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2006年8月

2006年8月31日 (木)

Play Fast!

テレビ東京系「いい旅夢気分」を見てた。
今日は梅沢富美男選手。
彼の凛々しい((*≧m≦*)ププッ)横顔が見えた。
なんの変哲もない黒いキャップに見えていたが、側面には、
Play Fastの文字!
まぁ知る人は少ないでしょう、戦後日本の復興に力を尽くした白州次郎が発した言葉です。
彼は晩年ゴルフ場の責任者をまかされました。
いつまでも芝をにらんでいる客に対して、
Play Fast!(早くしろよ!)と叫んだのだとか。
「どうせヘタなんだからいつまでも考えたっていっしょだよ」という要な解釈がなされていたと思います。

そんな解説をしてもつまらない。
Play Fastというのは、白州次郎を表しているのです。つまり、梅沢富美男は白州次郎を敬愛している意思表示なのです。

意外な接点だなぁ。
近頃国全体が右傾化しているなかで、国の行く末を見つめていた男を敬愛することは、単なるイデオロギィに左右されないんだよ、っていうことにもつながるように思います。

2006年8月30日 (水)

四間道とどまつり(下)

四間道はいたって静かな通りではあるが、ちゃんと店もある。
はんこ屋さんだったりカフェだったり。
ネットで知った店でビールを飲むつもりで徘徊しているのだが、どうもそういった雰囲気ではない。四間道あたりでいくつかシャッターを切ったあと商店街 に入る。商店街の中に数件の飲食店があるが、どうみても営業してない。どまつりに忙しそう。(現にスタッフとして参加されているらしい)そのあたり残念だ が、なんとか一軒の寿司屋を見つけて中に入った。ビールとつまみを頼むと直に最初のチームが通りすぎていった。カウンターで飲んでいたお客は飲食もそこそ こに、店を出て行ってしまった。
大将はどまつりがお気に入りではないらしく、入り口を閉めてしまう。せっかく涼しいところでビールを飲みながら見物できるポイントを発見したというのに!
しかし写真が目的でもあるので、いい加減にして店を出る。
カレーを昼食にして、商店街に居座る。
この日は寿司屋に行っても踊り子さん、カレー屋も踊り子さん。
半身裸でも違和感を感じない。
いい意味で地域に一体感があった気がする。

Img_5115 次々に来る踊り子さん。
さすがに近くで見ると迫力が違う。
ひとりひとりの表情も見える。
忙しく踊りながらも自然な表情を見せる子。息も絶え絶えにがんばるおばさん。ほとんど踊りを覚えていない小さい子もその中に混じる。久屋会場とか、名駅では表情まではわからなかったろう。
様々な振り付けの中に外側(円頓寺の場合、見物客と正対する向き)を向くこともあり、目が合って照れたり。
どまつりというのは大規模なまつりであるが、場所によっては身近に捉える事ができるまつりでもあった。
泣きながら踊っている子も少なからずあり。
こちらもついついもらい泣きしてしまったりする。

1時間ほど撮影して帰るつもりだったのに、結局写真を撮ることも忘れて踊りを楽しんでしまった。

国のまほろば (下)

大神神社に着く。
朝9時だからそれほど人気はないが、まばらにいる人たちはまじめな参拝客で、鳥居で拝礼している。観光客は自分たちくらいで、写真を撮ってうろついているのがなんだか罪の様な気がした。
他にいくらでも詳しい説明がなされているサイトがあるので、そちらを参照してほしいがこの神社は神道でありながら、神体は三輪山そのものである。普通の神社であれば、鳥居→拝殿→本殿の順に奥へと配置されているが、この神社の神体は「山」なので、拝殿しかない。
つまり、自然物に神が宿るという日本人が古くから持っていた宗教心のひとつのかたちがここにはまだ具体的な形式で残っている。神社はは原始の森に覆われて、深閑としている。木々はすべてが背が高くて、神社そのものが森に埋まっているのではないだろうか。
木々の間から漏れて来る太陽の光に神々しさを感じずにはいられない。

長い参道のさきに拝殿の門が見える。
漏れ落ちる光が森に浮遊しているであろう細かな水滴に反射して、霧のようになり、神々しさをいっそう高めている。
この感覚は、規模の大きい森林に対する恐れなのか、神社への恐れなのか。

山の辺の道は三輪山の麓付近を回って古墳群を抜け天理へと続く。
資料によれば、天理〜桜井間の南部に、その雰囲気が最も濃く残されているという。
ただの山道だったり、あぜみちだったり、いろんな表現はできるが、あとは写真を見てそれぞれが感じてください。

結局景行天皇陵までで挫折。
1時間で歩けるらしいのになぜに3時間もかかったのか!
疑問だ...

