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2006年11月 5日 (日)

功名が辻(44)関ヶ原

飽きて来たかな。
おもしろくない。
いまさら関ヶ原の合戦の解説をするなよ。
しかも中途半端に対州が毛利勢の先鋒を押さえているみたいな基本を口先で説明したところで、素人衆には理解できまい。あれは現地の地図や、現地を 鳥瞰してこそ理解できるものだ。ちょっとした三宅アナの説明で興味を持つ様な人は、すでに原作はクリアしているし、関ヶ原については熟知していると思われ る。
「違い」を演出したつもりだろうが、あの程度ではお話になりませんな。
相変わらずの西軍の書き込み不足と、小早川の狼狽ぶり。
飽きたよ。
いい加減新しい表現を見つけたまえ。

もう言いたくないが、徳川家康。
西田敏行の家康の心理状態読みには頭が下がる。セリフひとつ、表情ひとつに家康が乗り移っているかのようだ。あまりにその出来が素晴らしくて、幻想を見ている様な気さえしてくる。
家康の老獪さに翻弄されていることに気付かない一豊を幸せな男と見るか、愚かな男と見るかは視聴者個人の勝手なれど、もし家康が一豊に対して「好意を持っている」と感じたならば、あなたの目は節穴である(爆)
西田敏行とは、なんと素晴らしい役者か。
彼の目の前にひざまづいて「三河殿!」と手を取りたい心境である(爆)

関ヶ原の戦いを見るたび、いつも不快に思う。
近頃の天にゃんは歳を取って心が広くなったし、鷹揚になったが、未だ不快である。
きっと三成が正当に評価されていないからだと思う。
石田三成という男がいなければ、三河は天下のそしりを受けずに豊臣の天下を覆すことはできなかった。三成は義を重んじる人であって欲は二の次で あったから、その一途さが秀吉〜ひいては、豊臣家に対する忠義の大きさであったからだ。そういったことから思えば虎や市松はバカである。政治が行えない彼 らには、三成のいい分を覆すことができなかったのだ。だから彼らは三成を憎んだ。それを政権内部にいて熟知した三河は政権奪取に三成を利用しようとした。 三成もそれはよく知っていて、バカどもに襲われたとき、三河の屋敷に逃げたものだ。
要するに、石田三成という男は一途なのだ。
そういう者を愛するのは人間として当然だと言いたい。
だれしも生を全うするためには計算高くなるが、かれは決してそうではなかった。彼なりに命を賭して豊臣家のために尽くしたのだ。

世に完ぺきな人間などいない。
秀吉は老後暴君に成り下がったし、家康は実の子を手にかけると言う傷を背負っている。またそれによって「冷酷な男」といわれもした。
三成には人望がなかった。
実はこれこそが人間にとって最も得難いものであった。
三成はそれを知っていてもなおかつ命をかけて豊臣政権を守らなければならなかった。

そういうことを理解しないテレビ番組ばかりだから、見たくなくなるのだ。
彼岸にいる家康にもっとも愛すべき武将はだれか、と問えば彼は家臣の他に三成の名を挙げるであろう。おそらく酒井忠次よりも上位にあげるだろう。そういうことを感じ取りながら、家康の戦後処理や、三成の死に様を見てほしいのです。

三成はいい男です。

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