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2006年10月 6日 (金)

鶴舞から六反へ歩く(終) 終点は黄金

猿子橋を過ぎてラストスパート。
といってもバスの時間までには時間があり過ぎるためにのんびり歩く。
中京通に出るまで短い区間ではあるが、この間にもうどん屋やら店舗が数軒ある。中には洋風っぽいデザインを部分的に取り入れた日本家屋もあったりして、興味深い。
和洋折衷(いわゆる擬洋風建築を含めて)といえば、ほとんどは主体が「洋」、従的に「和」だけれども、一般では和が定着し続け、従的に「洋」を取 り込んだものでしょう。むしろ大げさな擬洋風建築よりも、こちらが庶民的であって、明治以降取り入れ続けられてきた「洋」が、民間に定着したと言えるのか もしれない。もしその想像が正しいのなら、それはそれでとっても楽しいやね!
この一角にあるうどん屋は20数年前から営業してるのは見続けてきました。気にはなっているけど、一度も入れなかった。いつのまにか建物も新しくなってしまったけど、うどん食いたい!

中京通りを越すと少し人の気配がある。鍛冶屋らしき店に「風呂釜販売」の古いホーロー看板があったりしてなかなかおもしろい。

もう少し先に進むと銭湯がある。
いかにも銭湯といった風情で、それほど古くは見えません。
でも営業している様子はまったくない。ゴミも出ていなし、自転車置き場には埃がかぶってて、壊れかかった自転車。廃業したんかなあ...
もう少し行くと、庭先に祠が出ている民家がありますが、これはひょっとして屋根神さまだったのでしょうか。公的価値があるものでなければ、わざ わざ道路に面した場所にほこらを出したりせんでしょう。しかしながら、このあたりは道幅狭く、軒先が道路に出ないから、載せるのにスペースを必要とする屋 根神さまはなかったとも思えるのです。

この道は現在運河通りに合流して終わってますが、元々は線路に沿って南下したのか、黄金の踏切を渡って佐屋街道と合流したのか。やはり古地図は必須だなあ...

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