ!

●最近泣いたのはいつ?なぜ?
ついさっき。
奥田瑛二と近藤結宥花の芝居に泣いた。

●ベットの下に何がある?
夢とエロ本。

●昨夜何した?
昨夜ナニした。

●好きな車は?
花車町の山車。

●好きな花は?
スイセン、ユリ、萩

2006年11月 1日 (水)

名古屋城外堀に沿って(終) 五条橋から東へ

屋根神様はいつものごとく元気でした。
今日は青空にくっきりと浮いたお姿を撮影できて、まんぞくまんぞく。
コロッケはあっという間になくなって、土産用にとさらに4つ買いました。世にいろいろコロッケはあるけれど、昔ながらのコロッケもいいね。イモの香りと甘み、さくっとした衣に塩こしょう。
いろんなものを入れて豪華ぶる傾向があるが、突き詰めるとたいていのものはオリジナルが一番うまいというのが天にゃんの結論。チーズコロッケとか悪くないけど、なんか違うって感じがしてなりません。

258300464_62 さて、床屋へ行かんとな!
おもむろに五条橋を渡って東へ。
またまた土壁屋敷を過ぎていきます。
左側には美濃忠という名古屋でも老舗の菓子屋さんがあります。さらに行くと右側にも吉原雀といういわくありげな菓子屋さん。
なんでしょか、名古屋には雀おどりという菓子屋さんもあるらしいですが、なぜに雀なのでしょ。うま過ぎて飛んでしまうのかしらねぇ。
美濃忠の玄関には須田剋太展のポスターが貼られております。
須田氏といえば司馬遼太郎「街道をゆく」の挿絵で有名です。
もっとも「天才の名を欲しいままにした」という評価もあるそうで、絵心のないものには実は恐れ多い大先生だったりします。
その展覧会、無料で今日まで!だったのです。
でも無理無理、最終日はたいてい早じまいだし、場所がいまひとつようわからん。

258300464_23 隣には古い民家があり、さらにはマンション。
マンション駐車場の入り口には「いずみ社」と書いた小さな社がありました。これは屋根神様なのでしょうか、神様なのでしょうか。
布施をする場所もなし、ろうそく台もなし、ひっそりとさみしそう。(´・ω・`)ションボリ

この付近とても静かで、伏見通りのすぐ脇とは思えないんだけれど、そんなところに突然丸の内東横インが現れ、さらに吉野家が!
伏見通りから来るとまったくの都会の真ん中で違和感がない店舗群なのに、下町から上がってくるととってつけたような異質な施設。不思議さを感じました。
京町通りは伏見通りによって分断されておりますので、外堀通りに戻るつもりでしたが、ここには歩道橋が架かってました!
うれしー!
しかも名古屋高速の丸の内出口をも越えています。
歩道橋の名前は「いずみ架道橋」
やはり「いずみ」なのですね。
自宅に帰って調べると、五條橋から東、桑名町の通りまでは泉町と言ったらしいです。しかし通りの名前はもっと東の町名をとって「京町通り」。
当時は「泉町通り」とか適当に呼ばれていたのでしょうか。
具体的にどんな呼ばれ方をしていたのか、お年寄りの皆さん教えてください。

歩道橋を渡るとマンションが目立ちますが、よく見ていると時に洋風っぽい昭和初期の建物が見られます。
図々しくのぞくわけにはいかないので、忍び足でまじまじと観察しながら通りすぎました。さらに行くと中北薬品京町支店がありますね。こいつは昭和 11年作。モダニズム建築だそうです。70年たっていますが、現代の建物とそれほど違いを感じられません。そりゃそうさ、わしゃ素人♪
それでも入り口などにはそれらしき装飾もあり、ただものではないっ!みたいな気はします。
向かいには中北薬品が管理しているらしい少彦名神社があります。
なぜ薬屋さんが?かというと、この神社は薬の神様なんだそうです。
あれ?冷静になると、これで「すくなひこじんじゃ」と読むのはつらいんじゃない?
背後には郵政会館がそびえていますわ。

今回はこれで終わり。
今度の日曜もまた円頓寺商店街へ行く予定だし、10日過ぎにもまたミニコミ紙を戴きに行く予定です。
いついっても何か発見のある楽しい町でした。

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