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2006年9月

2006年9月28日 (木)

関東の鉄道事故

口先勝負のマスゴミのみなさん、いい加減に鉄道だけをたたくのはやめましょう。
地方はともかく、関東の鉄道は異常です。
2〜3分おきにくる15両編成の列車がすべて満員なんていうのは、明らかに飽和状態です。鉄道でさばききれない乗客数なのです。
それでも鉄道会社は社会的使命と、乗客の要望によってに無理に無理を重ねる。福知山線でも実証されてしまったのに、たたかれるのは鉄道だけ。しかも監督すべき立場の運輸省はメディアと、事故とは無関係な野次馬を背景にうわべだけのモラルを求める。

100km/h制限のカーブをなぜ120km/hで入らなければならなかったのかという点は鉄道会社のモラルに委ねるけれども、鉄道会社だったて好 きで危険を冒す訳じゃない。「いつも混み合ってる、なんとかしろ」という乗客の要望があるからこそ過密ダイヤになり、速度をギリギリまで上げなければな らない。

安全第一だった国鉄にはもう戻れないね。
今や安全より企業倫理が優先されるからね。

だれが「国鉄民営化は成功だった」と言うのか。

またですか、TBS

この間の兄の試合よりはましだったけれども、なんだこの試合。
手数もろくにない、かたつむりみたいにブロックを固めて突っ立ってるだけで勝てるなら世話ねぇや。
まさか弟までTBSじゃないだろうと思ったら...またですか。

もう二度と見ないね。
少なくとも亀田親子とTBSはごめんだな。
イヤなものをまた見ちまった。
あぁ気分わる。

鶴舞から六反へ歩く(5) 水主町の風情

さらに西へ。
伏見通りを過ぎると右に森が見えた。
うーん鎮守さんか?
こまいぬあるところ天茶さんありだ!
行かねばなるまいて。
こんどは白山神社でした。
右奥には遠慮気味に日吉神社もある。
狛犬さんは....白山側に2対 U\(●~▽~●)Уイェーイ!
まずはパチパチッと(−p■)q☆パシャッパシャ☆

230278917_54 230278917_76

 

神社というのはどうしても静かなんだろう。
名古屋の市街地の真ん中なのに、10m以上もある名古屋市指定(何を指定しているのかは未確認)のクスノキが林立し、太陽の光をさえぎってくれるから、ひんやり涼しい。

子供が走り回ってたんだろうなぁ、昔は。
つんつるてんの着物を着た子供が見える様な気がするよ。

230278917_40 ここまで来れば堀川は間近。
堀川に架かる大須通りの橋は岩井橋です。
市街地に架かる納屋橋のような派手さはないけれど、川に降りるための階段があったり(入り口はふさがれている)、シャンデリア風照明は健在。
西詰めにある廃屋は川側にテラスが出ている。
涼をとるためのものだったのか、客相手だったのか。

2006年9月27日 (水)

鶴舞から六反へ歩く(4) 東別院へ道草

230161759_60 上前津といえば大須だけども、今日は大須に用はない。
昨今通販が発達したから大須なんてまったく行かなくなりましたね。笹島にはEIDENによるMacMartもあるけれど、そこさえ行かない。
そう、PowerBookはAPPLE STOREで買ってるもんなあ。
まぁそんなことはいい。

230161759_124 ここでちょいとコースを外れ、南へ行くことにしましょう。
歩いて10分ほどの東別院にも洋風建築があるのです。
以前携帯で撮った画像をここにも載せた旧中日孔版デザイン社屋です。今はインテリア関連の店舗が入ってます。ここの写真を撮ることと、橘にあるら しい名古屋市特別消防署分所の存在を確認することでしたが、結果としてはなかった。真新しいタイル張りの名古屋中消防署橘出張所になったらしい。特別消防 署分所の情報は平成6年現在のものだから、建物の新しさを見ても納得が行きます。
ちなみにその隣の松原公園は文政4年石黒済庵執刀による名古屋初の腑分けが行われたところだそうな。今日は子供たちが遊んでましたが...ヽ(  ´  ∇  `  )ノ ♪
そして旧中日孔版デザイン社。
データが皆無なのでこの名で呼ぶしかないんですが、この会社以前にも入居者がいたんじゃないかと思うのだけれど、情報はないでしょうか<(_ _)>
昭和初期くらいかな。
小さなオフィス風建物で、少し気取ってる。
いや、おしゃれって言うの?(*≧m≦*)ププッ
たまたま今日は休みだったようで、気遣うことなくバシバシ写真撮ってきました。
そしてメインルートに戻る。

230161759_239 次なる目的地は、某建築サイトで「名古屋市民ならたいていは知っている」と形容された西大須ビルです。
ん、でもわし白根一男(しらねーだろw)。
でも大須通りは昔からよく通るから、そういうビルがあることは知っております。名前を知らなかったということですね。
行ってみれば、一階のシャッターは落書きだらけ。
階上への階段室と思われるシャッターも閉まっている上にらくがき。
その落書きの傍らに「Electric Lady Land」と書かれていた。
あ、Electric Lady Landってこんなとこにあったのか!
名古屋でもかなり著名なライブハウスですが、こんなしょぼいビルに入ってたのかよぅ(なんて言い草だ)
屋上に立てられている「西大須ビル」の看板はさびているのがわかるし、窓はすべてがくすんでいて、一部は中の荷物が見えるていたらく。外装も改修した様子がなくて今にも崩れ落ちそう。
オーナーはこのビルをどうしたいんだろう?
ビル自体はのっぺりとしたつくりで、屋上のてすりに若干の装飾が見られるだけで、特に目立つ建物でもない。
建物に疎いから○○様式といえないのが辛いが、ゴシックと書いたところでどうせ一般の人(わし含む)にはわからんから写真載せとくねw

鶴舞から六反へ歩く(3) 上前津

まぁいい。
本屋なんか9つもある目的建造物のなかのひとつじゃないか。
まだ先はながいぃ〜と自らを慰めつつ(自慰行為ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ)、すぐそばの記念橋へとやってきた。

230043999_92 何を記念してるかっつーと、1910年に鶴舞公園で開かれた第10回関西府県連合共進会でありました。
武田五一という著名な設計士の作品ですが、道路が拡幅された際に、手すり(というのか?)部分は変えられている様な気がする。というのも欄干との 取り合い部分に残る以前の手スリの大きさが現在と違うのだ。しかも、この橋二重構造というか、橋の入り口のところにかなり歩道に食い込んだ形で、第一の欄 干がある。どうもその第一の欄干の上にはかつて何かが乗っていたような気配なのだ。これは単に台座みたい。位置的にも何の装飾ない石の四角い欄干を置くは ずがない。ということはやはり失われた橋なのか。古写真はどこかにないのだろうか。
もっとも、昭和52年の改築の際、よく新築してしまわなかったものだ。武田五一のネームバリューがそうさせたのかもしれないね^^

230043999_23東に 信号ひとつ隔てたところが南大津通である。
かつては市電が走っていた上前津交差点。
その北西角にあるのが旧三井銀行上前津支店です。
さすが財閥系だなぁ、井上さん。
名古屋支店といい壮麗な建物です。
柱の数や、出入り口左右の飾りなどを省略してあるし、各部の彫りも浅くて名古屋支店に遠慮(?)してはいますが、柱の大きさや屋根部分の彫り物な ど、豪華そのもの。気に入らないのは、建物全体の形くらいですね。十字路交差点の角に建てられたのに、なぜに道路に沿った建物にしなかったのか。裏は見え ないけれども、変則四角形か、ひょっとしたら五角形(!)にもみえるようなヘンな建物。今も北隣に石造り風の小さな建物があるが、当時から立っていて、ど いてくれなかったのか(笑)
それにしても、名古屋支店とよく似た装飾です。
ふたつの旧三井銀行のなかに旧名古屋銀行を入れても、三井銀行だ!と区別する自信があります(爆)
何の役にも立たんつまらん自信だわ。。。
これを撮っている間中、向かいの某銀行に現金輸送車がいた。
現金輸送車の横でとってたら警備員にずーっとチェックされてる様な気がしたよw

230043999_238 ついでに隣の神社にも踏み込んでみました。
これ、春日神社だったのね!
藤原氏の守り神だわ。
拝殿も奈良の春日神社にそっくり!
おばちゃんが掃除してくれているおかげか、境内は非常にきれいです。
入り口にはこまいぬならぬ、狛鹿がいました。
向かって右には角のある鹿(♂だと思ってほしいのかい?)、右には角のない鹿(♀という設定?)がいました。
角がない個体は狐にみえたぞよ!
そして入り口には第90代陸軍大将松井石根の揮毫による「春日神社」の文字がある。
松井によるのは、彼が尾張藩士の子であったからだろう。
日露から従軍し、第二次大戦で戦犯として処刑されるが、郷土の者にとっては郷土の誇りあることに間違いはないはず。

鶴舞から六反へ歩く(2) 旧大池町(9/27)

230000300_211_1

鶴舞公園を後にして次は古書店巡りです。
戦前の名古屋市内の地図が欲しい。
神社に行くと広小路通と上笹島町、下広井町など現在ではなくなってしまった地名がたくさん石に彫ってあるのです。広小路通でも笹島でも呼称として は現役だからおおよその位置はわかるけれど、こまいぬなど寄贈した人の名前までがわかるのに、どこに住んでいたかがわからないなんてつまらんじゃん。せめ て今、その場所に何があるのかくらいを知っておきたいわけです。
一軒目でまず聞いてみた。
「古地図は即売会なんかに出してしまうんですよぅ。店にはあまりおきません。もっと前の地籍図のようなものならあるかもしれませんが・・・」
あ、みなまで言わんでいい。そんなものはひとそろいそろっていれば相当な値段だし、1枚2枚持っていても何の役にも立たん物だ。
名古屋市内の地籍図というのは、愛知県公文書館へ行くと入手できる。無料で閲覧できるし、コピーを持ち帰ることもできる。ただし地籍図はあくまで、地籍であるから、縮尺が大きく使いにくい。そして、公文書館は土日休みだ...ヽ( ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄;)ノ
以前常盤村(現昭和区御器所付近)の地籍図をとった時は、他に客はなく、係のおじさんはコピーの取り方まで教えてくれたぞい。よほどだれも来んのだろうな...って普通の人には用はないわな(苦笑)

閑話休題。
事実を理由に「ない」と言われるとすっかりあきらめてしまう。
2〜3軒と古書店を通過し、最後の1軒...建築物の目的地でもある旧大池町の古書店を訪ねる。入ったからには、とりあえず、「戦前の地図は...」と聞いてはみましたよ(・・;)
この建物、某史料によれば、昭和初期のRC2階建てだったのだが、ヘーベルに建て替えられていた。
いわゆるALCパネルによる建物です。
しかも4〜5階建て...
がっかりして外へ出た。
青年は傷ついた。

地図はないしがっかりだわ。
もう9月も終わりだというのに、汗は滝のように流れる。せっかくの青い空をどうしてくれるんだよー、本屋め!o(;△;)o エーン

鶴舞から六反へ歩く(1)鶴舞公園(9/27)

行き先を特定したわけではなく、洋風建築をつなげたら偶然1本道になったのです。
せっかくなので、自宅から持ってきた弁当を鶴舞公園で食ってからのスタート。
けっ!蚊がいっぱいだわ!

