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2006年10月 6日 (金)

鶴舞から六反へ歩く(7) 鹽竃神社

傷心のままに日置のまちをふーらふら。
二次的に用意していた鹽竃神社しかネタがない。
このままで帰るのはあまりに惜しいので行ってみることにしました。でもよそから勧請した神社っていうのは、あまりいい印象がない。たいていは地元から見放されたごとくに荒れていることが多いかったような記憶ばかりです。

Img_6434 なんとなく歩いていたら鹽竃神社に着きました。
ガラス張りの拝殿にまた少しがっかり。
けれども境内はきれいに掃除されていて気分がいいし、建物も破れているようなところはなく、いかにも由緒ありげな立派な神社です。それが「単に近代化してしまった神社」でなければいいなと思うのみ...
拝殿前にこまいぬどん、いました。
奥へ進むとさらに小さな神社があります。
一番右の神社には由緒書きがないのでなんだかよくわかりませんが、その左隣にはカッパが座っている。さらに隣にはヘビ(龍か)。

Img_6409 カッパについてはちゃんと由緒があるのです。
かつてこの地域に川があった頃、そこに尻をかざすと痔が治ったという故事があり、痔を治したのが川の"神"でもあるカッパなんだと。つまりカッパ は川の化身ということなのね。かっぱ像にはキュウリが置かれている。頭にはさらを載せ、長い髪を蓄えた姿はちょっとキュートです。故事とともにちょっとう れしくなり、思わず賽銭を入れて手をあわせてしまいました。

カッパの隣の龍には説明無し。
でも水神といえば通常は龍だから、川の神様を祀っているのでしょう。この地域は過去、川を利用することを甚だしかったのでしょうね。だからこそ事故も多かった。水神様を祀って無事故を祈ったのでしょう。

Img_6419 お気づきでしょうが、鹽竃といえば仙台です。
名古屋日置村の鹽竃神社は、名古屋築城の無事故を祈って創建されました。
街道側の大門には釜があり、子獅子が親獅子の背で戯れるこまいぬどんたちもいます。鳥居に掲げられた「鹽竃神社」の文字にはさすがの貫禄が感じられますなぁ。歴史とはこういうものか。

鹽竃神社のおかげで、少しは取り戻せたような気がします。

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