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2006年11月12日 (日)

美濃路をゆく(2) 山田慶左衛門の祠

266989177_95 丸の内駅に着きました。
昔はここから清洲線が出ていましたけど、今や農村に埋もれた小さな駅。電車がいなくなるとたまにクルマが通るだけ。
この駅名の由来はなんだろう?
清洲城は五条川の西側を中心に展開し、主郭部分は信長の出陣像があるあたりだったはずだから、この「丸の内」はおそらく清洲城とは直接関係ないはず。
しかしながら地名となると出丸でも「丸の内」だから、清洲の出城があったとも考えられないことはないけれど、なんだか気分がよくない考え方だよね。

駅から西へ向かうと突き当たりが美濃路です。
北上して来た美濃路はここで左へ直角に折れます。
ちょうどその部分から美濃路に入ります。

ただまっすぐの道です。
太陽に向かって歩きます。街並はほぼ変わってないし、古い民家もそこここにけっこう残っているため、いかにも「街道」っていう感じがしますね。
少ない商店なのに、仏具屋さんみたいな店があると、「古い町なんだな」と思ってしまいますな。

266989177_11 ちょいと歩くと右手の路地に看板が見えます。
「おはん 長右エ門 参道」
おはん?
人の名前らしいけど、参道ってことは神社かお寺の入り口だよな。
連名で書かれているのも面白いし、女性の名前が先に書かれているのも、いにしえのことにしては珍しい。興味本位で従って進むと、築100年を越えていそうな民家があり、路地っぽい風景が展開する。けれどその向こうにはセンターラインのある立派なアスファルト道路があり、一気にしらけた。向こうに神社や怪しき祠が見えなければ引き返しただろう。
266989177_19 突き当たりには五条川の土手らしき高みがあるが、その前に祠がある。近づいてみるとそれが「おはん 長右エ門の碑」だったのです。
由緒書きによれば、この村出身の山田慶左衛門が疝気を病んだとき箱根にある「おはん 長右衛門」の祠に祈ったところ効があったとか。それに感謝して、ここにも祠を建てたんだそうです。
きちんと花が生けられていて、今でも大切にされていることが伺えます。
で、疝気ってどんな病気よ。
睾丸が腫れるって書いてあったけど....
棒の方はよく腫れるけどねぇ....
あっ!また下ネタに....
いかんいかん...... ( 〃..)ノ ハンセイ

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