229917920_150 鶴舞では鈴木禎次設計の奏楽堂を見る。
今まで何度も目にしたはずの建物だけれど、まじまじと見たのは初めてです。
よう見るとおもしろい!
柵は五線譜のデザイン、屋根にもハープがのってる。
後世の改造かしらんと思って古写真を見たけどやはり同じ^^
工業大学の教授なのにいいセンスしてる。
これを見て「この建物はなんだ?」なんて言ってるヤツは、よほどうかつだぞ!
横に立ってたアベック、聞いてるか!(聞いてるわけねぇよ)
飾りが多くて素人目にも楽しい建物です。
昔から気になってるのが舞台の下。側面には地下室(たぶん半地下でしょう)へのドアが何カ所かあって施錠されてます。あの中を見てみたいんだなあ。おそらく控え室(楽屋ともいう)だろうけど、普段目にできないところは気になるものデス。

229917920_9 次が噴水塔。
これも公園入り口正面だから知らぬはずはない。でも改めて登ったのも今日が初めてさ。いかに近代建築に興味のない人だったかがわかるでしょ^^
なんと立派な噴水!
普通の噴水とは違って、庭園に置かれるような噴水システムというのかな。噴水塔の根元に池があり、池にも装飾がなされている。その池からさらに外 郭の池に水が流れでるシステムだが、今時の噴水とは違って水はてっぺんから落ちるのみ。落ちるだけだから、どんな雰囲気かは想像できると思います。
洋風庭園によく似合います。
噴水はすべて石造り。
剛健です。
ついでに言うと、配置もよい。
背後には名古屋市公会堂があって、写真を撮るときとても絵になります。ただし、風向きによってはあたりに水が飛び散るので注意が必要です。今日は風が強かったんで、落ち着いとれんかった(^▽^;)

229917920_219 次はその名古屋市公会堂。
回りは有料駐車場になってしまってるんですな。
なんか著しく見苦しいな。
正面も悪くないですが、装飾が少なく変化にとぼしいので退屈します。むしろ東西の面が立体的で、光の受け方に寄って立体感が感じられるので、その方が面白いと思われます。
ちなみに内部は「関係者以外立ち入り禁止」だそうで。
はやく資料館にしてくださいw
わたしは未だ入ったことがありません。

最後におまけ。
普選壇です。
名古屋新聞社が普通選挙制定を記念して建造したらしいです。
大正デモクラシーの象徴みたいな建物ですなぁ。
政府の横暴を正せ!とかいって怒鳴っとったんかな。

そういえばさらに公園の奥へ行くと、加藤高明の銅像台座が残っています。加藤高明は愛知県が生んだ唯一の首相。
「飴と鞭」と揶揄された普通選挙法と治安維持法を一挙に制定しまったヤツだけれども、愛知県の偉人ということで銅像が建ったのでしょう。しかし戦中の物資供出で彼も国のお役に立つことになりましたとさ。
哀れなことよのぅw

2006年9月26日 (火)

岐阜市内線の跡

先日から岐阜市内線の軌道撤去が始まっています。
今まで放置していたのは名鉄の最後の親心?
猶予はおよそ1年半ありましたが、結局進展のないまま岐阜ライトレール運動は終わりそうです。

岐阜ライトレール側も往生際が悪い。もう岐阜600Vのことは捨てた方がよろしい。どの程度の応援を得られたか門外漢にはわからないけど、不意打ちの様な撤去作業の開始を見るとさしたる支持を受けたとも思えません。思うに、岐阜市民もいらんと思っとるんでしょうに。
岐阜市民も岐阜市も不要だと思っているようなところに力を注ぐことは無駄です。
他の地域のためにその貴重な力を注いであげてほしいです。

最近ではそんなライトレールも単に揚げ足取りになっている。
「線路がはがされても大丈夫だ」ととんでもないことを言い出したり、岐阜市の撤去状況の公表を希望するなんてこと、すでに鉄道存続作業とは関係ない。そこまで追いつめられているってのに気付かないのかなぁ。

しかし岐阜市ってのはどこまでも底意地の悪い自治体ですなぁ。
市内100円バスの模索って、そんなくだらないことするなら鉄道再生に尽力すりゃいいじゃないか。
市内線跡の舗装費として5億以上の予算を計上したとも聞く。
二つをつぎ込み、さらにない頭を寄せ合えば市内線が復活する(というか運営会社がどうにかやっていける範囲)可能性はは小さくない。

裏金作りに汚職。
最低やな、岐阜。
フランスあたりなら暴動が起きてるな。

中村区名駅5丁目(完)

228803556_90 服をそそくさと捨てるように脱いで風呂へ。
銭湯ってのは子供の時は巨大な、それこそプールにも匹敵する様なイメージだったけれども、銭湯程度の湯船はちょっと気取ったビジネスホテルにもあるね。温泉地の風呂には到底かなわない。
そんなことを湯船に入って思ってた。
自分の短い足ですら湯船のなかで突っ張ることができる。
そんな小さい湯船が3つ。
ひとつは例によって電気風呂。
わたしゃこれが好物なのだが、今日は時間がないのではしょる。
天井をながめければ、白く塗られた材木が鉄骨に組み込まれている。真ん中には排気口がぽかんと口をあけ、灯り取りのようにも見えている。壁には三 角形の飾りタイルが数メートルおきにぽつぽつと。なんとなく洋風のイメージでもある。いつ頃の建物だか知らないけれど、建った当時はずいぶんとモダンな銭 湯だったんだろうなぁ。
400円も払ったのに観察を終えてあわてて風呂を出る。銭湯には飲み物がつきものだ。
一応手順を踏む時間が必要である(━_━)ゝウーム

とりあえず下着だけをつけ、コーヒー牛乳をとる。
かつて、高嶺の花だったのだ。牛乳<コービー牛乳<フルーツ牛乳だった。今ではたわいもない飲み物なのに、当時はねだってもせいぜい牛乳だったなぁ。
コービー牛乳を飲みながらあたりをぐるりと見渡す。なぜかすっぽんぽんのまま番台のおばちゃんたちと話が話が弾むおじいちゃん。さすがに前は隠し ているが、おばちゃんたちからも醜いものが時折見え隠れしているようだ。でも両者とも一向おかまいなし。意識している様子もない。町の銭湯っていいよ なぁ。
番台が若いおねーちゃんだったらわしだって負けんのに!

うかつだった。
今まで何を見ていたのか。
回りには、
「誠に勝手ながら9/30を以て廃業させていただきます」のチラシがベタベタはってある。
廃業すんのか。。。。(/□≦、)エーン!!
女風呂にも複数の客はいたようだが、現状で風呂屋をやっていくのはずいぶんと大変だろうなぁと推察する。最近銭湯に入るようになってから現状が痛く感じるようにさえなってきた。
自分たちが子供のときにはあった物がなくなってゆく。
真っ先になくなってしかるべきなのかもしれないけど、やはりさみしいねぇ。
記念に内部の看板を撮らせてもらった。
なんと「下前津電停」と書いてある。
しかも名古屋市内なのに局番が二桁。いつの時代の看板やねん!
ほんとうは欲しかったけど、わしのようなものが持っていてもしかたないし、きっともらう人は決まっているのだろう。

「ありがとう!」と番台に声をかけ外に飛び出す。
「ありがとうございました!」

30日まで。
今週いっぱいか。
まだ行くと思うよ、たぶん。
すぐ近くに有料駐車場あるしね!
さようなら、昭和の遺跡。

228803556_238 心地よい涼風を受けながら納屋橋へと急ぐ。
錦橋から納屋橋なんてすぐ近くだよ。
ほれ、そこに旧加藤商会がライトアップされてるのが見えるでしょ!

2006年9月25日 (月)

バカにバカといわれるタレント

クイズヘキサゴン。
「東京があるのは、関東平野。では名古屋があるのは○○平野」
タレントは正解しました。
のうび平野です。

でも画面に現れた漢字は「濃美平野」。
いくらバラエティでも人をバカよばわりするなら、きちんとした解答を示さないとしらけちまうようねぇ。

パソコンで変換しても濃美平野なんて出るわけないから、テロップを製作したやつが、誤って記憶していたんだねぇ。
物笑いの種ですね、フジテレビ(苦笑)

中村区名駅5丁目(3)

228591478_104

狭い区画ながら、すべての道を歩くと多少時間かかります。
江川線の1本東側の道はとっても近代的。ビルが建っていて都市の体裁を持ってます。さすがにそんなところは歩く気がしなくて、東へと折れます。 バブルの際地上げ屋が買い上げたのか、そんな負の遺産らしき空き地が駐車場として使われています。舗装してあるわけでなく、空き地にクルマが置いてあるだ け。「なにもかもめんどうくさなった!」と投げ出したような土地の使い方は悲しいね。空き地にしとくくらいなら町を残しとけばよかったのに。
司馬遼太郎氏はバブル時代以前からそのことをずっと嘆き続けておられたのに、世間も政府すらも放置し続けた。
その結果がこの空き地。
クルマとネコが住む空き地。
ねこだけがきれいな毛並みをしてここに佇んでる。
たぶん人が放し飼いにしているんだと思われるのは、近づいても逃げないから。あんまりかわいいので写真をたくさん撮った。
ぬきあしさしあししのびあし...

228591478_123 ねこに飽いてふと見上げると夜空に煙突。
見下げると銭湯。
うわーこんなとこに銭湯かよ!
思わず正面に立った。入り口は開け放たれとる。
ついたてが外からの視線を遮る位置にはあるが、のれんの隙間から見ようと思えば見れんことはないぞ。
まぁどうせ客層は知れてるからのぞくやつもおるまいて。(`ー´)イヒヒ
外観は3階建て。けれど内部は2フロアぶち抜きで、二階部分の窓もあっぱっぱーに開いてる。
この気持ち良さげな風呂はなんだ?!
まるで都会の真ん中に現れた下呂温泉・噴泉池のようだ。
とりあえず知人にはメール連絡して風呂に入る。
料金は400円。う、高くなったのぅ。
びっくりじゃが、こちらは温泉気分じゃからそれほど気にはならない。右を見れば下足入れ。おおこれは懐かしい!金属がメッシュ状のデザインしてるやつじゃないか。こりゃわしの子供の頃からあったやつじゃ。
ぱかんと上に跳ね上げて靴を放り込む。
サイズはでかくないが、一応トレッキング用の靴だから、いっぱいいっぱいである。普通銭湯にこんな靴では来んから、下足入れもびっくりしただろうなぁ。
「いやん、こんな大きなの、入らないよー」とかなんとか。
おいおい、兄ちゃんよぉ〜(  ̄Д ̄)ノ(゚∇゚|| )ヾひぃぃぃ

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2006年9月24日 (日)

関東放浪記 (43) ほうとうを食う

記憶を頼りに以前行ったほうとう屋を探すがみつからない。
店がみつからないだけでなく、付近の景色もまったく違っている。
さっぱりわからなくなってしまい、半分あきらめて駅に戻って通りをまっすぐ眺めると、大きな看板を出している店が目についた。
この店、前来たときにもあったよ!
間口が大き過ぎて、入りにくかったんだっけ。
今日は昼の時間も外しているし、混んでいるはずがない。自信を以て飛び込み飛び込んでビールとほうとうセットを注文する。

