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2006年8月 6日 (日)

名古屋城本丸御殿

民間レベルで再建努力が長く続いている。
「春姫道中」という形で一部結実しているが、あくまでも目的は本丸御殿であるらしい。

名古屋城の本丸御殿はかなりの規模になるため、建設費がバカにならないらしい。名古屋市や愛知県との関連は具体的にどうなっているのかわからないが、十数億円というレベルでないことは間違いないと思う。

そもそもなぜ本丸御殿なのか。
資料が豊富で再建が容易だからだろうか。
戦後あわてて天守のみを「鉄筋コンクリート」という最も愚かな形で”復興”してしまったことへの反省、もしくは行政に対するイヤミ?
さっぱり解答が思い浮かばないが、再建に予算を割かなかった行政の姿勢は、歴史的建造物に対するひとつの見方を示してはいないか。

60年前まで存在していた建物なので、写真もたくさん残っているし、図面までが存在する。つまり現地で脳内で再構成できるレベルの話なのだな。
もっとも大切なことには、江戸初期の本丸御殿は当時のものが今でも残っているという事実。二条城に残る本丸御殿は桃山文化を色濃く残していると言 えど、「将軍の宿舎としての御殿」という同じ用途で造営されたということ。つまり「二条城を見ればいいじゃん。向こうは本物だよ」と言われると二の句を告 げないこと。
壮麗さを見ても単なる江戸初期の書院造りでしかない名古屋城御殿は派手さに欠け、話題性に乏しい。
そう思えば行政がゼニを出さない事に納得がいく。
今や彦根にも藩主の御殿を再現したものが存在する。
歴史的価値なし、建造物的価値なし。
結局、明確な答えがなく「観光資源に」と思っているだけだから、市民のコンセンサスも得られないし、いつまでたっても金が集まらないということだろう。

「御殿はどこじゃ」
春姫道中で、春姫が最後に言うそうだ。
名古屋城の主郭は二の丸である。
尾張藩政庁、藩主の住まい、尾張藩の主要部分はここにある。
名古屋城の本丸御殿はあとから増設されたものであり、あくまでも将軍の宿舎であるから、藩主ですら足を踏み入れる空間ではない。
妻妾が本丸御殿に入れるはずがない。
春姫のセリフは宣伝だとしても、あまりに認識が低いだろうと言いたくなるのだ。

「入れ物だけ作ってもしかたないんだよ」ってことを教えてあげたいなぁ。

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