2006年8月28日 (月)

四間道とどまつり(上)

207548320_179  207548320_185  207548320_13

 

どまつり見に行ってきましたよ。名古屋市内あちこちで催されているのに、円頓寺会場を選んだのは、回りに古い物がたくさんあること、近くで見られるから。

それでもたまたまこの時期円頓寺で仕事をしていなければ、どまつりどころか、円頓寺に興味を持つ事さえなかったと思うと、不思議な縁だなぁと思うしかない。

日曜昼前に着いて早速町のなかを散策。
一応見所は頭の中に仕込んで行ったけれども、広い空間でもないので、やみくもに歩いてみる事にしました。歩く事で何かを発見するのは、近頃の楽しみのひとつ。
このあたりの記憶といえば、エロ映画館と那古野ビル東側の狭い通り。20年ほど前は建物が撤去されたばかりで更地になっていた。今回は土地勘を利 用するためにもそこからスタート。さすがに今では住宅や駐車場などに転用されていました。空き地も土を見せる事なくアスファルトに覆われている。空き地で あった頃が懐かしい。

うろうろ歩くうち、森を発見。近づくとそれが浅間神社。
祭神はコノハナサクヤヒメ。
都心の真ん中に大きな森がある。
なんかうれしい。
中は打ち水がされてひんやりした感じ。巨木に覆われた空間て、神々しささえ感じなければ気分が落ち着くものだと思う。
そして、そこが有名な四間道。東は広い空間があって、堀川には中橋がかかっている。西詰めには祠がある。説明書きがないのでなんだかさっぱりわからない。火除けか、橋の安全か、はたまた結界か。1本北の五條橋にもあったが、こちらも説明がない。
ここから四間道を少し北へ歩くと「屋根神さま」の看板があるので、そちらへ折れると庇の上に鎮座されております、神様が。
建て物自体が 昔の民家規格なので背伸びしなくてもひさしに手が届きそう。
そのひさしの上に1m四方ほどの屋根神様が乗っている。
説明書きには3つの神様が祭られているとあるが、内部は見る事ができない。きっと中には「いわしのしっぽ」でも入っているに違いない。大きな屋根 神様の路地を入れば子守地蔵がある。人がたかっていたので路地には入らなかったが、なんだかいい雰囲気。水掛け不動みたい。名古屋にもこんなとこがあった んだねぇ!

国のまほろば (上) 大和盆地を見て思う

日本ていつ生まれたんだろう。
今の自分のなかにある「日本的な何か」はいつ頃の意識から受け継いできているものなのか。
奈良に行くとそう思う。
同じ古都でも京都は文明の時代に入る。
朝廷を中心とした国としての形が固まった時代で、天皇から公家へ、公家から武家へと実力者が変わりこそすれ、天皇>朝廷>公家>武家という形は近世まで大きな変化がなかった事から、自分の様な普通の歴史好きには知識で直結する部分が少なくなじみやすい。

同じ奈良でも平城京部分と、飛鳥地域にはずいぶんと違うように感じている。この違いは単に当時の資料がないということだけなのだろうか。
飛鳥よりも京都が観光地化させてしまうという結果を思うとき、そういう「時の流れと時代への無知」が人を京都へと誘う結果になっていうる気がする。少なくとも自分はそう思う。
実際には、古代建造物が残っているとか、位置関係など、さまざまな一般的要素(普通の見物客には少なくとも、他の要素が強いだろうと思われる)が 絡み合うのだろうが、「国のまほろば」と呼ばれる地域をそのままに保存できた事に関してはむしろ幸運であったと言うべきである。入り込む人が少ないこと は、乱開発を呼び込まなかった。つまり「大和盆地」という山に囲まれた地形が大阪とこの地域を切り離したということになるんじゃないかと思った。

今回、山の辺の道の一部を歩いたが、やはりここにも歴史があった。名古屋にも偉大な歴史はいくつもあるが、大和盆地で起った事は歴史の正統である。言い換えると大和朝廷から現代の天皇家まで連綿と続く「日本の王家の歴史」でもある。
人間がまだ小さかった頃の日本がまだここには残っている。
大和朝廷と、京都の朝廷は違うものなのだ。

2006年8月27日 (日)

功名が辻 (34) 聚楽第行幸

おーい、NHKよぉ!
聚楽第ってどこにあったか知っとるか?
京都の真ん中やで!
なのに再現CGではなぜに平山城なんだよ。
その昔「天下を獲った男」っていうドラマで、尾張中村の風景が完全な山間だったことがある。あれは半分おちゃらけだし、しょせん民放ドラマだか ら苦笑いしたけれども、聚楽第の平山城はあまりにひどかろう。なんでも城らしくみせりゃいいってもんじゃないよ。
聚楽第は本格的城郭ではなく、駿府の今川館や二条城に似た形式だと考える方が常識的である。
しかも天守が本丸と思われる高地にそびえ立っていて、最近の研究をまったく無視しているね。

どうも詰めが甘いね。詰めが甘いのに、無駄なエピソードを押し込むのはなぜだろう。
今回の官兵衛の話は有名な話である。
「わしが亡き後天下をとるのは誰か」
近臣は徳川家康や毛利輝元の名を挙げるが、秀吉は言う。
「あの、びっこよ」
史上、官兵衛は名参謀であることは疑いない。
が、このドラマで一度としてその表現があったか。
せいぜい小牧・長久手の戦いで「中入りはなりませぬ!」と怒鳴ったくらいだろう。なのに、そのびっこが「天下をとれる男」だという。話がむちゃく ちゃだよ。今まで官兵衛をおろそかに扱ってきたのならそれを通しなさいよ。それに何の意味があって突然官兵衛を持出すのか、意図すらはっきりしない。
官兵衛は豊前へ転封された時点で天下への志を捨てたという。

上記エピソードにはちゃんとオチもある。
「黒田殿が豊前12万石とは少なくはないか」という質問に「びっこに100万石も与えればわしの首があぶないわい」と答えたとか。

片手落ちのエピソードなどいらないよ。

2006年8月23日 (水)

