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2006年9月13日 (水)

奈良町・元興寺

奈良町と萩の花。
こんだけのネタがあれば一日ぶらぶらしていられます。
日曜の予定を繰り上げて朝から奈良へと出撃。

元興寺の萩はまだまだでした。
各種情報を信じるべきだったか!
咲き始めて間もなく、3分にも満たない花の数。
株の直径は2mにも及ぼうかと言う大株。
満開になったらさぞ見事でしょう。
萩の花はまだだったけれども、たくさんな石仏をみました。大半はサンスクリット語でなにが書いてあるかさっぱりわからん。例え読めたとしても多くは字はすり減ってよく判別できません。それにしてもこの寺が多くの石仏を持っているのはなぜ?
かつては東大寺をしのいだという境内地から集めた石仏なのだろうか。
石仏にはきちんと仏さまが彫られているもの、石板だけのもの、いろいろある。毘沙門さんみたいなのもあってけっこう楽しめるが、もう少し表情が欲しいよなぁ(ぉぃ)

元興寺自体は、僧坊から本堂に転身した極楽堂と僧坊が1件残るのみ。付属する建物などもあるが、寺としての機能のうちではないように思うし、ことさら取り上げるのも気の毒の様な気もする。

最後に資料館。
正面にはかつて存在した五重塔のひな形(高さおよそ6〜7m・模型)があります。ただし、模型といっても国宝ですから^^。
この模型は文化財として登録するときに、建造物であるか、工芸品であるかの判断に苦労したなんてことを何かで知りました。結果、建造物なんですけ ど、見た目は明らかに工芸品。でもすばらしく細かい細工で、江戸大名が娘に持たせたミニチュア家財道具を思わせる出来です。ミニチュアの出来もすばらしい けれど、それをさかのぼること1200年の昔にも相応の物を作る技術があったとは驚きに値します。

はす向かいには阿弥陀仏があります。
1本木で彫られたとか。
善光寺で阿弥陀仏の下をくぐって以来阿弥陀様が気になります。
釈迦仏教とは本来偶像を持たなかったものが、インドから日本へやってくる過程でシルクロードで彫刻文化とで接触し、釈迦の教えを具体化したものが、仏像になったと聞きます。
そんな理屈を越えて、仏像というのは、人間的な優しさの表現の様な気がしないでもありません。

須田剋太先生が元興寺に収めた衝立について記念講演会の模様を書き記した書籍があった。これを買い求め損なったのが後悔です。
萩を愛でながら再訪すべきか...

ここをあとにして、奈良町へ出ます。
奈良町は日本でも最も古い街並のひとつであるらしいが、部分的に都市化してしまっている区域がある。都市化した部分と前時代的な区域がきちんと区別されていないために、もうひとつ位置づけがはっきりしていない。
道路などいつ区画された物かと目をむくほど原始的な構造をしているものもあったりする。そうしたものは貴重であり他では見られないが、全体的には模造(新建材による隠蔽含む)が多い。建物よりもむしろ全体の雰囲気を味わう町であるように感じました。
「古き街並」で売り出すのであれば、「奈良」というブランドイメージに負けてはいけないから、もう少し改良の余地が必要だということでしょう。街並の一貫性という点では、むしろ未だに生活が色濃く出ている津島市内の方が優れている様な気がします。
全域を歩いたわけではないけれど、8割方は歩いた様なので、これで奈良町は制覇したことにします。ただし、2軒見つけた銭湯はいずれ訪れてみたい。銭湯に入母屋風屋根を乗せるなど、行政よりも先を行ってますがな。

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