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2006年11月 1日 (水)

名古屋城外堀に沿って(終) 五条橋から東へ

屋根神様はいつものごとく元気でした。
今日は青空にくっきりと浮いたお姿を撮影できて、まんぞくまんぞく。
コロッケはあっという間になくなって、土産用にとさらに4つ買いました。世にいろいろコロッケはあるけれど、昔ながらのコロッケもいいね。イモの香りと甘み、さくっとした衣に塩こしょう。
いろんなものを入れて豪華ぶる傾向があるが、突き詰めるとたいていのものはオリジナルが一番うまいというのが天にゃんの結論。チーズコロッケとか悪くないけど、なんか違うって感じがしてなりません。

258300464_62 さて、床屋へ行かんとな!
おもむろに五条橋を渡って東へ。
またまた土壁屋敷を過ぎていきます。
左側には美濃忠という名古屋でも老舗の菓子屋さんがあります。さらに行くと右側にも吉原雀といういわくありげな菓子屋さん。
なんでしょか、名古屋には雀おどりという菓子屋さんもあるらしいですが、なぜに雀なのでしょ。うま過ぎて飛んでしまうのかしらねぇ。
美濃忠の玄関には須田剋太展のポスターが貼られております。
須田氏といえば司馬遼太郎「街道をゆく」の挿絵で有名です。
もっとも「天才の名を欲しいままにした」という評価もあるそうで、絵心のないものには実は恐れ多い大先生だったりします。
その展覧会、無料で今日まで!だったのです。
でも無理無理、最終日はたいてい早じまいだし、場所がいまひとつようわからん。

258300464_23 隣には古い民家があり、さらにはマンション。
マンション駐車場の入り口には「いずみ社」と書いた小さな社がありました。これは屋根神様なのでしょうか、神様なのでしょうか。
布施をする場所もなし、ろうそく台もなし、ひっそりとさみしそう。(´・ω・`)ションボリ

この付近とても静かで、伏見通りのすぐ脇とは思えないんだけれど、そんなところに突然丸の内東横インが現れ、さらに吉野家が!
伏見通りから来るとまったくの都会の真ん中で違和感がない店舗群なのに、下町から上がってくるととってつけたような異質な施設。不思議さを感じました。
京町通りは伏見通りによって分断されておりますので、外堀通りに戻るつもりでしたが、ここには歩道橋が架かってました!
うれしー!
しかも名古屋高速の丸の内出口をも越えています。
歩道橋の名前は「いずみ架道橋」
やはり「いずみ」なのですね。
自宅に帰って調べると、五條橋から東、桑名町の通りまでは泉町と言ったらしいです。しかし通りの名前はもっと東の町名をとって「京町通り」。
当時は「泉町通り」とか適当に呼ばれていたのでしょうか。
具体的にどんな呼ばれ方をしていたのか、お年寄りの皆さん教えてください。

歩道橋を渡るとマンションが目立ちますが、よく見ていると時に洋風っぽい昭和初期の建物が見られます。
図々しくのぞくわけにはいかないので、忍び足でまじまじと観察しながら通りすぎました。さらに行くと中北薬品京町支店がありますね。こいつは昭和 11年作。モダニズム建築だそうです。70年たっていますが、現代の建物とそれほど違いを感じられません。そりゃそうさ、わしゃ素人♪
それでも入り口などにはそれらしき装飾もあり、ただものではないっ!みたいな気はします。
向かいには中北薬品が管理しているらしい少彦名神社があります。
なぜ薬屋さんが?かというと、この神社は薬の神様なんだそうです。
あれ?冷静になると、これで「すくなひこじんじゃ」と読むのはつらいんじゃない?
背後には郵政会館がそびえていますわ。

今回はこれで終わり。
今度の日曜もまた円頓寺商店街へ行く予定だし、10日過ぎにもまたミニコミ紙を戴きに行く予定です。
いついっても何か発見のある楽しい町でした。

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