鎮守の森と水田に浮かぶ城

日光川付近は海抜ゼロメートル地帯。
海面より地面が低い。しかも天井川。
日光川水面よりもおそらく地面は低い。
そのくせ水害はおよそ30年周期だとか。
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夕方、あまりに暑い家の中に入れなくて、カメラを手に近所をぶらついてみた。目的地は以前から気になっていた鎮守の森。
集落のはずれにある。
イネが食い荒らされている。
ひどいところで枯れかかっていたりする。
穂波がそろっておらず、風になびかない。
百姓が見回っている田もあったが、どうなることやら。

195276397_175 鎮守の森近くでは、水田に家が浮いていた。
蔵だけが2尺ほどの石垣の上に乗っている。2本立つ松がいかにもな農村風景を演出している。濠を巡らせばいつでも臨戦態勢に入れる構造でもある(笑)

195276397_187_1 鎮守の森は集落の西の端。
最近はさらに西まで家が建ったが、かつてはここは西の端だったように思える。集落を囲む道以外はまっすぐに引かれた農道ばかり。
鎮守の森は日本人の自然崇拝の名残だと言う。今でも森そのものを神体として祀っている神社も残るほどであるが、都会で育った者には鎮守の森はもう 昔話の世界でしかない。しかしながら不自然なほどの存在感に満ちた森に、土地の原型を感じたりする事は自然な事であるように感じる。宅地化されても鎮守の 森だけが残ったりすると、人間に犯されきれていないある種の安心感のようなものすら感じずにいられない。

鎮守様を含めた村のかたちは大変に興味深いが、原型として生きている例はあるのだろうか。わら製の巨大な人形を村に入り口に置いたり、しめ縄を張ることで村の結界としたその文化が見たい。
歴博の第4展示室へ行きたい。

暑気払いのアイスティ

♪マイミクさんからお手紙着いた
「飲んじゃいかが?」と紅茶がひとつ
マンゴー・ミントはなをくすぐり
アイスがいいよ、と夏らしく
アイスがいいよ、と夏らしく♪

暑過ぎて何もする気が起きません。
そうだよ、と思い出した。
紅茶があった。
最近はほとんど飲む間もなく寝てしまって、だぶつき気味。

マンゴー・ミント...アイスで飲むなんて思いもつかんかったけれど、ハーブの鮮烈な香りは、アイスだとさわやかだろうなー!
そういえばアールグレイもあるよ。
これもアイスにしたら鼻に抜ける香りが心地いいかもしれない。

がんばってつくろ!ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

2006年8月22日 (火)

Jenson Alexander Lyons Button 〜ジェンソン・バトン

別になんということはない、ヤルノ一番!のある人間が、「ジェンソン初優勝!おめっ」と浮かれている事の言い訳ですヘ(^-^ヘ)(ノ^-^)ノ

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トヨタ参入前は当然HONDA応援してました。
ファーストドライバーはジャック・ビルヌーヴ、あのアクの強さが好きだった。
いろんなセカンドドライバーがジャックとやり合うなかで対立しては去り、最後のスターがジェンソンだった。
若手ナンバー1という評も少なくなかったけれども、やはりジャックより格下という印象も否めない。

ジャックが離脱し、彼がファーストドライバーに。
その頃から「BARホンダ」を代表してジェンソンに目を注ぐようになった。
ところが2004年にウィリアムズへの移籍話が電撃的にまとまった。
「裏切ったな、おめ凸(-_-メ) Fuck You!!」
それ以降BARは奮起して、ジェンソンは翻意。
「おめー契約通りウィリアムズ行けよ!」と思ったのもこの頃。
ところが、ホンダは翌年調子を落として、ジェンソンの期待は裏切られた。
「ざまぁみろ」と思ったものだ。
でも彼は腐らず努力した。
ウィリアムズの契約を買い取ってもらった時のジェンソンの決意はきっと悲壮な決意だったんだろうとその時気付いた。
それ以来かな、ひっそりこっそり彼を応援したのは。
今でも彼がホンダを見捨てたという事実は忘れないし、今では彼以上に苦労しているヤルノ・トゥルーリ&トヨタが愛しい。
だからNo.2。

声を詰まらせたデ・ラ・ロサの肩をたたいて励ましたジェンソンの優しさは生涯忘れないかもね。

おめでと、ジェンソンv(=∩_∩=) ブイブイ!!

2006年8月20日 (日)

8/19の日記

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朝仕事に出る。
まじめだから休むなんてことは考えないのだ。
現場はトトロがいたり、超高層ビルが林立する不思議な空間で、5階建てに匹敵するお寺の本堂もある。

定時に仕事を終えて帰宅。
出発の準備を整えて慌ただしく出発する。
東名阪に乗るまでに、ドライブの友・ダージリングリーンティを購入するため、近所のセブンイレブンに寄ったが、無い!
どうやらセブンイレブンでも置いてある店舗と置いてない店舗があるようだ。

東名阪から東名に移る。
東名阪で100系マークIIに道をふさがれて困難を極めるが、それがなくなってからは快調に走る。
上社のカーブで同じように道をふさがれていたステップワゴンが大層なスピードで追い上げて来る。
ミニバン風情がカーブでセダンを抜けるはずなかろ?
料金所を通過し、東名でのランプでも追い上げてくるが、カーブのたびに離れていく。走りたいならミニバン乗るなよ(^▽^;)

途中90km/hしか出せないはずのトラックが追い越し車線に出たりしていらつかせてくれるが、おおよそ予定通りに静岡に到着。
チェックインして早速飯を食いに出る。

定番・中華料理屋。
たまにはビール飲まずに寝よう!なんて思ってたのに、メニューを見た瞬間に「餃子とビール」と口走ってた(;^_^A アセアセ・・・
しかも2本。餃子がうまかったんだもん。

で、今に至る。
Bフレッツ100Mbpsなので、うちのケーブルテレビよりも速いことになるが、実感はない。
そういえば、今夕、うちにもBフレッツの案内が来てたなー。
いよいよ田舎にも光が来るか?