ほうとうの良いところは、酒の肴になるところである。
麺が固いためにのびるようなことがない。
ビールがヱビスであったなら、ひょっとしたら深酒してしまったかも!
幸いというかスーパードライなので、一杯目は鼻をつまんで一気に飲む。
うむ、のどごしが心地いいね。
二杯目はやや辛い(;^_^A アセアセ・・・
漬け物をかじりながら2杯目を空け、むさぼるようにほうとうを食い、駅へと急ぐ。
それでもやはりうまかった!
発車5分前!
旅行センターの時刻表で確認しておいた14時44分発の長野行きに乗り込む。
酔っぱらっていても松本まで連れて行ってくれるとっても便利な列車である。

功名が辻 (36) 豊臣の子

大明国、討ち入りですね。
みんながたがた言ってるけれど、これは秀吉の公約でもあります。
信長幕下で秀吉は「そののちは大明国に討ち入り、都へ天子様を奉る所存にございます」という記録が残っている。その場限りの信長への追従だとしても彼の脳裏にはそれが残っていたんじゃないだろうか。
ちまたでは軍を発する時点で鶴松がなくなったから、太閤は気が狂ったと思われがちだが、実はそうでないと思う。そもそも秀吉の様なタイプは夜によ くあるいわゆる「英雄」ではないか。自分の力が何に起因したものかはよく知っている。戦功よりも多めの勲功を与えることによって、自分への忠誠心をおあり 立てるなど、英雄独特の施策ではないかと思うのだ。冷静を失っているのではなく、それを「売り」にしているというとわかりやすいだろうか。当然功を争う場 面がなければ、それを作り出そうとする。秀吉はすべてを理解していて、明に討ち入ったのだろう。やけくそ気味にみえるのは、彼の措かれていた状況が順風満 風ではなかったことである。本来は調略などで内部崩壊を誘っておいて一突きに突く、秀吉の戦略がなかったことだろう。
当時、明は内部崩壊していたらしい。なんとか20万の援軍は確保したらしいが、その実国家として体を為していなかったらしい。つまり、秀吉が従来通りまともに攻めていれば明の滅亡は50年ほど早まったかもしれないということであった。

家康は変わらず、嫌らしい形ででてくる。
脚本家の言いたいところはわかるが、かれの登場が断片的で、秀吉VS家康の冷戦というものがあまり流れとして見えてこない点がある。やはり主題を「功名が辻」としたところらに無理があるのではないかと思ったりしているがどうであろう。

関東放浪記 (42) 電車は西へ、雨雲は東へ

さすがに中央線普通列車の客は少ない。
特急列車の隙間を縫って設定されている列車で移動する客など、少ないのは当然とも言える。
今やこういった路線は気分的に余裕のある人と、金のない人のためにあるような気がする。
車内はトレッキングの中高年のお客が多いようだ。登山なのか単なる「山歩き」なのか疎い自分にはわからないけれども、いい雰囲気を出している人たちではある。

電車は西へ。
雨は西からやって来る。
電車が西へ進むと雨は東へと進む。
強くなる一方だ...

大月では10分停車してあずさを先にやり、一層お客を減らして甲府へと向かう。

115系電車のドアは半自動扱いで、保温に徹しているが、客が少ないために車内は寒々としており、閑散とした雰囲気でもある。
そんなさみしい電車であったが、甲府に向けて少しずつ客が増え、甲府に着く頃には立ち客も多数でた。
甲府はそぼ降る雨。
傘を買うか迷う程度だが、松本での行動を思って買っておく。
3種類あったなかで二番目に高価な600円の傘を買ったことが、大人としての最低限の意地であったと言えよう。

10年ほど前に某オフで泊まって以来の甲府駅前である。
クルマで上京する身に甲府と言う都市は聞き慣れた町である。
年に1度や2度は通るのだが、いつも高速道路であり、町に降りたりはしない。
感覚的には10年ぶりの甲府である。懐かしささえ感じてしまう。

中村区名駅5丁目(2)

神明社をあとに、中橋から続く四間道(しけみち)を歩く。
四間道は現在の名古屋では、円頓寺界隈の代名詞のようになっているが、尾張藩が設定した防火策としての四間道は中橋から納屋橋付近だったらしい。 結局それを歩いている。円頓寺かいわいの四間道ほどいにしえのイメージはないが、それでも蔵のいくつかは改造され立派に現役である。
道がわずかにカーブしていることも、四間道の印象を感じさせる。江戸時代でも直線道路を造る技術はあったろ うが、あえてまっすぐにしないこと。従来からあった町家や商家などを巧みに避けたあとなのかもしれないし、悪水川を越えるためかもしれない。
そんなカーブに人間らしさを感じるんだなぁ。
人間が作ったけもの道っていうのかな。
これを北上すると飯田街道と交差する。
正式にはなんと呼ばれているか知らないが、千種本町から栄を抜けてやってくる古くからの街道で、左に折れれば名古屋駅の北を抜けて清正公通りを経由して中村公園に出る。

名古屋駅付近は区画整理が完全実施された現在でもそうした古い街道筋がところどころに残っている。
街並みなんてものは残ってはいないけれど道筋から雰囲気を味わうことは十分に可能です。

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北へ行き当たったので西へと折れる。
出た!古い下町w
明治初期の建物と現在の建物が共存してる。
長屋のひとつををたどると屋根神さま発見!しかもきちんと飾りがついているよ。大発見なので早速写真を撮る。
そして近所にも長屋の一部が残っていた。こちらの長屋は左右が切り取られ、残った部分のみが住居となっている様子。
この住宅にも庇に観音開きの扉がある。ごていねいに外壁にも。電気関係のカバーかとも思ったけれど、すでに薄暗くそれらしき配線は確認できなんだ。
でも家の一部をわざわざ欠きとってまで配電盤を設置するだろうか。とすれば、これも屋根神さまと判断すべきかと思った。
2つも屋根神さま。
大収穫である!^^

中村区名駅5丁目(1)

昨日は名古屋駅付近を徘徊したよ。
知人との待ち合わせ、「遅れる」とのことでチャンス到来(笑)
こういうこともあろうかと、ネタは普段から頭の中に仕込んであるのです。時間と場所によってそれを駆使するのみ。
今日は名駅5丁目。
先の四間道(しけみち)に続く下町シリーズです。
テーマも同じで、「古い街並と屋根神さま」。

名駅5丁目といえば、名古屋駅から歩いて10分です。
北は桜通り、南は錦通り、西は江川線、東は堀川にかこまれた地域です。

この地域に目を付けたのは道路の不規則性、つまり「区画整理がされていない」コト。地図を見てもわかるように、広くなったり狭くなったり曲がってたりする。しかもこの狭い場所に寺が2つ、やや大きな神社が一つ。さらにここでは祭りで山車が出るとか。
ええーっ!名駅だよ!都会だよ!名古屋市の中心と言っても過言じゃない地域だよ!
区画整理がされていないということは、町の様子も昔のままであることが多い。ただし今回は名古屋駅からすぐなので、それほど期待はしてませんでした。ダメもとで行ったのですが、たった1時間の徘徊にしては、収穫いっぱい!

227265068_66 錦通りから浄信寺本堂の屋根は見える。
でも本堂の回りは家がびっしり。
寺の楽しさは境内の空間なので、ここは割愛。
あたりは空き地か駐車場が目立つ。
どう考えてもオフィスビルが林立していなければならないところなのに、なぜだ?
神明社もすぐにみつけることができる。
南北の幹線道路・江川線から一度曲がるだけでここにたどりつけるとは信じがたい。もっともその道は曲がってたり幅が変わったりするが(;^_^A アセアセ・・・
神明社の鳥居脇には軍人さんの像が立つ。
「帰らぬ人を偲ぶ...」みたいなことがかいてあるが、書体は左から始まっている。裏に回れば「昭和50年修理」とあるから、そのときに追記されたのか。
顔は東郷さんに似ている気がしないでもないが、彼は戦死してないやね(^▽^;)それにこの服は明らかに陸軍。
うーん、だれの像なんだろう...

227265068_147 中に入ると古風な建物が建ち並ぶ(というほど広いスペースではないが)小さいな池の真ん中に鎮座している神様もあれば津島神社や秋葉さんもある。東の一角にはお稲荷さんまである。
神仏混合かよ...ちょっとうれしい^^
こまいぬさんを撮影して外に出る。
参拝客も決して少なくないようだ。

2006年9月22日 (金)

あっぱっぱーのおねーちゃん

現場マンションの最上階でおねーちゃんに会いました。
その時、いわゆるあっぱっぱーを着てたんですな。
「こりゃおばちゃんだから顔ふせとこ」と思ったら向こうから話しかけてきた。
「時間かかるんですねー」(屋上改修について)
無視するわけにも行かず、仕方なく顔をあげたら、これがとんでもないほどの美女!
思わず言葉を失いましたがな。
歳の頃なら30代前半。
雅子様の若い頃のような印象です。
しかも健康的にふっくらしてとてもいい!
目の保養になりました。

軍事クーデター

東南アジアの勢力図とか、民主主義の定着度とか、まったく知らないのでタイの軍事クーデターについてまったく触れられないのだけれども、あれは果たして正義なのか悪なのか、判断できないでいます。

結論だけはすぐ出るんですな。
「タイの民度は軍事クーデターを認める程度」と。

しかし民主主義とて、「固有の形があるべき入れ物」と解するべきで、厳密にいえば、国の資質、背景、環境、国民性、時代背景などによって、多少違ったものにはなります 。
日本なぞ欧米に言わせると「最も成功した社会主義国」と言われてるようですからなw

民主主義は選挙権を与えたからと一朝一夕に定着するものではない。教育を施して、非暴力による政治を行うことを自覚しなければいけない。

「気に入らない不正な政権は力で倒しても許される」とは、タイの発展途上の民主主義のなかではあるべき形なのかもしれないなぁとふと思いました。
民主主義が定着する過程での問題解決なら仕方ないというべきなのか?

2006年9月21日 (木)

よう、小泉純一郎...

「卒業式に君が代を強制するのは違憲である」とする、東京地裁の判決に対して小泉くん、「法律以前の問題ですね。人としてどうかな」と来た。
やっぱりアホやな、こいつ。

地裁の判決に関しては「司法ここにあり!」の気概すら感じるが、どうせ上へ行くに連れて「大人の思慮」と呼ばれる愚かな合一性(というよりも他の二権に対するおもねりか)によって、地裁の判断はねじ曲げられていくのだろう。

「人としてどうなんだろう」って、キミは何様のつもりか。
公僕ごときに偉そうなことを言われたくないね。
この国はなんでこう、公僕のような者がいばるかねぇ。

国歌を歌いたくない自由を否定しようとする国会議員こそ、「人としてどうなんですかね」と聞き返したいがね。
どうだね、小泉くん

旧加藤商会へいく

ちょっとしんどいけど、昼に旧加藤商会ビルへ行くぞ!現場からすぐなんだもん!
だれか来てコーヒーでもおごれ(^0^)/

225010988_147 お約束ですね。
ここからが一番洋風っぽく見えるというか、擬洋風か?
洋風でありながら、実は日本の固有文化になってます。
戦前の建物なのに、文字表記反対じゃねーかよ!
国際商社だから外国に合わせて左から書いた?
んなこたぁあるめぇ...

