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2006年9月18日 (月)

足助町

またまち歩きです。
今日は足助町。おやじの墓参りに便乗しました。またまた甥と姪を連れての行脚。
222905502_137
足助町は巴川という矢作川の支流に発達した宿場町です。
中央線が開通するまでは、通運で繁栄した町だったのです。
おやじの言によれば「映画館が2軒もあった」そうな。
「今はみんな建物が新しくなってダメだ」というけれど、決してそんなことはない。古い環境のそのままでまだ生活が続いています。そういう生活の一 端が「観光地」でもある。上部が蔵状の作りで、下部は大正期のようなガラスまど。時代錯誤も甚だしいけれど、そうやってここの人たちは今でも生活してい る。 222905502_34
街並保存地区に指定されていないためか、新しい家と古い建物が思いっきり混在しているのだが、家々から聞こえて来る笑い声が新旧の溝を埋めて いるような気がする。冷静に考えればヘンな話なんですけどね。なかには大人の背丈にひさしが伸びている家も残っていたりする。警備会社が管理して いるとしても、朽ちた下見板の下からのぞく土壁が、建物の健在ぶりを示しています。
屋根も美しい。

次なる目玉は旧稲橋銀行足助支店です。
稲橋銀行とは現稲武町の事業家、古橋氏を中心に発足した銀行です。この建物は大正年間に建てられて以来、岡崎銀行足助支店になり、東海銀行足助支店となりし後、変転を経て中馬資料館となりました。
外見は蔵作りですが、内部には周回廊下が設けられて、銀行建築であることを主張しています。明治村に保存されている安田銀行会津支店社屋もこのような内廊 下がついております。おやじは銀行時代にこの建物に入ったらしい。あの内廊下のことを「見張り廊下だ」と言ってますが、実はどうなんでしょうね。
見張るったって...ねえ(;^_^A アセアセ・・・

222905502_67 足助の見所のひとつ。
足助町には何度も行ってるけれど、今回は初めて「川沿いの宿場町」を足助町に見ました。
巴川沿いに散策路が設けられています。
本来は生活路であったのか、川沿いの家々からは階段が伸びています。そんな散策路から上を見上げれば、テラスの様なスペースが伸びています。なん だろうと対岸の散策路に渡れば、京都でいうところの川床みたい。もっと水面からは10m近くあって、実際にあれを利用すれば涼しさよりもスリルをより強く 味わえるような気がしますが。そういうものが残っている家に限って古い木造建築なのです。

細かに書くスペースもないので、このくらいにしときます。
ただしこういうものは宿場町・足助の一部なのです。
最も繁栄していたという西町には足を踏み入れていないのです。
古い物と新しいものがきちんと協調している町でした。

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