2006年8月18日 (金)

今週はよく遊んだなぁ

昨日は複数のマイミクさんといっしょに飲んだ。
一次会はメルサ12階のバドワイザービアガーデン。ピチピチのバドスーツのおねーちゃんたちがいっぱい!もう目のやり場に困っちゃう!しかしながらやせた子にはあまり似合ってないね。ムチムチの子がよい。
その後店を変え、マイミクさんを二人加えて飲む。
まいどのことながら終バスには間に合わず、電車で津島駅まで行く。
上り準急にトラブルがあったそうで、須ヶ口で当該列車と連絡をとり、約10分延で発車。
やってきた準急鳴海行きは1000+1200+1800の8連特急編成だった。

2006年8月15日 (火)

昭和20年8月6日の国家犯罪

海外ではたまに言われる、原爆投下の違法性。
空襲の是非。
果たしてこれが戦闘行為なのかどうかということであろう。
アメリカは「兵器廠」をねらったというが、現実には多くの一般市民を死傷させている。原爆に至っては、そもそも投下選定自体が政治的で、犠牲者の大半が一般市民であった。いつの間にか日本人はその被害こそが戦争の恐ろしさだと勘違いをしているほどである。

原爆投下の指揮者は「命令に従ったまで。戦争ではなんでもありなのだから、戦争をしてはいけないのだ」と後に語った。また投下当日の気象観測担当者は、あまりの罪深さに精神を病んで亡くなったと言う。
どちらも哀れな被害者であるのかもしれない。
しかも未だ原爆投下を正当だったと称え続けるバカ者がいることにはまったく閉口する。原爆によって死ぬべき人間がどこかで入れ替わってしまったのだろう。神は時にして罪深い事をするものだ。

本来戦争は一般人を巻き込んではいけない。
武力同士が衝突するのが本来であり、「首長同士が殺し合え」という主張もある面反映されている。だからこそ戦争を離れれば憎しみは存在せず、お互 いの兵士というものはいたわり合ってこれたのだが、上述、「戦争はなんでもあり」などという指揮官が発生するにつけ、一般人を巻き込む結果となり、戦争と は一切関係ない人々まで含めて数十万人を大虐殺した。アジアのどこかの国の言う「大虐殺」とは違って、こちらは犠牲者の名簿までが存在する。「およそ何万 人が虐殺された」のではなく、何十何万何千何百何十人とはっきり言える。それだけ確実な数の人命が失われた。

原爆症の人々を本来担保するのはだれなんだろう。
空襲や原爆の投下などという虐殺行為は、戦争という定義には当てはまらない、あまりにもむごい国家による単なる殺人行為ではないのだろうか。
これを虐殺と感じない人は、どこかで頭がねじが外れている。
「安心して眠ってください。二度と過ちは起こしません」の誓いは過去を顧みて反省すべきは反省し、時には加害者にも意見を求めていかなければ達成できない。
原爆資料館の、炭化した弁当箱の中の白米を思い出すたびにそんな思いが溢れ出して、ついつい感情的になってしまう。

でも個人的には誓おう、
安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから

2006年8月12日 (土)

里の秋

復員兵を思って作られた歌詞があった文部省唱歌、「里の秋」。
(斉藤信夫・作)

♪さよならさよなら 椰子(やし)の島
♪お舟にゆられて 帰られる
♪ああ 父さんよ御無事でと
♪今夜も 母さんと 祈ります

国家は「国のために戦え」と兵士を送り出した。
国民は「国を守るため」身内を送り出した。
兵士も「国のため」に戦地に赴いた。
3つとも「愛国心」の披瀝である。
でも内容には大きな違いがある。

国家は「国体のため」つまり国としての体裁を守る為に戦えと言った。国の体裁を守ることは、二次的に国民を守ることで(は)ある。
しかし兵士は果たして国体の為に戦ったのか。
そうではあるまい。
間接的に「国体護持」に参加したことにもなるが、特攻兵の大半が「天皇陛下万歳」とは言わなかったことから、兵士の思いは推察できる。
兵士の気持ちを理解しなくては、平和への感謝などあり得ないし、何を模範として平和への気持ちを養うのだろうか。
戦場で散らずに無事帰国できた人をたちの苦労に対して、「あなたたちのような辛い人たちを二度とこの国からは出しません」と誓うべきなのじゃないか。
人間てそういうもんだろうよ。

かえり船を聞いて涙を流した復員兵にあまりに冷たい日本人。
彼らの半生はいったいなんだったのだろう。

2006年8月11日 (金)

太田総理に挑戦!