225010988_47 背景になっているのは、市街再開発のマンション?
うちもお世話になっている会社が建てたらしいけど、関係ないですねw
それよりも、写真を撮って気付いた。
このマンション、旧加藤商会のデザインを範にとってないかと。
色遣いがなんども「背景」としてなじんでると思いませんか?
だとしたら、素晴らしいことですな!

225010988_223 旧加藤商会を従えた納屋橋の欄干。
船の碇のようなものがあしらわれたシャンデリアもおもしろいが、古い建物とよくマッチしてるし、古写真と同じ位置にある柳の木も、大変な演出上手。
写真としては最もしょぼいけれど、なんといっても空!
これぞ秋の空っていう色が出てるように感じました。
設定を変えて行くと、色は変化して行くけれど、この写真の青こそ、今日の空でした。

それにしても納屋橋は生まれ変わったなぁ。
おされなカフェが川沿いにテーブルを出してる。
旧加藤商会、納屋橋、堀川。
堀川は昔ほどにおわないし、川筋を涼しい風が流れて行くし、すごくいいところになっちまったよう!
仕事を終えて軽く飲みたくなっちゃうよねー!

明日は旧三井銀行名古屋支店へ行くつもりだけど、天気はどうなのかなあ。雲がびっしりじゃあ白い壁は映えないからなあ。

2006年9月19日 (火)

朝廷

実質的に公儀でなくなって以降天皇家(朝廷)の果たした役割というのは傀儡でしかなかった。新たな政権簒奪者と癒着することによって本来はなんの根拠もない「朝廷の正統性」を切り売りして生き続けてきた。天皇家としてはむしろその期間の方が長い。

近代への入り口であったはずの明治維新ですら朝廷を担いだ。当時の人は武家政権と京都の政権の区別がつかないまま、朝廷を神聖視した。これは江戸 幕府の創始が徳川家康という得体の知れないものであったために、自らを権威づけるために朝廷を持ち上げ、共に地位を上げたためと考えられる。
それは初期に於いて成功したが、政権末においては足下をすくわれる結果となった。

明治維新は近代に分類される。
そして現代もその末につながっている。
第二次大戦後、形ばかりの民主主義が定着したはずなのに、こういう形骸化した古代政権の末裔をありがたがるのはどういう心理なんだろう。いまさら天皇家でもなかろうよ。
思うに、「1500億円」といわれる経済効果をもたらす為に人心を盛り上げるということなのか。「うちの子と誕生日が同じですぅ」とテレビインタビューで喜ぶ親。ミーハーか?w

へぇ、喜ばしいんだ。
自分にはなんら関係がないから別にどうでもいいことなんだけど。
なんでみんな喜んでるのか不思議で仕方ない。
人の子じゃん。
史学的な言い方をすれば2600年前の古代王朝の末裔の子が生まれたと言うだけのこと。(初期の天皇の存在はほとんど否定されているが)
そこにどんな価値があるというのか。
価値があるとすれば、先に昭和天皇の気持ちが明らかにされた日経の記事の様な利用価値があるが、政治的にしか利用されないのであれば、この国では すでに不要である。国民ひとりひとりに立脚した民主主義を確率するためには天皇のような「部外者」の意見は不要であるどころか、百害あって一利無し。

さて、メディア。
海外に於いて相変わらずバカぶりを発揮してる。
アメリカ人に女性天皇問題に対する意見を聞くとはいかなる了見か。こんなもの完全に日本国内の問題であって、他国の人間が関与すべき問題でもないし、話を聞いたところでまったく意味もない。
王制を経験したことのないアメリカ人に聞くというところが、なおさらバカだよねぇ。
さすがスポーツ中継の現場にモデルを連れ込んで「F1人気を盛り上げた」と喜んでいるだけはあるな、フジよ。

2006年9月18日 (月)

三河鈴木氏と伊福部連

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足助歩きをしたのちに、さらに山をかけ入って墓参りをすませる。
足助の鈴木といえば尾張源氏・山田氏の流れでいかにも名家ではあるが、いかんせん鈴木が多すぎる(( ̄▽ ̄;A)
戦国期、信玄の弟一条信龍を総大将として徳川の支配下にあった足助を攻撃する。その際足助七城と呼ばれる支城ネットワークが抵抗するが、うちの田舎はその城下だっ た。今や城跡は神社になってしまったが、戦前頃は一個の山であり、城を構えていたようだ。城の名前を八桑城という。現在ちょっとした集落があるが、すべて 「鈴木」であることから、ここに拠った戦力ではないかと想像している。
城の北には寺がある。ここも砦構えで、防衛施設の一部を担っていたのではないかと、推察する。(事実はわからない)
蛇足ながらこの寺、扶桑山大鷲院という。山門には幕臣・山岡鉄太郎の額が掲げられている。

帰宅した後、近所の姪を案内として近くの神社を徘徊する。伊福部神社という。聞けば1200年の歴史があるとか。実際に行ってみると高さ5mを越 えようかという常夜灯がたっていたりして、「1200年」が伊達でないことを感じる。どんどん進めば、拝殿の脇に目的の狛犬くんたちが。
ん?なんかへんだ。拝殿前には2対いる。
でかい方は獅子とこまいぬが通常と逆におかれている。
なぜだろう?特に「決まり」というわけじゃないのだろうか。
狛犬というのは、本来獅子とこまいぬで対(つい)を為すという。口を開けたものが♂で向かって右側に置かれ、口を閉じていて角があるものが左に置かれる。こちらが、獅子で♀。大半の♀は今や角がないので、口の開閉によって区別することがほとんどであったりはする。
ところがこの神社、拝殿から本殿にいたる通路にもこまいぬたちがいる。本殿前にいるこまいぬたちには角があった!しかも顔が細長く、あまりみかけ ないタイプだ(そんなことどうでもいいってか((笑)ただし拝殿と本殿は塀で隔離されている為に、撮影できない。塀のスリットの間から200mmで盗撮す るしかないな、こりゃ。
ここの神社、実は先日夢に出た。
その夢のなかで自分は「ここのこまいぬ、つのがあるよー」と騒いでいたのだ。そのために今日、この神社に寄ったのだが...。これは何かの予知夢なんだろうか。吉夢ならいいなw

表示によれば伊福部連という豪族が住んでいたらしい。
連とか国造とか大昔に一度ならっただけで、何がなんだかようわからん(;^_^A アセアセ・・・。
伊福部とは朝廷でなにがしかの役を果たしたものなのか。(服部(はとりべ)のように。そして連というのは地方長官の職名であったような気がするが.....う〜ん、勉強不足である!

足助町

またまち歩きです。
今日は足助町。おやじの墓参りに便乗しました。またまた甥と姪を連れての行脚。
222905502_137
足助町は巴川という矢作川の支流に発達した宿場町です。
中央線が開通するまでは、通運で繁栄した町だったのです。
おやじの言によれば「映画館が2軒もあった」そうな。
「今はみんな建物が新しくなってダメだ」というけれど、決してそんなことはない。古い環境のそのままでまだ生活が続いています。そういう生活の一 端が「観光地」でもある。上部が蔵状の作りで、下部は大正期のようなガラスまど。時代錯誤も甚だしいけれど、そうやってここの人たちは今でも生活してい る。 222905502_34
街並保存地区に指定されていないためか、新しい家と古い建物が思いっきり混在しているのだが、家々から聞こえて来る笑い声が新旧の溝を埋めて いるような気がする。冷静に考えればヘンな話なんですけどね。なかには大人の背丈にひさしが伸びている家も残っていたりする。警備会社が管理して いるとしても、朽ちた下見板の下からのぞく土壁が、建物の健在ぶりを示しています。
屋根も美しい。

次なる目玉は旧稲橋銀行足助支店です。
稲橋銀行とは現稲武町の事業家、古橋氏を中心に発足した銀行です。この建物は大正年間に建てられて以来、岡崎銀行足助支店になり、東海銀行足助支店となりし後、変転を経て中馬資料館となりました。
外見は蔵作りですが、内部には周回廊下が設けられて、銀行建築であることを主張しています。明治村に保存されている安田銀行会津支店社屋もこのような内廊 下がついております。おやじは銀行時代にこの建物に入ったらしい。あの内廊下のことを「見張り廊下だ」と言ってますが、実はどうなんでしょうね。
見張るったって...ねえ(;^_^A アセアセ・・・

222905502_67 足助の見所のひとつ。
足助町には何度も行ってるけれど、今回は初めて「川沿いの宿場町」を足助町に見ました。
巴川沿いに散策路が設けられています。
本来は生活路であったのか、川沿いの家々からは階段が伸びています。そんな散策路から上を見上げれば、テラスの様なスペースが伸びています。なん だろうと対岸の散策路に渡れば、京都でいうところの川床みたい。もっと水面からは10m近くあって、実際にあれを利用すれば涼しさよりもスリルをより強く 味わえるような気がしますが。そういうものが残っている家に限って古い木造建築なのです。

細かに書くスペースもないので、このくらいにしときます。
ただしこういうものは宿場町・足助の一部なのです。
最も繁栄していたという西町には足を踏み入れていないのです。
古い物と新しいものがきちんと協調している町でした。

2006年9月17日 (日)

近代洋風建築を想う日曜の午後

朝からぼけーっとして寝たり起きたり。
夕方前に目覚めた。
「水換えせねば...」
と思いながらネットサーフィン。

そぼ降る雨を見ながら「建物の写真を撮りに行きたいなぁ」と思う。
雨が降っていてはせっかくの建物も映えないので、ゼネコンの作品集を見て楽しむ。
最も充実しているのは、やはり清水だった。
売り上げ1兆円を越えるいわゆるスーパーゼネコンのなかでも、新しい清水が作品集に最も力を入れているのは、社会的意識が高いせい?それともファン(おるのか?)からの要望が大きいとか。
時々見受けられる志水組というのは清水のことじゃなのか、と思って見たりもする。

結局流れとして、設計士や地元の建物に移って行く。
時に片山東熊などのビッグネームがあるとそちらを見たりするんだけども、そういうなかで桑名の様な地方にジョサイヤ・コンドルの建物があるとは奇 跡のような思いがした。なにしろコンドル先生は片山東熊、辰野金吾などの師なのだ。仕事で日本へ来たから偉いのではなく、他国の文化を理解しようとするそ の心が偉い。結果として彼は日本に骨を埋めてしまうことになってしまう。その近代建築の父が桑名の様など田舎にも作品を残したというのは、発注者が岩崎家 と縁があったからという理由だけらしい(;^_^A アセアセ・・・別にコンドル作品が好きだからなんてことは一切聞かないし、発注者〜諸戸清六〜の他の住宅を見ても、そんなことは考えられない。そんな縁が この地方にもコンドルの作品を残し、東海三県の洋風建築ファンに対してコンドルを身近にしている。
でもこの諸戸邸ね、側面から見ると岩崎久弥邸に似てるよなぁw

