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2006年9月18日 (月)

三河鈴木氏と伊福部連

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足助歩きをしたのちに、さらに山をかけ入って墓参りをすませる。
足助の鈴木といえば尾張源氏・山田氏の流れでいかにも名家ではあるが、いかんせん鈴木が多すぎる(( ̄▽ ̄;A)
戦国期、信玄の弟一条信龍を総大将として徳川の支配下にあった足助を攻撃する。その際足助七城と呼ばれる支城ネットワークが抵抗するが、うちの田舎はその城下だっ た。今や城跡は神社になってしまったが、戦前頃は一個の山であり、城を構えていたようだ。城の名前を八桑城という。現在ちょっとした集落があるが、すべて 「鈴木」であることから、ここに拠った戦力ではないかと想像している。
城の北には寺がある。ここも砦構えで、防衛施設の一部を担っていたのではないかと、推察する。(事実はわからない)
蛇足ながらこの寺、扶桑山大鷲院という。山門には幕臣・山岡鉄太郎の額が掲げられている。

帰宅した後、近所の姪を案内として近くの神社を徘徊する。伊福部神社という。聞けば1200年の歴史があるとか。実際に行ってみると高さ5mを越 えようかという常夜灯がたっていたりして、「1200年」が伊達でないことを感じる。どんどん進めば、拝殿の脇に目的の狛犬くんたちが。
ん?なんかへんだ。拝殿前には2対いる。
でかい方は獅子とこまいぬが通常と逆におかれている。
なぜだろう?特に「決まり」というわけじゃないのだろうか。
狛犬というのは、本来獅子とこまいぬで対(つい)を為すという。口を開けたものが♂で向かって右側に置かれ、口を閉じていて角があるものが左に置かれる。こちらが、獅子で♀。大半の♀は今や角がないので、口の開閉によって区別することがほとんどであったりはする。
ところがこの神社、拝殿から本殿にいたる通路にもこまいぬたちがいる。本殿前にいるこまいぬたちには角があった!しかも顔が細長く、あまりみかけ ないタイプだ(そんなことどうでもいいってか((笑)ただし拝殿と本殿は塀で隔離されている為に、撮影できない。塀のスリットの間から200mmで盗撮す るしかないな、こりゃ。
ここの神社、実は先日夢に出た。
その夢のなかで自分は「ここのこまいぬ、つのがあるよー」と騒いでいたのだ。そのために今日、この神社に寄ったのだが...。これは何かの予知夢なんだろうか。吉夢ならいいなw

表示によれば伊福部連という豪族が住んでいたらしい。
連とか国造とか大昔に一度ならっただけで、何がなんだかようわからん(;^_^A アセアセ・・・。
伊福部とは朝廷でなにがしかの役を果たしたものなのか。(服部(はとりべ)のように。そして連というのは地方長官の職名であったような気がするが.....う〜ん、勉強不足である!

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