アジアの共通歴史教科書を作りましょうというテーマについて「議論」がありました。議論というよりもバラエティやな。
「戦争に負けたからいけない」と言う輩までいて、人それぞれいろんな考えがあるんだなと、呆れ返りました。
あまりに初歩的な内容である事についても「日本テレビは国民の知識レベルをこの程度に設定して番組を作ってるんだな」ということまで見えてしまった。あの程度の議論ならぼくでも反論は難しくないという程度の「言い合い」でした。

しかしながら、意見のすべてを否定できません。どれほど反対の意見を言われても、その意見は自分の中で咀嚼しなければならない。よく嚼んで自分の知識の一部に取り込むべきなのです。
「それは違うだろう」というのは簡単だし、人の注目を浴びますが、それは愚か者の証明のようなもの。
それを理解している者同士でないと議論はできない。
例え1%でも、否定すべきではない。
1%を理解しようと討議する。
そういう手順を経て、相互理解が生まれる。

太田総理は、「ぼくらはあなたたちより優秀だ」と、上述の「戦争かに負けたからいけない」人に言いましたが、ぼくも同意見。相手は端的に「バカ代 表」であるし、番組自体が半バラエティであるから、理解を示す事はなかったけれども、過去の失敗や成功例をより多く知っているという点では明らかに優れて いるのです。「優れた」という言葉の意味をバカ代表の方々も理解し、自らの経験を語る事によって負の経験を後世に生かすことになるのですよ。

中国代表のおねーさま(好みだった(;^_^A アセアセ・・・)は、日中の歴史認識の基本に、「日中戦争を侵略戦争であったことを据えよ」と言います。
少なくとも、ぼくは侵略戦争であったという認識を持っています。
中国人が持つ「侵略感」とレベルは違うにしても、100%侵略ではなかったなんて、絶対に言い切れない。そういう「1%」をお互いに尊重すべきなんですよ。
チベット問題を取り上げたり、立場の違いによる物の見方の違いまで見せてくれましたが、そういうものをすべてひっくるめたものがぼくの考える「歴史認識」です。

石破氏はよく言ったよ。
「そういうものを作ったら、主権国家は存在できません」と。
主権国家なんていらないんだよ。
本来国家は国民の為に存在するものであり、「国家」として存在すべきものではない。国家が国家(入れ物)として認識されたときに「愛国心」という言葉も誤解される。国家は国民の道具です。国民 にとって、時に国は財産を守る道具に過ぎない。
例え世界中同じ文化を共有するようになっても、自分のこだわりは持ち続ける、それが文化でもあります。

主権国家なんてネコかネズミにでも食わせとけ。

原爆症と愛国心

原爆症の認定について、広島地裁で原告勝訴つまり、国の原爆症認定にについて見直しを迫る判決が出た。大阪地裁でも同じ判決が出ているらしい。被告は主張が認められなかったと控訴する方針であると言う。

原爆症の責任が、本来はどこに起因すべきかという問題はひとまず置く。(実はもっとも大切な事柄のひとつではあるが)

これがこの国の実態である。
原爆の被害を受けたとする原告側はすでに高齢であり、長い時間にわたって裁判を戦い、原爆症に苦しんできた。原告勝訴の判決が続いているのに、自らの主張を通そうとする被告は、いったいだれのために裁判を続けようとするのか。
国民の幸福のため、公共の福祉に反しない限り国あらゆる手段を講じなければならないのが憲法の精神でもあるはずなのに、国は自分たちのプライドの方が大切らしい。
例え原爆症に関する主張にウソが多少あったりするとしても、国は積極的に被害を調査しなければならない立場にあるはずで、規則にあてはまらないか らなどいう話は本末転倒であって、官僚体制の弊害というしかない。また、国民の生命や希望などを伸張する機会さえ奪ってしまうのならば、そんな国は不要だ というしかない。
官僚制度は多くの仕事量をこなすためには最も有効なひとつの手段ではあるが、使い方を間違えるとこういうことになる。
過去には江戸幕府も同じ道を歩んで自滅したことと合わせて何が一番大切なのか、官僚にも考えてほしいものである。

同じ国の国民なんだよね。
「主張が入れられなかったから控訴する」
なんてよく言えるよ。

愛国心だぁ?
笑わせちゃあいけないよ、日本政府のおバカさんたち。

Billy Joelが来る!

今年2組目のビッグアーティストですね(自分にとってw)。
当然名古屋にも
やってくるので、早速チケット押さえました。
先のRolling Stones がS18000円に比べて、こんどは10500円。
うん、これなら家人に黙って買える(笑)
もっともストーンズは5人で18000円、ビリーは一人で10500円だから、単価としては相当高い(そういう問題か(^▽^;)

ビリー・ジョエルコミュでは「取れるかなぁ」なんていう声があったり、Yahoo!では先行販売の抽選申し込みなんてやってるけど、UDOのサイトであっさり買えたぞ。
地方は取りやすくて、関東では取りにくいということなのかな。

こんどこそはいい席になりますように。
せめてBillyの顔が確認できる位置に!

2006年8月10日 (木)

あせも

数年前からあせもに悩まされておる(-"-;)
年を追ってひどくなり、今年は膝(なぜか裏じゃない)、背中、ひじ等、上半身のほぼ全面。見た目はひどくないと思うのだが、時にかゆみがひどくて、ムヒスーパーのようなステロイドを使ったりして、なんとかごまかしてきた。
毎年医者へも行くのだが、決定的に薬で治す方法はないらしい。
汗を留めないことがもっとも簡単な方法で、体表温度が高くなったりすると症状が強くなることは経験上わかっているが、外仕事である以上、汗をすべて発散させることはほぼ不可能である。
現状で午前中の汗は拭き取り、午後は汗を拭き取った上で乾いたシャツに着替えるが、治療というよりは予防のレベルである。

医者からも塗り薬を処方してもらって塗ってるが、かゆみを止める効能はほとんどないようだ。「強い薬は使えない(医者のポリシー?)」こいつがべたべたして不快なので、ベビーパウダーを上からパタパタしておる次第。