672696_1212937882  諸戸邸

672696_4213573273  岩崎久弥邸

672696_413953647 地元にもあるよ。
旧名古屋銀行津島支店。
立体的な飾りはないけれど、時代の流行に乗り遅れまじとする心意気が、坂野鋭男という設計者を呼んだのだろう。
当時でも名古屋から見れば津島などという田舎で、こういう建物が立てられたということは、地方の意識の高まりを示すのかもしれない。むしろ、当時 が頂点ではなかったという思いさえしてくる。せめてそんな先人の心意気を今後も大切にいくために、この建物が一役買うことを祈るばかりである。
ところで坂野鋭男という設計士、愛知県内で他にもいくつかてがけているのだが、他では見かけない。県内出身者だろうか。
詳細希望。

672696_329393905 最後に。
散策にはまるきっかけとなった萩原遠足の際の一枚。
得体知れずのこの建物は、旧萩原郵便局だと判明しました。
こいつも津島と同じように、地方意識の高まりが形になったのでしょう。

これらの地方の洋風近代建築(擬洋風も含めて)は、残す為の道を模索していることが多い。津島の旧名古屋銀行も、旧所有者から無償で譲り受けたは いいが、市が方が利用法について困惑しているようでもある。公民館でも資料館でもギャラリーでもいいから早く使わないと、いよいよ建物が悪くなってしま うのだがのん。

いとしきこまいぬ

214102862_191

うちの近所にはふたつの神社があります。
ひとつは白山神社(いわゆる鎮守さま)で、もうひとつは春日神社。おそらくは奈良の春日大社を勧請したものと思われますが、定かではありません。

214102862_21 近所の白山さんでは、ふたつの神がいました。
白山神社だから当然ひとつは白山の神様で、左側に。
もうひとつは立山神社とある。
あんまり聞いたことないけど...
白山神社が白山信仰の元締めであれば、立山神社は立山信仰の元締めであろうと検索したけれどもまとまった記事がない。
んーむ、だれが祀ったのか、大変気になる。
きっと何かいわれがあるんだろうけど、いったいどこで調べればいいんだろ。
ここのこまいぬさん、かわいい(#⌒∇⌒#)ゞ ポッ
♂は鞠を踏んでるけど、♀は足下にチビ犬さんがいる。
てっきり子供だと思ってたけど、踏んでるんだよなー。
どこかへはしっていっちまわないように踏んづけてるのかしらんけど、初めて見ただけに愛らしい。神様の使いのくせになぁ^^
ちなみに寄進したのは、昭和の初期で名古屋の人。
なぜこんな遠くに狛犬を寄進したのか話を聞きたいもんだ。
うちの両親が生まれた頃だから、その子供さんがまだ元気なんじゃないだろうか。
うちの鎮守さんじゃないけれど、とりあえず撮影料としてわずかな志を寄付しました。

もうひとつは春日神社。
つい最近までうちの鎮守様だ゛と思ってたらどうやら違うらしい。
中に入ってみると灯籠は5セットほど。
正面に目隠し塀(?)があって、その奥にコンクリート製の能舞台、拝殿、本殿とある。こまちゃんは拝殿のわきで、明治四十四年とある。これもまた写真に撮る。
拝殿と本殿は木造でいかにも古そうだけども、古さに応じたものがない。灯籠も大半は明治四十四年だし、入り口の石碑も同じ。
こりゃ明治四十四年に創建されたんだな、と決めた(笑)
いきなりコンクリートの能舞台でがっくり。
元気を奪い取ってくれましたがな。

あーまたこりゃ受けの悪い日記書いちまったな(笑)

片岡千恵蔵と中村雅俊

眠たい目をこすりながら見た、任侠清水港。
主演は林家木久蔵...じゃなく片岡千恵蔵。
もちろん主役は清水次郎長。

中村雅俊の次郎長を見たばかりで、やはり比べてしまうんだが、一概にどちらが悪いとも言えんねぇ。
端的に言えば、中村雅俊の次郎長が映画なら怒られるが、千恵蔵の次郎長は現代のテレビの時代劇にはまったくふさわしくない。

とにかく東映オールスターだからスターばかりが出て来る。
千恵蔵、右太衛門、月形竜之介に山形勲。おまけに中村錦之助や大川橋蔵、原健策まで出てる。
みんな芝居が重い。
主人公だから千恵蔵の重さは見逃すとしても、山形勲だの、月形竜之介あたりヤクザなのに、どうみたって物腰が武家だw
歩き方はさまになってて腰で歩いてる。やくざらしくねぇよ!
そんなことが逆に気になってしまうのだな。現代の時代劇と比べると「上位互換」ではあるけれどね(笑)

黒駒勝蔵と次郎長がにらみ合っているところへ大前田英五郎が仲裁に入るのだが、それが右太衛門。「東映の重役だからな、ふたり」というのは、こう いう作品をリアルタイムで見ていたおやじのセリフ。そう、ふたりは確かに重役だし、二人のやり合いというのも楽しみの一つに違いない。しかし特撮ファンに 言わせると、三大怪獣・地球最大の決戦となんら変わりなかった(笑)
ゴジラ(次郎長・知恵蔵)とアンギラス(黒駒勝蔵・月形竜之介)の仲裁にモスラ(大前田英五郎)が入り、キングギドラと戦う。
なんやねん、ストーリーはいっしょか!(笑)
見ててわくわくする空間が発生するのはどちらも同じ。

OAKLEY

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毎日使っているサングラス。
「ジュワッ!」といいながらこれで毎朝ウルトラセブンに変身しています。
2〜3年前弟にもらったものだけど、昨日の朝気付いたら耳掛けが折れてました(ノ゚㊖゚)ノびっくり!!
長年使い慣れてるし、元はかなり高価な商品だから修理する事にした。
おそらく2002年頃のMINUTEだと思うんですが、正しいところは不明。(カタログではファンパブロ・モントーヤがかけてたような...)

どうせ修理に出すならフレームのコーティングはがれも補修してほしいし、耳掛けの樹脂カバーも一部傷ついてるから新品に交換してほしい。
Oakleyのおおよその商品は、フレームの修理(交換?)は5250円とある。
これもそのくらいで直るだろうかねぇ。
しかしこれ...自分の持ってる物のなかで唯一のブランド品なんじゃないだろうか(爆)

2006年9月16日 (土)

咳がとまらない!

夕、耳鼻咽喉科へ行った。
とにかく腹筋が痛い。咳が止まらない。痰もでる!
のどの腫れがすごいらしいので、耳鼻咽喉科。
近所の内科はインフルエンザを見抜けなかったのでどうせ「風邪だ」
というにも決まってる。
ヤブだ。

耳からのぞいて、鼻からカメラを入れた。
「風邪ではない」
言い切ったね!さすが耳鼻咽喉科だね!(謎)
「気候の変化の激しさに体がついて行かなくて、体力が落ちたところへアレルギーのようなものの影響があった」というわかったようなわからないような診断。ただ風邪でないことは間違いないようで、吸入して薬をもらって帰宅。
薬を飲んで3時間。
まったく変化はない(苦笑)
相変わらず咳く。腹筋も痛い。
どうにかしてくれよ!

ゴジラ復活!

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と叫ぶのはやめてくれ、東海ラジオ・あんびるアナ(^▽^;)
いちいち反応してしまうじゃないか。

ゴジラがなりをひそめて以来、ゴジラという固有名詞(商品名?)は
松井秀喜のためのものになっている。
それでいいのか、東宝!

ゴジラぁ〜っ!

またまた津島市内散策

風邪気味なのに。やめときゃいいのに。
やっぱり出かけちゃった。
今まで行った事がない下街道です。
詳しい位置関係はここ見れ!↓
http://www.tsushima-cci.or.jp/machi/

町というのは見方を変える事で様々に楽しめる。
今日は屋根神さまも探して歩きました。
神社の見方や、狛犬の表情の違いなども含めて歩きました。
散策とは奥が深いものですねぇ。

先に紹介したサイトの地図をご覧なされい。
まずはなかほどの三養荘へ行ってみた。
江戸初期の建物だと言うが、部分的ガラスが貼られたりして、現実的に運用している感じ。技術的なことはわからないけど、見学できないのは痛いね。紹介されてもあまり意味が内容に思う。この程度の建物は市内にたくさんあるし。

Img_5266 目的の屋根神さまは、この建物に隣接してありました。
飾り付けがないのは、那古野の屋根神さまといっしょ。
やはり祭りの時だけ飾りつけるのでしょうか。
たまたま住人の方が出てきたのですが、あまりに唐突で何も聞けなかった。カメラを構えていなかったらいろいろ聞きたいことがあったのに。でも若い人だったから何も知らない可能性はあるな。

わからないまま付近の古い民家をたどりながら歩きます。
右も左も築大正年間やろ!みたいな建物ばかり。少々倒れかかっている様な建物でも、元気に働いています。仏壇職人さんの作業場や長屋、見ていて飽きない建物の連続です。
Img_5314 その一角には六地蔵という一角があります。鍵がかかっていて中には入れないけれども、別に視界を遮ろうとするものではなく、外からは自由に見学できます。経堂に6体のお地蔵さんが乗っている態です。だから六地蔵。
いわれなどは一切不明ですが、前に置かれた手水やろうそく台を見ていると、地元に密着したお地蔵さんのような気がします。
中にネコが1匹。ゆったりした時間が流れているような気がする。

この付近はやたらと寺が多い。寺町というわけでもないはずなのにねぇ。みな立派な本堂を持ってはいるが、人家はないし頻繁に使われている様子もない。
不動明王のいるお寺もあった。不動様が見たかったが、あまりに立派な本堂故、上がる事が憚られました。

薬師町内で、秋葉社発見。
秋葉神社っていうのは火の禍を取り除く神様。
たまたま写真を撮ってたら近所のおじさんに聞いた。
そこはかつて大きな寺域も持つお寺があり、傍らには池があって天王祭りの時、織田信長がそこによく来た。
「ぼくが子供の頃聞いた話だけどねー」
そして、かつてあったというお寺の一宇が残っていた。
中にはちょうちん(というのかしら(^▽^;))みたいなものがたくさんあったが、入り口は草が生い茂ってとても近寄れない。
お寺の名前を訪ねたがそこまでは知らないとのこと。
「でもここらへんは薬師というから...」
そう、薬師如来を祀ったお寺だったのでしょう。
見たかったなぁ....

Img_5334 古い家など腐るほどあるし、そういう建物を未だ大切に使っている地域がある。「カネがねぇんだ!」と言うかもしれないけど、そうばかりであるまい。
歴史的価値はなくても、ノスタルジックな雰囲気にはじゅうぶん浸れるのが、下街道でした。
いつ行ってもたぶん新しい発見があるんじゃないだろうか。
発見できないとすれば町のせいではなく、見る人の力が不足しているように感じた。
日々勉強なんだなぁ 。
浅はかな知識も現物を確認することで楽しさに変わる。
いや、そういう著書を読む事自体も楽しいんだよ^^

浅間神社と屋根神さま

今日も円頓寺に行ってました。
新たな屋根神さまを撮影してきました。

208515974_5 ひとつはほぼ機能してないように見えました。
柵もなければ飾りもない。
思うに珍しがって見に来る輩が増えたので、うっとうしがった住人が撤去してしまったか。
そもそも屋根神というものは、だれの所有物なのだろう。
街角に祀られている火事よけの秋葉さんのような感覚でいいのだろうか。
もっとも、すでに神社機能を失っているとすれば、観光資源として保護する必要はあるでしょう。

208515974_217 もう一カ所はおもしろいことに、鉄筋コンクリート3階建ての建物のひさし(バルコニー?)部分に載せてありました。
どうみても不釣り合い(^▽^;)
しかしここの家の人がこうまでして文化としての屋根神を維持している事を感謝しなければなりますまい。どうやら東海地方固有の文化みたいだし。

208515974_85s 裏手には浅間神社。
鎮守の森っぽい雰囲気を醸し出している都心の一角です。
「寄贈の王者」、伊藤萬蔵氏が寄贈した狛犬くんもあります。

おとといの散策をフォローするための撮影行でもあり、土蔵たちもゆっくりと見つめることができました。といっても15分くらいいただけですけど。
昼の休憩中としては上出来v(=∩_∩=) ブイブイ!!

