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2006年10月26日 (木)

覚王山に遊ぶ(後)

253386189_158 参道を日泰寺の方に戻る間にも赤いポストがあったり、和風塀の向こうに二階建ての洋風建築が見えたりなかなか油断なりません。
人がいないから店は閉まっているんだろうけど、人がいないからこそこうした風景を落ち着いてカメラに収めることができる。しかも歩道の真ん中に突っ立っていてもだれも文句言わない。
こんなことくらいしかネタにできないほど、うらさびしい覚王山って...^^
なんて前向きなんだろ、おれ(笑)

縁日の日にはご開張されていた、鉈薬師へいきます。
鉈薬師の名は、堂内に円空が鉈一丁で彫ったといわれる木像に由来します。内部は縁日に拝観させていただいたので、今日は通りすがりの顔をして雰囲気を味わってみよう。

253386189_222 四観音道からそれて急な坂を下る途中にそれはあります。
高架道路建設反対の看板がやかましい地域を過ぎて左側。
中国風の像に守られた門があります。門扉は徳川家の家紋入り。
ここは明人・張振甫のお寺です。
上野村にあった薬師堂をここに移したのが彼。
お堂も中国風とは言えないまでも、異国情緒を感じます。(画像左)
まぁお寺そのものが日本人にとっては本来異物であるけれど(;^_^A アセアセ・・・
このお寺は崖っぷちにたっています。
入り口以外はすべて崖。隣家があるけれど、隣家の向こうはおそらく崖でしょう。

人っ子一人いない鉈薬師を出て日泰寺方面へと戻る。
床屋へ行きたいんだもん。
ここで友人から新情報がもたらされました!
梅花堂の鬼まんじゅうがうまい!と。
今いる場所とは反対なので、帰り道に、ということで、札所順と姫ヶ池通りを飛び越えて、墓地の真ん中にある第三の「札所集落」へ移動。

墓地の真ん中の道...
今では自由ヶ丘まで抜けているこの道も、昔は細々とした一方通行の道でした。本来の街道は姫ヶ池通りを北上し、第一軍戦死者記念碑の裏にあります。焙烙街道と呼ばれていたそうですが、由来までは知りませんゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

そして、この墓地の道のいにしえの道の北側にお堂と仏像が、お墓にまぎれて並んでいます。墓地と仏像が混在している混沌としたいい加減さこそが、日本人の宗教感の根本なんでしょうね。さらにそこに神様を平気で置くと言う神経。「神様、仏様、稲尾様」も同次元かもなぁ(笑)

253386189_209 ここの共同墓地群は、名古屋の歴史がつまっています。
名古屋に東海道線を引っ張ってきた吉田禄在の墓があれば、財界著名人や企業墓地(?)もある。
なによりも胸を揺さぶるのは、軍人さんのお墓でしょう。
旧道入り口すぐに墓石の傍らに軍人像が並んでいるのがすぐ見えますが、これは兄弟の墓なのです。どちらも中国戦線で亡くなっている。そして墓を建てたのが長兄...なんと悲しい話なんだろう....
兄は下の二人の兄弟を戦争で亡くし、悲しみに身悶えながらこの墓を建てたのでしょう。
胸がつぶされるような思いがしました。

さぁ、今回はこれで帰ろっ!
床屋へ行かなきゃな!

あ、鬼まんじゅうのお店は閉まってましたよ。
ふんっ!

床屋?
それも休みでしたよ。
ふんふんっ!

_s(・`ヘ´・;)ゞ..

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