風呂に入る前に、あせもの部分を塩でもむと意外とかゆみが軽減される。肌荒れすんじゃないのかという危惧をよそに、特に問題も起きてない。風呂に入るときは、体を洗ったあとで塩でもみ、風呂から出るときには水に近い湯で肌の表面を軽く冷やし、その後冷たい風で肌を冷やす。
赤ん坊のあせもを治すときに、海水に入れていたという母のすごい話からヒントを得た治療法(笑)

さて、今夜はそれをしなかった。
食事時にかゆくて、ついムヒスーパーを使ったら、かゆみは収まるものの、あせもの部分が広くはれてくるんだなぁ。特になんということもないけれど、ステロイドの副作用のような気がして、気持ち悪く、なるべく使わないようにはしているが。。。

うちの子はこうして治した!
なんていう情報ないですか、おかあさん!

かめとさかな

木曽川産の個体と、七宝産の個体2匹います。
かめっつーのはテリシリー意識があって、狭い環境では争うという話だけれど、うちの個体はサイズが極端に違うせいか、力関係がはじめからはっきりしてたからか、ごく平和に共存しています。
生き物との絶えざる付き合いは15年ほどになりますが、魚が長いため、かめの賢さに驚く事が多々ありました。そもそも魚類とは忠類を比べるなよ!という話ですがね(笑)

・は忠類には際立った成長期がない?
 魚は特定の時期に成長します。その時期に適当な量の栄養を確保できないと、成魚サイズになれないことが多いです。うちのプンティウス、レッドコ ロソマがそれに該当します。ところがカメはいつでもエサの量と紫外線があれば成長できるみたい。ミドリガメの平均寿命は20〜30年という話ですけど、う ちの個体は拾ってきてすでに5年くらいたちます。近頃飼育水の汚れにもめげず、エサを多めに与えてたら、日に日に大きくなってる気がする。たまのケース清 掃の時、やつらの体をつかむとその質感が変わって行く。年を経ると体に丸みが出て来る。小さい5cmサイズだった個体が今や手のひらにやっと乗りきるくら いに。

・ライバルなのか?
1匹は15cm超え、もう1匹は7cmほど。
体積にしてみれば数倍は違う。
このちび助は大きい個体をものともせずエサをとりにいきます。
小さい分反応はいいし、食欲旺盛と言うことでしょう。たまに大きい個体の気分が悪いとまともにぶつかってしまう。時には手を噛んだりしている。なのに甲羅の上に乗って2匹紫外線浴びしてたり、なんだかよくわからないカメの生態。
かれらはなぜ重なっていても平気なのだろう。

この大きい個体、飼育者が現れると寄ってきて、ケースの隅でジタバタしています。そのくせどんなにゆっくり指を出そうと、口を開けて威嚇すんですな。いったいナニしに隅に寄ってくるのだろう。
かまれることを覚悟してエサを与えれば手から直接食べたり、大変かわいいのですよ。

その昔、ミドリガメを買ってきてケースで育てたことも何度かあるけれど、長生きさせた試しがなかった。それが今や、どうよ。どんなに汚い水でも死なない。水棲カメといっても、やはり水に依存する部分はそれほど大きくないと言うことなんでしょうか。
もっとも当時の自分と現在の自分では水を見る目が相当違っていることも確か。
そりゃあ魚を生かす水管理ができればカメなんぞ訳ないわさw

Take me to the F1GP in Japan!

鈴鹿という街は鈴鹿山脈が尽きたところに位置し、海へと続く平野に市街地を形成している。
古い町は東海道からわかれた伊勢街道沿いにあり、新市街地は本田技研・鈴鹿製作所を中心に若干山の手にある。
新市街地にも住宅、マンションなどがたち、さらに東名阪鈴鹿インターへ直結する道も整備されいつ間にか交通の便のいい町になったなぁという印象を受けた。

北部は鈴鹿山脈に閉ざされてはいるが、鈴鹿峠を控えた東海道は古くから反映していたようで、日本武尊が白鳥を見たとかいう伝説があるのも、鈴鹿・能褒野の郷ではなかったか。
鈴鹿山脈は西へと連なり、関〜加太へ続く。
この付近は冬になると局地的に雪が降ったり、夏には雨が降ったりと、特異な気象環境にあるらしい。鈴鹿の町からその方向を見ると、雲がかかっていることが多い。

南は鈴鹿サーキットのある丘陵地帯が広がる。
サーキットはまるで石山本願寺のような風情で町を見下ろしている。しかし麓まで広がる田畑の緑と、サーキットの巨大な緑は、この町全体を緑一色に染めているようで、人間の目には甚だ心地よい。コンクリートの建物も多々あるが、高層建築が少ないせいか、存在感は希薄である。
むろん、西方はなだらかな山が見えて、市街地は尽きてゆく。

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今年の日本グランプリで、とりあえず鈴鹿開催は幕を引く。
遅からずなんらかの形で復活すると、希望込みで期待しているが、なにしろ富士スピードウエイは新しくてきれいだし、なによりもトヨタの政治力がモノを言うからなぁ。
富士はちょっと遠いし、勝手がわからないけど、鈴鹿は近い。
今年は行こうかな。
朝早めの近鉄の急行で白子で降り、徒歩でサーキットへ。
席にはこだわらない。マシンがかいま見れて、ビール・牛串が食べられればそれでいい。

2006年8月 8日 (火)

F1 ドイツGP

ヤルノの勇姿が見られてよかったなー。
第3スティントのヤルノ。
ペースが一向上がらないジャンカルロとフェルナンドを追う追う!
思わず身を乗り出してたよv(=∩_∩=) ブイブイ!!