吉野家ボイコット宣言

吉野家の牛丼が復活する。
テレビでは涙を流して喜んでいるヤツもいて、ずいぶんと笑わせてもらいました。
命よりも牛丼。
牛丼を食わいでなんの人生や!
健康の為なら死んでもいい!
(〃^∇^)o_彡☆あははははっ
アメリカの横暴を許せる、心のとーっても広い人たちですよね。

消費者の不安を取り除きもせず自分らの常識が「世界の常識」とする世界で最も非常識な人種が「安全ですよ」とゴリ売りしてくる様は、玄関に座り込んでパンツのゴムを売る輩にも似ている。もっともその影響たるや、パンツのゴムの比ではない(爆)
いや、その実、牛丼などパンツのゴム以下の存在ではある。
吉野家の牛丼など食わなくても他には牛丼はあるし、牛丼など食べなくても死にゃあせん。
ところがだ、パンツのゴムが切れたらどうだよ。
みんながパンツを押さえるのに必死!!
イスラエル軍もミサイル発射できないよ!
アメリカ軍だって地下核実験のスイッチを押せない!
うわっ世界平和になっちまうぞっ(爆)
つまりは....アメリカ滅亡への道か!⌒⌒⌒(~ _△_)~ギャハハ!

そういう背景を背負っているという社会観念もなく、アメリカ産牛肉を平気で口にする日本人とはどこまで愚かなのだろう。

自身牛丼が好きだから今まで触れたくなかったネタだけれど、経済評論家という社会に住み着いたダニのような者までが、「アメリカ産牛肉はマグロで いえばトロ」などと見識を疑うようなことを言い出すし、有名人をして「並んでも食べます」ということを言わせる社会に憤りを隠すことが不可能なので、あえ て書きます。

国民の健康を保証しない政府と、顧客の安全を確率によってしか保証しない吉野家。
危険か安全かという問題よりも、安全に対する姿勢が問題でしょう。
今後吉野家へ行くことはありますまい。

2006年9月14日 (木)

萩の花の季節に上場するMixi

Mixiがここまで伸びたのは明らかにNiftyのパソ通からの撤退ですね。
パソ通のアクティブユーザーの受け皿としてのMixi。自己顕示欲を持った人の日記を公開してそれに結びつけさせるという技。
そもそもNiftyは多くの財産を持っていたのに、パソ通を終わらせるという能のない道を選んでしまった。拾い上げたのがMIXIでしょう。
目の前にちらちらしているのに気付かない人と気付く人。
それだけの差で笠原くんは金持ちなのですね(笑)
もっとも目の前に転がっているからこそ気付かないものなのですが。

個人的にはコミュはほとんど利用していません。
自己主張、自己顕示欲共に強い自分は参加している暇がありません(笑)
Mixiについて書いているが、実はここからがメインの記事。

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昨日の元興寺の萩の開花具合を見て、見頃は再来週の半ばから終わりくらいだと判断しました。しかし平日では行けないので、再来週の日曜日に再び元興寺へ行きます。あの大株を見ると、どうしても花を見たくなるのは人情ですよ。

赤いカタマリとなる萩と、古びた材木の取り合わせ。
魅力的ですよねーっ!
そこに青い空が加われば言うこと無し!
24日よ、晴れてくれぇぇぇ!

ちなみに桔梗は昨日満開でした。
ぱちっと!かちっと!
「わたし、そんなに目立たなくてもいいから」
なんて言い出しそうに、きれいで優しげなキキョウのむらさき。
一言でまとめてしまうと日本的。
おふくろがキキョウを好む理由がわかりました。

写真は元興寺の手水に飾られていたキキョウ。
こんな心遣いが古寺らしいなぁ。

2006年9月13日 (水)

奈良町・元興寺

奈良町と萩の花。
こんだけのネタがあれば一日ぶらぶらしていられます。
日曜の予定を繰り上げて朝から奈良へと出撃。

元興寺の萩はまだまだでした。
各種情報を信じるべきだったか!
咲き始めて間もなく、3分にも満たない花の数。
株の直径は2mにも及ぼうかと言う大株。
満開になったらさぞ見事でしょう。
萩の花はまだだったけれども、たくさんな石仏をみました。大半はサンスクリット語でなにが書いてあるかさっぱりわからん。例え読めたとしても多くは字はすり減ってよく判別できません。それにしてもこの寺が多くの石仏を持っているのはなぜ?
かつては東大寺をしのいだという境内地から集めた石仏なのだろうか。
石仏にはきちんと仏さまが彫られているもの、石板だけのもの、いろいろある。毘沙門さんみたいなのもあってけっこう楽しめるが、もう少し表情が欲しいよなぁ(ぉぃ)

元興寺自体は、僧坊から本堂に転身した極楽堂と僧坊が1件残るのみ。付属する建物などもあるが、寺としての機能のうちではないように思うし、ことさら取り上げるのも気の毒の様な気もする。

最後に資料館。
正面にはかつて存在した五重塔のひな形(高さおよそ6〜7m・模型)があります。ただし、模型といっても国宝ですから^^。
この模型は文化財として登録するときに、建造物であるか、工芸品であるかの判断に苦労したなんてことを何かで知りました。結果、建造物なんですけ ど、見た目は明らかに工芸品。でもすばらしく細かい細工で、江戸大名が娘に持たせたミニチュア家財道具を思わせる出来です。ミニチュアの出来もすばらしい けれど、それをさかのぼること1200年の昔にも相応の物を作る技術があったとは驚きに値します。

はす向かいには阿弥陀仏があります。
1本木で彫られたとか。
善光寺で阿弥陀仏の下をくぐって以来阿弥陀様が気になります。
釈迦仏教とは本来偶像を持たなかったものが、インドから日本へやってくる過程でシルクロードで彫刻文化とで接触し、釈迦の教えを具体化したものが、仏像になったと聞きます。
そんな理屈を越えて、仏像というのは、人間的な優しさの表現の様な気がしないでもありません。

須田剋太先生が元興寺に収めた衝立について記念講演会の模様を書き記した書籍があった。これを買い求め損なったのが後悔です。
萩を愛でながら再訪すべきか...

ここをあとにして、奈良町へ出ます。
奈良町は日本でも最も古い街並のひとつであるらしいが、部分的に都市化してしまっている区域がある。都市化した部分と前時代的な区域がきちんと区別されていないために、もうひとつ位置づけがはっきりしていない。
道路などいつ区画された物かと目をむくほど原始的な構造をしているものもあったりする。そうしたものは貴重であり他では見られないが、全体的には模造(新建材による隠蔽含む)が多い。建物よりもむしろ全体の雰囲気を味わう町であるように感じました。
「古き街並」で売り出すのであれば、「奈良」というブランドイメージに負けてはいけないから、もう少し改良の余地が必要だということでしょう。街並の一貫性という点では、むしろ未だに生活が色濃く出ている津島市内の方が優れている様な気がします。
全域を歩いたわけではないけれど、8割方は歩いた様なので、これで奈良町は制覇したことにします。ただし、2軒見つけた銭湯はいずれ訪れてみたい。銭湯に入母屋風屋根を乗せるなど、行政よりも先を行ってますがな。

2006年9月12日 (火)

あおによし ならのみやこは さくはなの におうがごとく いまさかりなり

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京都と奈良って同じように世界レベルの観光地だと思うけれども、実際に本屋で見ると圧倒的に京都の観光案内書が多い。「京都の歩き方」とか違った方向からの案 内書も数多く見られる。奈良の歩き方なんていうものはないし、たいていは「奈良・大和路」と桜井あたりの大和王朝発祥の地といっ しょくたにされている。

名古屋の小学校では修学旅行といえば「京都・奈良」だった。
それがひとつ単語のように呼ばれていたのに、実は観光地としての奈良はずいぶんと地位が低かったようだ。
実際に行ってみると気付く。
京都は平日でも人が押し合いへし合いしてる。
奈良といえば、平日では観光寺院こそ人が多いものの、一筋入ればまったく人がいないところもある。
奈良県庁の近くに、寧楽美術館がある。
東大寺への近道なのだが、人がまったくいない!
近くに知事公舎もあるが、そのあたりにもいない。
これには驚いたが、「奈良って京都とは違うの?」と感じたことだった。かくいう自分は京都も奈良も好きだけど、こういう差って何から来るのだろう。
自分の場合は、戦国時代が入り口だったから、まずは豊国神社、高台寺。他の時代に関連した寺というものはほとんど行ってない。昭和に再建された金閣などなにほどの価値もないと思っている人であるから(笑)

自分が奈良に行くのは、1に近いこと!2に人が少ないこと!
でもお寺のプロフィールがわからなかった。わからないものを見るのは大嫌いだから調べたさ。たまたま「街道をゆく」で南都のあり方というものがほのかながら見えてきたとこ。官寺としての南都が、後発の宗派に対して行ってきたことなどを知ると、とにかく寺を見たくなる。

カメラの存在も大変大きいし、「大人の遠足」を覚えたことも大きく関与してる。カメラを使うから建物を隅々まで見るようになった。被写体をいかによく撮るか建物の回りをぐるぐるまわる。
必然的に一つのお寺へ行くと3〜4時間かかってしまう。
けれども記憶は濃く残るね。カメラに対しても、脳内に対しても。

萩の季節だなぁ。萩といえば中山道・馬籠宿にある萩がきれいなはず。丸く刈られてかわいらしい萩が。

EOS 5D

次に欲しいカメラにゃ。
フルサイズにゃ。
金の都合もつかないし、キスデジも元気だからいつ買うってわけでもないでし。資料集めでし。
「こいつを買うんだっ」という気分を盛り上げるでしっ(ノ´▽`)ノオオオオッ♪

36ページにわたるフルカラー上質紙パンフレットはまるでクルマ並。中には立木義浩のような有名な人の作品も載ってたにゃ。

フルサイズ...(@⌒ο⌒@)b ウフッ
フルサイズ...(@⌒ο⌒@)b ウフッ
フルサイズ...(@⌒ο⌒@)b ウフッ
でもフルサイズがもたらす効果というものはわかってない。
でも1280万画素がそれほどあたしには必要でないことははっきりわかってますにゃ。800万画素で十分以上満足してますにゃ。
ネコに小判、ブタに真珠、小沢真珠。

パンフレットのなかの写真を見てたらF22なんていう大胆な絞り値が出てた。魚眼で、パティオのような町の一角を写している。
22の効果は画面の端々にびしって出てて、建物の輪郭がその原色とともに非常に気持ちよく、いかにもヨーロッパのマーケットって雰囲気たっぷり。
すごいねー、やっぱり。
そんな風に感心してる自分は、フルサイズの意味もろくに知らず5Dを欲しがって。(A゚∇゚)ハテッ?ナノラ

このパンフレットは、少し写真の魅力を知り始めたものには、自制を求める内容になっているとみたにゃ。「おまえにゃまだはえぇよ!」とメーカーが言うな!(^▽^;)
5Dはそんな迫力に満ちたカメラなのでしょうな。
よし!
負けないように努力して5Dを買うぞ!
敵は...メーカーと5Dそのものだっ!