結果的に2台でブロックする形になって前に出られず7位で終わったけれど、ヤルノ個人で言えば最後尾スタートからの7位!PanasonicTOYOTAにとっては連続入賞の継続と、2台完走。
車の信頼性も含めて確実にスキルアップしてきているトヨタ!
いかにも堅実な三河人らしいね(笑)

どこが優勝したのか、よくわからなかったのは残念だったけど、いいレースだったよな。
特によく頑張っているのが、キミ、ラルフじゃないだろうか。
キミは幾度となくスタッフのミスでタイムを失っているし、ラルフにもスタッフミスがいくつかあったように記憶している。腐りたくなるところを、アグレッシブに攻めて一台でも抜いてやろう、一つでも順位を上げようとする努力には感嘆する。

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ヤルノ・トゥルーリはトヨタと三年の長期契約。
うれしいので、オフィシャルに入ろうかなぁ^^

映画を見た

今日の天気はなんだろ。
台風が来るからって。
10時頃には雨だって言ってたのに。
夕方には大雨に注意って言ってたのに。
未だ降ってねえよ!
天気予報ってそんなにむずかしいのかい?

朝からポケモンの新作映画を見に行ってきました。
子供のお伴とはいえけっこう好きなんだな。
子供ばかりを見ていない作品内容にもいつもながら好感が持てる。
安心してみられるだけでなく、常にテーマを掲げて製作されていることが、ポケモンに対する信頼感にもなってきてます。
子供をダシにしていると言われても否定はしませんが、料金払ってるのは全部ぼくですからね、ええ。子供2人と大人1人で合わせて3000円。缶ビールが10本以上飲めます(;^_^A アセアセ・・・

「もうあっちゃんはポケモンいいよ」と言う小五の姪と、5才の甥。
観賞後、「ママがいい」という甥4号を家へ送り、姪は寿司屋へ。寿司屋と言っても100円の回転寿司ね。スシローとかいうの。
こんなんいつの間にできた?うちから歩いても10分とかからんとこにあった(;^_^A アセアセ・・・。家に車置いて歩いて食いに行った。もちろん、ビール飲みたいからね。
姪は大学いもだのスィートポテトだのコーン寿司だの寿司屋らしからぬものばかり食う。
「そんなにいもばっかり食うとイモねーちゃんになるぞ」とベタなことを言ってしまうオヤヂ。。。

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近頃の映画があんまり話題になっていないのは、自分がメディアと距離を置いているせい?(つまり知らないのは自分だけ?)
スーパーマンが帰ってくるんだね!
バットマンもいいけど、やっぱりスーパーマンだよな!
いちばんかっこええのはスーパーマンだ!間違いない!

甥2号が見たがっているのが、ブレイブストーリー。宮部みゆき原作と聞けば見ない訳には行くまい。姪は仮面ライダーカブトが見たいとか。仮面ライダーカブトってバッタがモデルなのか、カブトムシなのかはっきりせぃよ(;^_^A アセアセ・・・
こう見て来ると、日本沈没の印象が弱いね(苦笑)
樋口監督は怪獣やって欲しいのだ。
どうせ大した仕上がりでもないし、職人肌の樋口氏はオタクな活動にこそマニアを満足させる力が発揮されるように思うのだ。

7/30は一宮七夕まつりと競馬

これは全国的有名でしょ。
今やすっかり斜陽化した繊維産業の中心地であった一宮市。
高校生の頃はすでに昔日のおもかげもなくなさみしい町でありましたが、今日はそ在りし日の一宮を見た思いがしました。
明るい商店街と、古い芸(ちんどん屋がいた)に、昔ながらのおはやし。まだこんな古いものを支持している層がいたんだと、なんだかうれしくなってしまった。
飾り付けもなんだかやさしい感じでいいねぇ。
本町商店街にあった巨大な七夕飾りには、子供たちの願いゴトが書かれています。巨大都市がやることじゃねぇな!と思いながらも、大勢の子供の願い事は素直で微笑ましい。大きな町だからこそ、ひとりひとりを大切にするという心意気なのかもしれないね。
「日本一の七夕まつり」という気概の裏にはそうした気持ちがある。
いい町かもしれない。

すごい人で、あたりをゆっくり見ている余裕なんかありゃしねぇ。
駅からロータリーを通って本町商店街。はずれまでいってこんどは逆に真清田神社へ。
真清田神社が尾張一宮だというがホント?
延喜式にも載っている由緒ある神社らしいがホント?
地味過ぎてだれも知らんぞよ(;^_^A アセアセ・・・

甥と姪を連れてきたために、大変な出費じゃ。
金魚すくいもやったぞ。
「金魚もって帰ってもおくとこない」
というより、子供には金魚すくいの金魚は救えんだろうw
ほとんどプロの腕と、こなれた水がなければまぁ、無理。
5匹も持ってきやがって。
黒でめきん1と琉金のできそこない4匹。
金魚か、3ツ尾の奇形フナか判別できんような個体までおる。
あんな小さい個体を50cm角の袋に大量に入れて運ぶんだから、当然弱るのも無理ない。
1匹転覆病みたいな個体もあるが、病気なのか、浮き袋の異常なのかわかったもんじゃない。。。

それにしても疲れた...
仕事から帰ってそのまんまだからね。

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キングジョージに出場したハーツクライ、残念だったねぇ。
ゴール前では一時先頭に立つ健闘で3位でした。
世界相手だから大健闘なんだよな?!
馬が走るのは見てて楽しいね!

2006年8月 6日 (日)

関東放浪記 (41) 中央線の旅

「中央線快速は座れるよ、たぶん」
それでも始発から終点まで乗って行くのが最も楽で、気分が良い乗り方なのは間違いない。
東京に着くと早速オレンジ色の通勤型電車が停車中。
飛び乗るとやはりがらがら。
発車数分前だというのに車内のお客は極端に少なく、中央線名古屋口快速より空いているくらい。
安心していたら、発車間際にどっと乗り込んできて座席は埋まってしまう。
なぜ発車間際なのか。

時刻表がなく時間的に余裕がないのだが、持ち合わせの知識の中で大雑把に予定を立ててみる。
東京ー松本間は約250km、現代の普通列車はおよそ表定速度60km/hであるから、普通列車でも4〜5時間で移動できるだろう予測する。
途中の列車の行き先によって乗り換え時間などもからんで、簡単にはいかないが、甲府で乗り継ぐとすれば連絡しているはずなので、プラス30分。
最悪でも6時間あれば松本へ着けるということになる。あとは乗っている列車が高尾で中央線の列車に接続しているかどうかである。
列車は常に立客を保ったまま中央線を走り続けていた。
「立川から中央線をご利用のお客様...」というアナウンスが聞こえたのは国立を出た時のこと。
よく聞けば乗っている列車は青梅快速らしい。高尾快速に乗ったはずなのに....と鉄っちゃんとしてのプライドを傷つけられた気がする。
意地になってこのまま終点まで乗ってやろうか!などとくだらないことを考えつつ、立川で降りて、直後にやってきた高尾行きに乗る。
高尾で既に昼過ぎ。
夜遅くならなきゃいいなと思いつつ発車待ちの115系電車に乗る。
この12時16分発小淵沢行きを甲府で捨てて甲府駅前の専門店でほうとうの昼飯にするつもり。
ほうとう屋が昼と夜だけの営業でないことを祈って!

名古屋城本丸御殿

民間レベルで再建努力が長く続いている。
「春姫道中」という形で一部結実しているが、あくまでも目的は本丸御殿であるらしい。

名古屋城の本丸御殿はかなりの規模になるため、建設費がバカにならないらしい。名古屋市や愛知県との関連は具体的にどうなっているのかわからないが、十数億円というレベルでないことは間違いないと思う。

そもそもなぜ本丸御殿なのか。
資料が豊富で再建が容易だからだろうか。
戦後あわてて天守のみを「鉄筋コンクリート」という最も愚かな形で”復興”してしまったことへの反省、もしくは行政に対するイヤミ?
さっぱり解答が思い浮かばないが、再建に予算を割かなかった行政の姿勢は、歴史的建造物に対するひとつの見方を示してはいないか。

60年前まで存在していた建物なので、写真もたくさん残っているし、図面までが存在する。つまり現地で脳内で再構成できるレベルの話なのだな。
もっとも大切なことには、江戸初期の本丸御殿は当時のものが今でも残っているという事実。二条城に残る本丸御殿は桃山文化を色濃く残していると言 えど、「将軍の宿舎としての御殿」という同じ用途で造営されたということ。つまり「二条城を見ればいいじゃん。向こうは本物だよ」と言われると二の句を告 げないこと。
壮麗さを見ても単なる江戸初期の書院造りでしかない名古屋城御殿は派手さに欠け、話題性に乏しい。
そう思えば行政がゼニを出さない事に納得がいく。
今や彦根にも藩主の御殿を再現したものが存在する。
歴史的価値なし、建造物的価値なし。
結局、明確な答えがなく「観光資源に」と思っているだけだから、市民のコンセンサスも得られないし、いつまでたっても金が集まらないということだろう。

「御殿はどこじゃ」
春姫道中で、春姫が最後に言うそうだ。
名古屋城の主郭は二の丸である。
尾張藩政庁、藩主の住まい、尾張藩の主要部分はここにある。
名古屋城の本丸御殿はあとから増設されたものであり、あくまでも将軍の宿舎であるから、藩主ですら足を踏み入れる空間ではない。
妻妾が本丸御殿に入れるはずがない。
春姫のセリフは宣伝だとしても、あまりに認識が低いだろうと言いたくなるのだ。

「入れ物だけ作ってもしかたないんだよ」ってことを教えてあげたいなぁ。

2006年8月 1日 (火)

定員割れの大学

なぜもっと社会人に開放しないの?
生活の合間を見て少しでもレベルの高い教育や、専門知識を得たいと考えている人はとてつもなく多いと思う。
社会人だって、進歩願望があるんだから。

例えば静岡大学の小和田哲夫氏が語る戦国女性史について、1時限いくらとか、単価売りできんの?
大学は「これからは経営難だ」といいながら、その実営業努力なんて何もしとらんとちゃうか。
高校を出て試験を受けなければ大学教育を受けられない。
例えば歴史研究のために大学へ行く為にも数学を学ぶ必要があるなんて、時間の無駄、ナンセンス。

大学というところがどういうところかまったく知らんけど、そういう専門知識を一般にも開放してくれよ。
生き残る道はまだまだいくらでもあるぞ!

そういうわけで、今宵はvanさんに紹介していただいた吉本隆明著「最後の親鸞」を読む事にしよう^^

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