2006年9月10日 (日)

ビール

今宵、ピザでビール2本開けようともくろんでました。
7時から田舎に泊まろう(見たくないが)、8時から大河、9時からドイツGP決勝!
ピザはビールのつまみにもなるし、腹もふくれる。
喜んどったのに。
テーブルの上にあったのはネギマとやっこ、それに枝豆....
親の心子知らず、子の心親知らず。
いや、酒飲みの心親知らず...か。

か...かあちゃん!!!(/□≦、)エーン!!

新しいタイヤ

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車がぼろっちいけれど、まだまだよく走るよ。
130psくらいあればじゅうぶん振り回せる(振り回される?)からね。ただし車がぼろっちいことを何かでカバーしなきゃ。
だからナビがついてる(え)
タイヤはMichelinのPilot Preceda。
そのタイヤがそろそろ交換時期みたい。
溝は3分くらいじゃないだろうか。
今回の車検はどうにか通ると思うけど次々回は明らかにひっかかる。つーか、こんなゴムが硬化してしまったタイヤ、いつまではいとけと?

BSなんてイヤだ!
日本人しかはかないタイヤなんてイヤだ!
国産ならYOKOHAMAがいいなぁ。
とかいいつつ、Precedaはかなり気に入ってるので、これでまた更新するつもり。
このタイヤは3年間使って一度鳴いただけ。分相応だと思うしね。
ただしサイズをどうにかしたい。
現状、前後とも205/55 15インチなのね。
純正サイズより若干大きくて、カリーナの15インチでは最大径だったと思う。でもタイヤの大きさは見かけとは違う。ホイールが大きいと全体よりも 大きく見える。だからこの際16インチにサイズアップすること検討中。さらにリムプロテクトゴムが入ってるタイヤとしては最大の扁平率だから、目が慣れる とまるでタイヤが風船に見えちゃう!そんなことからもタイヤを解放したい。
でもなぁ、合うタイヤがあるんだろうか。
195か205が限度なのさ。225は明らかに辛い。
バランスでいえば195/50かなぁ。
とするとホイールも買わねば。
久しぶりにオーションの登場かw
純正のアルミだな。
PCD100の5穴 オフセットは38くらいかな。。
うーんオフセットが微妙だな...

2006年9月 8日 (金)

ミハエル・シューマッハ

ルノーのドライバーラインナップにキミ・ライコネンがいなかったことで、ミハエル・シューマッハの引退がささやかれ始めている。
37才だし、「いい加減引退しろよ」ってあの空気の読めない男に言ってやりたい気持ちもある一方、キミが加入したフェラーリでミハエル・シューマッハVSキミ・ライコネンの仁義なき戦いを見たいと思っているのは自分だけだろうか?
きっとキミは相当速いだろう。
ミハエルにしてみれば、自分が手塩にかけたマシンでもありチームでもある。その優位性を生かして、敢然とキミに勝つことができるか。
ミハエルくらい偉大になるとそれくらいしか楽しみはないと思われるが、そんな状況ではいくらミハエルといえど勝てんだろうなぁ。
またマシンをぶつけるか?!(笑)

老兵は死なず、ただ消え行くのみ。

2006年9月 7日 (木)

F1トルコGP

つまんないレースでした。
唯一見所は後半ちっともスピードが上がらないフェルナンドをマイケルが追いまくったシーンくらい。それも結果的にはオーバーテイクできなくて、昨日に限っては「空気嫁ゲジゲジ!」でした。

それにしてもフェルナンドは要所で遅い。
ファイナル7周は一度も1分28秒台で走れなかったんじゃないか。
フェルナンドがフタになってしまって、あわや4位のジェンソンがマイケルに追いつきそうな勢いだったぞょ。
マスダンパーのせいか、ミシュランのせいか。
フェルナンドはやはり大した事がないように見えるが...。

勝者はフェリペ”ポチ”マッサ。
人の作った車で走り回って見事優勝ね!
終盤は「マイケル待ち」のつもりか、1分30秒台で走りやがって。
ハンガリーのジェンソンは自ら作り上げたクルマで勝っただけに、感動も大きかったが、フェリッ屁は完全にマイケルが作り上げた来るまでの優勝だか らね。「優勝」といっても見ている側にとっては冷めざめとしたつまらない優勝でした。彼が喜ぶほどにこちらは冷めて行く。あーあほらし。

さて、ジェンソンだ。
彼は燃料が少なくなると異様に速い。
その速さをもっと早くに発揮すればポディウムに立てるじゃないか。すでにホンダはフェラーリ、ルノーに続く第三のチームになった。ジェンソンは常に4位以内にいるじゃないか。安定感こそが速さでもある。一発の速さがあればやつらの上に立てるのに!
歯がゆいのう、口惜しいのぅ。
それにしてもジェンソンは速かった...

ヤルノがさっぱりで、みるべきものがないなか、近頃ペドロ・デ・ラ・ロサを応援してる。唐突にファンパブロが抜けてたあとに収まって、モントーヤ どころか、ファーストドライバーキミ・ライコンネンすら上回る大活躍だわさ!昨日など早々にいなくなってしまってキミに代わってこれまた熱走!ルーベンス においかけられるシーンもあったけれど、5位入賞は大変立派な成績です。控え時代にも常に努力したからこの成績が得られたんでしょうな。
今年はどうやら最後まで乗れるみたい。
がんばって来年も乗ってよ!
ベテランのしぶとさを若いやつに見せてやっておくれ。

野球中継を見るようにおやじと雁首並べてCS中継をみているが、彼はどうやらトヨタ贔屓のようで、しきりにラルフとヤルノを話題にふる。わしゃラルフは嫌いなのじゃw返事できんで困っておる。
ラルフは序盤で姿消してもいいんだけどなー個人的には。

交尾する魚

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ラスボラ・ヘテロモルファはしきり交尾している。
♂は赤く発色し、♀は腹がぷっくりと。
♂の婚姻色は初めて見た。
ここまで赤くなるとは正直驚いた。

確かに交尾している。
♂は狭い水槽の中で他の個体を追っ払っているし、2匹並んで体をふるわせながら、時には相手の体をたたいて刺激しているようにも見える。
しかしながら、♀が抱卵しているようには見えないんだなぁ。
普段から♀は下にふっくらとした腹部を持つ。抱卵すると横にふくれるはずなのだが、それがない。ひらぺったいわけじゃないし、常よりは多少ふくれてはいるが、卵!っていうほど顕著な変化ではない。

交尾して精子を体内に取り込んでから産卵する?←そんなバカな
単に快感を追い求めている?←ンなアホな!

そんなわけで、いまひとつわかっていませんが、交尾には違いなく、産卵床として草をたくさんいれておきました。
繁殖行動を見られただけでも大したもんだと自画自賛しておこう。

安倍ちゃんへ

「憲法を作り替える」という主張は悪くない。
自民党総裁選などいくら盛り上げたところで、国民の政治的無関心、代議士不信を一朝一夕に拭うことはできぬこと、まずは認識してください。
国民が持つ代議士への不信感は、地元の利益代表に徹して代議士の地位を得てきたあなたがたの責任も決して小さくはないのですからね。

それとね、当たり障りのない主張のみを全面に押し出してメディアを利用していかにも国民の支持を浮けているような風潮を作り出して行く事には真っ向反対しますよ。
憲法改定するというなら、先に具体論をあげてくださいよ。
「自主憲法制定」などいういかにもイデオロギッシュな抽象的主張では、到底支持できません。日本人は「愛国心」という抽象的な言葉にもだまされた経緯がある。どちらもそのあたりをしっかり認識すべきである。

抽象から具体へ。
総理の椅子を目指すあなたにはこの言葉をくれてあげましょう。

静岡の近代洋風建築

ぼくは静岡市をバカにしていました。
やはり名古屋の人にとっては静岡市より浜松市なのです。
浜松の悪口を言われたりするとどうにも気分は悪いし、周辺の市町村を無理矢理吸収して県下一の人口を擁しようという姑息な手段を見るにつけ、腹の中でせせら笑っていたのです。
「静岡県は浜松で保ってるんだよな」
そんな意識があります。今でもある。
でもそんなこと、街歩きにゃ関係ないってことにもっと早く気付かないとね>自分
反省はこの辺にしときましょ。
この日記がすべて反省になる(笑)

まずは検索した。
みつけたのがここ↓
http://homepage2.nifty.com/nagareboshi/shizuoka/tiiki/01chubu-2.htm
「清水組」「中村與資平」のキーワードで、静岡市役所、静岡県庁、旧静岡三十五銀行(現静岡銀行本店)の3つを選択。
探す手間もかからなさそうだし、追手町のあたりにかたまってる。
しかも駿府城も近いし。

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まずは静岡県庁。
昭和12年竣工だそうな。
どうやら駿府城の門の敷地を利用しているようだが、狭い空間につまっているせいか、スケール感は感じられない。ところが裏へ回るとわかるようになってい るのね。やはり戦争中の建物(日中戦争)だからか、派手な装飾はないけれど、質実剛健て気はする。頑固な大工がまじめに仕事したんだよ、みたいなw
設計者の中村與資平は先立つ事5年前に豊橋市公会堂を手がけている。こちらは民間企業資本による建物という違いはあるにしても、ある程度の暗くなって行く世相を反映しているのではないだろうか。

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さらに静岡市役所だが、道路をはさんで向かいにある。
こちらは昭和8年。
なに、これって感じ。
役所としての機能部分に関しては窓のデザインが凝っているくらいなのだが、玄関棟はすさまじいw
どうみても市役所じゃないだろ!
遠慮気味にホテル、本音は教会。少なくともキリスト教会の地方本部っていう風格がある。
これを設計したさささ中村與資平という人もすごいが、こんな建物を発注した役所も何を考えとったんだ!
どうみても非常識! ^0^;
内部の飾り、天井の彫刻、シャンデリア。階段背後のステンドグラスに大理石(調?)の材質による階段。
こんなものが市役所だなんて、現代ならオンブズマンの格好のネタですぞ!
名古屋控訴院には負けるが、それは質的というよりもスケール感。つまり国と地方による資力の違いでしかないようにも思う。
帝冠風の県庁もいいが、こちらの奇抜さも捨てられない。
しかし役所としての建物の方はタイルが張り替えられているようで、外部はあまりおもしろくない。が、これは仕方ないね。
静岡、侮るなかれ!

結局大御所様にもあいさつに行ったため、ほんの至近距離にあるはずの旧静岡三十五銀行には行けずじまいでした。

ASIA

いやぁ、懐かしい。
80年代に世間を席巻したプログレバンドだよ。
え、違う?
プログレだよね?^^←自信なし
産業ロックとは少し雰囲気違うもんな。
まぁそれはいいとして。

彼らによる下品レコード(GEFFIN RECORD)の音源が1組のCDになった!
喜び勇んで借りてきましたわさ。
失礼ながら、うちではBilly Joelの前座でした(笑)

今ならこれに染まることはなかったかもしれない。
ポップで覚えやすい曲調とテンポがあるので歌うのが楽しいなぁ。
音作りも本物って感じで、厚みがあってひとつひとつの音がなおざりではない。というのも、近頃名古屋の放送局がイベントのように出すCDがこ れに似た感じの作りになってて、辟易してしまうのだ。聞くからに机上で作った様な音なのだ。制作側はそれでいいと思っとるのかもしれんが、聞く側には失礼 極まりないと思うのだ。少なくとも音楽なら音楽として聞ける範囲の物を作れっちゅうこってすわ。発売するたびに番組で流すことに腹が立つ。むろん買った ことはありません。あんなものを買っていたら音楽界をダメにしますからね。

と悪態をついたあとにASIAに触れてみる。
実は方向性がそれとよく似ている。あくまで方向性ね。中身はまったく違うよ。
若干大げさ(ドラマチックともいう)なつくりが個性でもあるが、別にイヤな感じは受けないし、悪くない。ベテランばかりがそろうといいものができますな。
ただしベテランはわがままなのですぐに空中分解してしまうから要注意(笑)

アルバムをアルバムとして作るのはやはりプロだから。
クリエーターだから。
結果、いいものはいつまでたってもいいということかな。
30数曲を一週間150円で借りたとは、お天道様に顔向けできないような気もしてきますわなも。
ASIAのメンバーに謹んで感謝。

ダメです

体調不良極まれり。
なんでちっともよくならんかなぁ。
うがいもしてるし、水分も心がけてとるようにしてる。
そんなことよりも病院で薬をもらってるんだから、完治しないまでも好転したっていいじゃないか。

今日に至っては声までがかすれてきてる。
時々声がでない時もある。
痰も従来通りの量に戻ってしまってるし、咳はずっと変化無し。
なによりも定着してしまった腹筋の痛みが辛い。
局所的に2〜3カ所ほど痛いところができてしまって、咳くと甚だ痛い。押さえながら咳をすれば少しは軽減されるんだけど、医者へ行ったのになぜこんな難儀をしなければならないか。
咳いている自分の姿を思うにつけ滑稽である。

今日は朝から完全ぐだぐだ。ずっと横になってます。
CD返却へ行った以外ずーっとゴロゴロお怠けモード。
したいことはたくさんあるけど、咳をしなくても少し痛む腹筋を抱えて雨のなかでかける気もしない。
借りてきたCD5枚を聞きあさって気分を盛り上げることにしよう。

2006年9月 6日 (水)

小ネタ3題

1.
土曜日にもみのもんたが出るようになって久しいが、内容的にはどうなのかな。
昨日は政治家を出して戦犯合祀についてごちゃごちゃしゃべらせていましたな。
彼は天皇の先の発言と、靖国参拝とを関連づけて意見していた。
語気強く女性出演者に詰め寄って行ったら、ゲストは言葉を失っていたね。あれが「専門家」だったり国会議員だったら笑ってしまうな。国民のレベルに応じた代議士だと呆れるしかない。
それにしても、「天皇に最も近い神社なんだよ」というみのの発言はどうか。特にこの件に関しては近頃TBSの突っ込み方自体が異常である。ボクシングチャンピオンを”作って”しまうように世論を作ろうと言う魂胆なのだろうか。
みのさん、「最も天皇に近い神社」と発言するなんて、あなたの認識こそ改めるべき...というか、もっと勉強しろよって思うぞ。
そもそもこの事件に関して、象徴にしか過ぎない天皇を持出すのは間違っているという事を、よく認識しなければならんのだ。それが理解できない者は靖国関連について発言する資格がない。
主権はだれにあるのか、憲法をよく読みなさい。
それとも「主権」がなにかわからないの?

2.
これも右傾化の流れのひとつに見えて仕方ないのだが、小学校でも古文を教えるという。なんでも「美しい日本の文化を継承する」のが目的器らしい が、ただでさえ義務教育のあり方について現場からも様々な声が上がっているというのに、それをなおざりにして新しい教科を追加する余力があるのか。
文化の継承は大切であるけれども、それは余力の部分ですべきじゃないだろか。子供には遊ばせる事の方が大切であって、一層の詰め込みを助長する様な施策は子供のためにもよくない。
だれが言い出したことが知らんけれども、「今がチャンスだ」と
いう右派の意見が台頭しているようで甚だ不愉快である。
最も自分個人については「教えてほしい」けれども(;^_^A アセアセ・・・。

これ以上右傾化しなくていい。
それに対するストッパーを日本国民は持たないのだから。

3.
木曜日。
名古屋駅の前で飲んだ帰りに乗った津島行き準急は3702Fでした。
なんかおかしい...
車内を見渡すと広告のすべてが「THE 有頂天ホテル」!
そう、この電車は有頂天ホテル電車だったのだ!
大胆な宣伝だね!
イヤでも目に入る。
<(; ^ ー^) マイッタマイッタ...

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画像中央に見えるのが賤機山でしょうか?
静岡の地名の元にもなり、過去には詰めの城として使われたりした由緒ある山ですね。
三河殿も晩年この山を愛でたとか。

2006年9月 5日 (火)

えらいひと

「街道をゆく」を読むと、様々なネタが出てきます。
風俗、歴史、地理、宗教等、人間の足跡についての考察があります。
とてもひとりの人間の脳から出た知識とは思われないほどで、量にも質にも圧倒されているのが現実です。これを紀行文に結びつけたのは朝日新聞社の営業上の勝利か、はたまた読みやすくするための工夫であったか(笑)
実際には紀行部分は物語のきっかけだったりするのみで、それ自体がこの作品のテーマではありません。

さて、「街道をゆく」が自分にとって一番役に立っている部分は、地理や歴史などではなく人物評です。特にひかれるのが、宗教家たちのひととなりや生き様です。
宗派や宗祖を取り上げ、ながながと解説してくれます。司馬遼太郎という人はほとんど宗教的な気分を持たない人なのか、人となりですべてを語りま す。仏教の宗旨については昔から興味を持っていましたが、こういう形で知識を得るとは思わなんだ。司馬遼太郎は宗教家ではないから、宗旨を知るためには、 正しい方法で学ぶ必要はありますが、得た知識でどうにかしようなどいう気持ちのない者にとっては、司馬遼太郎の知識から始まれば良い。幸い彼の文章は難 しい部分はくどくどと何度も繰り返す癖があるために、「また言ってるよ」なんて苦笑いしながら、読んでます。
それにしても、宗教家の生き様というのはなんと気持ちいいんだろう。親鸞などは自身で真宗を起こしたわけではない。彼の言葉を弟子が書き留めた歎異抄のなかでは、「これはわたしが成仏するためのものである」とあるらしいし、彼自身新しい宗派を起こす事をしなかった。
奈良仏教の堕落を見た法然は叡山を開き、道元は死ぬまで釈迦を見つめ通した。人の個性によって、真実をさぐる方法も考え方も違うが、共通するのはその真剣さ故の清潔さではないか。
司馬遼太郎というフィルターを通してさえ彼らは大変に魅力的な人物に映る。

宗教という物は知識として見ると異常なほどにおもしろい。
だれそれに忠義を尽くす戦国武将が一種の宗教家にも見えて来るね。

何もかも捨てて真実を探る人生っていいかも。
こんなに宗教家にひかれる自分はちょいとおかしいんだろうな...

2006年9月 3日 (日)

功名が辻 (35) 北條攻め

旭が旅立ちました。
秀吉の天下取りの犠牲になったと今回のドラマでは評価してるようですね。
家族愛がテーマでは仕方ないか。もっとも戦国時代という乱世で家族愛もクソもなかろうって気がするのね。家族愛を語らいながら天下安寧になるなら、信長ならずと武田信虎でも京を押さえたであろ。
旭には旭の人生があったはずかもしれないけど、天下の武将にはそんなことを言ってられない。一族郎党の命運がかかってるんだからね。
「兄やんがたまたま太閤なんぞになった」なんてねぇ、歴史への挑戦だよキミ。
その裏にあるものを君は知らんのだ。武家になるのがイヤならとことん拒否する事は不可能なことではなかったはず。
ドラマによれば旭は某と別れさせられた上に副田と結婚し、さらに分かれさせられ家康の元へいった。その都度相手の男にとことん惚れるというのは、 「二人の仲を引き裂かれた」ことを追認していると考えるべきなのだね。まあいまさら抗い様もないけれど。そうした運命について、彼女自身は割と従順に受け 入れていたようなかんじるのだけども、どうだろうか。前向きに生きる事は戦国の農村女にしては、ごく普通で、彼女が不幸だと感じた事はなかったんじゃない だろうか。それをことさら不幸に仕上げるのは小説故である。

康ポン、ついに敗北宣言?!
「情けに於いては...」とひっくり返った家康。
そう、秀吉は明らかに家康よりも器量が勝っていたのだ。
従来、すべからくドラマではこういうことはいわないのが、お約束のようでもあった。家康はなぜか秀吉の幕下なのに天下無敵なのだ(笑)でも実質は 違う。「英雄は英雄を知る」という言葉がある。家康と秀吉はあ・うんの呼吸で両立していたのだ。秀吉が家康を滅ぼさなかった理由は定かでないが、そう いった隙みたいなものが秀吉という人間をかわいげのある一個の英雄として大衆をして思わせるのではないかと思われる。
それにしてもそれをいう西田敏行は、快い。
秀吉には敵対心こそあれ、人間として「負けた!」というところを見せてくれる。こんな家康はかつて見た事がないね。伊達に徳川膳武を演じてない。うん、理解が深いよね。

石田三成を見ていて思った。
石田三成は有能な官吏であるが、現代ならイザ知らず、あの時代にだれからも学ぶ事なしに兵站や経済について熟知していたというのは、奇跡に近いん じゃないだろうか。われわれは過去のドラマについて自身の経験と知識でしか評価できないが、教育レベルも価値観もまったく違う当時のことをそういうあさは かな知識で評価する事はできない。教えられても覚えない人がいるというのに、時代の先を読むというか、ああいう能力を持った人間が出現し、秀吉の元で働い たという事実。これは奇跡というしかないんじゃないだろうか。「事実は小説よりも奇なり」というが、三成の存在そのものがそれを地でいっている。

2006年9月 1日 (金)

ほっとくと大変なことになりますよ

土曜日からやたらとせきこんでいる。
痰がタンと出る。
立っているとき咳き込むと脳が揺れるのか、激しく頭痛がする。
これがだんだんとひどくなって、今朝はとうとう微熱が出た。
7度4分でも、熱に弱い人間にはぐったりするに十分である。
夕べぬるい風呂で1時間近く読書してたのがよくなかったか?

ノドが全体的にはれているように感じる。
あまり熱を感じないから、ひどい炎症は起こしてないと思うけど。

今日は朝から激しい雨。
神の助けでしょうな。
家でゆっくりすることにします。

ノドの奥がくすぐったくなるの。
だから運転中はすぐに水分でノドのくすぐったさを押さえてます。
大変だわ...

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